23 越えていく戦いと傷ともう一つの約束

「しょうがない……まずはコイツらだ……!」


 戦う――その行為に慣れたわけじゃない。

 だが、眼前の敵をどうにかしないと、あの男は追えないし、この事件を見届ける事さえできはしない。


 正直怖い。

 本音は逃げたい。

 それでも、戦うしかないなら、戦うべきなら……僕は戦う――!!

 

切那せつなさん!

 一匹、お願いしてもいいかな?!」


 切那さんは考え事をしている時と同様にぽーっとしていたが、声を掛けた事で我に返ってくれたようだ。

 顔を上げて大きく一度頷いた。


「……分かった。ふーくん、気をつけてね」

「了解っ」


 さあ、行くぞ……!

 居並ぶ二体の片方に持っていた銃を連射する。

 それらは確実にヒットするが、先程のバケモノが簡単に弾き飛ばされたのに対し、コイツは多少よろめく程度だった。


 推測でしかないが、さっき切那さんが斬り倒したものよりも、多少強化してあるのだろう。

 いずれにせよ、よろめいた以上それは隙になる。

 バケモノが崩したバランスを整えた瞬間を狙い、僕は走る。


 「ふっ!!」


 間合いを詰めた僕は、息を吐いて傘を力の限り突き出す。

 強化された腕力に"弾く力"を加えた一撃は、その巨体を今度こそ、後方に弾き飛ばした。

 ……これで、切那さんも一対一でやり合えるはずだ。


 その思考もそこそこに、傘を構え直した僕は、再度突っ込んでいく。

 空間の弾丸は精度を考えると威力が落ち、威力を考えると精度が落ちる。

 この距離での戦闘なら傘を振り回すほうが適切だろう。

 体勢を立て直したバケモノは、僕の接近に気付くと腕を変形、一段と長くなったそれを大きく振るう。


「くっ――!」


 それは思ったよりも速く、バックステップでギリギリ回避した僕の頬を浅く薙いだ。


「痛っ……!!」


 漫画なんかでは軽傷に見える怪我だろうが、結構痛い。

 それに、ダラダラと血が流れて続けていく感触はあまり歓迎できたものじゃない。


 バケモノはそれで調子付いたのか両手を振るって襲い掛かる。

 上下左右から来るそれを、時に避け、時に傘で受けて、どうにか捌く。


「くそ、反撃させろって……!」


 思わず言葉が洩れたその時、バケモノの口から何かが弾丸のように撃ち出された。

 以前も見た、例によっての溶解液だろう。


 僕はバッと傘を開いてそれを防ぐ。

 おそらく、この瞬間に攻撃をしてくる気なのだろう――前回もそうだった。

 ならこっちも前回同様にそこを狙って倒す……!


 そう考えていた……だが。


「ぐぅっ!?」


 突然の衝撃が身体を揺らす。

 それを認識した次の瞬間には僕は地面を転がっていた。

 液を吐いて攻撃を仕掛けてくる……そう読んでいたのは当たったが、その切り替えと動き自体が予想を上回る速さで対応できなかったのだ。

 広げたままの傘の柄を掴み、即座に起き上がろうとした、その時。


「あっ!?」


 すでに間合いを詰めていたバケモノ。

 そいつが僕の上に乗り掛かり、口を開いている瞬間が、僕の視界に有った。


 至近距離で溶解液を撃つつもりか……!

 この体勢では逃げる事もできない……!!

 そう認識した刹那、バケモノの口から液が吐き出され――


 鮮血が、飛び散った。

 勿論……バケモノの。

 降り注ぐそれを、僕は掴んでいた傘でどうにか遮る事に成功する。


「この距離なら、命中精度は関係ない――!」


 吐き気や、込み上げて来る精神的なムカムカを押し殺して……いや、押し殺す為に呟く。

 この至近距離ゆえに、威力を最大限に高める事が出来た空間弾丸。


 液が吐き出されるよりも僅かに速く撃ち込まれたその弾丸は、予想通りにバケモノの頭を破壊した。

 そうして頭部を破壊されたバケモノはふらふらとよろめいてから崩れ落ちた。


「……勝……った」


 立ち上がりながら、その事実を言葉に出して確認する。

 そうでもしないと内側から滲み出る、得体の知れない不安に押し潰されそうになるから。

 乱れた息を整えながら立ち上がり、地面に倒れたバケモノに黙祷を捧げる。

 彼らの元がなんなのかは分からないが、そうしないではいられなかった。


「そっちも終わった?」


 一瞬で黙祷を終え、切那さんの助太刀をしようとした矢先に、彼女の方から声を掛けてきた。

 またも出遅れる形になったが、どうやら無傷のようで僕は安堵した。

 僕の方は軽く頬を薙がれてしまって、少し痛むが……まあ、問題ない。

 痛みを堪えつつ向き直ったその先には四肢がバラバラになったバケモノが地面を赤く染め上げていた。


「……」


 相変わらず、慣れない。

 慣れるようなものではないとは思うけど……反面、平然とする切那さんを見ると、色々考えてしまう。


 それでも。

 切那さんや、先刻襲われそうになった女の子が無事である為に。

 そして、これから犠牲を出さない為に、慣れなくても耐えていかなければ。


「ふーくん?」

「あー……うん、まあ、なんと、か……って切那さん……?」


 切那さんは眼を見開いて僕を……僕の顔をじっと見る。

 その端正な顔を微かに歪ませて、彼女は僕の顔に手を伸ばした。


「え、あ、そ、の」

 

 少し愁いを帯びているかのような表情、こんな切那さんの顔を見るのは初めてだった。

 それが可愛いやら、綺麗やら、その所為で緊張するやらで身動きが取れない。

 そんな僕にお構いなしで、彼女はしばし僕の顔を撫で回した……かと思うと、唐突に、フゥ……と息を漏らして僕から離れた。


「あ、あの……?」


 何が何やら分からないので恐る恐る尋ねると、彼女はいつもの表情でこっちを見やった。


「……血が付いてたから気になって」

「え、あ、そういうこと……」

「………………痛く、ない?」


 彼女はそう言って少し顔を俯かせた。


「え?」


 思わず上げた声に反応してか、彼女が顔を上げる。


「そのほっぺた。

 他はともかく、そこは結構血が出てるから……」


 ………………………反則だ。

 そんな顔をされると……男として、痛いものも痛いなんて言えやしない。かっこつけたくなってしまう。


 彼女が何を思い"そんな"表情をしているのかは分からない。

 でも僕は、心配してくれていると信じる事にした。


「まあ、少し。

 でもこんなの怪我のうちに入らないよ。はは。

 見た目は派手だけど、もう血は止まってるしね」


 演技臭いのは承知で笑って見せる。彼女に心配を掛けないように。

 彼女はそれを見て、その微かな変化をいつもの形《表情》へと戻していった。


「そう」


 まあ、ちょっと……いや正直かなり残念だけど、心配顔よりやっぱりいつもの通りの方がいい……僕はそう思う。


「うん。それより切那さんこそ怪我とかない?」

「問題ないわ」


 見ると、切那さんの制服には返り血一つついていない。

 前回返り血塗れだった事を思い出すと、なおの事安心できた。


「体の無事も勿論だけど……制服があんまり汚れないでよかったね、お互い」


 これから学園に行くことを考えると血がつくのはまずいというか面倒というか。

 勿論、戦っているのだから汚れる事を気にするつもりはないけど、結果として余り汚れなかった事はありがたいと思う。


 僕もあの瞬間、傘で返り血を防がなかったら、ちょっと厄介な事になってただろう。


 頬の傷から流れていた血は、少しだけ制服に付着してしまったが、この位なら顔を剃る時に失敗しただの、絵具だとでも言っておけば言い訳はきく。

 ……まあ、傘は洗わないといけないだろうけど。


「……今日は極力汚さないように戦ったから。

 敵のレベルも大した事はなかったし」

「そうなんだ。やっぱり制服だからね」


 はは、と笑いいながら言うと、彼女は、んー、と何とも言えない声を漏らした。


「それも、あるけど。

 前の事もあるし、あまり余計な事は考えさせたくなかったから」

「何の事?」

「……気にしないで。それじゃ、行きましょう」


 切那さんはそう告げて、さっとナイフを片付けて、背を向けた。

 太腿に装備したケースに戻す瞬間、スカートが翻ったような気もするけど……きっと気のせいだ。

 ……微かに白い色が見えたような気もしたけど……気のせいだったら気のせいだ。


 邪念を振り払って、学校に向けて歩き出した切那さんの後を追う。

 その瞬間、切那さんがピタリと動きを止めて振り返った。


「一つ、言い忘れていた事があった」

「な、なに?」


 よもや見えていたり、見ちゃったりした事を追及されるのでしょうか――――?!

 そうして僕が内心ビクビクしていると、彼女は事も無げに告げた。


「ふーくんが言ってたこと。

 あれ、確かに約束に反してないから、私は別に構わない。

 無駄な事とは、思うけど」


 それだけ言うと、彼女は僕に再度背を向けて歩を進めていく。

 僕は思わず呆然となり、彼女の背中を眺めていた。


「え……」


 僕が言った事。

 それは、ついさっきの『説得』の事以外しか思い浮かばなかった。

 僕が切那さんを説得して、彼女に人殺しを止めてもらうという――


「どうしたの?」


 再度彼女が振り向く。

 僕は、にやけてしまいそうな顔をほどほどに引き締めつつ答えた。


「……なんでもない」

「そう。なら、行きましょう」

「……うん」


 そして僕は心から彼女の言葉に頷いて、彼女と共に、学園へと向かっ――


「ちなみに」

「ん。なに?」

「さっきふーくんが見たものについては、私の不可抗力だから深くは問わない。

 ただ、早く忘れてくれないと、処置が必要になってしまうから忘却を要請するけれど、異存は?」

「全くアリマセン。

 白かった事とか知りません。誠に申し訳ありませんでした」

「うん。途中が少し気に掛かるけど全体的に潔くていいね」


 訂正。

 スサマジイ威圧と共に告げた言葉に、僕が心から平伏した後に、僕達は学園へと向かった。


 



 ――――遠くから僕達を眺めていた視線の存在に、その時は気付く事なく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る