15 買い物とミートスパと戸惑い

 僕達は、僕・伏世ふくせゆうの家に行く前に商店街に向かう事にした。

 とりあえず、昼食の食材を買わなければならないからだ。


 広い商店街の中を歩き回り、その中の有名スーパーマーケットの店内に入っていく。


「今日はここが安売りしてるからね」


 二親が不在がちで日々の雑事をこなしている身の上としては、自然そういう事に詳しくなるものなのだ。


「……そうなんだ」


 そんな僕の言葉に何かを感じ取ったのか、切那せつなさんは感慨深げに言った。

 黒一色の服装や、何より刀が目立つから着替えた方がいいのでは……そう危惧していたが、その心配は無用だった。


 彼女の衣服は、見慣れた……というにはまだそんなに経っていないが……制服姿になっていた。

 着替えたとか、そういうんじゃなくて、気付いたらそうなっていたのだ。


 サッパリ分からないが、それも何かしらの能力なのかもしれない。


 尋ねてみたい気持ちはあった。

 だけど実際の所は切那さんとの買い物に気を廻すのが精一杯で、詮索する余裕なんかなかった。


 出会った時の切那さん。

 戦っていた時の切那さん。

 その両方が、僕の頭から離れようとしない。


 そして、今の切那さんからは、その二つともが感じられる。

 彼女が彼女である以上、それは不思議じゃない……当たり前の事の筈なのに……今の僕には、何故か当たり前には思えなかった。


「……買い物とかあんまりしないの?」


 それでも、なんとか会話をしようと口を開く。

 すぐ側にいる女の子が、自分の知っている女の子なのかどうかを、確かめるように。

 すると切那さんは、普通に答えてくれた。


「そういうわけじゃないわ。

 でも……物が買えれば、私はそれでいいから」


 彼女にしてみれば物の価格は関係ないらしい。

 その物が自分の目的を果たす事ができれば、それ以上もそれ以下もなく受け入れる……そういう事なのだろう。


「うん、そういうこと」


 自分の考えを僕が口にすると、彼女は満足げに頷いていた。


 その様子を窺いつつ、カラカラと人の中をくぐり抜けるようにカートを押していく。

 昼時なので人はそれなりに多い。


 僕の心配事としては、兄さんや母さんに遭遇したりしないだろうか、という一点だった。

 後ろめたい事をしているつもりはないけれど、説明がとんでもなく難しいので。

 だが、兄さんはもうそろそろ仕事に行っている頃だろうし、母さんは母さんで仕事に行っているだろうから、エンカウントする可能性としては低い。


 そんな事を考えながら麺類のコーナーに入る。

 そこにはカップラーメンやらインスタントのうどんや焼きそば、スパゲティなどが並んでいた。

  割と大きなスーパーの一コーナーを全て埋めてしまうほどにその種類は豊富だった。


 たまに思うのだが、ここにある種類全てを制覇した人はいるのだろうか?

 その辺りは実に興味深かったが、今はその疑問は置いておく事にしよう。


「えーと……ミートソーススパゲティのソースはどうする?

 市販の奴で好きな奴があるなら、それを買うけど……」

「ふーくんは、どうしたい?」

「いや、僕は特に拘りはないから。切那さんのご希望に沿うよ」

「私は……ふーくんが作るもの、食べてみたい」

「え?」


 その、顔を真っ直ぐに向けた言葉に、胸が微かに締め付けられた。


「市販のものは相当に繰り返し食べたし」


 ――僕の胸の疼きは一瞬で破壊されましたとさ。


「……どしたの?」

「いや、なんでもないよ」


 僕は虚勢を張って、笑った。

 我ながら悲しいプライドですね、ええ。


「んじゃ、がんばって作ってみるよ。

 材料を吟味しないとな――茄子とかは入れる?」

「ミートソースに茄子は駄目」

「え? 入れる人、結構いると思うけどな」

「駄目なのよ」


 やたら力説されてしまった。

 うーむ、これは入れようものならどうなるか――正直ちょっと怖いです。


「えと、わかった。茄子は入れない」

「うん。良い答」

「あ、そこのパスタ取ってくれる? 多分切らしてたから」

「これで、いい?」

「うん、それだよ。茹で加減で多少変わるけどモチッてしてて美味しいんだ」

「そうなの。これは使った事無かった」


 それを受け渡す時に、彼女の手が僕の目に入った。

 切那さんの手は、白い。女の子という感じの、白くて細い手だった。


 でも、よく見ると――その手には傷がたくさん刻まれていた。


「………………」

「? どうか、したの?」


 微かな上目遣いでじっと見詰める切那さん。

 僕は、その目を見ていられなかった。

 痛みの様な疼きが胸を駆け巡っていた。


「ふーくん?」

「あ、なんでも、ないんだ。ごめんごめん」


 受け取ったパスタを籠に入れて、僕は逃げる様に他の材料を買うべく野菜売り場へと向かった。

 切那さんはそれ以上問う事もなく、野菜を吟味するのを手伝ってくれた。


 僕は。


 その心遣いが嬉しくて。

 それ以上に心遣いをさせてしまった自分の弱い部分が憎いと思った。


 ―――そして、そんな心遣いを目の当たりにしたからこそ、彼女が僕を殺そうとしていた事への疑問と戸惑いがより深まっていった……。

 

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