第5話 岡引一心舛上紅羽と面談する

 案内された建物中央部の応接室にはソファやテーブルなどどれをとっても高級品だと一心にでもわかるほどアンティークな凝ったものが揃えられている。

家政婦さんだろう女性がコーヒーを淹れてくれた。窓外には庭が広く見えていて、春だと桜が綺麗に見えるのだろうなぁと想像させる。まだ梅雨の季節だが今日は快晴で濃い緑と花壇に植えられている多種の花々が夫々の美しさを鼓舞しどの花も綺麗に見えている。街の騒音も聞こえず大都会の真ん中にいることを忘れ避暑地の別荘にでもいる気分だ。

 30分ほど待たされて夫人の舛上紅羽がミディアムな髪にウェーブをかけ落ち着いた亜麻色のワンピース姿で現れた。

「お待たせしてすみません」

柔らかな物腰の夫人から夫を亡くしたばかりだと言う翳りや哀傷に満ちた感じは窺われない。

「この度は、ご主人が突然お亡くなりになりご愁傷さまでした。俺が調査依頼を受けた岡引一心です」

「ありがとうございます。この度はお世話になります」

夫人は深く頭を下げる。

「頂いた情報と現場を見せてもらって、探偵としての勘ですが何者かによる殺害行為はあったようです。ただし、警察が死因を調べ中なので殺人になるのか傷害になるのかなどは分かりませんが、その行為者を特定する調査は行いたいと考えています」

夫人は表情を少し硬くして一心を見据えている。

丘頭警部はじろりと一心を睨んで、そんなこと言って大丈夫なのか? とでも言いたそうだ。

「それで奥さん、その行為者を特定するうえでご主人や会社と利害関係にあるとか、怨みをかったとか、トラブルになったとか、そういう人や会社に心当たりはありませんか?」

夫人は頬に手を当て暫し考え込んでから「そうねぇ、警察の方にもお答えしましたが、主人は傲慢で幾つも下請けを潰したり、取引を解消したり、社内の人事に首を突っ込んでは降格だとかや子会社への出向とか、会社の為といいながら我儘し放題でしたから随分怨んでいる方は多かったと思いますよ。先日の資料には関連会社とか下請け会社は入っていませんでしたから、至急用意させますね。それと人事異動の記録は、探偵さん何年分用意したらよろしいかしら?」

「そうですねぇ、3年分くらいでお願いします」

「氷見! 聞いたでしょ?」いきなり夫人は秘書長の名を呼んだ。一心は驚いて振り返るといつの間にか秘書長の氷見がドアの横に立っていて、「かしこまりました」と言って部屋を出て行った。

「ちょと訊きずらいのですが、奥さんとご主人の関係はどうだったのでしょうか?」

その質問に夫人はにやりとして「私も調査の対象という訳ですね。そう言う姿勢、私嫌いじゃありませんわ」そう言って長々と語りだした。

 掻い摘んでいうと、夫人は、窓口やネットなどを通じ利便性が高いと人気を集めている日本最大の個人向け金融機関である日本民衆銀行の会長の孫娘、頭取の娘であって、名門大学を卒業後25歳で今の夫と結婚した。それを本人も政略結婚だったと回顧する。当時夫人には大学1年生の時から付き合っていた彼氏がいて卒業後二人とも結婚を考えていたが、父親に金と権力で無理やり仲を引き裂かれたようだ。だから、その恨みがあるし夫を好きにはなれなかった。それに新婚時代には優しい面もあったが役員になってからは、どんどん我儘になり人を見下げたようになって傲慢な性格に変わっていった、とそんな風な内容だ。

 

「ところで、事件の前夜お休みになったのは何時頃ですか?」

「え~と、10時頃だったかなぁ、確かいつも見てるテレビドラマが終わったので、テレビを消して休みましたので」

「で、翌日は何時に起きました?」

「いつも通り、7時に起きて身支度して8時にはダイニングで朝食を取っていました。家政婦さんに訊いてみてくださいな」

「えぇ訊いてみます。それから息子さんとご主人の関係はどうでした?」

「本人に訊かないの?」夫人は首を傾げこちらに目を向ける。

「後日、本人にも訊きますが奥さんから見てどうだったのか教えてください」

「そうねぇ、仲がとても良いとは言えないわねぇ。主人は仕事でほとんどいないから、食事も一緒に取ったことなんて数回あるかないかね。話すと言っても主人が息子へ一方的に押し付けるように言うだけで、息子の意見を訊くという姿を見たことはないわねぇ。会社でどうなのかは分からないわよ」

夫人は、一心の質問が気に入らなかったのか少し不満げな顔をしている。

「なるほど、息子さんは今は役員でしたね?」

「え~、3年になるわね。この親にしてこの子ありって感じね」夫人は苦笑いを浮かべ呆れたような口調で話す。

「どういう意味です?」

「温和で優しいって思ってたら、役員になった瞬間から何かねぇ、我儘になっちゃって、私や秘書への言葉使いも変わってきたし、見下すような言い方になったのよねぇ。どうしてそうなったかは知らないけど。そういう事」

親子とも若いときには真面目で温厚な人間だったはずだが、経営者になってからは傲慢で非情な人間になってゆく、そんなことがあるのだろうか? 猫を被っていて、化けの皮が剥がれたと言うなら分かるが、その理由を知りたいと思い、息子の椋に会ったら必ずその点を質そうと思った。

「他の秘書さんや家政婦さんとかとはどうです?」

「皆100%言いなりよ。陰でどう言ってるかは分からないけど、恐らく口を返したら即刻首なんじゃないかしら、ふふっ」

「聞いてると皆さんに動機らしきものはありそうな感じがしますね」

丘頭警部が口を挟んだ通りだ、対象者の絞り込みがやばそうだ。

「そう、あの人の性格なら接した人全員が容疑者になるかもですね……警察も探偵さんも大変ですね。ふふっ」

夫人はまた意味不明に笑った。

「奥さん、息子さん始めこのお宅にいる全員とお話がしたいので、手配をお願いできますか?」

一心はこの建物に住む全員の顔も見ておきたかった。

「警察から一応お話を訊かれているんですが、もう一度ということですの?」

夫人は繰り返し訊かれることに抵抗があるのか、またちょっと不満げだ。

「是非、もう一度お願いします。前回は病死か事故死か分からなかったのでさらっと訊いただけでしたので、今回は事件であることを前提にもう少し詳しくお聞きしたいのです」

夫人の聴取の後、家政婦らに2時間ほどかけて事件の数日前から気の付いた事がないか聞き取りしたが、これはという話は聞けなかった。言葉や表情に舛上家に対する憎しみなども感じることは出来なかった。

椋と氷見は仕事の都合があると言うので後日ということにした。

 

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