22 エアガンと説得と戦いの只中へ

「……やっぱり来るの?」


 僕・伏世ふくせゆうの後ろを走りながら、切那せつなさんはそんな事を言った。

 その問いに僕は頷いた。迷いなく。


「うん」

「……戦うの?」

「戦うよ」

「どうして?」

「間違ってる事を間違ってるって胸を張って言いたいからだよ。

 たぶんね」


 走っているから、彼女の顔を見る余裕なんてない。

 いや、見たくなかったのかもしれない。

 今ここで不思議そうな顔を切那さんがしているのなら――僕は彼女を許せそうになかったから。


「……いた」


 その彼女の言葉が聞こえるか否かのタイミングで、それは視界に入った。


 人通りが少なめの路地裏。

 そこを歩いている僕らと同じ学園の女生徒。


 そして、その後ろでその長い腕を振り下ろそうとしているバケモノ。

 勿論、その女生徒は鏡界の影響でそいつの姿を見る事すら叶わない。


 その瞬間。

 怒りが、意志となって、爆ぜた。


「……させるかぁぁっ!!」


 叫ぶよりも速く鏡界展開。

 これで僕の姿は女生徒には映らなくなるはずだ。

 展開と同時に僕はバッグの中に入れておいたモノを取り出した。


 グロック17。

 まだ試射もしていないモデルガン。

 足を止めた僕はバッグを捨てると、狙いをつけて、その引き金を迷う事無く引いた。


 打ち出される銃弾は無論BB弾だ。

 低年齢向けのもだし、改造もしたりしないので当たる所に当たれば痛いぐらいの威力でしかない。


 だが、それはあくまで普通に使えばの話。

 撃ったBB弾の弾道が間違いなくバケモノにヒットするのを強化された眼で確認した瞬間、その弾丸に意識を集中する。


 弾く力。

 空間をも弾く力。

 それを弾丸の軌道上に乗せる。


 直後BB弾が、バケモノに着弾する。

 空間ごと弾き飛ばす『弾丸』の衝撃は圧倒的な力でバケモノを弾き飛ばした。


「よっし!」


 想定通り出来た事が嬉しくてついついガッツポーズをしてしまう。


「……まだよ」

「分かった!」


 切那さんのありがたい指摘に反応する形で、僕は傘を構える。

 そんな僕の横を走り去った切那さんは、いつの間にか何処からか、ナイフを抜き放っていた。

 切那さんは更に加速すると、女生徒の脇を通り抜け……


「……ふっっ!!」


 息を吐くと同時に、起き上がったばかりのバケモノの胴を一斬した。

 間合いを一瞬で詰め、最低限の動作で最大限の威力を生み出す。

 その所作はまさに閃光だった。


 バケモノは腹から血が噴水のように噴き出すと何事かを呟くように口をパクパク動かしながら地面に倒れ付した。

 そして、四肢を痙攣させた後、動かなくなった。


 ……その様は正直、直視したくないものだ。

 吐き気も、する。


 でも。


 僕は振り向いた。

 今確かに命の危険にあった女生徒さんは何事も知る事無く、学校への足を止める事無くこの場所から遠ざかり…やがて見えなくなった。


 あの女の子の為には為さなければならない事だった。

 だから、どんなに惨い事でも、耐えなくてはいけないと思った。


「……ふん。殺せなかったか」


 高くも低くもない、よく通る男の声。

 その声を聞くのは、これで三度目だろうか。


 いつの間に、そこにいたのか。

 あの白い男が、路地裏の先に立っていた。


 その距離は、切那さんが刀を振るうには少し遠い。

 切那さんの刀の衝撃波を使っても容易く避けられるであろう、絶妙な位置だった。


 何か、違和感がある。

 多分、その肩に乗せていた猫が何故か今はいないせいだろう。

 ……正直、そんなことはどうでもいいが。


 自分の無駄な思考を振り払って、男に鋭い視線を叩き付ける。

 男はそれに全く動じる様子もなく、いつもの余裕ぶった態度のままで、口を開いた。


「なんだ。まだその女に肩入れか?

 だが、それも今日までだ。

 考える時間はやった。君と遭遇したのも三回目。

 そろそろ答を聞こう」


 男の言葉につられるように、切那さんは男に向けていた視線をこちらに向けた。


 切那さんの表情は……何処か、悲しげだ。

 多分、僕と彼で交わされた会話を、なんとなく察しているんだろう。


 ひょっとしたら、これから口にする事で僕は彼女をもっと悲しませるのかもしれない。


 それでも――それでも、僕の中で答は出た。

 そして、出た以上、それを示さなくてはならない。


 小さく息を吸って、呼吸を整えて、僕は告げた。

 自信と決意を込めて。


「……僕は、アンタに協力なんかしない」

「なに?」

「事件を傍観したりするつもりもない。

 僕は、とことんまでアンタの邪魔しまくった挙句、アンタをボコボコにする。

 ここにいる、切那さんと一緒に」

「ふーくん……」


 ふと視線を向けた先、切那さんの目が見開かれていた。

 それが驚きなのかなんなのかは、僕には分からない。


 そんな僕らを――僕を見て、男は、心底呆れ果てた声音を零した。


「お前……本当に第四世代なのか?

 分からないのか?

 第三世代の存在の無意味さが……!

 理解できないのか?!

 第四世代が持つ崇高な使命の重大さを――!?」

「……アンタが言ってる事の意味は分かるよ。でも理解は出来ない。

 そして、それは僕にとって崇高でも重大でもない。

 もっと大切な事があるんだ――少なくとも、僕にとっては」

「大切な事、だと……?」

「僕にとって大切なのは、現在進行形の、僕や、僕の回りにいる誰かの幸せだ。

 次の世代の事を考える余裕なんかない。

 もっと先の人類の事もそうだ。

 今、誰かが不幸なら意味がないんだ。

 だから、今、それを奪うアンタを、僕は許せないんだ!」

「ふん……なるほどな。

 浅はかではあるが、お前の理屈は理解した。

 だが、それなら、お前の前に立つその女はどうだ?

 そいつも、お前の言う所の人殺しだ。

 仮に、お前達が私をどうにかしたとして、その後はどうするんだ?

 その女だけは例外なのか?」

「……勿論、そんなつもりはない」


 僕は微かに眼を伏せた。

 そこで心に込める力を蓄積させてから、改めて眼を、口を開いた。


「だから、説得する」

「え……?」


 切那さんの、そんな声が洩れた。

 その声は、すごく女の子で、さっき一瞬でバケモノを倒したヒトと同じだなんて思えなくて、こんな時なのになんとなく可笑しかった。

 顔には出さなかったけど。


「……彼女とは一つ約束してるんだ。

 アンタが起こしてるこの事件が解決したら、彼女は僕を殺す事になってる。

 その代わり、僕にこの事件の顛末を見届けさせてくれるってね」

「なに……?」


 信じられないと言わんばかりの声音だった。

 まあ確かに信じられないのも無理はない、おかしくて無茶な約束だなと改めて思う。


 でも、それが彼女と僕が交わした約束だ。


「……折角交わした約束を破る気はない。

 でも、アンタの言うように切那さんの事を放ってはおけない。

 正直第四世代絡みの事はまだ分からない事だらけだし、そんな中で他人様に意見なんて何様のつもりなんだって、自分でも思う。

 それでも、殺す事で全てを解決するのは多分間違ってる。

 間違ってるって、僕は思いたいんだ。

 だから、説得する――切那さんとの約束が成立してる間に」


 自信はない。全然ない。

 やり遂げられるかどうかも、生き延びる事が出来るかどうかも、この世界を知ったばかりの僕自身にも。

 だけどそれでも――間違っていると叫びたい事がある。


「それは今からほんの僅かな時間かもしれない。

 今アンタをなんとかすれば、それで済むわけだしね。

 でも、例え間に合わなくても、届かなくても、間違ってるものは間違ってるはずだって、僕は胸を張って言いたいんだ。

 それに…正直、僕だって……死にたくない」


 そこに自分のエゴを混ぜる事は、正直言って情けないと思う。

 だけど、それでも嘘は吐きたくなかった。

 基本的に誰に対してもそうだけど――特に、切那さんには。

 だから、無様でも恥ずかしくても、自分のエゴも織り込んで、僕は伝える。

 

「もし、彼女が殺したくないと思うようになって、僕を殺さないのなら……約束を破った事にはならない。

 ……って、僕は思ってるんだけど、どうかな?」


 最後は彼女に向けて言う。

 そんなエゴも混ぜ合わせた主張に、彼女は、切那さんは――ただ、ぼうっ、とこっちを見ていた。

 呆れ果てての表情なのか、もっと他の意味があるのか、今の僕には分からない。

 だから、今の僕はただ全力で伝えたい事を伝えるだけだ。


 ――その結果、どうなるのか分からなくとも。

 彼女の逆鱗に触れて、殺されるのだとしても。

 彼女の許しを得て、今はまだ生かされるのだとしても。


「というわけだから。

 切那さん、人を殺すのは、もうやめてほしい。

 それは……どんな理由であれ間違っている事だと――僕は思うから」

「………………」


 それから暫し――鏡界を沈黙が支配した。

 僕は伝えるべき事を伝えて、他に言葉を持たなかった。

 彼女も、何を言っていいのか分からないようだった。


 そして、白い男は――


「……………………ふ。ふふふふはははっはっははっははは!!!!!!」


 また、可笑しそうに笑い始めた。大きく、そしてけたたましく。

 余程面白かったのか、中々抑えきれずにいたその笑いをどうにか堪えつつ、男は言った。


「いいな、それ。面白い。面白いよ、それ。―――はははっ!!

 いいだろう。三日待ってあげよう」


 男はそう告げると、こちらに明確に伝える為か右手の指を三本立てて見せた。


「約束しよう。三日間、私は誰も殺さない。

 その間に何が起こるのか、楽しみに待たせてもらう」

「……そんな必要はないよ。アンタは今ここで捕まえる」


 傘を右手に構え、左手のグロックの狙いを男に定める。

 この男の言葉は、僕にとってはありがたいモノであるのは事実。

 だけど、そんな理由でコイツを野放しにするつもりはない。

 これ以上『何も知らない誰か』を危険に晒す理由にはならない。


 しかし、男はそんな僕も、僕の意志も、フン、と鼻で笑い飛ばした。


「せっかくの人の厚意は無駄にするものじゃないぞ。

 だが、この場に居続けるのはあまり面白い事にはならないようだな。

 私は帰らせてもらう」


 男がそう告げた直後――男の背後から、巨体……バケモノが2体現れた。

 昨日倒したものと同じ、かどうかは分からないけど、限りなく近いものだ。


「……やっぱり、このバケモノはアンタが……!」

「そうだ。私の第四世代能力は【操影そうえい】。

 影を、朽ちたものや堕ちたものを自在に操る能力だ。

 媒介を仕込んでさえいれば、いつでも何処でも私はこれを操れる。

 説明もしてやったし今日はここまでだ。では、三日後に会おう」

「逃がすか……!」


 即座にグロックを構え、狙いを合わせようとするが、それをバケモノが遮るように襲い掛かってくる。

 その動きは昨日の奴よりも一段と速い……!


「せっかく時間を与えたんだから、ここで死ぬなよ」


 そう残した男は背を向け、この場から立ち去っていった。

 あっという間に遠ざかった背中には――もう、どんな攻撃手段も届かない。


 であるならば、今やるべき事は。


「しょうがない……まずはコイツらだ……!」


 あえて声にして思考と気持ちを切り替えた僕は、グロックと傘を握り締めてバケモノへと対峙する――!!

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