第4話 彼女を知り己を知っても百戦危うい

 レイスが氷を食い終わるのと同時に、音もなく近づいてきたウエイトレスさんによって、ギルドの食事スペースから追い出された。

 しかも、ギルドから出ていく時にそのウエイトレスから「おととい来やがれください」とまで言われた俺たち。

 現在は、ギルド近くのベンチにて、食後の休憩をしている。


「全くなんなんですか。私たちが何をしたって言うのです」

「いや、俺たちは十分迷惑客としての役割は果たしたぞ。逆に、食い終わりを待っていてくれてたウエイトレスさんに感謝すべきなんだけどな」


 口をとがらせて、わかりやすくプリプリと怒っていたレイスだったが、ふと話題が別のことに移る。


「そういえばなんですけど、細井さんはこのまま私とパーティーを組む流れだと思ってるんですが、合ってます?」


 もちろん家への帰り方なんて分からないし、この世界に知り合いなんぞ一人しかいない。

 そこに付け加えて金まで無いと来た。

 つまり、選択肢としてはその一つしかないのだが。


「俺はできればそうしたい。でも、今までモンスターと合ったことはないし、剣だって杖だって使ったことはない。そのほかの武器もそうだと思う。そんな俺を仲間として入れてもいいのか?」

「いいですよ。むしろ大歓迎です」

「はぁ……? そりゃまたなんで?」


 俺はしがみついてでも仲間にしてもらうつもりだったから、即答で、しかも、少し食い気味に答えられたのは意外だった。


「私は細井さんと違って、宿に泊まるだけのお金はありますよ。しかし……しかしですね…………」

「どうした? 何か問題があるなら遠慮せずに言ってくれ」

「いえ、私個人の問題ですので」


 そう言って口を閉ざしてしまうレイス。

 しかし、パーティーを組むからには、ある程度の情報を共有しておきたい。

 相手のことを少しでも知っておくのは大事だ、というのが俺の意見だったりする。


「全部じゃなくてもいい。話せるところまでは話してくれないか?」

「……これは話すより、見てもらった方が早そうですね。あっちにある広場にでも行きましょう」


 立ち上がって歩き出すレイスの背中を慌てて追い、大通りをまっすぐ歩いていくと、予想以上に広い芝生の公園に出た。

 大人も子供もいる明るい雰囲気の公園。

 その端の方へと移動する。


「細井さんはそこに立っていてください」

「了解」


 俺を適当な場所に立たせて、レイス自身はそこから十歩ほど離れた場所で止まる。


「念のため、使うのは水魔法です。最大射程で撃ちますが、動く方が危ない可能性があるので、絶対にそこから動かないでくださいね!」

「え? 俺今から魔法を撃たれるってこと!?」

「動かないでくださいね! 行きますよ!」


 言って、レイスは杖を構えた。

 その先端はブレることなく俺の方を向いている。

 心臓が飛び出していきそうなほど強く跳ねて、今すぐにでも走って逃げ出してやりたいのに、足は一ミリたりとも動かない。

 蛇に睨まれた蛙、杖を突きつけられた俺。


『其の能力を人に授け給ひし精霊よ。今こそ私の求めに答え給へ。水霊の加護をこの杖に宿し、水龍の御力をここに顕現させよ』


 俺が動けないのを知って知らずか、何やらカッコよさそうな呪文らしきものを唱え始めているレイス。


「本当に撃ってこないよな? 異世界ジョークってやつだよな? そうだって言ってくれよ!」


 悲痛な叫びも虚しく、レイスの杖の先にできた水の塊は、膨らむように少しずつ大きくなっていく。

 塊はすぐにバスケットボール並みの大きさまで膨らんで止まった。


「れ、レイス……まだ間に合う! 思いとどまっ――――」

「オーティル!」


 俺はどうすることもできずに、目を固く瞑って、全身に力を入れる。

 水とか言ってるし、さすがに即死系魔法ではないはずだ。

 さぁ! 来い!


……。


…………。


………………。


「ん?」


 おかしい。

 いつまで待っても、俺の体に当たってくるのは、久しぶりの心地よい風だけ。

 想像していたような衝撃は全く来ない。

 

「おい? 焦らしプレイはほどほどに……って」

「…………」


 耐えきれずに目を開いた俺は、あまりの光景に、そこで言葉を止めざる負えなかった。

 分からない。

 多分だが、俺の中で安堵や恐怖、疑問、驚きといった色んな感情がごちゃ混ぜになっている。

 

 俺のつま先よりも数センチ前にできた大きな窪みと、そこに溜まった水のせいで。

 

 水がある理由は馬鹿な俺でもわかる。

 レイスが水の魔法を撃っていたから。

 何よりも、俺が目を瞑ったその瞬間までは、そこは平らな芝生だった。

 しかし、今となっては窪地になってしまっている。

 それが意味することはたった一つ。


「威力はつぇぇな」

「はい。完全詠唱で撃ったので、最大威力だったはずです」


 知らないうちに俺の前まで近づいてきていたレイス。

 と、それはさておき。

 言われてみれば、森の中でレイスが魔法を撃った時は詠唱がなかった。

 つまり、森の中でのレイスは本気を出していなかったということ。

 けど、今回は俺に詠唱ありの本気の魔法を撃ってきた。

 加えて、魔法を撃つ前にレイスは


「最大射程で撃ちますが、動く方が危ない可能性があるので、絶対にそこから動かないでくださいね!」

 

 こう言った。


「念のために訊いておくけど、わざと俺の前に魔法を撃ったってことは……」

「ないです」

「宣言通り?」

「最大射程で撃ちました」


 ここで、そもそも何故レイスが俺に魔法を撃つという流れになったのかを思い出す。

 そう、レイスが口籠った「私個人の問題」について知るためだ。


「…………まぁ、なんとなく細井さんにも察しはついたでしょう?」

「まぁな」


 そう訊いてきただけで、レイスからの答え合わせはなかった。

 それでも、目の前の窪み、「最大射程で撃ちました」というレイスの言葉から、たった一つの答えが浮かび上がってくる。


 レイスはその魔法の威力とは対照的に、射程が絶望的に短い。


 おそらく、森での戦闘も敵の近くからの奇襲だったから成功したが、これからもあの戦法が通用するとは思えない。


「これが私の伝えようとしたことです」

「うん。十分理解したよ」

「改めまして……こんな私ともパーティーを組んでくれますか?」


 ウエイトレスさんの悪口を言っていた時とは正反対の、少し不安げな声音でそう問いかけてきたレイス。

 もちろん、俺の答えは決まっている。


「こちらこそ、何にもできない俺ですけど、それでも良ければお願いします」

 

 俺が言い終えるのと同時に、レイスは下向いていた顔を勢いよく上げる。

 そして――――


「はい!」


 と、満面の笑みで答えた。

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