第5話 人生、金がなければ詰み
「…………いいですか? 私たち冒険者たちにとって重要なのは、安定した収入を得ることなんです」
芝生の上で正座をしている俺を見下ろしながら、そんな説教を垂れてくるレイス。
「はい。先生、質問があります!」
「何でしょうか。細井くん」
「俺たちはいつまでこの学校ごっこをしているつもりでしょうか!」
「はぁ……そうですねぇ」
仮想の眼鏡を外して、レイスは広すぎる青空の遠い方へと目をやる
「それでは、細井くんは今私たちがすべきことは何だと思いますか?」
「少なくとも金を手に入れる方法を考えるべきだと思います」
俺たちの間にしばしの沈黙が訪れる。
当たり前のことではあるかもしれないが、ここは公園なので、周りの楽しそうな声のせいで余計にこの静かさが際立つ。
「えぇ……まぁ……」
「とりあえず、簡単に手っ取り早く金を手に入れる方法でも――――」
「うるさいですね! それができないから私たちはこうやって途方に暮れているんですよ!」
突然のガチギレ怖い。
もう先生モードは終わったのか、レイスがどさりと勢いよく地面に腰を下ろす。
俺もそれに合わせて足を崩したのだが、即座にレイスが詰め寄ってくる。
「簡単に? 手っ取り早く? そんな方法があるのなら、今頃私たちだけでなく、この世のすべての人が億万長者になってますよ!」
「うっ……それはそうだな」
確かに正論だった。
しかし、ゲームの中ではこういった時にプレイヤーが詰まないように、何らかの救済措置が必ず用意されているはずなのだ。
「お金くれるようなところってないの?」
「ないですね」
「金を配ってるような富豪は?」
「いないですね」
「ギルドからの配給みたいなのは?」
「ないです…………というか、さっきから細井さんは横着しすぎです。もう少し地道に稼ぐ方法を考えましょうよ」
なんということだ。
俺よりも明らかに年下の女の子に注意されてしまうなんて。
これが高校にすら行っていない、引きこもりゲーム厨と、未来がある異世界魔法使いっ娘との違いなのか。
「って言われてもな。バイトでもするのか? 俺なんかでもギルドのウエイトレスとして雇ってもらえるかな?」
「なぜここでその選択肢が出てくるんですか…………私たちはこれでも一応冒険者ですよ?」
「そうか!」
「ええ、おそらく細井さんが思っているのと今度こそ同じはずです」
今の今までこの考えに至っていなかった自分を責めたい。
あそこまで色んなゲームに手をつけてきたのにも関わらずだ。
灯台下暗しとはまさにこのことだろう。
「そうだな。まずは冒険者らしく、薬草採集から始めるべきだよな」
「は?」
「え? 違うの?」
今度こそ正解だと思ってドヤ顔で言っちゃったんだけど。
結構心に来るから、その「信じられない」みたいな顔をとりあえずやめてほしい。
「薬草採集が冒険者らしくに当たるという発想が全く理解できませんよ。そんなものは専用の業者がやってくれるわけですから。私たちがやってもおやつの足しにならないどころか、いい営業妨害になるだけですよ」
「そこはちゃんと営業妨害とか気にするんだな」
昼飯の時なんか、一ミリたりともそんなこと気にしている節はなかったくせに。
「ちょっと何を言っているのか分かりませんが」
「ちょっと前のことだろ。なんで分からねぇんだ」
「あーあー。また話が逸れてしまいますよ。とにかく、私が言いたいのはですね、簡単なものでいいので、クエストを受けましょうということですよ」
レイスは両手の人差し指で耳を塞いだまま、この問題の解決策を告げてくる。
「なるほど。確かにそれはそうなんだけど、今戦えるのはレイスだけだぞ?」
「そうですね」
「そうですね……ってお前。熟練の冒険者ならまだしも、一人で戦うっていうのはちょっと無茶すぎないか?」
しかも、レイスの魔法は絶望的に射程が足りないと来た。
森の中で会ったスノットリングとやらにでも囲まれれば、即死コースである。
「ええ、そんなことは重々承知です。ですので、その不安を解消するための策も考えておきました」
「ま、マジか……」
レイス、なんてしっかりした子なんだ。
魔法の射程は足りないし、ギルドで迷惑行為もするが、それを帳消しにできるほどの策士だというのか。
「ちなみに、その策というのは?」
「簡単なことですよ。仲間を増やせばいいのです」
「…………」
「なんですか、その顔は?」
「いや、ちょっと疑問があるんだけど、俺と会うまでに誰かとパーティーを組もうとか思わなかったのかなって」
「あーそんなことですか」
実は、正式にレイスとパーティーを組むことが決定した時から気になっていたことでもある。
魔法を何回か見て、レイスの魔法の質自体は悪くないということはなんとなく分かった。
つまり、問題となるのは、やはり絶望的に短い射程だけ。
レイスがこの街で冒険者活動をどれほどしてきたかは知らないが、すでに誰かとパーティーを組んでいたとしても、なんらおかしくはない。
「もちろん、私だってお試しでいくつかのパーティーに入ってことはありますよ」
「お試し?」
「ええ、最初は助っ人として参加して、その後に正規メンバーになるというものです」
それなのに、今は俺とパーティーを組むことになっているのは、それが助っ人止まりだったということだ。
「中には助っ人として参加したけど、『使えないから』と、途中で追い出されたところもありましたね」
「なんだよ……それ……」
いくら魔法がダメでも、そんな酷い話があっていいのか。
しかも、レイスは16歳だ。
日本では一般的に、高校一年生になる年齢ではあるが、高校一年生が一人立ちしようと頑張っているんだ。
一つしか歳が違わない俺が偉そうに言えることではないが、追い出してしまうような真似をするのはさすがにダメだろう。
「細井さん…………」
「ん? どうした?」
「いや、すごい顔をしていたので」
「え、俺そんなにすごい顔してた?」
「例えるなら、オークに殴られたゴブリンと言ったところでしょうか」
「うん。よくわからないけど、とにかくすごい顔をしていたのだけは分かったよ」
というか、オークもゴブリンも基本的に酷いビジュアルで描かれてるけど、俺ってもしかしなくても、相当ひどい顔をしていたってことなのか……。
いや、今はそんなことで落ち込んでいる暇はないんだ。
脱線する前は何について話していたんだっけか。
「そうだ! 仲間を増やすことについてだったな」
「そうです、そうですよ! ところでなんですけど、私のこの案はどうでしょうか⁉」
「いや、うん……そのことなんだけど」
「えぇ。これは私と細井さんの問題ですので、問題点があるなら構わず仰ってください!」
「仮に俺たちがパーティーを探している側だとする」
「はい」
レイスが神妙な面持ちでコックリと一回頷く。
「いくつかパーティーがあるんだが、そのうちの一つは魔法の射程が異様に短い魔法使いと戦闘経験ゼロの一般人の二人だけで構成されている――――」
「そんなパーティー、誰も入りたがるわけ…………はっ!?」
餌に向かって突進してきて罠にかかるイノシシのように、見事に食いついてきたレイスはやっとで俺が言いたいこの策の欠点に気が付いたようだった。
「そうだ。今レイスが思ったことをみんな考えるわけだ。つまり、このままでは誰も来ない」
「ええ、確かにその通りですが……細井さんには何か策はないのですか?」
縋るような上目でこちらを見てくるレイスを安心させるように、俺はニッと笑って見せた。
「本当にあるのですか!?」
「あぁ。成功させるにはちょっとした条件が必要だけど、それを満たせば高確率で仲間を増やせるはずだ」
途端に両目を真ん中から輝かせ始めたレイスに、俺はその条件を告げた。
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