第9話 数年ぶりの喧嘩ですから
街の人の注目を集めるような壮絶な喧嘩をチンピラと繰り広げた俺は、たった今診療所で治療を受け終わったところだ。
「にしても大した怪我をしてなくてよかったね!」
「元引きこもりの俺からすれば、打撲でも大した怪我になるんだけどな」
「あ、引きこもりだったんだ」
「いや、別に不可抗力でとかじゃないからな? ちゃんと自分の意志で――――」
「逆じゃない? 普通は『不可抗力で~』とか言うんじゃないの?」
「他人の力に負けて、っていうのは嫌だから」
「さっきは他人の力に負けてたけどねー」
俺の隣を歩きながら、「ニヒヒ」と笑うチサトの黒いポニーテールが揺れる。
頭を一発ぐらい叩いてやろうかと思ったが、手を上げようとした時に激痛が走ったため、しぶしぶ諦めた。
「ふふふっ、ごめんごめん。重症じゃないだけで怪我自体はしてるんだから、紘はあんまり暴れちゃダメだぞ?」
「誰のせいだと……」
「あ! 細井さん!」
やっとで着いた宿の前には、見覚えのある人影が一つ。
杖は部屋の中に置いてきたのだろうか、両手には何も持っていない。
「レイス? こんなところで何してんだ。お前だって疲れてんだから、部屋で休んでおけよ」
「十分休みました! というか、私の身体はどうでもいいのです! 私は怪我をしてませんが、細井さんは……」
「あーレイス? 確かに腕とか足は痛いらしいけど、紘の怪我はそんな大したことないよ?」
一人ヒートアップしているレイスを諭すようにチサトが話しかける。
あまり口に出さないが、「大したことない怪我」よりも「軽傷」って言ってくれた方が俺としては嬉しいんだけどな。
「そうなのですか?」
「まぁ言い方はアレだけど、擦り傷と打撲ぐらいだな。骨折とかはしてないから安心してくれ」
そう聞くや否や、レイスはヘナヘナと地面に両手をついて座り込んでしまった。
「……遠目に見てて、細井さんがお腹を蹴られた時にものすごい音がしたので、結構心配してたのですが」
「おいマジかよ。結構前から見てたんじゃねーか。助けに来てくれたのは嬉しいけど……もうちょっと前に来てくれればなぁ」
「文句ばかり言っていると、この私がその腕を折りますよ?」
「いやマジで助けに来て頂き、誠にありがとうございます」
手のひらドリルと呼ばれてもおかしくはないほど見事な返しようで、最大限の感謝の言葉を並べ……述べた。
最大のピンチをせっかく乗り越えたのに、その先で助けてくれた仲間にトドメを刺されては元も子もない。
「まぁまぁ……みんな無事だった事だし、夜ごはんでも食べに行かない?」
「そうですね、私もさすがにお腹が空きました」
「でも、俺らは金ないぞ?」
「大丈夫大丈夫。金欠な二人でも払えるような、めっちゃ安くて美味しいお店を知ってるから!」
「あ、あー……いえ、私はまだあるからいいですけどね」
そう補足しながら、哀れな人を見るような目でこちらにチラチラ視線を送ってくるレイス。
会って一日目なのによくここまで人を煽れるな。
なんて感心している場合ではなく、この間にも、いい店を紹介ようと意気込んでいるチサトへの罪悪感が溜まるばかり。
「どうしたの? レイス? 紘?」
「あーえっと……細井さんはですね……」
「レイス。俺が言うからいいよ」
辛そうな表情でチサトに事実を告げようとするレイスを片手で制し、俺の口から伝える決意を固めた。
どうせいつかは話さなければいけないことなのだが、あまり人の金銭事情を辛そうな顔で話すのは、俺も辛くなるからやめて欲しい。
「大丈夫だよ。あたしたちはもう仲間になったんだから、気軽に言ってね」
「…………一文無しなんだ」
「……ん? ごめんね、すごい失礼な聞き間違いをしたかもしれないから、もう一回言ってくれないかな?」
「俺は金を全くもってないし、金目のものすらもってない。ここにあるものが全てなんだよ」
「嘘っ!? えっ!? えっ!? えぇぇっ!?」
チサトはまるで信じられないと言わんばかりの表情で、目を大きく見開く。
俺の顔、レイスの顔、そしてもう一度俺の顔を見てから、近くを歩いていたおばさんが振り向くほどの声を上げた。
「すいません。詳しく説明できていなかったのは、私たちの落ち度です。しかし、細井さんにも事情が――――」
「わかってる…………ごめん、今のはちょっとびっくりしただけだから。明日からクエストとか頑張ればいいだけの話だし!」
そして、「だから、お店でみんなのことについて話そ?」と続けたチサト。
俺はまたもや助けてもらったレイスに感謝しながら、その言葉に頷いた。
同じタイミングでレイスも首を縦に振っていたらしく、俺たちはチサトの言う店へと向かう。
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