第33話 岡引一心苦悩す

 毎週、朝食後に事務所で家族全員で夫々の調査状況の報告やこれからの進め方などについて意見交換をしている。今朝もコーヒーを啜りながら話をすることになっていた。

 「舛上海陽殺人事件から始まった今回の調査で、妻の紅羽の産んだ子のすり替え事件に端を発した2件の殺人事件、さらに交通事故が続いた。これだけ続くと海陽殺人事件も一本の線で繋がっているのではないかとは思うがどうだ?」

「それは俺も考えてた。3つの事件が無関係に起きたとは考えずらいだろ?」

「俺も美紗の意見に賛成だな。絶対何かで繋がってるぜ」

「せやけど、どうつながってるんやろな?」

「わかんないけどよ、一心、どう調べたら良いんだ?」

どうつながるのか想像できない。しかし、何か有るんじゃないかと思ってしまう探偵の性か、繋がっていることを期待しているだけなのかもしれない。頭の中がすっきりしないのだ。

話していると静や皆から伝わってくるのは俺と同じ思いだ。

 

 ふと海陽の財産は? 会社は? どうなるのかという疑問が頭に浮かんだ。財産狙いで殺人なんてのは世に幾らでもある話だが、丘頭警部もそれを口にしたことは無かった。

「そう言えば、舛上海陽の財産はどうなるんだ? 誰か訊いたか?」

そう言うと静がケータイを手にしスッと席を立って、早速、丘頭警部に電話を入れたようだ。しばらくやり取りした後で座ってお茶を口にする。

「桃子警部はんが、相続手続きをした会沢康平ちゅう顧問弁護士はんに聞き取りしたらな、相続人は妻と子の二人で、その二人にはな大きな借財は無い言わはりました。それでな、固定資産と動産は妻に、数十億円の預貯金は相続税を差し引いて子供名義に替えたそうや。なんでも、紅羽さんにはな、元々数十億円の預貯金があったのでそうしたいと本人が言わはったそうや。」

「結構な額だな」俺が言うと「まだあるんや、舛上コーポレーションの株式やその他の有価証券は妻が引き受けはったそうや。でもな、椋はんは会社の株式を欲しがったそうやけど、紅羽はんが頑として譲らなかった言うてましたわ」と続けた。

「どうやら、財産目的の事件ではなさそうだな」

一心は丘頭警部もそう判断したものと思った。

 ただ、会社の経営に関して親子間で意見の食い違いがあるようだ。

 海陽殺人事件を難しくしているのは容疑者になりそうな対象者が多過ぎることだ。単独犯ならアリバイの確認が大きな決め手となるが、複数犯の場合はそうはいかないし、その人間関係が共犯となる程の深く信頼できるものであることを示さなくてはいけない、それらの組み合わせは捜査員全員の指を全部使っても足りないだろう。

 動機のある人間は家族や会社関係以外の親族にもあるようだ。

海陽の三代前は、男三人兄弟の次男だったが、兄弟仲が悪くその父親がこのままでは舛上の会社の奪い合いになると懸念し、国内外の貿易を主力事業とする舛上コーポレーションを長男にやらせることにして、次男には新たにスポーツ等イベント会社を設立して経営を任せ、三男には精密機械の新会社を経営させることにしたのだった。それからそれぞれの経営者を長男家系、次男家系、三男家系と呼ぶようになったそうだ。

 ところが、当時の舛上コーポレーションの社長が、女性芸能人とのスキャンダルを惹起し、それに枝葉がついて営業に影響を及ぼすほど拡散し世間を大いに騒がせた結果、その年の売上が半減してしまい資金不足に陥ってしまった。そのため社長個人が保有する自社株を次男家系の舛上海陽の曾祖父にすべて売却して資金を調達し事なきを得たが、社長は株主総会でその責任を追及され辞任せざるを得なくなり、その椅子を海陽の曾祖父に譲ることになったのだった。そして、長男家系は、次男家系が経営していた業界の中堅クラスのスポーツ芸能イベント会社を経営することになったそうだ。

だから、今の長男家系の舛上湯治社長はことあるごとに舛上コーポレーションの社長交代を要求するのだが、株式の過半を押さえている海陽に逆らう事はできず現状に甘んじている。

また、三男家系が経営する精密機械の会社はその業界の地位も低く、社長の舛上馨は事あるごとに不満を漏らすという。

 

 会社の規模はけた違いで、年商が二桁も三桁も違えば殺害動機としては十分あり得る。

この場合、本人が直接手を下すことは考えずらく、闇の人間に殺人を依頼した可能性が高くなる、その点を丘頭警部が警察も同様に考えていると言っていた。

「舛上家の長男家系と三男家系も調査の必要あるよな」

「……」

「後は、佐音綱紀だな。15歳で行く当てもなく家を追い出された怨みは相当根深いだろう。大人になって恨みがさらに強くなったってことも考えられる。それに面会したときのあの発言、看過して良いものだろうか? 夜の町にはろくでもない輩が数多く徘徊している、金でやばい仕事をやる奴もいるだろう。ここは美紗の盗聴器の出番だな」

「いいよ、シール型の盗聴器でもスーツの裏に貼っちゃろか」一心が美紗に目をやると美紗はにやりとしてそう申し出る。

その作業は数馬にやらせることにする。

 それにしても不審な金の流れが何処にも見えないのが不思議だなぁ、犯人自身が手を汚したという事なのか、殺人を教唆したならば相当警戒してるってことなんだろうなぁ。自問自答し方針を決めかねていると美紗が口を出した。

「あのさ、警察がボンベの販売元から捜査してるし、金の流れも調べてる。対象者の誰もに動機があってアリバイは不確定。分からないことが多過ぎるから一つ一つ潰そうぜ。先ず、一心の言う殺人と事故を結ぶ糸。その事故が事件なら話は大きく変わるから、そこを調べ直した方が良いんじゃないか? そして事故なら事故と確定して次は別なところを調べる。そうしないと何時まで経っても一心の疑問は疑問のままじゃん」

確かに一理ある意見だ。

「そうだな。美紗もたまには良いこと言うな」ちょっとからかい気味に言うとぷんと顔を背けるが、「じゃそれでやってみよう」一心が言うとにこりとする。美紗が笑うと静に似ていて美人だ。

 

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