4 類似――羽代守深架――

 6限の授業は体育だ。

 疲れがピーク時、しかも今週最後の授業が体育とは……とも思うが黒板を睨むだけの授業よりはましに思える。


 ちなみに内容は、体育館を使って男子はバスケット、女子はバレーという定番メニュー。

 

 そんな定番さばかりが理由ではないが、僕・伏世ふくせゆうは基本体育が嫌いだ。

 別に運動が苦手と言うわけではないが、どうにも性に合わない。


 だけど、球技となるとちょっと話は変わってくる。

 種目にもよるけど、球技は力が強いだけ、足が速いだけなどなど、単純な運動能力だけが高くてもままならない部分があると思うからだ。


 バスケットはシュートのセンス――空間把握能力が必要になると思うし、バレーはどこにどう当てたらボールを狙った場所に返せるのか、とか、特にボールの扱いは各競技それぞれのセンスが必要になる。


 そういう所を踏まえて、ルールを可能な限り遵守さえすれば、素人同士であれば非力な人でもある程度は平等に技術を競う事のできる球技が僕は好きなのだ。


「ふっ……!」


 僕は慌てて跳躍、思い切り、手を伸ばす。

 指先に、微かにボールが触れる感覚。

 ボールの軌道が僅かにずれる。

 が、僅かなのでそのパスコースで待っていた道杖どうじょうくんの手にボールが収まる。


「くっ……!」

「ふん……!」

 

 僕が着地したのとほぼ同時にシュートを放つ道杖くん。

 ボールは放物線を描き、これ以上はないと言うほどに正確にゴールの中に入った。

そこでピーッと試合終了のホイッスルが鳴る。


 ……こうしてルールを守っても勝てないと、先程の思考が若干悲しいものに思えてくる。

 さ、さっきのは別に言い訳なんかじゃないですよ、ええ。


「あ~くそー……」


 僕はぼやきながら着ていたゼッケンを次の試合に出る人に渡して、コートの外へと出た。

 汗で少し湿った体操服をパタパタやりながら、壁にもたれかかる。

 汗臭くなるのは当然だけど、この梅雨時でこれを放って置けばすぐにカビが生えてしまうので、持って帰って洗濯しないと。


「ナイスマークだったな、伏世」

「そちらこそ、ナイスシュートで」


 やや皮肉をこめて言ってみる。

 道杖くんは汗一つかいていない。

 彼の持久力が並々ならない……のではない。

 基本体力を温存し、使うべき時のみに使うポイント、ごく小さなソレを見極めているのである。

 基本、常に走り回るバスケでそんな真似、普通出来ない。

 ……たかが(とは言いたくないが)体育の授業で使われるセンスじゃないなぁ、それは。


「まあ、何度か練習すればあのくらいのコツは掴めるさ」


 ……しかも皮肉も通じないし。


「羨ましいよ、そういう才能」

「でもないさ。

 俺は別にバスケットプレイヤーになるわけではないぞ。

 真に重要なのは、最終的に自身が望む才能を持ちえるか 否か、だ」

「まあ、そりゃそうだけど……持っていて損な事はないだろ……」


 そこで、ぼごっ!といきなり後頭部に衝撃が走った。

 しかもやたら派手な音を立てて。


 ポテンポテン……と”それ”が転がっていく。

 ……バレーボールだ。


 気付いた時にはバッタリぶっ倒れる僕。

 当たり所が良かったのか、瞬間死神が見えた気がしましたヨ。

 うん、近年の流行りなのか可愛い女の子っぽかったような。


「ハッハッハ……ほら、こういうこともあるわけだし……

 持ってるものは上手く使わないと」

「……成る程な。倒れたまま勝ち誇るのはどうかと思うが、少し意見を改める事にしよう」


 幻覚が少しだけ名残惜しいが、いつまでも倒れているわけにはいかず、むっくり起き上がる。

 彼の頷く声を聞きながら、僕は立ち上がり、バレーボールを拾い上げた。

 向こうに試合を見る……が、試合は滞りなく続けられているし、誰もこっちに視線を向けていない。


 ということは、誰かが狙って……?いや、ないない。

 僕がそんなバカげたことを考えていた時だった。


「ご、ごめんなさい……大丈夫、伏世君……?」


 ハアハア、と息を切らせてそこにやってきたのは、平均に比べると少し小さい女の子。

 クラスメートである羽代はねしろ守深架すみかさんだ。

 転入生・境乃さかいの切那きりなさん――切那せつなさんが席の隣になって、午前中はあれこれ一生懸命説明していた。

 ショートカット……というよりボブカットなのだろうが……の髪型が実に似合っている。


「……ああ、大丈夫だけど……」


 なんとなく、後頭部をさすりながら答えた。

 彼女はその動きを見て、まだ痛みが残っていると思ったのか、心配そうな表情を深くした。


 僕は慌てて、笑みを作る。

 ……急だったし、女の子相手だったので、ぎこちないのは仕方ないだろう。

 羽代さんはそれを見て、少し安心したのか硬くなっていた表情を緩めた。


「本当にごめんなさい。ちょっと練習してたらつい力が入っちゃって……」

「別にいいって」


 悪意無しでやった事に腹を立てる理由はない。

 ……まあ、それでも腹を立ててしまう事があるのが人間というものだけど。


 さておき。

 自分の試合前の待ち時間にも練習しているとは、随分熱が入っているな、と思った。

 あるいは単純に……。


「……羽代さん、バレー、好きだったりする?」

「え?」

「いや、なんとなく、なんだけどさ。

 試合の合間にも練習するぐらいだから、そうなのかなって」

「えっと……嫌いじゃないよ。

 けど……好きだって言うのとも違うかな」


 彼女はそう言うと困ったように笑った。


「う~ん……頑張ったら報われるような気がして」

「え、とそれって……」

「それはあれだな。

 空中で不規則な動きをしながら落ちていく必殺スパイクが可能になるという事だな」

「いや、そういうことじゃないだろ。というか無理だろ」

「ほう。

 その発言は、必殺シュートや必殺ショットをそれなりにでも練習して無理だと認識するようになったという意味でいいのか?」

「ぐぅ。練習した事が無いとは言えないな。

 そういうのは憧れだからね、うん」


 懐かしいなぁ。

 ドッジボールやサッカー、野球で漫画の技を練習したあの頃。

 ハリケーンなんたらとか、ドライブなんたらとか。

 どうでもいいけど通称でも他称でも自称でも必殺シュートっていうのは今思うと物騒だなぁ、と思ったり。

 必ず殺すって、それスポーツじゃないよね。

 

「そうだろう。

 魔球は永遠のロマン。

 そしてそれは女子、ひいては羽代嬢も同じはずだ」

「いやいや、個人的には否定しないけど、それは偏見だと思うよ。

 だよね、羽代さん」

「あ、その……」

 

 そう問い掛けると、羽代さんは小さく舌を出して、照れ臭そうに笑って言った。 


「ちょっと、考えてみたりしてたかも。うん、ちょっとだけ。

 憧れるの、うん、私も分かるから。

 で、できないのは分かってるんだけどね、うん」

「むぅ……偏見が偏見だったか。でも意見の一致は嬉しいかな」

「うん、そうだね」


 と、そこで。

 そんな馬鹿話をしている内に、向こうのコートでホイッスルが鳴った。

 ……女子のバレーが一試合終わったようだ。


「じゃ、次の試合に出るから……本当にごめんなさい」

「気にするな、羽代嬢」

「なんで君が言うかな」

「実際気にして無いだろ。なら問題あるまい」

「まあね」


 道杖君の言葉にニヤリと笑い返す。

 それが功を奏したのか、より気を緩めてくれたらしく、羽代さんはクスリと穏やかな笑みを零してくれた。


「ありがと。じゃあ……」


 深々と礼をしてから、彼女は向こうのコートに戻っていった。

 なんというか、変な意味は全くないのだけど、見守っていたくなる愛らしさを感じる。

 そんな小さな後ろ姿を、僕はただなんとなく見送っていた……。


「眩しそうに見つめてからに――青春してるな。

 まあ、若さは一時の夢、大切なものだ。有意義に過ごせるなら何よりだ」

「……君も同い年だろ」


 道杖くんの余韻をぶち壊す言葉に、僕はぺしっと突っ込みを入れた。


「まあ、お前の素人突っ込みを色々と指導するのも興味深いが……」


 腕を組んだ偉そうなスタイルで、あからさまに視線を向こうのコートへと向けた。

 ……向こうを見ろ、ということなのだろうか?

 僕はそれに従うように、向こう……女子のコートを眺めた。


「今は中々面白いものを見る事ができる。

 そっちを優先しよう」

「……なんのこと?」

「今日来た転入生……境乃君と言ったか。

 次の試合にも出るようだが……彼女に注目してみる事だ」


 その言葉に首を傾げながらも、僕は言われるままに観戦することにした。

 ……数分後。

 道杖くんの言葉の意味が理解できた。


 彼女……切那せつなさんはとにかくすごかった。

サーブを打てば、一体どんな打ち方をしているのか、凄まじい威力のボールがコートに突き刺さる。

 相手のスパイクは問答無用にガード(ブロックと言うよりはこう言う方が相応しい)する。

 そして、自分のスパイクは百発百中……。

 鬼のように強いとしか言いようがない。


 そうして活躍しているのに、あんまり嬉しくないのか、あるいは表情が動かないだけなのか、彼女自身は無表情だったが、彼女の周りは騒ぎまくっていた。


 同じチームの女子の「バレー部だったの?」とか「運動神経いいなあ」とかそんな言葉が微かに聞こえる。


 彼女はそれに対し表情こそ変えていなかったが、懇切丁寧に応対しているようだった。

 話していて感じていたことを改めて確認する形になったけど、切那さんはあまり表情が動かないタイプらしい。


 さておき、ただでさえ転入生は注目を浴びるのに、初日からこれほどやってくれると暫くは彼女の話題で持ちきりになるだろう。


「……すごいな」

「うむ。確かに、彼女の技術もさることだが……彼女の脚線美にも要注目だ」

「セクハラ発言じゃないか、それ」

「あれだけ無駄がなくかつ美しい足は中々お目にかかれない……そう褒めているのだ。見逃してもらおう」

「……綺麗なのは確かだけどね」


 僕はハア、と溜息をついた。

 ……その拍子に。


 もう一方のコートの様子がちらりと見えた。

 羽代さん……が中央にいて、それを他の女子が囲む形でなにやら話している。

 ミーティング……だろうか?

 あまりいい雰囲気ではないが……。

 羽代さんは俯いて、何かを洩らしているようだが……流石に小声は聞き取れない。


「……おい、伏世。こっちの試合終わったようだぞ」


 その道杖くんの呼びかけに僕はあちらを見るのを止めて振り返った。

 ……こっちのコート一試合終えて、両チームが一礼している所だった。


 こういう所……礼儀を徹底させているのが、うちの学校の体育教師の共通点だったりする。


「ああ、すぐ行くよ」


 向こうの事が少し、なんとなく気にかかる。

 ……だがまあ、些細な事だろうと、僕は結論付けた。

 こういう事は、普段の体育授業中でも男女問わず良くあるし、特に問題が起こった事も無いし。


 そう納得しつつ、さっきとは違う人からゼッケンを受け取って、僕は再びコートに入った。


 さあ、雑念を払って、気合を入れていくぞ……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る