53 彼と彼女の進むべき、選ぶべき道
しばし、僕・
「お。二人とも、いい画になってるわよ」
「……終わったんですか?」
髪や額の雨を少し拭いながら芽茱萸さんは答えた。
「まあ、一応の報告はね」
「もう一人の方は?」
「移送準備中。だから、もう少しかかるわね。
遅れたから向こうの準備をやり直さないとって、ぶつぶつ文句言ってたけど。
そう言うのは、こっちを手伝ってからにしてほしいわよね」
「ははは……」
つられて笑いながら、僕はこれからの事を考えていた。
これから、どうなるのだろうか――守深架や、僕は。
「まあ、彼の能力が戦闘向きじゃないのは知ってるから、しかたないんだけどね」
「そ、それだとすごく危ないですね……よかった――お手伝いを頼む前にどうにかなって」
芽茱萸さんの言葉を受けて守深架が安堵の息を零している中。
「……あの、芽茱萸さん」
そこに生まれた会話の隙間に入って僕は尋ねた。
「ん?」
「その、訊きたい事があるんですけど、訊いていいですか?」
「それは構わないけど」
そう答える芽茱萸さんに、ありがとうございます、と礼を言ってから……僕は本題を切り出した。
「僕達は……これから、どうなるんですか?」
曖昧な言葉に込められた何かを察してか芽茱萸さんの表情が引き締まっていく。
「……そうね。もちっと詳しく話しておくべきかしらね」
小さく頷きながらの呟きを前置きにして、芽茱萸さんは静かに語り始めた。
「憂くんは……まあ、二つの事件に関する事情を訊かないとならないでしょうから、少しの間、拘束する事になるかな」
「こ、拘束?」
「あ、心配しなくても大丈夫よ」
守深架の上げた少し動揺が含まれた声に反応して、芽茱萸さんはその不安を振り払うようにパタパタと手を横に振った。
「言い方が少しアレだけど……本当に、ちょっと話を聞くだけよ。
その後は……私と一緒にあの街に帰れるはずよ」
「ですよね、よかったぁ……」
安堵の声を上げる守深架の顔を見ると、本題を切り出すのが躊躇われる。
でも、これを訊かずにはいられなかった――むしろ、その為にこの話を始めたのだから。
「……守深架は、どうなりますか?」
「……!」
その言葉を受けて、守深架は芽茱萸さんに視線を送った。
そこには、不安や緊張、恐怖……いろいろなものがない交ぜになっていた。
芽茱萸さんは、目を逸らす事無くそれを受け止めた上で改めて言葉を紡いでいく。
「……刑法だと人を殺した者は死刑か、無期懲役もしくは5年以上の懲役に処する……だったわね。
それを基本にした上で、能力の考察、環境や状況による情状酌量、減刑を考慮する事になるわ」
「そう、なんですか」
「でも、まあ……それも大丈夫よ。
君達や情報部の話を総合してみるに、守深架ちゃんには情状酌量の余地がかなりあるし。
罪を自覚してコモン・センシズである私に身を寄せた点も考慮できる。
蔵梨にそそのかされた点もあるし、結果としてだけど……私達に協力して蔵梨を捕まえてくれた事も少なからず考慮してくれるでしょうし。
依怙贔屓をするつもりはないけど――それらを考えれば……死刑にはならないでしょうね。
――というか、させないために力を注ぐから」
声のトーンこそ普通だったが、そう断言する芽茱萸さんの眼は真剣そのものだった。
……そんな恩さんを見れば、当面の心配事はないのは明らかだった。
だけど――それを訊いて、はっきり分かった事がもう一つある。
それは……僕と彼女の別れが確実である事だ。
「……そう、ですか」
呟きながら考える。
別れは、どのくらいになるだろうか。
最低でも数年――長ければ……ずっとずっと彼女は何処かに服する事になる。
その長い時間に、彼女は耐えられるだろうか。
『それ』を含めた時間こそが償いなんだから当たり前だ――僕の中の冷静な部分がそう呟く。
だけど……不安を拭い切れない。
守深架は、罪を償おうとするだろう。
だけど、その事に捉われて自分の事を追い詰めかねないのではないか……そんな懸念があった。
今はいい。
僕が側について、そうさせないように精一杯言葉を、心を注ぐ事も出来る。
だが長い時間を置いて与えられる罪の意識に守深架は一人で耐えられるだろうか……?
「……芽茱萸さん。もう一つ、訊いていいですか?」
芽生えてしまったそんな不安からか。
「なに?」
僕は、思わず呟いていた。
「僕が……守深架と……一緒にいられる道は、ないんですか?」
「憂くん?」
「……あのね。
ここまで来ておいて、それはないんじゃないの?」
驚きを含んだ守深架の声と、微かに怒気を孕んでいるかのような芽茱萸さんの声が、殆ど同時に耳に入る。
二人の反応は当然だと思う。
本当なら『守深架はもう大丈夫だ』と信頼して送り出すべきなのだから。
守深架は……確かに『強い』と思う。
戦いの中での蔵梨への言葉を聞いて、そう思えた。
でも守深架は……羽代守深架という少女は、その『強さ』よりも『優しさ』の方が前に出る少女だ。
『償う』ために生きる強さを、今の彼女は持っている。
その反面で『償い』としての死を求められれば守深架はそれに従うだろう。
そうなるのは……そうなったとしても、納得すべきなんだと思う。
それこそが彼女の――僕達の『償い』だ。
分かっていた。分かっているつもりだ。
でも。だけど―――
「……いけませんか?」
「憂、くん?」
「それを望んじゃいけないんですか?
大切な人と一緒に生きる事を望む事を……」
「……」
「コモン・センシズに反抗するというわけじゃないんです。
本当に不可能なら……諦めきれないけど、諦めます」
「矛盾してるわね。……ま、言いたい事は分かるけど」
「矛盾は、分かって、います。
でも……もし、罪を償いながら一緒にいられる……なにかしらの方法が、道があるのなら、僕はそれを知りたいんです」
分かっている――それが、弱さだという事は。
……少し前の、あの瞬間。
『僕が街に帰れる』と聞いた時の……安堵の言葉とは裏腹の守深架の表情を見てしまった。
そして。
『一緒にいられる道はないか』と尋ねた時の言葉に、僅かに、ほんのささやかに――僕にしか気付けない位に目を輝かせた……そんな守深架を見てしまった。
見てしまった以上……そんな守深架と一緒にいたいというのは、他でもない僕の弱さ。僕の罪だ。
でも……それが罪なら、それも一緒に背負って生きていく。生きていきたいんだ――だから。
「なんとか、できませんか……?」
「…………あーもう。
ホント、しょうがないわね…………」
そんな、身勝手な懇願の視線を送ると――芽茱萸さんは、そう言って髪をクシャクシャと軽く掻き毟った。
それから、深い深い息を吐いて……僕達に告げる。
「どうしてもっていうのなら――――妥協案が、一つあるわ」
そうして語られた『妥協案』に僕と守深架は―――――――――――――――――。
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