10 鏡界と特別な世界と一つの真相
「と、そういうものなのです」
僕・
――鈴歌部長の少し病的にも思える姿を少し心配していたので、僕はその様子に内心安堵していた。
ん、と咳払い染みた動きの後、改めて鈴歌部長は説明の為の言葉を紡いでいった。
「言葉だけだとそれは進化とは言えないほどささやかな事のように思えるかもしれませんが、そう感じているのであれば大きな誤解です。
研究者でない素人考えのわたくし達が猿人と原人の差をあまり理解できないのと同じ様なものです。
とは言っても、第三世代と第四世代は猿人と原人のような外見的な差異はありませんが。
昨日までのわたくしと伏世くんのように」
という事は――――僕はここに至って、ようやく分かりきっていた事実を理解した。
「鈴歌部長は……第四世代……なんですか?」
「はい、そうです……そして」
僕の問いかけに満足そうな笑顔を浮かべた後、いくらか勿体ぶるかのような間をおいてから鈴歌部長は言った。
「あなたも、第四世代です」
「僕が……? どうして、そんな事が言えるんです……?」
「あなたが”わたくしの
少し前まではあなたは第三世代だったはずなのですけど――何かのきっかけで目覚めたようですね」
鏡界。
またも知らない単語が出てきた。
かといって何でも自分から聞くのは少しだけ照れくさい。
もっとも、そうも言っていられないので尋ねる他ないのだけど――そう思っていると、
鈴歌部長はそんな僕に気を回してくれているのか、僕が疑問を口にする前に疑問を解消してくれた。
「”鏡界”というのは第四世代が持つ能力の一つです。
えと、そうですね……」
ふむ、と頷いた鈴歌部長は、伸ばした自分の掌で僕の視界を覆った。
当然、僕は部長の手しか見えなくなる。
その白い手がいかにもお嬢様なんだなとかついでに思ったりした。
「今あなたはわたくしの手を見ています。
その情報は視覚情報として脳に伝達されるわけですね。
伝達された情報はこの世界の一部を脳という名の鏡に写し取ったと言えます」
部長はそこまで言うとパッと手を離し、今度は右手の人差し指で自分の頭を指差した。
「第四世代は、先程も言ったとおり、脳の機能を本来の意味で100%使いこなす事が出来ます。
その一部の能力で写し取った情報を自分の視界内――
この場合、視界の届く範囲の情報を書き換え、写す事ができる……それが鏡界です。
自分の脳内イメージを仮想現実として現実に投影できる、というべきでしょうか。
――――こんな風に」
瞬間、違和感が僕を襲い……屋上だった世界が『変わった』。
昼間が夜に、地面が見渡す限りの荒野に――ところどころ白い花が咲いていたが――一変した。
「なっ……!」
「これに付随する形で各々に応じた特殊能力をわたくしたちは扱えます。
まあ、そうは言っても、しょせんは鏡。
鏡界自体はあくまで世界を写し返すものでしかありません。
各々の能力はさておき、鏡界は無いものを在る様に在るものを無い様に見せかける事はできても、無いものを生み出す様な事はできません」
「え、でも――――触れますけど?」
すぐ近くに咲いていた花一輪に手を伸ばすと――部長に指さして確認すると笑顔で頷いてくれたので――手には確かに花の感触があった。
「そう感じるだけです。それに花の香りはしないでしょう?」
「――確かに」
実際、部長の言葉に花に鼻先を近づけてみても何も感じなかった。
「要は、良く出来たプロジェクターなんです。
だからというべきか、同じく鏡を扱える第四世代には見えている世界そのものは無意味だったりします。
――元々の屋上をイメージしながら、もう一度花に触れてみてください」
「……やってみます」
鈴歌部長の言葉どおりに、さっきまでの風景をイメージしながら花に手を伸ばす。
するとさっきは接触できた花を伸ばした指先が素通りしていった。
直後、世界がブレて、元々の屋上へと回帰した。
――――だけど、包んでいる違和感は消えていなかった。
「と、こんな具合です。
同じ世界を共有して受け入れ合う事で楽しんだりもできますが、これらはとどのつまりは幻です。
ただし、これらの幻はちょっとしたおまけのようなものです。
鏡界の本来の機能と意図は、能力行使可能空間の展開と、その中でのわたくし達の活動を旧世代――第三世代に認識させないため、という意味合いが強いです。
単純にそれだけであれば、先程のような世界を作らずとも鏡界を展開するだけで充分です。
それだけで、第三世代は私達の存在をそもそも認識さえできないようになります」
「なるほど……って」
そこに至って、ようやく僕は気付いた。
「そうか……それで、だったのか……!」
「……はい。伏世君の考えている通りです。
近頃起こっている連続殺人事件の犯人もおそらく第四世代です。
その事と伏世くんの話を踏まえると――貴方は事件に巻き込まれる事で、眠っていた第四世代の能力を触発されたのでしょうね」
鈴歌部長はおそらくと言ったが間違いなくそうだろう。
そうでなければ説明がつかない事のほうが多い。
何より僕はその現象を何度もこの眼で見ているのだ。
今日の鈴歌部長。
昨日の事件。
そして一昨日の――ということは、
それを確かめる術は……
「鈴歌部長」
「はい? なんですか?」
僕の言葉を受けて部長は小首を傾げた。
「部長は……僕が第四世代だって、いずれそうなるって……知っていたんですか?」
「ええ、なんとなくですが。
わたくし達第四世代は疑似的な群体ゆえに自分の仲間に敏感になるようにできていますからね。
まぁ個人差もあって、わたくしは特に敏感みたいですが」
「……僕も、その、他の人が第四世代じゃないかとかがわかるようになりますか?」
「もちろんですよ。あなたも第四世代なんですから。
さっきも言ったように個人差はあるでしょうけど」
途中入った馴染みの薄い単語はさておき、鈴歌部長の言葉を聞いて僕は少し気持ちが持ち上がった。
それなら、彼女が何者なのかを知ることができるかもしれないし、犯人を追いかける事ができるかもしれない。
ただの学生の分際でおこがましいかもしれないが……警察があの様子ではそれも止むを得ないんじゃないかと思う。
「……伏世くん。
まさか、あなたは犯人を追うつもりなんですか?」
そんなふうに内心息巻いていた僕に掛けられた鈴歌部長の言葉。
それは信じられないという意味合いを強く見せている様に感じられて、僕は戸惑いを隠せなかった――。
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