第3話 初日ギルドは基本
「はぁはぁ……やっとで着きましたね」
「う、うん。っはぁはぁ、よく行くときはあれだけ歩いて疲れなかったね」
「私も驚いてますよ……とりあえず、ギルドにでも行きましょうか」
ギルドなんかラノベかゲームでしか聞いたことないぞ。
もしかしたら、俺は本当に魔法があり、モンスターがいる異世界に来てしまったのではないか。
この実感をまるで裏付けるかのように、視界へと入り込んでくる、初めて見るような建物。
「レイスはこの街が地元?」
「いえ、私の地元はここからそれなりに離れたところにあります。今はこの街で活動をしていますが」
「活動って魔法使いとして、ってこと?」
「ええ。まぁ厳密的には冒険者としてですね。ほら、着きましたよ」
目の前にぬるっと現れたのは、日本では二次元の世界でよくお世話になった、冒険者ギルド。
石レンガと思われるもので作られている建物は、実際に見たことはないものの、中世ヨーロッパを連想させられる。
「さすがに足が限界ですし、中に入りましょうか」
「そうだね」
中に入ると、騒がしい声が耳を刺激する。
冒険者らしい服装の人たちの対応をしている受付のお姉さんたち。
片手で大きなグラスを三つほど持って机まで運んでいるウエイトレスの人。
そして、昼間から酒を飲んで大声で会話をしている一般人と冒険者。
すべてが非日常的で、これは夢なんじゃないか、と思ってしまう。
「今日は混んでますね……おっ、あの席がちょうど空きました! 行きましょう!」
「え、あ、うん」
「何をぼーっとしているのですか。疲れているのは分かりますが、席を取るのが先ですよ! ほらこっちです!」
レイスにガシッと腕を掴まれて、引っ張られるように空席の場所へと連れてこられた。
そして、二人で丸テーブルに備えられた椅子に腰を落ち着ける。
やっぱりまだ信じられないけど、この椅子の感触も、腕を握られた時の温かさも、本物だということは分かる気がした。
「やっとで休めますね」
「ずっと歩きっぱなしだったからな」
すると、座ってすぐにウエイトレスさんがメニュー表を持ってきてくれる。
レイスはそれにピクリと反応すらせずに、とんがり帽子を被ったまま下を向いている。
「お決まりになったらお呼びくださーい」
「はーい」
「…………」
そのまま流れるように違う机と向かっていくウエイトレスさん。
メニュー表やメモ帳を取り出すときの動き、机間を移動するときの足取り一つ一つをとっても、無駄な動作は一つもない。
俺は人生で初めて店員さんに対して感動していた。
が、そこで目の前にいる魔法使いの存在を思い出す。
「何か頼むのか?」
「いえ、私にはお金がないので頼みません。金欠なのです」
「そ、そうか。俺も急にここに連れてこられて一文無しなんだ。あるのはこの服だけだよ」
「そうですよ! そこら辺の話をしたいのです!」
「話をするのはいいけど、どこら辺?」
「あなたの名前はそもそも聞いてないですし、ここに来るまでの過程も詳しく聞きたいです!」
頭にかぶっているとんがり帽子が落ちそうなほどの勢いで、机から身を乗り出してくるレイス。
「そういえば、まだ名乗ってなかったな。俺の名前は細井紘。17歳だ」
「私は16歳なので、一つ上ですね」
「え?」
「え?」
この見た目で16歳?
少しというか、かなりダボダボなローブのせいかもしれないが、16歳には見えない。
ちなみに、年齢を聞くまでは14歳くらいだと思ってた。
「……何か失礼なことを考えられているような気がしました」
「ギクッ……気のせい気のせい」
「今『ギクッ』って言いましたね? 次失礼なこと考えたら魔法を打ち込みますよ?」
「それはハードル高くな……すんませんすんません。もう考えないので、杖を構えるのはやめてください。本当に死んでしまいます」
俺の必死の謝罪に、レイスがため息をついて杖を下ろす。
「まぁいいです。この体型については自分が一番わかっていますので……」
少し暗い声で落ち込み気味に言うレイスを見ていると、どこか不憫に思えてきた。
「まだ16歳だろ? 成長期はまだ終わってないんだから、まだこれからだって!」
「そうですか?」
「もちろん! これから巨乳になるのも夢じゃないとぶっふぉ」
「巨乳」というワードに反応したレイスに杖で顔を殴打された。
ちょっとだけ調子に乗りすぎてしまったか。
「ふん! どうせ私は貧乳ですよ!」
「落ち着いてくれ。こんな話よりももっと話すべきことがあるだろ?」
「あっ、そうでした。私……えっとなんてお呼びすればいいですか?」
「細井でも紘でもいいよ」
「では細井さんで。私、細井さんが喋っている言葉についてお訊きしたいことがあって」
「あーでも、日本語はレイスも喋ってるじゃん」
「そうです! それです!」
またもや机から身を乗り出してきたレイス。
そして、それをなだめて席に着かせる。
「細井さんは今喋っている言葉を『日本語』とおっしゃいましたよね?」
「まぁうん」
「同じなんです。言語の名称も同じなんですよ」
「でもここは日本じゃないんだろ?」
「その通りです。だから、おかしいとは思いませんか?」
確かにおかしいとは思う。
今まで俺は魔法なんてものを実際に見たことはないし、現実に存在しているなんて思いもしてなかった。
それに、スノットリングなんて奴は聞いたことすらない。
「これはあくまでも俺の予想なんだが、たぶん俺のいた世界とこの世界は違う」
「それは私も同意見ですね。私と細井さんの知識にはあまりにも差がありすぎるので」
「じゃあ言葉の問題はどうするの?」
「そうですねぇ……」
考えるレイスに合わせて、俺も腕を組んで脳を動かす。
二人で唸りの協奏曲を奏でること数分。
「諦めようか」
「そうですね、私たちには難しすぎる問題だったようです」
「こうやって喋れてるんだから結果オーライだよな」
よく考えれば当然のこと。
高校にもまともに行ってない俺と、そもそも高校が存在しないであろうレイスの二人で考えるには不可能が過ぎる話だ。
「あ、あのー……もうそろそろご注文をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「水で」
タイミングをずっと見計らっていたかのように出てきたウエイトレスさんに即答するレイス。
俺から目を離さずに即答することによって、有無をも言わせないのには少し感心してしまった。
「え、えっとそちらの方は?」
「あーえーじゃあ俺も水でお願いします……」
「えっと水二つですね。承知いたしました!」
メモをすることなく厨房の方へと帰っていく。
途中チラチラとこちらを見てきていた気もするが、すべてレイスが悪いので、特に問題はないだろう。
「俺は別にいいんだけど、レイスはいいの?」
「何がです?」
「出禁とか」
「何回もやっているので心配ご無用です」
「むしろ心配になるんだけど」
それから水が運ばれてくるのは非常に早かった。
特大サイズのグラスが二つ、机を割るのかという勢いで置かれて、ウエイトレスさんは伝票を残すことなく去っていった。
「まぁ置き方は百歩譲ってしょうがないとしよう」
「それはそうですね」
「でも、水より氷の方が多いのはおかしくないか?」
「飲み物よりも氷の方が多い」という話はどこにでもあり、それは飲み物をかさ増しするという目的でやっているものだ。
しかし、今回は明らかに違う。
水位よりも上に氷があるし、もはや氷をかさ増しするために水を入れているという感じ。
何を言っているんだ俺は。
「……で、お前は何してんの?」
「わはひでふか? わはひはほのほおい……んぐっ。私はこの氷を食べているのです」
「よくためらいもなく食えるよな」
「いつものことなので」
こいつ、なんでもこの一言で済ませるつもりだろ。
「いいですか? 氷は水で、水は氷なのです」
「そうだな」
「つまり、氷を食べている私は、水を飲んでいるのと同じなのです」
「いや、そうはならんやろ」
俺のツッコミむなしく、氷食を再開するレイス。
こいつと別れた後はどうしようか、どうしようか……。
その時俺は絶望した。
唐突に絶望した。
この世界で俺が頼れる人はこいつしかいない、ということに。
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