バッドエンド9 永い、お別れ
「ははは……」
これから、どうなるのだろうか――守深架や、僕は。
「まあ、彼の能力が戦闘向きじゃないのは知ってるから、しかたないんだけどね」
「そ、それだとすごく危ないですね……よかった――お手伝いを頼む前にどうにかなって」
芽茱萸さんの言葉を受けて守深架が安堵の息を零している中も考えて――。
「……」
「あれ? どしたの憂くん」
「いえ……なんでも、ありません」
芽茱萸さんの言葉に、僕は首を横に振りつつ……答を出した。
何を今更。
これからどうなるかなんて、考える必要はない。
ここまで来た以上、後はコモン・センシズの裁きに身を委ねるべきだろう。
その覚悟を持って、僕達はここまで来たのだから。
「うん――」
僕は、なんとはなしに呟いて、もう一度空を見上げた。
まだ雨は降っていたけど……僕には、その雲の向こうの青空が見えた気がした。
「……」
それが――――錯覚だなんて思いもせずに。
そんな僕を見つめていた守深架が、その瞬間だけどんな表情をしていたのかも気付きもせずに。
「……よし、と」
学園からの帰宅途中。
住所と氏名を確認した手紙をポストに入れて、僕は呟いた。
入れたのは勿論、守深架への手紙である。
ただし、住所氏名は守深架のものじゃない。
定期的に変更になるその届け先が、コモン・センシズのメンバーの住所で、代理人として守深架に届けてくれるのである。
あれから……守深架はコモン・センシズの『裁判』を受けた。
様々な事を考慮に入れた結果、守深架の罪は懲役十五年となった。
本来なら無期懲役、あるいは死刑でもおかしくはなかっただろう。
そうならなかったのは情状酌量があった他、守深架が事件を起こしたのは守深架だけの責任というわけではなく、
そうして裁判を終えた、今。
守深架はコモン・センシズの本拠地に幽閉され、懲役の刑に処されている。
表の世界の懲役ではない以上……コモン・センシズのそれは行方不明や失踪と同じ……一時的な社会からの抹殺に他ならない。
そして、その事実は家族や一部を除き、知る事は出来ないのだ。
誰にも説明が許されない空白の時間――それが生きていく上で、後々どれほどの影響を与えるのかは想像に難くない。
更に言えば、そこでの生活も決して楽なものではありえないだろう。
そんな不安もあって、場所が場所なので面会は滅多に許可されないが……僕は許されるたびに本拠地を訪れ、そうでない時は毎日のように手紙を書いている。
ちなみに、面会の際には、コモン・センシズにおいてこの地区担当の一人である芽茱萸さんともに守深架の下に赴いている。
芽茱萸さんとは守深架との事だけじゃなく、この街近辺での第四世代の動きや世界中の第四世代について話す事も多く、今となっては結構親しい仲となっていた。
というか、今日も別れ道までは一緒だったし。
芽茱萸さんはもう学園を卒業しているというのに、わざわざ時間を合わせて話を聞いてくれたりしてくれている。
芽茱萸さん曰く「憂くんのケアもしてあげないと守深架ちゃんに申し訳ない」だとか。
まあ、それはさておき。
そうして、様々な事に目を向けながら、日々を過ごし……守深架の帰りを待つ――それが、今の僕の毎日だった。
「ただいま」
ガラッと戸を開けて、家に入る。
と、ちょうど其処に兄さんが通りかかった。
「……」
僕の姿を見て、兄さんは無言のまま一度頷いた。
相変わらずとさえ思い浮かばないほどの、相変わらずな兄さんだったけど……今日はその先があった。
「いつもの手紙が来てたぞ。机の上に置いておいた」
「……!! うん、ありがとっ!」
それを聞いた僕は、つい靴を慌てて脱ぎ散らかし、ついつい駆け出してしまっていた。
いつもの手紙……それは守深架からの手紙に他ならないからだ。
バタバタと自分の部屋に入り、鞄を放り出し、着替えもせずに手紙を手にとる。
差出人は……守深架の代理人の名前だった。
「久しぶりだな……」
ここの所、守深架との都合が合わず、面会の時間が減った事もあり、心配だった。
毎日のように出す手紙もこちらからばかりで、返事が来ない事も心配だった。
芽茱萸さんも気に掛けて会ってくれているらしいのに、元気がないらしい事も心配だった。
ただ、とにかく心配だった。
「よっと……」
手紙をもう一度机に置く。
その腕で『右腕』を構成し抑え付けて、カッターで封を切った。
中々出てこない事に苛立ちを覚え、半ば振り払うように封筒から手紙を抜き取り、僕は手紙を開いた。
手紙にはどんな事が書かれているだろうか、どんな返事をしようか……そんな事ばかり考えていた僕は――――愕然とした。
『憂くんへ。
まず手紙のお返事がたまってしまった事、ごめんなさい。
最近、色々と考える事や、思い出す事が多くてつい筆不精になってしまっていました。
私が今の場所にいる意味や、比良瀬さん、瑞野さん、革平さんを殺してしまった事。
憂くんを巻き込んでしまった事。
憂くんが、それでも私と一緒にいてくれた事を。
思い出すたびに、私には二つの言葉が思い浮かびます。
ごめんなさい。
ありがとう。
その、二つが。
私は、ずっと考えていました。
その二つのうちのどちらが大きい言葉なのか、と。
どちらを大事にするべきなのか、と。
そして……私は、気付きました。
私の中ではごめんなさいの方が、ただただ大きかった事に。
比良瀬さん、瑞野さん、革平さんに。
三人のご家族に。お友達に。
私の両親に。親戚に。
面倒を見てくれるコモン・センシズの人達に。
芽茱萸さんに。
そして、憂くんに。
ありがとうよりも、ごめんなさい。
そう言わなければならないし、それが最も優先すべき事なんだ、と。
最後に、お願いしたい事があります。
憂くんはとても優しい人だから、私の事をすごく気にしてしまうと思います。
だから、私の事は全てなかった事にしてください。
優しい憂くんには難しいと思うけど……それでもどうか、なかった事にしてください。
憂くんがどんな生き方をしても、私は憂くんの事、ずっと、大好きです。
だから、どうか、私なんてどこにもいなかった事にして――自由に生きてください。
私なんかの事を気にしなくてもいいですから。
そして……いつか、私なんかよりももっと素敵な(芽茱萸さんだったりしたら私は凄く安心なんだけど)人と一緒になって、幸せになってください。
憂くんが幸せになってくれれば、私にとってそれ以上に幸せな事はありません。
最後に、もう一度だけ。
憂くん、本当にありがとう。
そして、本当にごめんなさい。
追伸
ごめんなさいばかりで、ごめんなさい。
今度こそ、さようなら。
私の傘になってくれた、この世界で誰より素敵な伏世憂くんへ――
どうしようもなく馬鹿で人殺しの、羽代守深架より』
「守深、架――?!」
手紙の内容を理解した瞬間、怒涛のような感情が溢れ流れ――僕は思わず彼女の名前を呼んでいた。
今ここで呼んだ所で何処にも届かない事なんか、分かり切っていたのに。
手紙は――検閲を受けるから、直接的な事には一切触れていない。
だけど、明白だ。
だが、この手紙が意味する所は、一つでしかない。
この手紙は、遺書だ。羽代守深架の遺言でしかない。
検閲を行うであろう人の勘が鋭く、内容について問い掛けたとしても、この程度ならはぐらかして――疑惑が晴れるまでの間、ある程度の日数はやり過ごさなければならないだろうけど――誤魔化してしまうだろう。
そして、この内容の真意について僕が察する事を考慮に入れているのなら――守深架が動き出すのは……おそらく、昨日から今日。
「守深架……っ!!!」
それらを理解した瞬間、僕は手紙を捨てて、部屋を飛び出した。
芽茱萸さんの所に行こう。
今からならまだ間に合うかもしれない。
いや……違う。間に合うとかじゃない。
そもそも勘違いであって欲しい。
あるいは弱気になった守深架の魔が差した手紙であって欲しい。
頼む――頼むよ、誰でもいい、お願いだ。お願いします――どうか、どうかどうか。
どうか、そうだと言ってほしい。そうだという事にしてくれないか。そうであってくれ。どうか、どうか、どうかどうかどうかそうでありますように。
願いを込めながら、階段を駆け下り玄関に向かう……その時――――制服のポケットに入れたままの携帯が鳴った。
瞬間、背筋が文字通り凍り付いた。
どうしようもなく湧き上がってくる不快感と嫌な予感がぐちゃぐちゃに入り混じり心が轢き潰されていく。
絶対に認めたくない事と、その真逆の事――そのどちらを告げ知らせる音なのか分からずに動けなくなる。
だけど、そのままでいる訳にはいかなかった。
絶対に認めたくない事を認めないために――あるいは恐怖に堪えかねて、僕は電話を取り出した。
画面に浮かび上がっている名前は――芽茱萸さん。
さっきまで一緒に歩いていた――最近の連絡事項についても話し終えていた芽茱萸さんが、わざわざ僕に電話する理由。
それを悟って、僕の全身の力は消え果てていく……だけど、それでも、違うんだ、そうであるはずがないんだ、と一縷の希望を信じたくて、僕は最後の力を振り絞る。
そうして、懸命の力で耳を澄ませた先にあったものは――――予想通りの、悪夢そのままの現実だった。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁぁぁ………!!」
そんな現実を前に圧し折れた僕は、頭を抱え蹲り――全てから眼を逸らす事しか出来なかった――。
――――バッドエンド
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