17 ひとまずの約束と第四世代と第三世代

 圧倒的な気配に締め付けられ押し潰される中、僕・伏世ふくせゆうはただ頭を下げ続けた。

 次の瞬間、それさえも出来なくなるのだとしても、そうする事しか僕には出来なかった――。


 ……そんな、永遠のような時間の果てに。


「――フゥ」


 切那さんが息を吐く。

 それを耳にして顔を上げると、切那せつなさんが刀を横に置く姿が視界に入った。

 その瞬間、この部屋を包んでいた殺気や圧迫感が一瞬にして霧散する。


「安心して」

「え?」

「もとより、今あなたを殺すつもりはないから」


 そう言って、切那さんはお茶を一口啜った。

 そんな日常の一コマのような姿を目の当たりにして、僕は徐々に脱力していった。


「…………そうなの?」

「物事には、順序がある。

 今は、この街で第三世代を殺して回っている男を殺す事が先。

 これ以上、誰かを殺させない為に。

 あなたは、その後。

 まぁ機会があれば殺そうとは思っていたけど」

「……あ……そう、なんだ」


 ……まあ、その。

 結果的に望んだとおりにはなったんだけど、あまり素直には喜べない。

 さらっと殺すつもりもあったと言われちゃったし。


 でも、もう後には引けない。


 逆に言えば、その時までは殺されない保障ができたのだ。

 後はやれることを、やるべきことをやらなくてはならない。


 だからまず。


「えと、じゃあ、今は殺すつもりはないって事でいいんだよね?」

「そう言ってる」

「そっか、うん……そこは、ホントにありがとう。

 じゃあ、ひとまずそれは置いておいて、今度こそ僕の訊きたい事、訊いていいかな」


 やるべきは情報整理、そして現状の理解だ。

 知るべき事を知らないと、正しく動く事もままならない。

 そんな思いで尋ねると、切那さんは「うん」と小さく頷いた。

 それにちょっとした安堵を抱きつつ、僕は湧き上がっていた唾を一度飲み干して、心身ともども落ちつけてから改めて口を開いた。 


「なら、まず教えてくれないかな。

 何で、君は僕を………第四世代を殺そうとするの?」


 まず、一番知りたいと思った事を尋ねてみる。

 普段の僕ならあまりにも直接的過ぎてきっと訊けない。躊躇ってしまう。

 だから、今……あの『戦い』を潜り抜けて、これからの決意を固めた今、その熱に昂っている状態で訊くしかない……そう思っての事だ。


 そんな問い掛けに、何の迷いも躊躇も感慨もなく、彼女は静かに答えた。


「第四世代は、人を殺すから」


 その答はあまりにも漠然としていた。

 それゆえにはいそうですか、と簡単に納得できるものではなかった。


「――それは、大雑把過ぎない?」


 半ば感情のままに呟いた僕を牽制するように、切那さんは目を細めた。

 それだけの事なのに、思わずたじろいでしまうほどの意思がそれには込められていた。

 でも、それで引くようなら、そもそもこんな質問はしていない。


「それじゃよく分からないよ。もう少し具体的に説明してくれない?」


 睨み返す、というほどじゃないにせよ、問い掛け直すように視線を送ると、切那さんは微かに眼を伏せてから、改めて口を開いた。


「第四世代は、自身が持つ能力の特殊さを、自身の特別さと勘違いしてる。

 だから第三世代の人間を劣った存在として扱い、その命をどうとも思っていない。

 そして、第三世代の人間が自分達よりも劣っている事を証明するかのように、第三世代を殺す事を、滅ぼす事を考えている。

 それが第四世代の大多数である事は否めない」

「いや、そんな事は……」

「じゃあ、何故私はここにいるの?」


 極端な言葉を否定しようとした矢先、その言葉を覆い隠すように切那さんが言った。


「もしふーくんが思う様にそんな事が無いのなら……そもそも私は今ここにいない」


 そう言われてしまった僕は、二の句を継げなくなった。


 確かに、そうだ。

 さっき切那さんは「組織」と言った。

 それは彼女と同様に考えている人間が数多く存在しているという事に他ならない。

 つまり、多くの第四世代による殺人、それによる被害者が紛れもなく事実だという事。


 どの程度起こっている事なのかまでは推測できないけど、彼らが組織として動く程の根拠があるんだろうと思う。

 ましてや今、確かにそれと思しき殺人事件が起こっている最中なのだ。

 少なくとも、今の僕に切那さんの言葉を覆せるほどの証拠はない。


 何より、真剣な切那さんの表情、言葉――それらが如実に語っていた。

 それは事実である、と。

 少なくとも、切那さんにもそう確信させるほどに揺るがない事実が存在しているのだ。


 その事実に気付かされて、僕は沈黙せざるを得なくなった。


 否定したいのに、できない。

 だから、沈黙しかない――それが、歯痒かった。


「それに」

 

 その沈黙に耐えかねて、というわけではないのだろうが切那さんの方が二の句を継いだ。


「現実として、私はそんな人間達……第四世代達を知っている。

 彼らは、最初能力を持った事に戸惑い、悩む。

 でも、そこを通り抜けてしまうと……やがて人を殺す。

 さっき語った驕りから……あるいは力と精神のバランスを保てずに暴走して。

 彼だって……そうだった」

「彼?」

「私の…………友達だった人」

「え……?!」

「それはただの……ありふれた一例だから、さておくわ」


 僕があまりに驚いたからか、あるいは彼女に話す気がなかったのか。

 いずれにせよ、切那さんはそう言って話の方向を切り替えた。


「ともかく、そうして第四世代の多くは、自分の仲間以外の人たちを……第三世代を殺す。

 そして、私の知った人たち、私の生きる場所には、第三世代が多い」

「だから、殺すの……?」

「そう。だから、殺すの。

 そうする事でしか、守れないから。

 そして、それが私の仕事だから」


「…………」


 守るために。

 ……その答の方には共感があった。


 僕だって、自分の目の届く人達に無事であって欲しいからこそ、色んな事の果てに、ここでこうして切那さんと話しているのだから。


 でも。

 だからといって――――その為に、人を殺すことが許されるのだろうか……?


「質問は終わり?」

「……………あ、いや、そうじゃないけど……」


 ここで今芽生えた疑問について尋ねるのは簡単だ。

 切那さんも思う所を答てくれるだろう。


 でも、今の僕に何が言えるのだろうか?

 切那さんを、彼女のしてきた事を否定すべきなんだろうか?

 僕は、切那さんの事をほんの少ししか知らないのに。


「………ん、とそれじゃ……」


 だから、僕はとりあえずそれについては何も訊かない事にした。

 それについて訊くのは、切那さんの事をもっと知ってからでも遅くは無い。

 だから、別の質問を続ける事を選択する。

 ……そこに、多少の逃避がある事を分かっていながら。


「それで……結局、この事件は何?

 犯人は、何を考えてるんだ?」

「……第四世代絡みの事件の一般的なケース。

 多分だけど」

「一般的な、ケース?」

「うん。

 さっきも言ったけど、第三世代を滅ぼそうとか考えてる第四世代は結構存在している」

「……」

「その、滅ぼそうと考えている人達にも色々な思想がある。

 面倒だから……あるいは『愚かな』第三世代はいずれ自滅するだろうから、と傍観に留める人。

 様々な理由や感情、思想から、自滅まで待っていられないと積極的に排除に動く人。

 そうして排除を選択した誰かに協力する人と、それぞれ。

 基本的には『汝の行動、我関せず。だが肯定・応援はする』というスタンスみたい。

 で、その中の、積極的に滅ぼそうと動いている人達だけど……彼らの方法論としては二つある。

 一つは、生活の中に手段を織り込んで間接的かつ徐々にその数を減じていく方法。

 もう一つは、直接的に第三世代を襲って間引きしようとする方法」

「……今回は、後者の考え方の人が犯人って訳か。

 でも、そんな方法で第三世代って滅ぶのかな」

「無理」


 僕が零した疑問を、いともあっさりと彼女は切って捨てた。


「前者は、その為の手段が間違っていないのなら後々に与える影響は侮れないものがある。

 それに対し、後者ははっきり言ってしまえば問題外でしかない。

 例えば、ふーくんがゴキブリが嫌になってしらみつぶしに殺して回ったとして……それでゴキブリは絶滅すると思う?」

「いや、それは……無理だよ。

 そもそも存在する数が半端ないし、そうしてる間に他の所でゴキブリは繁殖してるわけだし」

「そう、人間にしたってそれは同じ事。

 この星そのものを揺るがすような事が起きない限りは、この星全土に広がる第三世代を直接的な方法で滅ぼすのは無理。

 だから、この方法を取る第四世代は大別して二つに分けられる」


 ふう、と息を吐いて、切那さんは言葉を続けた。

 呆れ果てている、と言わんばかりの表情で。


「その事に気付かないほどにあまり頭が良くない人か、全てを承知でそれを実行する『殺人者』かのどちらか。

 今回の場合は……」

「もういいよ。わかったから」


 それ以上彼女の口から"それ"を聞くのは正直辛かったので、強引に話を締めた。


 今回の事件の犯人がどちらなのか。

 恐らく……後者だ。


 あの男。

 殺人の現場にいた、あの白い男がそこに快楽を見出しているのか、何か理由が有るのかまでは分からない。

 ただ、あの男が『簡単な事』に気付かないとは思えなかった。


 胸が、詰まる。

 ただ不快でしかなかった。

 その憤りで拳を思わず握り締めていると――ふと、視線を感じた。

 思わず顔を上げると、切那さんが不思議そうな表情でぼんやりとこちらを眺めていた。


「……怒ってるの?」

「ああ、そうだね」


 彼女が不思議そうにしているのは、多分、第四世代であるはずの僕が第三世代の事を気にかけているからだろう。


 でもそれは不思議でもなんでもない、当たり前のことのはずだ。

 人が人であるのなら。


「……あなたは、まだいいヒトなのね」

「――――なんとなく、ただ腹が立ってるだけだよ」


 それが、切那さんが僕をよく思ってくれている言葉なのは分かった。

 でも、今の僕は、そんな自分にとっての当たり前が、彼女にとってはそうではないことに苛立ちこそすれ、嬉しくは、なかった。


「ともかく、大体の事は分かった。

 問題はこれからどうするかって事だけど……犯人はちゃんと分かってるの?」

「うん。あなたも見た、あの男」

「いや、まあ、そうじゃないかとは思ってたけど、そうじゃなくて。

 身元とかそういう事が分かってるのかなって事」

「ううん」


 えらく軽い感じで切那さんは首を横に振る。

 その姿に僕が呆れを覚えるより先に、切那さんは言った。


「でもじきに分かる。それに……」

「それに?」

「次に出会った時に殺してしまえば、それでいいから」


 あっけらかんと殺人を宣告するその言葉は。

 やはり今までの彼女の言葉と同じ様に、当たり前、として吐き出された――――。

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