30 アンチ・アンブレラと別件と呑み込めないもの
それから、
「全てを弾く能力。ふーくんはその発動のために傘を使う……」
「まあ、多分ちゃんと使える様になれば、傘とかグロックとか本当は要らないんだろうけどね」
苦笑しつつ呟く。
僕が媒介として傘やグロックを使うのは、あくまで集中しやすいからに過ぎない。
今の僕ではそれが手一杯だが、将来的には……もし未来があるのならば……意識の集中だけで同じ事ができるようになるだろう。
「そうね……不必要な、傘か。
Unnecessary Umbrella……長い。
あえて……Anti Umbrellaと言った所かしら?」
「……何の事?」
「ふーくんが使う能力の名前。
あ、でも、能力名なら弾く方を重視するべきかしら」
ウンウン唸りつつ、真剣に考え込んでくれる切那さん。
なんというかめちゃ可愛いんですが。
そんな切那さんをこれ以上悩ませたくない事もあって……反面もう少し見ていたい気持ちもあったりしたけど……僕は言った。
「……いいよ。それで。ぴったりだと思うから。
アンチ・アンブレラ。それを僕の能力の名前にしよう」
不必要な、傘。
それは僕が持つ傘そのものではなく、この能力の事だ。
この事件がどう解決するにしても、その後はもうあまり使う事もなくなるであろう"傘"。
そんな能力に相応しい名前だと、僕は思った。
アンチ・アンブレラと名前がついた能力の使い方を、その日はたっぷりと覚えさせられてしまった。
切那さんはまるでそれが自分の能力であるかのように、能力の使い方を考え出していった。
足で地面を"弾く"事による、第四世代の身体能力を超えた高速移動。
攻撃の受け流し。
能力によるカウンター。
結局その日、僕はそれらの型を覚えるのが手一杯で、モノにはできずじまいだった……
「うぅ、ごめん……物覚えが悪くて。ちゃんと復習しておくよ」
日が傾いた通学路を僕らは並んで歩いていた。
顔や体のあちこちに擦り傷やらあざができていたが、その全ては、ただひたすらに自分の不器用さが招いたものだった。
「物覚え、悪くないと思う。
私は……もっと時間がかかったから」
「え? そう、なの?」
「うん。
こういう事は『理解する』だけじゃ意味が無いの。
行動を身体を染み込ませないと。
ふーくんは、その染み込ませる速度が、昔の私の数倍は速い」
「そう、なんだ……?」
どうにも実感が涌かない。
というか、こうボロボロの身体では説得力が無いような。
「まあ、でも。
本当にそうだとしたら、それはきっと切那さんの教え方がいいからだよ」
「そう?」
ちょこん、と小首を傾げる切那さん。
それがかわいくて僕は思わず頬を緩める。
「そうそう。
これなら、少しは足手纏いにならずに済むかな」
そんな苦笑を向けた先にあったのは、顔を伏せた切那さんだった。
長い髪に隠れたその表情は、少ししか見えない。
ただ、その口は、キュ、と閉じられて……辛そうな表情をしているように見えた。
「切那、さん? 僕何か変な事言った?」
「ううん。何も。気にしなくていいから。
今日はお疲れ様。……それじゃ、また」
その奥にある顔を、ハッキリとは見せないままに。
いつもの別れ道にはまだ早いと言うのに。
切那さんは素早く駆けていった。
まるで、宵闇の中で、親に恐れるのが怖くて家路を急ぐ子供のように。
あっという間の事で、僕には声を掛ける事も、その背に手を伸ばす事もできなかった。
「なんだったんだろ……」
息苦しさを感じながら、伸ばしかけた腕を下ろそうとした、その時。
「ん?」
第四世代の鋭敏になった感覚のせいか、ふと、視線のようなものを感じて振り返った。
「……」
離れた、路地裏からこちらを眺める一つのカゲ。
そこに立っていたのは、この間雪那さんと一緒に交番に連れて行った子供だった。
こっちを見ている……という事は、何か用事だろうか?
あるいは、単純にこの間の事を覚えているからだろうか?
僕はさておいて、切那さんは凄く綺麗だから印象に残って当然だろうし……。
「……」
「……」
彼は、笑っていた。
その笑みは――笑顔の方向性はいつか何処かで見たような気がする。
それは、何処だったろうか……そんな事を考えている内に、子供は僕に背を向けて去っていった。
「なんだったんだろ、一体」
首を傾げながらも、僕が再び家路につこうとした――その瞬間。[p][cm]
「!」
鏡界の展開する感覚が身体に走る。
「まさか……?!」
あの男が約束を破って事件を起こそうとしている……?!
もしそうなら、何事か起こる前にどうにかしないと――!
僕は唇を噛み締めながら、慌てて鏡界を感じた場所へと駆け出した。
「なんだ、これ…?」
集まり始めた野次馬に混じって、ソレを見る。
ソレ……というのは、家だったものの事。
本当なら僕の視界には一軒家があるはずだった。
売家になっているが、誰も住まなさそうな事で、このさっきずっと放置のような状態のままだろう――そう噂されている近所でも有名な空家が。
だが、そんな噂があった家は、その場所は――今完全に焼け落ちていた。
「……あの白い奴の仕業、じゃないよな」
「そうね、違うわ」
「うおわっ!? って、切那さん」
「なんでそんなに驚くの?」
「いきなり耳元で囁かれたら驚くよ、普通」
「……」
「あ、いや、そんなしょんぼりな顔をされると辛いんですが……。
って、その事はとりあえずさておいて。
切那さん、これは……」
「――。少なくともあの男がやった事じゃないのは確か。
あの男の力はこんなもの……種類じゃないし、何より空家を燃やす意味がないと思う。
これまでの行動と毛色が違い過ぎる」
「だよね」
「でも、これが第四世代、もしくはそれに準じる特殊能力の持ち主が行ったのは確か」
「どうして?」
「いくらなんでも燃え終わるのが早過ぎるわ。
家一軒が燃えるほどの勢いの火が消防が来るより早く完全に消えてるのはおかしい。
隣家に燃え移っていないのも奇妙だし、異質な点が多過ぎる」
「なるほど。
……死人は出てないだろうけど放置ってわけにもいかないな、これも」
「そうね。
こっちも対応して行く事にするわ」
「勿論、僕も協力するよ」
「ええ、お願い。じゃあ、調べ物が増えたから私はここで」
「今僕に手伝える事は?」
「ない」
「うわ、即答」
とは言え、そう他ならぬ切那さんが言い切るのなら実際出来る事はないのだろう。
「分かった。でも、手伝えることが合ったらいつでも言ってほしい。
それから……気をつけてね」
「ありがとう。――その、ふーくんも、気をつけて。
私に殺される前に、他の誰かに殺されないように」
発言はひどく物騒だけど――なんでだろうか。
「うん。なんか嬉しいな……って」
嬉しさと照れ臭さが沸き上がってきて、なんとなく視線を数瞬地面に落としている間に、切那さんは姿を消していた。
神出鬼没ってこの事かと思うぐらいの速さだ。
「じゃあ、僕も。――?」
「……」
瞬間、見覚えのある人の顔が見えた気がしたのだが。
アレは確か――部長の友達の……盾上さん、だったっけ。
「――彼女も、野次馬かな。
ま、いいか。
そろそろ帰らないと……」
呟きながら、背を向け掛けた途中。
第四世代としての高い視力が、ソレを見つけた。
焼け落ちた家の下、身体を焼かれ、潰され、息絶えている一匹の子犬を。
焼かれた後に潰されたのか、潰された後に焼かれたのか、どちらが先かは分からない。
いや、そんな事は問題じゃない。
「……っ!」
瞬間湧き上がる怒りで歯噛みしながら、僕は今度こそ家路に着いた――。
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