14 危機と能力覚醒と改めての対話

 僕・伏世ふくせゆうはどうするべきなのか思考しつつ、バケモノと一定の距離を保ったまま走った。

 身体が軽すぎて少し走り辛かったのも慣れてきて、いい感じだ。

 これなら十分に時間稼ぎできそうな気がする。


 まずは、このまま、切那せつなさんが戦いやすいように距離を取るべきだろうか。

 そう思って、切那さんの位置を確認しようと足を止め、視線を向けた。

 その時、砂を弾く……地面を蹴る音が確かに響いた。


「しまっ……!」


 戦闘の時によそ見するべきではない。

 そんな事は漫画の、フィクションの世界でもよく語られている事なのに。


 しかし、そんな事を言ってももう遅い。

 バケモノはもう目の前に立っていて、僕の眼前で腕を振り下ろそうとしている。


 避けるのは……無理だ。もう、間に合わない――――




 死。



 死ぬ?

 死亡?


 誰が?


 僕、が?

 僕が、死ぬ?


 こんなにもあっけなく?

 こんなにも無様に?


 まだ、何も出来ていないのに?


 そんなこと――――――――――――納得できるわけが、ない……!!


 まだだ。まだだ。

 せめて死ぬにしても、もっと何か――なすべきことが、できることがあるはずだ。



 だから――あがけるだけ、あがいてやる……!!!



 僕は半ばやけっぱちで、持っていた傘を頭上に掲げた。

 その両端をしっかと掴み、どんな衝撃がかかっても手を離さないように固定し、精一杯の意志と力を込める。


 こんなものでは防げるはずもない。

 腕の振り下ろされる速度、力は、何の抵抗も感じることなく僕を抉り取る。

 そんな事は、分かってる。


 でも……分かっていても、それしかない!!

 ただ、負けたくなんか、屈したくなんかない……!!


 防いで、耐えてみせる……たった一撃分だけでも。

 せめて、その分の時間稼ぎくらいは――!!


 バケモノの凶悪な手が、振り落とされたのはまさにその瞬間だった。

 僕は傘ごと引き裂かれて、真っ赤に染まりながら倒れる……はずだった。


「……え?」


 僕は目の前に拡がる意外な光景に目を見張った。


 そこには。

 ひょろっとした、古びた傘が。

 その傘の数倍以上の太さと強度を兼ね備えているはずのバケモノの攻撃を完全に防ぎきっている……そんな光景が展開されていた――!



 その状況は……傍から見ていると詐欺にさえ見えるかもしれない。

 だけど、確かに傘は……いや、違う。


 バケモノがギリギリと力を込めて押し切ろうとするのを何とか踏ん張って食い止めながら、僕はそれを見た。


 傘が、その攻撃を防いでいるわけではなかった。

 傘とバケモノの手の接触点……と思われた場所。

 バケモノの手は、傘に触れてはいない。


 腕と傘の間にごくごく僅かな。

 それこそ、視力も強化されていなければ見逃していたであろう程の隙間があった。


 その隙間にある、何かが、バケモノを阻んでいる……?!


 正直、訳がわからない。

 だが、それを思考しつつ、このままの体勢を続ける余裕はない。


「っっだあああああっ!!」


 僕は必死に渾身の力を加えて、バケモノの攻撃を横に流した。

 力を込める事に必死になっていたバケモノは、ガクッと微かに体勢を崩す。


 その間に、僕はバッと後ろに飛び下がる。

 慣れない動作に身体がついていかず、着地の際に後方に倒れそうになるがどうにか堪える。


 と、そこに間髪入れず、バケモノが襲い掛かってくる!

 ワンパターンにも、最大リーチから力任せに腕を振るう攻撃。


 だが、当然の事ながらパターンは攻撃の破壊力に関係ない。

 あの異形の腕が当たれば、腕だろうが、脚だろうが、紙切れのように千切れ飛ぶだろう。

 ……凄まじい速度で風が裂かれていくのを感じ取る。


 ―――――――――――だけど。


(……いける……?!)


 今度は、自分でもよく分からないうちに湧き上がってきた……そんな不確かな確信を持って僕は傘を揮った。


 衝撃音が辺りに響く。

 傘と腕が激突し、その両方ともが弾き飛ばされる。

 その衝撃が手にはね返ってきて、傘を持つ手がジーン……と痛む。


 だが、その程度で、済んでいる。

 本当なら為す術なんか無く引き裂かれているはずなのに。


 傘に、何か仕掛けがある……?

 いや、違う。

 多分、これが、これこそが僕の……第四世代としての能力。


 鈴歌すずか迂月うつき部長の『鍵開け』と同様の、特殊能力。

 

 それについての『答』を欲した、その刹那の間に僕の頭を様々な情報が行き交った。


 『空間』

 『弾くことによる防御』

 『如何なる剛力も、潰せないもの』


 "同じ様な体験を持つ者のデータ"が回答を絞っていく。


 これが……精神感応。

 鈴歌部長が語っていた、第四世代の能力の一つ。

 それらデータと僕の思考が合わさって、一つの決断が導き出される。


 ”あらゆるものを"弾く"――――それが、僕、黒音憂の第四世代能力らしかった。


 "空気流動有り"


 そんな身体の反応に、僕はハッとした。

 何か液体のようなものが、僕に向かって放たれている。


「っ!」


 僕はバックステップして傘を揮う事が出来る間隔を作り、傘でそれを薙ぎ払った。

 液体は傘にまとわりつくことなく、弾き返されて地面に落ちる。


 ……その地面から、ジュワッ……とやたら物騒な溶解の音が響き、実際そうなっている様子が見えた。


 あのバケモノの身体の中で生成されている"強酸性の液体"……そういうものらしい。


 そして、今の行動で僕は自分の能力をはっきりと確信出来た

 傘を揮う度に、その傘の軌道上にある空間を弾く事で傘の強度に関係なくあらゆるものを弾き飛ばしている。


 この能力でどれくらいの事ができるのかはわからない。

 だが、今は今分かってる力の振るい方で十分だ。


 冷静に見る限り、バケモノの動きは強化された僕と大差は無い。

 これなら……きっと立ち向かえる。


 恐怖に震える手を力強く握り締めて、僕はバケモノへと駆け出した――!


「うおおおっ!!」


 バケモノは僕が急接近するのを見て、口から例の液を吐いた。

 間断なく、それを連発する。


 いちいち切り払う余裕や技量は、今の僕にはない。

 僕は一つ一つ丁寧に回避しながら、前へ前へと突き進んでいく――だけど。


「ち……」


 身体全体を使い切る事に慣れていないのか、回避の度に動きに不安定なブレが出る。

 これではいつか回避に失敗するだろう。

 失敗したらどうなるか……考えたくもない。


「……!」


 そんな無駄な事を考えていた所為か、液体の弾丸二つがほぼ同時に撃ち出された『その瞬間』を僕は見逃した。


 液体は僕の左右を絶妙な間隔で挟み込む様に放たれている。

 しかも速い。

 横方向の回避、ならびに後退による回避は、反応が遅れたので無理だ。

 一つは切り払えそうだが、そうするともう一つは確実にヒットする。


 なら……シンプルに防御すればいいだけの事。


 判断した直後、傘をバッと開く。

 傘の真ん中から対照な位置に当たった二つの液体はダラリと垂れて、地面に落ちた。


 防御は、成功。

 だが、そのために開いた傘で視界が遮られる。


 バケモノはそこそこの知能を持っているらしく、既にを狙って僕の頭上高く跳躍していた。


「……っ!」


 ギリッ、と怒りで噛み締めた歯が軋む。

 傘で視界が遮られていても、地面を蹴る音ですぐに分かるし、そもそも行動は予測済みだ。


 そんなもの、いくらなんでも……!


「見え見えに決まってるだろっ!」


 一声咆えた僕はバッと前に跳躍した。

 空中で姿勢を変える術を持たないバケモノは、さっきまで僕がいた位置に着地するしかない。

 

 慌てて振り向くが……一歩どころか二・三歩遅い。

 その間に傘を畳み終えた僕はすでに攻撃のモーションに入っている。


「でぇりゃああっ!」


 僕は渾身の力を込めて、下から上に振り上げる軌道で薙ぎ払った。

 その一撃は、バケモノの顎を簡単に砕き、バケモノはその巨躯を空に投げ出した後、地面を転がり――ピクリとも動かなくなった。


「………やった…………のか………?」


 いくら眺めていても、バケモノは起きる様子を見せなかった。

 ということは、倒した、ということなのだろう。


「………ッ…ハア………ハア…………ハア……………」


 力が、抜ける。

 荒い息が口からだらしなく漏れる。

 しかし、こんなバケモノを相手に傷を殆ど負う事さえなかった。


 こうして戦う事が初めてだった事を考えると、はっきり言って奇跡だ。

 喜ぶべき事なのかもしれない。


 だが、何故だろう。

 勝てたのに。

 命は助かったのに――何か、心が。


「……って、そんな場合じゃなかった」


 僕は大切な事を……切那さんの事を失念していた。

 自分の事が済めばそれでいいのか、僕は――――つくづく自分の自己中心的な考え方に嫌気がさす。


 その時だった。

 何かが地面に叩きつけられる衝撃が、地面と空気を揺らした。


 ……慌てて振り向いたその先には。


 血塗れの切那さんが……立ち尽くしていた。


「切那さんっ!?」


 それを目の当たりにした僕は何も考えられずになり、ただ思うままに切那さんへと駆け寄った……!


「……あれ、倒したの? 逃げるだけでよかったのに」


 事も無げに呟く切那さん。

 だが、その体中から血が流れ出ている……!


「そ、そんなことよりっ!! 血が……! 大丈夫?!

 すぐ手当てするから!

 いや今すぐ病院に連れて行くから……!」

「……」

「それとも救急車のほうが……?! 携帯は何処だっけ……!」

「落ち着いて」

「待ってて! すぐなんとか……!」


 次の瞬間、辺りに鈍い音が響いた。

 慌てまくる僕の頭に切那さんが刀を振り下ろしたのである。……峰打ちだが当然痛い。


「あいたぁっ!」

「人の話は聞くものよ。………私、怪我してないわ」


 切那さんの言葉に僕は思わず目が丸くする。


「え、いやだって……」

「全部返り血。二体とも、殺したから」


 そう言われた事で改めて彼女の身体や衣服を注意深く観察してみた。


 確かに、血が流れている様子は、無い。

 ただ付着しているだけのようだった。

 そもそも、それだけ出血しているのなら立っている事もできないだろう。


 更に言うのなら、彼女は息一つ乱していない。

 二匹ものバケモノを相手取って、である。

 信じられない、強さだ。


 辺りを見ると、彼女から少し離れた所に一体、僕たちのすぐ近くに一体、彼女が倒したらしいバケモノが倒れていた。

 その身体には深い断裂があり、そこから流れていく赤い血が大地を染めている……


「どうしたの?」

「………何が?」

「顔が、蒼い」

「……なってる?」

「なってる」


 自分でも気付かない内にそうなっていたらしい。


 ……血。

 日常的にあまり見慣れないそれは、誰が流しても、僕には辛い。[


 そうか、と、僕はさっきの心の澱みの正体に気付いた。


 血は、嫌だ。

 僕にしても、誰かにしても、勿論、切那さんにしても。

 血が流れるという事は、誰かが傷ついているという事に他ならないから。


 それは……たまらなく嫌だ。

 理由なんかない。

 必要ない。


 でも――今この時は、切那さんのものじゃないことを喜ぶべきなんだろうか……。


「……大丈夫だよ、なんでもない。

 それより、切那さんこそ本当に大丈夫?」

「ええ、問題ないわ……そんなに、心配だった?」


 小首を傾げながら、彼女が言う。

 その仕草は可愛いけれど、それはそれとして。


「当たり前だよっ!」


 不思議そうな顔の彼女の顔を見たからか、思わず強い声が出てしまった。


「もう……生きた心地しなかったよ」

「……そう、なの」

「でも、無事でなによりだよ」


 なんとなく照れくさくて頭を掻いた――その時。

 安心したからか、腹からの大きめの音が僕の中と外に響き渡った。


「……なんか、お腹空いたな」

「うん、そうね」


 空腹感からつい口にしてしまった独り言に彼女はコクコク首を縦に振って同意する。


 今朝摂取した御飯と、先程までの運動量は見合っていない気がする。

 太陽もそろそろ真上に差し掛かろうとしている。


 きっとそれは彼女も同じなのだろう。

 そう思うと……なんだか可笑しかった。

 さっきまでの事が、少し薄れてしまうほどに。


「その……よければ家に来ない? お昼ご飯、作るから」


 普段の僕では出来ない提案を口にした僕に、彼女は微かに首を傾げてこちらを見やった。

 彼女の視線に射抜かれた僕は、何故かそれに戸惑いつつも、言葉を続ける。


「いや、その……色々訊きたい事、あるし……そのついでというか……」


 訊きたい事の内容が内容なので、おいそれと外では話せない。

 だから色々な躊躇いを押し殺して、僕はわが家へのお誘いを口にしたのである。


「……ミートソーススパゲティは、出る?」


 えーと。

 スゴイ爛々と目を輝かせているように見えるのは気のせいなのでしょうか?

 むしろ、戦っていた時よりも気迫が感じられるんですが。


「えーと、その、善処するよ」

「それなら、行くわ」


 即答した彼女は、スタスタと歩き出す。


「ちょ……!? "これ"放っておいていいの?」


 バケモンの死体が散乱したこの惨状を置いておくのは流石に気が引ける……そう思っての言葉に、彼女は事も無げに答えた。


「問題ないから。後始末は、私の仕事じゃない。

 それにこの手の奴は一定以上の損壊ですぐに消えるし」

「……? どういう……って!」


 彼女は言うだけ言うと僕にお構いなしでさっさと歩いていく。

 僕は彼女とこの場を交互に見やったが、こうなった以上、優先順位は決まっていた。


「……仕方ないか……」


 内心で、後始末をする事になる人に謝ってから、僕は彼女の後を追う事にした――。

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