11 意見の相違と決断と小さな願い
「……伏世くん。
まさか、あなたは犯人を追うつもりなんですか?」
そんなふうに内心息巻いていた僕に掛けられた鈴歌部長の言葉。
それは信じられないという意味合いを強く見せている様に感じられて、僕・
「え? だって……」
思わず言い淀む僕に、鈴歌部長は子供を言い聞かせるように言葉を続けた。
「いいですか、伏世くん。相手は殺人犯なんですよ。
殺人犯を追うのは警察の役目であって、わたくし達の役目ではないでしょう」
「……その警察が追えないんだったら、誰かが追わないといけないんじゃないんですか?」
「いいえ、放っておくべきです。
少なくともそれが貴方である必要はない筈です」
鈴歌部長の言っている事が……理解できない。
いや、言葉の意味は理解できる。できるけれど――そこにある判断が、僕には分からなかった。
「殺人犯を、見過ごせって言うんですか……?」
「そうは言いません」
「じゃあ、どういう意味なんですか――?」
言葉を投げかける度に、鈴歌部長の表情が少しずつすこしずつ硬化していく。
少し前まで笑顔だったのに、と息苦しさと僅かな胸の痛みが混ざり合っていく。
だけど、それでも問い掛ける事をやめられなかった。
「人にはそれぞれの役割というものがある、という事です。
極端な例えですが、プロの格闘家や軍人が同様の事件を起こしたとします。
その人を捕まえるのに、警察は同じ格闘家や軍人を頼らないでしょう?
……わたくし達が事件に首を突っ込むのは邪魔者以外の何物でもありませんし、警察という組織の足並みを乱す事になりかねません」
鈴歌部長の言う事は確かに正しい。
しかし、それは――何かが、何か分からないけれど、何かが間違っている、そんな気がした。
少なくとも、鈴歌部長の言葉は、僕にとっての正解ではなかった。
「……鈴歌部長」
「それは伏世くんにとっての正解じゃない、そうですね?」
ずばり言い当てられて、僕は驚きを隠せなかった。
それに対し鈴歌部長は先程までとはうって変わって、明確に少し不機嫌な表情を見せていた。
「な、なんで……?」
「これも第四世代の能力ですよ。
わたくしたち第四世代は疑似的な群体……群れで成り立つ一個の生命体にして運命共同体です。
旧人類たる第三世代もそうだと言えますが、第四世代は旧世代に比べて各個体の繋がりを強くするために”精神感応”を行えるのです。
一種のテレパシーですが、テレパシーと違うのは何でもかんでも読んだり読まれたりはできません。
一番近い概念としてはインターネットでしょうか。
自分の公開できる情報を公開、お互いがそれを利用し活用する。
目の前に立つ誰かだけでなく、不特定多数の誰かからも、開放されている情報なら引き出す事ができます。
インターネットと違って、基本的には自分の知られたくない事はどうあっても洩れませんし、相手の情報にしても然りです。
さっきのあなたの思考はわたくしに理解して欲しい、伝えたいと思っていたようなのでこちらに筒抜けでした」
そこまで言い切ってから、悩むように一拍間を開けた後に鈴歌部長は呟いた。
どこか苦虫を噛み潰したような表情で。
「……そんなに、第三世代の肩を持ちたいんですか、あなたは。
同胞たる第四世代の邪魔をしてまで」
「――第三世代とか……関係ないです。
僕は、僕の目の届く人たちには、何事もなく、平和であって欲しいだけです。
そうじゃないとイヤだし……僕も、きっと幸せにはなれない」
話していて、そうだよなと自分の言葉に納得する。
例えば、明日。
このまま何もしないままで明日を迎えて、友達が、道杖くんが、鈴歌部長が、羽代さんが、兄さんが、両親が、見知った人達が、そして。
『多分、私が何もしなかったら、黒君はきっと自分から動いていたと思う』
『だから、ありがとう』
そう言ってくれた切那さんが――――――――――――――この事件で死んでしまったら。
ずっと。
きっと。
僕は後悔するだろう。
何もしなかった自分を呪い、憎み、許せないだろう。絶対に。
そんな結論に辿り着いた以上――――僕の行き先は決まっていた。
「だからって、何をしたらいいのかとかは、今はまだよく分からないですけど……まず、犯人を見つけ出して会ってみようと思います。
説得するなり逃げ出すなりはそこで考えます」
ひょっとしたら、そこには切那さんもいるのかもしれない。
犯人としてか、あるいはもっと別の存在としてか――それは正直想像も難しいけれど。
でも、もしもそこで会えたのなら……訊きたい事がたくさんある。
だから、まず事件を、犯人を追いかける。
そこから全てを始めていこう。
――昨日、殺人があったという現実から逃げ出してしまった事、あの場所で殺された人への償いも込めて。
そんな決意を込めて鈴歌部長を見据えると、彼女は小さく息を吐いて視線を明後日の方向へと逸らした。
汚いものを見たくない、そう言わんばかりに。
「……好きになさいな。わたくしの知った事ではありません」
「すみません――」
話を聞いてくれたのに。第四世代の事を教えてくれたのに。
申し訳なさはたくさんにあったけど――それでも意見の同調は出来なかった。
だから僕は頭を下げる事しかできなかった。
「――――やっと仲間ができたと思ってたのに………」
呟いて背を向けた鈴歌部長は振り向きもせず、屋上から去って行った。
「これが一段落したら、ちゃんと何かでお礼しますからっ!」
聞こえるかどうかはわからなかったけど、そう言って僕は鈴歌部長の背に向かって一礼した。
彼女は、伝えたいものなら思考を読むのは簡単だと言っていた。
だから、今抱えている、謝罪や歩み寄りたいけどそう出来ない気持ち……そんな言葉に出来ない全部が伝わってほしい――そんな都合のいい事を、僕は考えていた。
そう願う事しか、今の僕には出来なかった――――。
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