29 悪くない場所と戦闘訓練とささやかなで濃密な触れ合い

「ここ?」


 切那せつなさんの確認の言葉に、僕・伏世ふくせゆうは頷いた。


 僕達がいるこの場所は、屋上の扉の前の踊り場。

 屋上の鍵は開いていないが、ここを利用する事を禁じられたりはしていない。

 ここの一階下辺りがやる気のないクラスが担当のためか薄汚れ気味のため、あまり人も来ないので、ある意味穴場と呼べなくはない。


 ちなみに、ここに限っては、我がクラスの掃除担当場所で、僕がここの当番になるたびに念入りに掃除しているので、結構綺麗だったりする。

 ……まあ、そうでなければ切那さんを連れてきたりはしないけど。


 僕は踊り場の所に腰掛け、切那さんはそのすぐ下の階段の所に腰掛けて、昼食をを取り始めた。


「ふーくんは、よくここに来るの?」

「うーん……よくって程じゃなくて、そこそこ、くらいかな。

 掃除の時と、ごくたまーに違う風景でご飯を食べたくなった時、後は……静かな場所で気分転換したい時とかに」


 この場所は、おすすめだからどうぞ、なんて騒ぎ立てるような場所じゃない。

 静かで、日当たりが良くて、僕の性には合っている……それだけの場所だ。


「悪くない場所だと、僕は思ってるからね」

「……確かに、悪くないね」

「切那さんもそう思う?」

「うん。静かで適度に温い感じがして、いい」

「そっかぁ……うんうん、そうなんだよね」


 切那さんからの同意が得られた事が嬉しくて僕は思わず馬鹿みたいに頷く。

 そんな雑談を交わしながら、僕らはのんびりと昼食の時間を過ごしていった。


 ――そんな中で。


「あの、ふーくん。

 訊きたい事があるんだけど、いい?」

「ん。なに?」


 なんとなく話の方向性が変わる気配を感じて、僕は居住まいを正した。


「戦いの時の話、なんだけど……ふーくんはどんな能力を使って戦っていたの?

 良かったら、教えて」

「別にいいけど……見てなかったの?」

「私は自分の戦いに集中してたから」

「そっか…でも、どうして急に?」

「……なんとなく」

「ふーん…」


 話題の方向が少し意外で僕はちょっと驚いた。

 でも、どんな話題にせよ、切那さんが自分から、しかも僕の事についての話題を振ってくれた事が少し嬉しかった。

 だから、僕は我ながらおめでたいなぁと思いつつ、簡単に説明する事にした。


「えっと……僕は、なんというかあらゆるものを弾く力を持ってるみたいなんだ。

 まだ上手く扱えないんだけど、傘というか殴るような武器とかエアガンの弾丸とかに、意識を乗せて集中すると発動しやすくなるみたい。

 それで発動すると、空間を弾く事で傘やエアガンみたいなものでも化物を倒すのに十分な武器になる、って感じ。

 ……その、多分だけど」


 自分で使っている能力にまだしっくり来ないので、ややあやふやで、そのつもりはなくてもいい加減な説明になってしまうのが少し悲しい。


「あなたはまだ、自分の能力をちゃんと把握していないのね」

「う。まあ、そうなるかな」


 今のところ、空間を弾く事による戦闘法にしか使っていないが、この能力で一体どれほどの事ができるのか、正直僕自身もまだ分からないことの方が多い。

 そんな僕のあやふやな言葉に切那さんの表情が少し険しくなる。怒っている、のだろうか。

 その観察が正しいものである事を肯定するように、少し厳しい口調で、切那さんは言った。


「それでは、駄目よ」

「え……」

「あなたは、自分ができる事を放棄している。

 その能力は多分、使い方次第でもっとすごい事ができるはずよ。

 より深く理解を進める事であなたの力になるのは間違いない。

 でも、今のままでは宝の持ち腐れ」

「それは、そうかもしれないけど」


 切那さんの言葉はごもっともだ。

 でも、僕は今の使い方で精一杯だ。それに、何か覚えた所で――。

 そこでまた余計な事を考えそうになって、僕は軽く頭を振った。


 そうして何も言えずにいる僕に切那さんは言った。

 ――僕を静かに見上げて、視界に捉えながら。


「私が、教えてあげる」

「え?」

「私が生きてきて覚えてきた経験から、今からでも実践できる事、教えられる事をあなたに教えてあげる。

 それは何かの足しになると思うわ。

 ……良ければ、今からでも教えてあげられるけど……」

「そう、だね……」


 答えながら思考に入る。

 まだこの事件に関わる以上、戦う事は避けられないだろう。

 そうする事で、その過程で切那さんの足手纏いにはなるのは……嫌だった。


 急な話題転換や提案には、そういう意味合いが多少は含まれているのだろう。

 あの男との本格的な戦いの前に、必要な事だと判断したのかもしれない。


 そして、なにより。

 僕が戦い方を覚えて、強くなる事で、この事件を解決できる一助になれるというのなら。


 せっかくの切那さんの心遣い……無駄にする理由はない。

 僕一人では短時間では成果も上げられないかもしれないけど、切那さんが鍛えてくれるなら――強くなれるかもしれない。


 であるなら、答は一つだった。


「うん、どうか僕に戦い方を教えてほしい切那さん……いや、境乃先生。

 授業料は、いつか何かで支払うから」


 そう言って頭を下げると切那さんはそれに大きく頷いて、


「ええ、もちろん。

 ……授業料は、出来れば――ふーくんのミートスパで」


 と答えてくれたのであった。




 食事の後。

 雨は上がっても、まだ曇天が続く空の下。

 学園の屋上で僕と切那さんは睨み合っていた。


 ちなみに閉じられていた屋上の扉は、切那さんが難なく針金で開けてしまった。

 ……おそるべし。


 今現在、その切那さんの手にはナイフが。

 僕の手にはいつもの傘とグロックが握られている。

 いきなりナイフは危なくない?とも思ったが、切那さんは刃物の扱いに長けているので問題ないと思う事にした。


 というか、約束もあるから殺しはしないはずだし、細心の注意を払ってくれるだろう。

 ……いや、こんな事の為に約束したわけじゃないんだけど。


 ともかく、まず簡単に手合わせしてみようと切那さんが言い出したので、僕はそれに従っている。


 女の子相手に、という遠慮や躊躇いがないわけじゃない。

 しかし。


「………………どうしたの?」


 彼女は好きな様に掛かって来ていいと言って、ナイフを無造作に構えたままだ。

 しかし、それは自然体であり、一番彼女に適した構えなのだろう。

 実際――今の僕は彼女に近付く事もままならないでいた。それ位隙がない。


 こんな彼女相手に遠慮や手加減は命取りだ――そんな確信が僕の中に生まれていた。

 女の子相手に全力を出すのは躊躇われるけど、出したとしても勝てはしないのが分かりきっているのが悲しい。


 ただ、なんにせよ、こうしてずっと様子見をしている訳にはいかない。


 どう考えても、まともにやっても勝てはしないだろう。

 なら、手段を考えるだけだ。


 接近戦じゃどうあがいてもはたきのめされるのが関の山。

 なら……!


「くらえっ!!」


 構えたグロックを彼女に解き放つ――でも、その狙いは彼女じゃない。

 言葉もあくまでフェイントに過ぎない。

 僕が狙うのは、彼女が立つその地面……!


 空間の弾丸が、コンクリートを穿つ。

 彼女はその弾道を見切り、すでに着弾点から逃れ、鋭いターンでこっちに向かって斬りかかる!


 は、速っ!

 でも、予測の範囲内に収まってくれている。

 僕は少し慌てつつも傘を開き、こっちに突っ込んでくる切那さんに突き出した。

 切那さんはそれに構わずナイフを突き出す……!

 その威力を抑えきれず、傘が弾き飛ばされる……が、そこに僕はいない。


 もらった……!!


 広げた傘で一瞬の死角を生み出せば、第四世代の身体能力を得た僕には十分だ。

 全速で切那さんの脇に回り、一撃を……!!


「……っ!!!」

「???!!!……があっ!?」


 その一撃を入れる前に。

 凄まじい打撃が認識の外――横合いから放たれ、それをまともに受け弾き飛ばされた僕は無様に地面を転がった。


「う、ぐ……い、一体――?」


 正直、何がなんだかさっぱり分からなかった。

 そんな僕の上に覆い被さるように、しゃがみ込んだ切那さんの顔が視界を覆った。


「……大丈夫?」

「……………死ぬかと思った」

「そうね。本当ならふーくん死んでた」


 事も無げに言われて、僕は絶句するしかなかった。

 そのままの体勢で、切那さんは続けた。


「さっき仕掛けたのはバレバレだった。

 元々素人でしかない黒君がフェイントをかけようとしても、実戦慣れした人には通用しないわ。

 あと、第四世代の身体能力に頼りすぎて、動きに無駄、むら、隙があり過ぎる。

 あれなら、私の方がずっと早い」

「う」


 言われた事は全て真実なので、僕としては何も言えない。

 正直、悔しいけど。


「でも」


 そう言いながら立ち上がり、場所を変えてから切那さんがこちらへと手を差し出した。

 僕は――空を背にする切那さんに少し見惚れながら、その手を握り返す。


「だからって開き直って真正直、真直線に突っ込むのは論外。

 状況や相手によっては、適切な場合もあるけど、基本的にそれは通用しないから。

 それは本当に最後の最後だけ許される方法であり、精神論。

 だから、やけくそになってそうしなかったのは偉いと思う」


 ぐいっと力強く引っ張られ、立ち上がらせてもらうのは情けないものがあった。

 でも、その情けなさも悔しさも、最後の一言で消え去っていくような気がした。


 この様を見ている人がもしいるのなら、単純だと笑ってもらっても構わない。

 この気持ちは、きっと誰にも分からないだろうから。

 ……………………まあ、それはそれとして。


「うーん、しかしなー。

 今のフェイントは僕に出来得る最高のモノなんだと思うんだけど。

 いくら策を練っても、それこそ素人の僕じゃ限界もあるし……」

「うん、そのとおりね。だから、それをあなた自身の能力で補うのよ。

 あとさっきも言った通り、素人からは抜け出せる程度の事は教えてあげるから、しっかり覚えない」

「境乃先生は厳しいなぁ……」

「とりあえずは他人事だから」

「うぅ………違いない」

「でも――ふーくんならできると思うの。きっと」


 少し穏やかに告げる切那さん。


 その瞬間、僕には。


 微かに。

 ほんの僅かだけど……切那さんが微笑んでいるように、見えた――。

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