第7話 巫女さんはいかがですか?

「あの、俺たちに何か用ですか?」

「え、えっと……えっと……」


 背後にいた巫女さんは自分から来たのにも関わらず、こちらが話しかけると、顔を下向けて言葉を詰まらせてしまった。


「私の相方がすいません。少々強めの言い方になってしまったのは謝ります。しかし、今は一刻でも早くパーティーの仲間を探さなければいけないのです」

「ん? そのつもりで来たんじゃないのか?」

「はい? それは一体どういう…………」


 俺が目を離した一瞬のうちに巫女さんのそばに寄っていたレイスの顔が、迷子の子供に話しかけるときの優し気な顔から、状況が理解しきれていないような混乱の表情へと高速で変わる。

 スマホがあれば迷わずに動画を撮ってただろうな。

 そんなことを考えていると、巫女さんが頭を縦にブンブンと振り始めた。


「あの! そちらの男性のおっしゃる通りで……先ほどからお二人のお話を勝手ながら拝聴しておりました。そこで、パーティーメンバーが足りないとのことでしたので、恐縮ではございますが、わたくしもパーティーの端に加わりたいという所存でございまして――――」

「まずはその重々しすぎる敬語をやめてもらえると助かる。素な感じで喋ってもらえると俺もやりやすいから」


 声音から緊張しているのは分かるのだが、ガチガチの敬語で言われると、俺も喋りにくい。


「そもそもですね、敬語キャラは私ですでに間に合っているわけです。にも拘わらずキャラを被せてくるということは私に対する宣戦ふがっ――――」

「ごめんな。こいつはたまに変な奴にならないと死ぬ病気なんだ」


 不穏なことを口走っていたレイスの口を無理やり押さえつけて、これ以上の危険発言を防ぐ。

 せっかく仲間になってくれそうな人を、しかも巫女さんを、レイスの謎の対抗心ごときで失うわけにはいかない。


「それでは、改めて……あたしの名前はチサト。カミサトチサト」

「え?」

「細井さん、どうしました?」


 思わず声を出してしまった俺を心配するように声をかけてくるレイスと、訝しげに見てくる巫女さん、改めてカミサトさん。

 が、考えなしに声を上げたわけではない。


「……カミサトさんは日本って知ってる?」

「ニホンってあたしたちが今喋ってるこの言葉のこと?」

「それはそうなんだけど、そうじゃないんだ」

「ニホンとは細井さんが元々住んでいた国らしいのですが……細井さんは何か心当たりみたいなのがあったんですか?」


 俺の説明不足を上手くフォローしつつ、いい具合の質問もしてくれるレイス。


「いや、カミサトさんの名前が日本風の名前だったから、もしかしてと思ったんだけど、日本については知らなさそうだね」

「言われてみれば珍しい名前です。確かに響き的には細井さんと似ているかもしれません」


 良く考えれば、名前をつけたのはカミサトさんではなく、彼女の両親である。

 その上、この名付けがカミサト家の伝統であるならば、ご両親ですらニホンを知らないということは十分にありえるのだ。


「結論から言うとあたしはニホンという国については知らないんだけど、結局あたしはパーティーに入れてもらえるということでいいの?」

「「よろこんで!」」


 示し合わせたのかというほどレイスと声がぴったりと重なる。

 つまり、この問題はそれだけ俺たちにとって重要だということだ。

 レイスにとっては待望の仲間が自分から入りたいとやってきてくれて嬉しい。

 俺からすれば、引きこもりの暗黒生活から一変して、美少女二人に挟まれることができるのだ。

 異世界最高!


「じゃあ、これからよろしく。えっと……」

「俺は細井紘。どんな呼び方でも構わないよ」

「私はレイス・ソルシエールです。レイスと気軽に呼んでください」

「ありがとう、紘。レイス。あたしのことはチサトとでも呼んでね」


 そのまま俺たちは握手を交わし、軽い自己紹介を終えた。


「そういえば、二人はどこの宿に泊まってるの?」

「実は私たちも今日パーティーを組むことが決定したばかりなので、同じ宿という訳ではないのですが、私はギルドの無料寝泊まり所ですね」

「俺は今日この街に来たばっかりだから、まだ決めてないな」


 そもそも決める以前に泊まる金がないのだが、それはあえてまだ言わないでおく。

 一方で、そんなことを露も知らないチサトは、神妙な面持ちで何度も頷く。


「なるほど。あたしは街の中央にある『ホテル・ポサダ』っていうところに泊まってるんだけど、二人がいいなら、一緒に部屋取っておくよ?」


 瞬間、レイスは人が変わったかのように目をも見開かせる。

 例に漏れず、俺の顔もそうなっていたであろうが、一度思い直してみる。

 いくらパーティーメンバーとはいえ、一日目から宿代まで払ってくれる聖人君子がこの世に存在するだろうか。

 

「それは……とてもありがたいのですが……や、宿代はいくらぐらいでしょうか?」

「あ、そこは心配しなくてもいいよー。うちは実家がそれなりに大きい神社だから、親から結構お金もらってるんだ」

「あの、もしかして、ご実家とは『カミサト神社』でしょうか?」

「あ、そうだよー。よくわかったね!」


 恐る恐る尋ねたレイスは、チサトの肯定を耳にするのとほぼ同じタイミングで陸上の魚のごとくピチッと跳ねると、それはそれは見事な土下座を披露してみせた。


「え、え、え、えぇぇぇぇぇ!? ちょっとちょっと、顔をあげてよレイス! っていうか、なんで急に土下座?」

「それに、よく神社の名前までわかったな」

「当然です!」


 それまで地面に額を擦り付けるように土下座をしていたレイスは、目視できない速度で顔を上げると、そう吠えた。


「それなりに大きい神社。目の前にいる巫女服の人の名前に『カミサト』。この二つがあれば、自然と『カミサト神社』が頭に浮かんでくるのです!」

「あー。確かに、そうかもしれないね。あたしが言うのもなんだけど」

「なんでカミサト神社はそんなに有名なんだ?」

「それはですね……」

「まぁ単純な理由だよ」


 今の会話を聞いて出てきた純粋な疑問だったのだが、予想に反して二人の表情に少し影が差した。

 もしや、あまり評判が良くないことで有名…………。


「「そもそも神社自体がないですから」ないからね」

「あ、確かに」


 よく考えれば当然のこと。

 そもそも神社自体が日本特有の宗教施設だから、本来異世界に神社があるのはおかしい。

 つまり、異世界ここにやってきた日本人が建てた神社がカミサト神社であり、それが唯一の神社になっているということか。


「ちょっと話はズレたけど、俺はありがたく泊まらせてもらおうかな」

「私ももちろんですが、泊まります!」

「うん、おっけー。それじゃあ、あたしは今から宿の部屋を取りに行くから、二人は荷物のまとめでもしておきなよ」


 そう言い残して、チサトは宿に向かっていった。

 そして、レイスも荷物をまとめに無料宿泊所と行ってしまったので、一人ぼっちになった俺は街を散策しようと一歩を踏み出した。

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