12 勇気と追跡と越えていく恐怖
「……さて」
僕・
やる事がわかった以上、屋上にいる理由はない。
だが、そのやるべき事はあまりにも漠然としすぎていた。
街で起こっている連続殺人事件の犯人を見つける事。
目的はあるが、それらにどう対処していくか具体的な方法や解決策は曖昧だ。
「考えるのは苦手だな……」
と、僕が頭を抱えていた時だった。
唐突に。
あの、違和感が襲い掛かってきた。
鏡界と、
「……部長……?」
先程そうしたように
この違和感は…少し遠い。
しかも……複数だ。
違和感の元はほぼ同じ場所にあるようだが、少なくとも、この学園の中じゃない。
となると、可能性としてあり得るのは――殺人事件の犯人、もしくは関係者……?
「……くそっ!!」
どう動くべきかの答はまだ見つかっていない。
いないが、ここで悩んでいても、昨日と同じ結果しか生まれない。
意を決して、僕は階段に向かおうとした……と、いやちょっと待った。
階段に向かうよりも断然速い方法がある事を、僕は知っていた。
しかし普通の人間なら、それは躊躇してしまう……というか絶対にしない行為だ。
だが、それをすれば格段に速く下に降りる事ができる。
「く……やるしかないだろっ」
僕は意を決した。
躊躇っているうちに時間は無くなっていく。
そのロスを埋める為にも、やるしかない。
下に誰もいない事を確認して、僕は持っていた傘と鞄をしっかと握り直した。
「……う、おおおおおおおっ!!」
叫ぶ事で恐怖を紛らわせながら、僕は自分でも信じられないほどの跳躍力で飛び出した。
……金網の向こうの、十数メートル下にあるグラウンドに。
浮遊感が一瞬体を包む。
でも、本当にそれは一瞬。
次の瞬間には僕の身体は重力の檻に捉えられていた。
すごい勢いで身体が落ちていく。
その中で、僕は精一杯の意識で着地をイメージしつつ、体勢を整える……と、それと殆ど同時に僕は地面に降り立った。
「いったあああ………?って痛く、無い………?」
思わず声を上げてしまったのだが、足に全く痛みは無かった。
それどころか、多少なりとも足に走るべき衝撃さえなかった。
あったのは、着地の際の音と、降り立った感触だけだった。
いくら強化されているとは言え、衝撃ぐらいはあると思うのだが……
疑問に思いつつ、僕は思わず屋上を見上げる。
……半ば勢いでやった事とは言え、我ながらとんでもない事をしたような気が。
昨日、あの白いコートの男があの凄まじい跳躍を見せていなければ思いつきもしなかっただろう。
自分の体が強化されているらしいのは今朝の事からなんとなく理解していたので全く勝算が無かったわけでもないのだが……慣れるまではあまり多用したくない。
なにはともあれ……時間短縮に成功した以上、行かなくては。
僕は自身が感じる違和感を手探るように、その中心に向かって走り出した。
全力で僕は駆けた。
そのスピードも、今までの僕とは比較にならない。
よく羽のように身体が軽いと比喩で使われるが、その比喩がまさに当て嵌まる感覚だ。
まるで手足が存在していないかのような錯覚を覚えるほどの軽さと、其処から生まれる速さ。
その速度を維持させたまま、僕はどうにか鏡界の中心付近らしい場所に辿り着いた。
それは、とある商店街の中だった。
商店街と言っても、漫画なんかで主婦が買い物にくるようなイメージはそこにはない。
この街の中心であるこの場所は、ここから微妙に離れた位置の方にある商店街らしい商店街とは違い、都会の街に近いイメージで洗練され、高層……とまでは行かないがそれなりに高いビルが一つあり、その中には総合複合店が展開されている。
その周囲にもそれなりに見映えのするビルがあって、その入り口からには人の流れが常にあった。
元々僕が住むこの街は住宅地が中心で、その合間を縫うようにコンビニや床屋など必要最低限の店舗が僅かに点在していた。
しかし住宅だけでは発展は望めない。
そんな状況に合わせ、デザインその他洗練された家やマンションが乱立し始め、それに合わせた店舗も展開され出したのが僕が物心つく頃の話。
そうして街が新しくなれば、人も新しくなる。
昔からの住人の他にも外からの住人も増える。
とはいえ、田舎町ならともかく、新しく作られていく住宅街に新しく入居する外の人々が中途半端な環境で納得するのは難しかったらしい。
人と人が集まれば、どうあっても自分と他人を比較するものを求める人は出てくるし、流行っているものがあればそれを連鎖的に求める現象も多々起こる。
街がそのニーズに応えなければ、住民はこぞって何処かへ去っていくだろう。
そういう背景から、昔から人の流れがあったこの場所に、より活発にビルが建てられ、より多彩な店舗が展開されるようになり、今に至っている。
そうした街の開発計画は成功といえるだろう。
今日は休日でもないのに人波があり、都会特有の少しひねた(多少偏見だが)活気がそこにあるのだから。
「……こんなところで、誰が何をしようとしてるんだよ……」
呟いてみたが『何が』に関しては簡単に予想がつく。
今までの事を考慮した上で、可能性として在り得るのは、ただ一つだ。
何かが、誰かを、殺す。
だが”そんな事”はあってはいけない。
だから、僕は意識を集中し、辺りを油断無く見回しながら歩き回った。
こんな方法で見つかるのかと言うと、正直怪しいと思う。
だが大体の位置しか分からない僕には、もうこれ以外に方法は無い。
ここまで絞れただけでもよしとするしかない。
道の真ん中に立って、きょろきょろしている制服を着たままの学生を、皆不思議なくらい目に止めていなかった。
巡回中の警官と遭遇して、冷や汗もかいたが、その警官も僕の事など眼中にないようだった。
僕はこれ幸いにただ探した。
この場所の何処かで起こっている異常を。
異常を中々発見できない事もあり、そうしている間がまるで数時間にも思え始めた、その瞬間。
「……!」
"それ"が、僕の視界の隅に引っ掛かった。
僕は慌てて、それを追って視線を向ける。
ここから離れた所。
商店街の中を、複数の影が凄まじい速さで動いている。
距離的な問題も加わって、その影のはっきりとした姿は捉えきれない。
傍から見れば、それは追いかけっこをしているように見えるのかもしれない。
確認できるのは、二つ……いや二種類。
一つの黒い影と、それを追う複数の白い影だ。
幾つかの影が、一つの影に接触するほど近付いた瞬間大きな何かを振り下ろす。
その一つの影はギリギリでそれを避けながら、尚も移動していく。
……それはどう見ても、何かが戦っているようにしか見えなかった。
だが当然そうして戦いが繰り広げられている所も人が行き交っている。
鏡界を展開――どうやら鈴歌部長が見せてくれたような世界を作る形ではなく、ただ展開しているだけらしい――していても、そこに人がいることに変わりは無い。
攻防の中、追いかける影の一つの攻撃が大きく外れる。
その攻撃の先に、一人の女の子がアイスクリームを食べながら歩いていた。
「あぶな……っ!!」
叫んで駆け出そうとした瞬間、黒い影が反転し、その攻撃を弾いた。
女の子はそれに気付く事すらなく、アイスを夢中で食べていた。
――――――その、女の子を庇ったその姿は紛れもなく。
僕がはっきりとそれを認識する間も無く、黒い影は再び方向転換し、疾風のように移動を再開した。
複数の影はそれをただ追い続けていき……あっという間にその場から遠ざかっていく。
それで、僕は大体の事を理解した……と、思う。
自信は無いが、一つしか結論が出なかった。
僕は"その結論"に従って走り出した。
おそらく『あそこ』に彼らは……彼女はやってくるはずだ。
……この商店街から少し離れたその場所に『それ』はあった。
それ、すなわち、この街の公民館である。
この街の住人が様々な目的で出入りするこの施設には、本や資料、催し物のためのちょっとしたステージ、誰でも気軽に運動できるグラウンドがあった。
とは言え今日は平日。
休日にちょっとした運動やピクニックで利用するような家族連れがいるはずもなく、現在このグラウンドには誰もいなかった。
少なくとも、今日、今この時はそれは幸運な事だ。
今からここで起こるであろう事に巻き込まれずに済むのだから。
そのグラウンドの端に一つの黒い人影が現れた。
黒い人影は、背後を確認してから迷うことなくグラウンドの中央に行くと、手にした刀を構え直した。
――――この場所で、敵を迎え撃つために。
その周囲を取り囲み、逃げ道を遮る形で三つの白い影が何処からか降り立った。
三つの白い影……そのカタチはヒトといっていいのかもしれない。
だが、素直にそう呼ぶには、それはあまりに歪すぎた。
ヒトよりも二周りは大きい体躯。
ヒトでは在り得ない筋肉の鎧を纏った白い皮膚。
獣の様な牙と爛々と紅く輝く目。
腕は妙に長く、その手には刃の様に輝く爪があった。
身体を覆う衣服など存在していない事が、その存在の獣性をより高めていた。
その存在を呼称するなら、多くのヒトが口を揃えてこう言うだろう。
シンプルにただ、"バケモノ"と。
そんなバケモノの一匹が、その腕を大きく振り上げた。
それは自分の前に立つ存在を叩きのめすための動作。
次の瞬間、その場にいた誰もが予想できない事が起こった……はずだ。
大きく腕を振り上げたバケモノの頭に、黒い学生鞄がクリーンヒットしたからだ。
勿論、僕が投げた鞄だ。
だけど案の定というか当たり前というか、大して効いてはいないようだ。
バケモノたちがこっちを見るよりも速く、僕は走り出していた。
その僕の姿を確認して、黒い影の人物は声を上げた。
「……ふー、くん……?!」
僕をそう呼んだのは紛れもなく、
僕の事をそう呼ぶのは、彼女しかいない。
切那さんは昨日あの場所で遭遇したのと同じ、黒い一体型の服を着込み、その手には刀が握られている。
バケモノたちは一瞬、逡巡するように動きを止めた後、僕に向かって一斉に跳躍した。
勿論、予想通りの人間なんか比較にならない跳躍力で。
いや、正確には、一斉に、というわけではなかった。
微妙にそのタイミングをずらしている。
いわゆる時間差攻撃だ。
迫る。
化物が迫る。
それが……怖くないわけじゃない。
怖い。
怖くて、たまらない。
死ぬかもしれない。死んでしまうかもしれない。
でも、そんな恐怖以上に。
「やらなくちゃ……やらなくちゃいけないことがあるんだよっ!」
恐怖を越える決意を固めて僕は走り出した――切那さんへと、向かって。
彼女と言葉を、意志を、気持ちを交わす、その為に。
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