9 異能と屋上と――第四世代

 場所を変える、という鈴歌すずか迂月うつき部長の言葉に従い、僕・伏世ふくせゆうが連れられた先はいつも僕たちが通っている学園だった。


「……そう言えば部長、授業は?」


 鈴歌部長の言う目的地までの道のりを歩きながら僕は何とはなしに問い掛けた。

 ……言った後で、馬鹿な質問だという事に気付いたが。

 案の定、部長は可笑しそうに、クスリ、と微笑んでいた。


「わたくしが授業中にここに居る以上、いわゆるサボりということになりますね。

 でも一日位休んだところで大きな問題は発生しないでしょう?

 それでも万が一があった時は、伏世くんの事も含めてわたくしがなんとかしますから」

「……えと。その、ありがとうございます」


 鈴歌部長の親御さんが有名企業のお偉いさんだという事は理科部の中での世間話で知っていた。

 この学園に資金援助しているとも聞いている。

 その人たちが本気で動けば、出欠の有無など取るに足らなすぎるというか力の無駄遣いなのだろうが……とにかく、心配はいらないのだろう。

 まあ、ちょっと休んだりサボったりくらいで、そんな事にはなり得ないだろうけど。


 そう考えて、ふと学園に通うためのお金をを出してもらっている両親が思い浮かび、少し申し訳なくなる。

 だけど、今に限っては許してもらおう……そう考えながら僕は鈴歌部長の後ろをついて歩いていく。

 

 授業中の時間帯の廊下はシンと静まり返っている。

 授業中なので、誰かと擦れ違う事はないかもしれないが、多くの教室は廊下側の窓を開け放っているので何か言われるのは必至……と思っていたが、何故か誰も僕たちに気付く事はなかった。


 そうして部長の先導するルートでは僕の教室を通る事がなかったのは、僕にとってありがたかった。

 今もしの姿を見かけたら、僕は何を思うのかどう行動するのか、僕自身すら分からないでいたから。


「伏世くん? どうかしましたか?」

「……いえ、なんでも」


 知らずぼんやりとしていた僕が、鈴歌部長の声で顔を上げると――そこには屋上へ通じる扉があった。


 ここ……踊り場までは、僕もたまに訪れる。

 我がクラスの掃除担当場所として、あるいは個人的な気分転換場所として。


 だが、この扉の先になると話は別だ。

 確かこの扉は、数年前に自殺者が出たからという理由で、生徒にとっては開かずの扉となっていたはずだ。


「部長、ここは開かないんじゃ……?」

「開きます。それがわたくしの力ですから」


 僕がその言葉に疑問を抱き口を開きかけるよりも早く、部長は動いていた。

 ……と、また"あの"違和感が湧き上がる。


「感じていますね、違和感を。

 その感覚こそ、あなたがわたくしの同胞である証です」


 そう言いながら鈴歌部長はドアノブに手をかざした。


「鏡界展開……"Program・Skeleton Key……Complete"」


 流麗な英語で何事かを呟くと、カチャ、と軽い音が響いた。


「え……? これって……」

「これは私固有の能力です。

 あらゆる『扉』の開閉を自在にする力とでも言いましょうか。

 今の使用方法はちょっと地味でしたが、ホントはネットのハッキングや概念的な開閉にも使用できます。

 伏世くん、貴方にも貴方だけが持つ、固有の能力があるんですよ」

「……そう、なんですか?」

「ええ。楽しみにしててください。

 きっとあなたの世界を、価値観を変える力ですから。

 なんて、ちょっとかっこつけてしまいましたが……どうぞ」


 照れ笑う彼女がそう言ってドアノブを回すと、扉はあっさりと開いて、光が溢れた。

 呆気にとられながらも、彼女が歩いていくので、僕はただそれについていった。


 誰もいない、いるはずのない青空が広がる屋上の真ん中で、鈴歌部長は振り返った。

 それは、その後ろを歩いていた僕と向き合う形となる。


「さて、なにからお話しましょうか?」


 強い風が時折吹く中、出会った時から変わらない微笑をその顔に乗せて、鈴歌部長は言った。


 なにから。

 問われるとあまりにも漠然としすぎていて何から問うべきなのか分からない。


 事件の事。

 部長の事。

 その部長が同胞と呼ぶ、僕自身の事。

 そして――――彼女の事。


「先に言っておきますけど……わたくしは最近起こっている事件について詳しくは知りません」


 出鼻を挫かれて、僕は内心カクッと肩を落とした。


「そうなんですか? なら何故あんな――事件の現場に?」


 学園をサボってまで、という言葉は言うまでもないので省略する。


 僕の質問を受けた部長は顎に手を当てた、考える人直立版と言ってもいいポーズをとった。

 それは様になっていて、なおかつ何処か可愛い。


「少し、興味があったものですから。

 同じ第四世代だいよんせだいの人間が、何を考えているのか、という事に」

 

 そうした思考の末に告げた言葉の中、聞き慣れない単語が出てきて、僕は首を傾げざるを得ない状況となった。


「第四世代? なんですか、それ」

「そうですね、そこから説明するのが順番としては正しいのでしょうね。

 本来、これはおいおい自分で理解出来るようになりますし、その方が手順としては正しいのでしょうけど……

 まあ、別に問題はないでしょう」


 思考をまとめる為にか小さく頷いてから、鈴歌部長は僕を真っ直ぐに見据えて告げた。


「第四世代というのは、現行の人類よりも優秀な能力を得た……いわゆる新世代の人類です」

「…………はい?」


 突然出てきた突拍子もない情報。

 思わず丸くなる目を抑える事が僕には出来なかった。


「信じられませんか?」

「……いや、というか……うーん……なんと言えばいいか――正直、よく分かりません。

 少し話が大きすぎませんか?」


 そのせいか、信じる信じないよりも先に頭の方が拒絶している……様な気がする。

 鈴歌部長はそうして困惑する僕を見て、苦笑を浮かべていた。


「確かに、そうでしょうね。でも、本当なんですよ。

 信じられなくても、とりあえず信じたふりをしてください。

 そうしないと話が始まりませんから」

「……はい」


 鈴歌部長の顔は、さほど真剣ではない。言葉の調子も軽い。

 だがそれが却って本当の事を言っている様な気にさせた。

 何はともあれ、今は鈴歌部長の言葉通りに信じたふりをしておくべきだろう。


 そう考えて僕が頷くと、鈴歌部長は再び口を開いた。


「ふふ、よろしいですよ。では解説を再開しますね。

 第四世代は、猿人から始まった人類の、四回目の進化の形なんです。

 猿人を基準として、新人――現生人類が三回目で、その次だから第四世代、という事になります。

 まぁ、人類進化の過程は諸説あって『四回目』というのは便宜的というか前時代的というか、呼び名を考えた人のフィーリングらしいんですけどね。

 ひとまず、そういう名称になっている、という事で納得してください。

 その辺りはさておき……ここで伏世くんに質問です」

「――なんでしょう?」

「人類という種……その進化の流れの中で、最もわたくしたちが進歩させてきたものはなんだと思いますか?」


 その質問に、僕は先程の鈴歌部長と同じ様に顎に手を当てて考え込んでみた。


「うーん……文明、ですか?」


 猿人から新人までの進化の過程の中で劇的に進歩したもの――――僕的には文明しか思いつかなかった。

 その答に鈴歌部長は満足げに頷きつつも、その顔は少し悪戯っぽく笑っていた。


「私的に殆ど正解だと思いますが、もう少し考えてみてくださいな」

「うー……ん、じゃあ、頭……脳、ですか?」


 文明でないならそれを生むものとしか思えなかったので考えたままに呟く。

 するとどうやら鈴歌部長の納得のいく解答だったようで、彼女はパチパチと小さく拍手した。


「はい、大正解です。

 わたくしたちは新たな世代に進むたびに、わたくし達自身を使いこなすための中核たる、脳という名のハードウェアをバージョンアップさせてきました。

 その結果、初期の頃の大雑把な頑健さ――動物らしさは失われてしまったものの、猿人の頃とは比べ物にならない知能を獲得するに至りました。

 その形状・運用方法は、人類が人類であるという前提条件下で最適なものに至っていると言えます。

 人類は脳の10%も使っていない、という説もありましたが――それは過去の事。

 実際には脳全体を活用して人類は日々を過ごしています」

「え、そうなんですか? 漫画とかアニメだと10%説、よく見るんですけど」

「わたくしはそういったサブカルチャーには明るくありませんが、そうらしいですね。

 しかし実際にはそうではないという説が現在の主流との事です。

 ――――ただ、それは旧世代……第三世代の思考限界です」

「……第四世代は、違うって事なんですか?」

「ええ。

 研究が進み、一部ではなく人間の脳全体が活用されている事は明らかになりました。

 しかし、脳の仕組みそのものが完全に解き明かされたわけではありません。

 そして――脳の活用方法如何いかんで発現する力について、旧世代は理解がまるで及んでいません。

 宇宙に類似した、複雑な構造たる人の脳――そのネットワークを通じての機能の組み合わせには、想像を絶する可能性が秘められているのです」

「つまり第四世代っていうのは……」

「そうです。

 旧世代では解明すらままならない、脳の本来の機能と可能性を真の意味で使いこなせる、新しい人類。

 それこそが、第四世代なのです――!」


 想像が間違っていないのであれば……そんな僕の思考を読み取ったかのように告げる鈴歌部長。


 何故だろうか。

 そんな鈴歌部長の声は朗々としていて、ひどく誇らしげで。

 理科部で見せてくれていた姿より、ずっとずっと活き活きとしていて、楽しげに見えた。

 

 表現するのは躊躇いがある。

 だけど一番しっくりくるので使わせてもらうけど……そう、どこか、ほんの少し病的な様子で、鈴歌部長は楽しそうだった――――。

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