第6話 舛上紅羽の回想

 紅羽は警察と探偵との面会後、自宅一階のダイニングで遅い昼食を取ることにした。

家政婦に用意させたパスタとサラダを食べ食後にコーヒーを貰って、啜りながらぼんやりと昔を思い出していた。

 

 

―― 目黒のマンションで生まれ温和な父と優しい母。母は父を立て父の意見に従順だったのよねぇ。

何歳ころだったかなぁ? 多分、3歳くらいの頃からピアノやバレーを習い始めて、高校に入るまで一生懸命にやったのよ。発表会で賞を貰ったことも何回かはあったはず、嬉しかったわぁ。思い出しただけで顔がほころんじゃうなぁ。

 きっと代々経営してきた銀行に就職することになるだろうと考えて、大学では数理経済学という経済を数学的手法を用いて分析する一分野を専攻したの。で、その学科に大野くんという男子学生がいて、同じ研究室で一緒に勉強をし、ご飯も食べ、色々な話もしていたら、秋口だったかなぁ、彼に告白されちゃって私は受け入れたの。父のように温和で母のように優しい人だったから。今頃どうしてるかなぁ?

 卒業が決まったころ将来について話合ったら、二人とも結婚という選択肢を選んでいたの。

彼は祖父の銀行とも関係のある証券会社に内定し、私は祖父の銀行に決まってた、そして就職2年目に入って彼と一緒に結婚したいと両親に話したら、特に反対とかはしなかったんだけど少し待てと父が言うのよ。

仕方がないから一旦引いて、1、2週間くらいしてからだったかしら「舛上コーポレーションの社長の息子と結婚しなさい」って父親がいきなり言い出したの。勿論、嫌だって断ったわよ。相手は海外に支社を持つ年商兆を超える企業らしいの。父は海外に支店を展開したいと考え、相手は海外拠点の拡大を目論んで資金調達をしたかった訳よ。両社の思惑が合致して互いに協力することになったまでは良かったの。だって私には関係ないトップ同士の話じゃない、勝手にすればと思ってたの。ところが、そこへ祖父が口を出して、結びつきを確かにしたい、強くしたいと考え丁度手ごろな娘と息子がいるから、これをひっつけようって相手に提案したって訳。冗談じゃないわよねぇ。

 でも、そんな話が出てから何週間かして彼が理由も言わずに別れようと言い出したの。後から聞いた噂だと、将来の約束とお金と圧力だったみたい、私は駆け落ちでも良かったのにさ、がっかりよねぇ。

 今から思えば、結婚しても付き合いを続けていればよかった。所謂不倫ってことになるけど、そもそも政略結婚なんて形だけでしょ? 海陽だって外に女がいたようだし。私、夫に興味なくって息子命って感じだったから。だから、亡くなったけど正直肩の荷が下りた感じ、悲しみは殆どない。人殺しが近くにいると思うと怖い、それだけね。

 まあ、罰が当たったのかなぁとも思う、他人を泣かせ過ぎだもん。下請けで自殺した方もいらっしゃる。私がそれを聞いてせめてお葬式だけでもと思って行ったら追い返されちゃった、一言謝りたかっただけなのにさ。それほど憎まれてたって事よね。悲しかったなぁ。

 

 私が命がけで産んだ椋はやんちゃ坊主って感じだったなぁ。友達泣かせて何度謝りに行ったことか……懐かしい……それでも私がインフルエンザで1週間部屋に閉じこもって、椋にはうつるから来ないように言ってあったのに、家政婦さんの目を盗んでこっそり部屋に来て、私のおでこに手を当ててタオルを絞っておでこを冷やしてくれたっけ、その間は友達を虐めることも問題を起すこともなく、学校から真っすぐ帰って来てくれてたなぁ。可愛かった。本当は優しい子なんだと思ったわぁ。

そうそう、その後今度は椋がインフルエンザに罹ってしまい高熱を出して苦しそうだった。私が心配で行くと「ママ!うつるから来ちゃダメ!」って、私が言ったそのままを返してよこして……ふふっ……。

そのくせうなされて、ママ、ママって私の手を探すのよ。小学校も高学年になってたのにねぇ。

そんなことがあって少しずつ乱暴者に陰りが見えてきて、高校生になってからは……。

あんな事さえなかったら、幸せだったのに。 ――

 

 

 物音で我に返った。家政婦さんがキッチンの掃除を始めたようだった。

ふとこれから会社をどうするのかしら? そんな事が頭を過った。紅羽が筆頭株主になるけど社長なんて務まるはずもないし、暖かい血の流れている人に経営して欲しいなぁ。椋は最近人格変わって段々父親に似てきてるのが怖いから、一度役員さんの意見訊かないとダメみたいね。

 

「和枝さ~ん。氷見さん呼んでくれる?」

家政婦の下村和枝がキッチンから顔を出して、「お呼びしました」と返事をした。

姿を見せた氷見に、今後の会社のことで役員さんと話がしたいので、と言って日にちと時間を調整するよう命じた。

「はい、奥様が会社へ出向かれますか?」

「勿論、役員全員が会社を空けたらまずいでしょ。私一人動く方が簡単だし。お願いね」

氷見は頷いて下がった。

 

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