第27話 岡引一心再び舛上椋と会う

 佐音綱紀と面会した翌日、家族全員にそこでの話を伝達した。

夫々驚きの表情を浮かべていたが、新たな疑問……舛上椋は高校に入るまでどこで何をしていたのか……に話題が集中した。以前本人から聞いたところによれば、舛上家で育ったということだったし、母親の紅羽もそう言っていた。が、それは嘘だった。

「舛上椋のガキのころについては誰が調べるんだ?」

美紗が食いついて来る。

「それは警察が捜査を始めたし、俺がその情報を貰いながら調査する積りだ」

一心がそう説明する。

「ふ~ん、俺が全国の学校関係のネットワークに侵入して舛上椋の名前を検索してもいいぞ」

「いや、舛上椋の名前は小学校から高校、大学まで明確になっているから、その名前じゃダメなんだ。その頃は佐音綱紀若しくはまったくの別名だったと思われるんだ。だから検索のしようがないんだ」

検索は美紗の得意分野だがキーが確定しない限り無理。どうやっても何も出てこないのは間違いない。

 

「お前たちには、前にも話したが、鳥井唯の殺人事件には二つの可能性がある。一つは赤ん坊のすり替え事件をネタに舛上海陽を脅迫した。もう一つは同じすり替え事件若しくは鳥井自身が起した医療事件をネタに算部聡一産婦人科院長を脅迫したかだ。ここに来て前者の方の疑いが濃くなったと思うが、当時の警察の調書があるから参考にして容疑者を特定してくれ、と言うのが一つだ」

一心はもう一冊の調書を応接テーブルに置いた。

「こっちは佐音姫香殺人事件だ。これは俺の勘だが、鳥井殺人事件とは一年しか間が無いことと算部産婦人科及び舛上椋と佐音綱紀に共通して関りがあるから、その動機に何らかの関連性があると思うんだ。だからこれも一緒に調べてくれ。そして、美紗はお前の力で二つの殺人事件に関する情報を集めてくれ。何たって警察が未だに解決出きていない事件だから、足だけじゃ難しいだろうからな」

「おう、分かった。じゃぁ、そっちは任せるぞ」

話が終わると早速美紗は静、数馬、一助を自分の周りに集めて何やら打ち合わせを始める。一心は捜査状況を確認するため浅草署の丘頭警部を訪ねることにして腰を上げた。

 

 蒸し暑い外から多少冷房の効いている署に入ると、やけに静か。その階段を上がって捜査課のドアを開けると、丘頭警部は自席でパソコンとにらめっこをしていたが、他は全員不在だった。

「やぁ、警部、全員捜査に出てるのか?」

顔を上げた警部は倦怠の色を濃くしている上暑さで頬を紅潮させている。

「参ったわ。舛上の親子、頑としてこの家が椋の生まれ育った家だって言い張るのよ。違うと言うなら証拠を見せなさいってね」

「それで捜査員全員で証拠探しか?」

「えっ、いや、海陽殺人事件の捜査よ、事件の前日の夜7時以降翌朝4時までの間舛上邸に通ずる道路沿いに設置されているカメラの映像からすべての車の持ち主を洗う事と、その時間帯に舛上邸付近で客を乗り降りさせたタクシー運転手に客の特徴などを聞き取りしカメラ映像の提供も受けて、その乗客全員を調べてるのよ」

「ひゃ~、凄い数だろう?」

「まだ、対象先すら特定できていないけど、今の所、監視カメラが230件にタクシーが74件、都内のタクシー会社あと30社あるから、多分400件くらいになるかなぁ」

丘頭警部は空笑いなのか苦笑いなのか、何とか笑顔だけは作っている。どうやら課長が署長から、署長はさらにその上からさっさと事件を解決する様にと発破をかけられたようで、課長が言い出した方針らしい。

「舛上椋のガキの頃については捜査しないのか?」

「課長が言うには、今の事件とどういう繋がりがあるのか分からない捜査に人を出せるほど捜査員は余っていないんだってさ」丘頭警部はお手上げだと両手を開いて顔を振る。

「ははっ、確かにな。うちは俺以外は昔の二つの事件を調べ直し、俺がそいつのガキの頃のことを調べることにしたんだ。それで警察の情報を頂きに来た訳なんだが……」

「ははっ、それは残念だったわね。うちの情報はゼロ、一心頼むわ」

「ふふ、しゃーないな、でもな、俺はきっと今回の事件と繋がりがあると思うし、昔の二つの殺人事件も繋がると思ってるんだ」

「ほ~、根拠は?」

「探偵の、勘!」

「刑事の勘ってのは聞いたことあるけど、探偵の勘なんてあるの?」

一心は返事をせず首を傾げ口の片端を上げて笑って見せた。

「警察は、全国の学校などを対象に綱紀の名前の有無を調べたかな?」

「いや、調べてないし、それ意味ないしょ。行方不明だったのは舛上椋。その子が佐音の名前を語る訳が無い」

「じゃ、綱紀じゃない舛上椋の写真を持って全国を歩き回らないと分からないってことになるな」

美紗が完成させるはずの写真照合システムを全国の警察署に配ってやるならできるだろうが、そうでなければ無謀な挑戦だ。もっと別の方法を考えないとダメだ。

「先ずは、都内の小中学校の卒業写真でも借りて自分の目で確認するしかないんじゃないの?」

15歳と12、3歳の子供の写真を目で見て、同一人かどうかを判定できるものだろうか? 15歳と言えば声変りをし髭もぼちぼち生えてくる年頃、顔つきも子供から大人へと一番変容して行く頃だ。

「そう言えば、美紗に頼んだ写真の照合は終わったのかな?」

「いや、毎日、やってるみたいぞ。もう少しって言ってた」

「そっか、それで先ずは確定するんだけどね」丘頭警部は祈るようなポーズをする。

一心は笑って「待っててくれ、美紗は必ずやり遂げるから」

椋の情報は得られないと分かったので腰を上げ「俺、もう一度、椋に会ってくるわ」そう言い残して舛上コーポレーションに向かう。

 

 歩きながら電話で社長に会いたいと伝えるとしばし保留音が流れ、再び受話器の向こうの女性が「30分後なら少々時間が取れますが」と言うので行くと答える。

 

 前回同様一階のラウンジで待っていると前とは別の女性が迎えに来た。

そしてあの豪華な絨毯の上を歩いて応接室に案内され、出されたコーヒーを啜り寛いでいると椋が姿を見せた。

「しばらくです」挨拶を交わして早速本題に入る。

「中学校以前のあなたは舛上家に居なかった。何処にいたのですか?」直球過ぎるかなとも思ったが話をそらせないようにわざとそうした。

「だから、警察にも言ったが、私は舛上家で生まれ育った」椋は笑みを浮かべて繰返す。

「それでは、子供のころの写真を見せて下さい。それで俺も納得できる」

椋はふんぞり返ったままなかなかうんとは言わず考え込んでいるように見える。

「どうしました?」

「いや、何処に仕舞ってあるかわからん。全然見たことないんでな」

「そうですか。では、お母さんに訊いてみても良いですか?」

「……」

「実は、今、大人と子供の写真を見て同一人かを判定するソフトを開発中でして、お母さんから頂いた高校時代のあなたと中学時代のあなたの写真を判定するところなんですよ。なんせ、見比べた人全員が別人だと言うが、あなた方は同一人だと言うのでやむを得ずの措置なんですが」

脅しが効いたのか椋の目付きが変わった。

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