第26話 佐音綱紀の回想

 警察と探偵が帰ったあと、カフェを出たものの心の中では昔話を引きずっていて、仕事に戻る気にもならずぶらぶら歩いていていた。時間が早いせいか歩いている人はまばらだった。ふと立ち止まるといつの間にか居酒屋みちこの前にいた。

 店に入ってみると平日とあって空席が目立つ。カウンターの隅に陣取り燗酒とあなごの白焼きを頼む。お通しのタコの湯引きをつまみながら、家を飛び出した時のことを苦々しくも懐かしく思い出していた。

 

―― 親父が自身と椋だと思っていた頃の綱紀のDNA鑑定をしたと言い出した。それも突如としてだ。どこからか海陽と椋が親子じゃないという情報が入ったのだろう? 誰が、何故そんなことをしたんだろう? 長男家か三男家の奴らが舛上コーポレーションを乗っ取るために調べたのか?

 いや、警部さんが鳥井唯は誰かを脅迫して金を要求したと言ってたから、海陽を脅迫したんじゃ? 海陽はスキャンダルに神経質だったから何らかの反応をした。だが、どういうスキャンダルだ? 海陽の不倫? ……それはもはや公然の秘密で母も知っていたから恐喝にならないだろう。

? ? ? ……そうか、やはり椋が恐喝のネタだ。椋が実子でなかったら、跡取りがいないことになる。そうすれば親戚の長男家か三男家に舛上コーポレーションを乗っ取られる。これは一大事だ。

分かったぞ。鳥井唯とかいう看護師は、息子が実の子じゃないと脅迫した相手は舛上海陽だ。それで海陽は驚いてDNA鑑定をしたらその通りだった。だから椋を追い出して実の子を探したんだ。そして見つけた。それが今の椋だ。それだと鳥井唯を殺害したのは海陽という事になる。あの男ならやり兼ねないが、実行犯は氷見らだ。じゃぁ、椋の実母佐音姫香は何故殺害された? 椋が本当は綱紀だと知っているからか? 椋のことを外部に漏らす可能性があるから殺ったのか? 待て待てその理屈だと椋だった綱紀も殺される。

……いやいや、待て待て、綱紀である俺は探偵や刑事じゃないんだそんなことはどうでも良いんだ……。

同じ思考が頭の中をぐるぐる回る。

 ふと母さんはどうしてるんだろうなぁという思いが湧き上がってきた。新しい息子に夢中なのかなぁ。たまには顔くらい見せろよなぁ。 ――

 

「あらあら、綱紀、寂しそうな顔してどうした? 」

ママの沢井田倫子が笑顔で声を掛けてきて我に返る。

「母さんの事でも思い出してんのか?」

いきなりずばりと言われて多少なりとも焦った。

「い、いやぁ、今日昼から警察と探偵が来てさ、さっきまで俺の子供の頃の事を聞くんで、色々考えたんだが全部話したんだ。元々俺は舛上椋だったって」

「良いのかい、そんな事喋っちゃって」

ママが心配そうに綱紀の顔を覗き込む。

「随分と苦労して俺を探してたみたいだし、別に隠そうと思ってないしさ、何かの事件に関わるっていうから正直に話した方が良いかなって思ったのさ」

「そう、あんたがそう思うんなら良いんじゃないか。まぁゆっくり飲んでいって、仕事休んだんでしょ?」

「あ~、ありがとう、そうさせてもらう」

ママが刺身の盛り合わせを黙って置いて行くので、不思議そうな視線を向けるとママはウインクをして姿を消した。

 

―― 自分が舛上椋と呼ばれていたころの『育ての母親』と、佐音綱紀となった後の『拾いのママ』には足を向けて寝られない。母さんの誕生日は12月の12日、今年は何かプレゼントでもするか、ママは何時なのかな? 訊いてみよう。それと仕事をくれた舛上椋にも感謝だな。いつか恩返しができれば良いんだけど、相手は大会社の次期社長だ、無理だよな……。

 それに比べてあのくそ親父は、血の繋がりがないと分かると即刻出て行けってか、その時、椋はまだ15歳だったんだぞ、何か悪い事でもしたのか、家を出たら住むところも食べるものも何にもないんだぞ死ねってことか? あいつへの憎しみを表す言葉なんてこの世にあるのか!? ホント腹立つ殺されて当然だ。

あれ以来口をきくことなく親父は死んじまったが、後悔とか悲しみとかまったく湧いてこない。

 だけど、母さんは『一緒に暮らした15年の間に絆も生まれ、この子の頭の天辺から爪先まで私の愛情で溢れかえっていて、血が繋がっていようがいまいがそんな事は関係ない』って言ってくれた。親父を殴り続けた時も母さんが止めてくれなかったら、父親を本当に殴り殺してたかもしれないなぁ。あんときはそれ程憎いと思う気持で一杯になり自分が何やっているのか良く分かってなかった。書斎を出るときに部屋の中見たら書棚や机や応接テーブルまでひっくり返していた。自分でも驚いたよ。

 家を飛び出したものの行く当てもなく名前も失って不安で一杯だった。そんな名無しの権瓶となった俺を気遣い心配して、母さんは家政婦に後を追わせたり、その後、家政婦の家を飛び出した佐音綱紀となった俺を探し出して面倒を見てくれた。その時には俺の本当の名前が佐音綱紀だって知ってたんだろうな。

 世の中の親父連中は子供に愛情何て感じて無いんじゃないのかなぁ、夜の街を徘徊する親父達は会社での不平や不満をまき散らして発散しているくせに、家では遊び疲れを仕事疲れだと連発する。そうして口先だけは子供や家族の為に一生懸命に働いてるとかご立派でな、子供と真剣に向き合い子供に愛情を注ぐのは母親だけなのかもしれない。

あ~そうはなりたくないなぁ。てか、俺みたいな片端な人間は子供なんか持たない方が良いんじゃないか。

そうだ、そもそも赤ん坊の時に綱紀が捨てられていた方が綱紀は幸せだったかもしれないし、まともな大人になったかもしれないよなぁ。まぁそれはそれで苦労もあるんだろうけどもよ。 ――

 

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