第8話 チンピラと喧嘩は街の華

「こうやって街を散歩するなんていつ以来だろうな」


 それぞれの目的を遂行しに行ったチサトとレイスを見送った俺は、時間つぶしと街の把握を兼ねて、ゆっくりと街を散策してみることにした。

 

 街に忙しない感じは全くなく、むしろみんながみんなのんびりしているようにも見える。

 それを受けて、自然と歩幅は小さくなり、足を振り下ろす間隔は長くなる。

 そして、少し広めの道の両端に並ぶ家は、白かクリーム色かの壁と赤色の屋根を持ち、明らかに日本の家とは一線を画していた。


「おい! そこの珍しい服の兄ちゃん!」


 しばらく歩いていると、不意に肉屋か八百屋かの店長が着てそうな白い服のおじさんに声をかけられた。


「えっと……何か用ですか?」

「あいや、別にこれといった用がある訳じゃないんだが、見ない顔だったからな。迷惑だったならすまねぇ」

「いえっ! 俺も時間つぶしで歩いてただけなんで」


 ごつい顔の店長に、急に謝られて少し焦ったが、内に留めて何とか返答する。


「ここは色んな街から色んな人が来るが、兄ちゃんのような服は今まで見たことねぇな。どっから来たんだ?」


 そこで改めて自分の服装を見てみたが、上下を青のジャージで揃えている。

 日本でも外では見かけない服装なのに、異世界においてはなおさらだろうな。


「この街から遠く離れた日本っていう国から」

「二ホン? 申し訳ねぇ話だが、俺ぁ聞いたことないな……まぁ、ずいぶんと離れた場所にあるんだろうな」


 そう言って「ガハハハ」と理想のような豪快な笑いを披露すると、俺の肩にこれまた豪快な太い腕を乗せてきた。


「こうして知り合えたのもなんかの縁だろうし、兄ちゃんにいい話と物をやるよ」

「いい話と物?」


 一瞬でもいいバイトや高価なものをもらえると期待した俺は世間知らずだったのだろう。

 店長はポケットの中をゴソゴソと漁って俺に差し出してきた一枚の紙きれを見れば、そこにはピンク色の紙に怪しげな女の人が描かれていた。


「えっとこれは……?」

「これは街の東の方にあるオトナな店を無料で利用できる券さ。三時間無料券はなかなか手に入らないから、ぜひ使ってくれよな!」

「は、はぁ……」

「もちろん機会があれば、俺の『モンスター肉取り扱い専門店・ヴィアンド』にも来てくれよ!」


 大方予想通りだった肉屋の店長に適当な挨拶を返して、一旦別れる。

 ところで、モンスター肉取り扱い専門店ってなんだ。

 この世界の人からすれば、日本人の牛肉や鶏肉と同じ扱いなのか?

 それなら…………いける…………か?

 ……いや、スノットリングとかいうやつの肉はさすがに食べたくないな。

 

「いてっ!」


 考え事をしながら歩いていたからだろうか、何やら硬くてデカい物体に正面からぶつかる。

 そこまではまだよかったのだが、次の声を聴いて俺の背筋が一瞬にして凍った。


「おいボウズ。どこ見て歩いてんだぁ? それとも俺に喧嘩を売るためにわざとぶつかりに来たのか?」

「あ……っ」


 何か言わなければいけない。

 言い訳でも、謝罪でも、なんでもいい。

 とりあえず何かを口に出して悪意はなかったことを伝えなければいけない。

 周りの人に助けを求めるのでもいい。

 最悪の場合、カッコは悪くなるかもしれないが、レイスかチサトのどちらかと合流するために逃げるのでもいい。

 何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何か何かなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにかなにか。


「何も言わないってこたぁ喧嘩を売りに来たってことでいいんだなぁ? 俺も容赦はしねぇからさぁ」


 肉屋の店長よりも一回りか二回りも大きい男に凄まれて、俺の全身の機能は活動を停止した。

 何をすればいいかもわからずに、足から肩までをただ震わすだけしかできない。

 同じ通りを歩いていた人たちは、逃げるようにこの場から去ろうとするか、遠巻きにこの揉め事の行く末を見守っているだけ。


「本当に何も言わねぇなぁ。土下座でもして金を差し出せば許してやろうかと思ったけど、もうタイムアーップだなぁ」


 非情にも告げられたその知らせとともに、男は一歩俺に近づいて、高く拳を振り上げて――――


「――――っ!」

「チッ! 動けるのかよぉ。ちょうどいいサンドバックぐらいにはなると思ったんだけどなぁ…………ま、これで手加減する必要はなくなったからいいんだけどなぁ!」


 焦った様子を見せることなく、俺に近づいてきて同じように拳を振り下ろしてくる男。

 これならさっきと同じように!


「ガッ!?」

「ばーか。どこのアホが同じ攻撃をするってんだぁ?」


 横っ飛びで避けようとしたところに、男から真正面から腹に強烈な蹴りを入れられた俺は、その勢いを殺すことができずに無様に転がる。

 そして、頭上からは、もはやそれ自体が恐怖の対象となってしまった声が俺の鼓膜を攻撃してくる。

 このままでは俺の身体は壊されてしまう。

 当たり屋かチンピラか分からないような奴に。


「どうしたぁ? もう抵抗はおしまいかぁ? まぁ抵抗しても抵抗できなくなるまで殴るだけどなぁ」


 絶妙に笑いも含まれている男の声が耳の中でガンガンと響いて痛い。

 さっき蹴られた腹は、出るものがなかったからよかったが、胃液ごと吐き出してしまいたいほどに気持ちが悪い。

 転がったときに地面とぶつかった全身の色んな所は、ジンジンとした痛みを感じるものの、そこまでの重症はまだ負ってないだろう。


「さっきから本当に何もしゃべらないけどさぁ。泣き言の一つでも言って俺を楽しませてくれよぉ」

「それじゃあ…………ひとつだけ……」


 痛さに弱音を吐きそうになるのを必死に抑え込んで、なんとか立ち上がる。

 それを機にこの場の雰囲気や男の様子が明らかに変わったのが分かった。


「おもしれぇじゃん。言ってみろよぉ」


 俺は言うべきタイミングまでその言葉をため込んで――――


 口を開いたままなかなか声を発さない俺を不気味に思ったのか、男が首を少し傾げたその瞬間。


 ――――今しかない!


「…………チンピラとかいうニート以下の劣等市民の分際でさっきからピーピーうるせぇぞ、独活の大木さん?」


 俺の挑発を受けた男の額に極太の青筋がくっきりと浮かび上がる。

 のと同時に。


「とりゃあ!」

「ブッ!?」


 すぐ背後まで迫ってきていた一人の女の子が、男の足の間に杖を入れて、全力で振り上げた。

 チンピラの男は言葉にならない断末魔を上げると、そのまま倒れこんだ。

 実は俺も股間がヒュイッとなったのだが、まぁそれは別の話。

 

 さっきまでイキっていた男が地面でピクピクと小刻みに震えている一方で、俺は助けにやってきてくれたもう一人の仲間に肩を貸されていた。


「紘、大丈夫? 服めっちゃ汚れてるけど」

「服の方はいいけど、とりあえず全身がいてぇ」

「あっちの方はレイスが何とかしてくれると思うから、紘はあたしと一緒に診療所まで行こうね」

「ふぁい」


 こうして異世界一発目の面倒ごとは無事……ではないが、何とか幕を閉じた。

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