29 駆け抜けた先と自信と大ポカ
走った。
僕は、
何も考えないままにただひたすらに、馬鹿みたいに。
目指すは、切那さんのアパート……いや。
「切那さん……っ!」
そう。
行先は『場所』じゃない。
切那さんなんだ。
さっきまでの自分への怒りが消えたわけじゃない。
だけど、そんな事を考えていられる余裕はとうの昔に無くなっている。
何故今日なのか。
何故何も言ってくれなかったのか。
会ってどうすればいいのか。
どれもこれも、浮かびはしても深く考えてはいられなかった。
今はただ、会うだけだ。
会わなければ、何の意味もない……!
「切那さんっ!」
アパートに辿り着いた僕は脇目もふらず切那さんの部屋の前に立ち、どんどんっと激しくドアをノックする。
だが、一向に反応がない。
……もう、切那さんはそこにはいない。
それを証明するように、昨日まで確かにあった、名前の書かれていたプレートは剥がされていた。
その痕跡を目の当たりにすると、寂しさめいた気持ちと一緒に更に焦りが加速する。
「くそ……っ!」
ここにいないとすると……何処だ?
商店街か。
通学路か。
そもそもにして……この街に、まだいるのだろうか――?
「……いる! 絶対いるんだ!」
ぐらつく心をどうにか立て直して、僕はまた走り出した。
街中を思いつく限り、関係がありそうな場所を虱潰しに。
走る。
走る。
捜す。
探す。
走る。
走る。
はし、る。
歩く。
走、る――
ある、く。
それでも。
切那さんは…………見つからない――――――――――――――
疲れから――瞬きを惜しんで探し続けたせいか痛みを感じていた――閉じていた目を開いた。
太陽は西に傾いて、空は赤く染まっていた。
だが、それももうすぐ終わるだろう。
そして、空の向こうには夜の始まりと共に雨雲が見えた。
どんなに晴れた空でも、いつかは夜が来るし、いつかは雨が降る。
そういう事なのだろう、きっと。
今、この時も。
「何やってんだろ……」
ただ呆然と空を見ていた。
あれから、馬鹿みたいに走って、探した。
街中ずっと歩き回った。
僕が知る限りの彼女がいた場所には全部行った。
行ってない場所も散々探した。
学園にも戻ってみた。
それでも、彼女はいなかった。
携帯の番号を聞きそびれていたのが、今となっては悔やまれてならない。
途方にくれた後は、彼女がいたアパートの一室、その前に座り込むしかなかった。
もう人の気配のしないそこに、帰って来る可能性を待つしか出来なかった。
待った。それなりに待った。
でも、彼女は帰ってこなかった。
「……何も、残ってないな」
剥がされた表札、ネームプレートの跡を見上げて吐くように呟いた。
探し続ける気力も。
見つけ出そうとする意志も。
微かな望みも。
何も、ない。
見逃してくれた先生に申し訳ない。
優しい羽代さんは心配しているだろう。
道杖くんには……
「……道杖、くん?」
彼の事を思い浮かべた、その瞬間、甦る言葉があった。
『そして、お前はもう少し自信を持つべきだ』
自信。
何の、自信だったっけ。
……思われる、自信?
思うのは誰だ?
――それは、切那さん。
切那さんの気持ち――――?
『私も…………………』
昨日、気持ちを確かめ合った時、切那さんは確かに言った。言ってくれた。伝えてくれた。
『ふーくんの事、好きだよ』
僕は、あの言葉を、信じられないのか?
信じる事が出来ないと、本当に思っているのか?
いいや、そんな事――絶対にありえない。
何故なのか……そんなの、簡単だ。
「……僕も、切那さんが、好きだ」
思い出した言葉への、変わらない気持ちを呟く。
きっとそれは馬鹿みたいな理屈。理屈ですらない。屁理屈でしかない。
でも。
だけど。
それで全てが押し通る。押し通せてしまう。
好きな人の言葉を信じられないはずはない。
ましてや、切那さんは嘘なんか吐かない。
意味のない嘘を簡単に口にしたりはしない。
吐こうとしていた嘘は、確かにあったけど。
それは、自分でさえ気付かないうちに形にしようとして、結局し損なった悲しい嘘だ。
だから言える。
だから思える。
切那さんは嘘をつかない、つこうとしてもつけない、嘘をつくのが下手糞で、真面目で真っ直ぐな、そんな女の子だと。
変わらずに、そう信じている。
「……切那さんは、また明日って、言った」
だからこそ。
今改めて、確信できる。
あの瞬間の切那さんを、あの言葉に嘘なんかないと、心から信じられる。
青い奴だと、恥ずかしい奴だと笑ってくれていい。
でも、そんなもので、この確信を揺るがせる事は出来ない。
「まだ、明日じゃない。まだ今日だ。まだ、間に合う」
その事を理解すると、僕は止まっていた思考を廻し始めた。
まだ行っていない場所があるんじゃないのか?
何処かに穴はないのか?
必死に考えたその時だった……腹の音が鳴り響いたのは。
――我ながら節操がないと言うか緊迫感がないと言うか。
「家に戻ってる暇はなんかないだっての……って、あ!!!」
超弩級の大ミスをしていた事に気付いた。
最初から念頭になかった場所があったのに気付かなかった。
何故ならそこは自分が朝、一日の最初からいた場所だったから。
朝からいなくなった彼女がそこにいるはずがないと除外していた場所。
「……ぐうぅ……まさかとは思うけど……!」
最早そこにしか心当たりがない以上、後は気力を再び振り絞って走るだけだった。
「ただいまっ!!」
そうして駆け抜けた先は、我が伏世家。
息を整える暇も惜しいと、勢いよく扉を開く。
するとその玄関先には――この梅雨の中でいつしか見慣れていた靴が一足、綺麗に置かれていた。
「……遅かったな」
「――ふーくん……よかった」
いた。
ここにまだいてくれた。
玄関の音に気付いてだろう、居間のある方向から歩いてきた切那さんは、安堵の表情でこちらを眺めていた。
その足元には子犬がヒャンと鳴いて尻尾を振っている。
「………………よかったけど、なんだかなぁ」
凄まじい脱力感が僕を襲う。
というか、安心感か。
自分への怒りよりも、何よりも。
切那さんがそこにいてくれた事が、また会えた事が、僕にはただ素直に、そして只管に嬉しかった。
そうして安心して、色々なものを使い果たしていた事を思い出した僕は、その場に座り込んで、深い深い息を吐いた。
――歩み寄る切那さんと、静かに笑みを交わし合いながら。
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