第27話 球技大会
二月の中旬。
この時期は、バレンタイン以外にも、行事が多い。
少し黛が、過労で体調を崩した時に、話に挙がったが、球技大会が近いうちに行われる。
学年末テストもあるので、自由参加ではあるのだが、参加する生徒はもちろん多い。
俺はというと、球技大会のバスケットボール部門に、深瀬に引っ張られ参加することになった。
俺と深瀬のほかには、薫と柏木さん、そして松岡さんという女の子の五人組で、五組のバスケットボール部門は決定した。
球技大会があるということで、体育の時間や、放課後や休み時間など、ある程度は練習に充てられる時間がある。
そこまでガチガチの大会というわけではないので、まったく練習しなくてもいいのだが……放課後の今。俺と若葉をジャージ姿で体育館に集めた、弥生という女生徒は、そんな雰囲気ではなさそうだった。
「よいちゃん。なんで私と進が呼ばれたの?」
若葉は、きょとんとした顔で、弥生に聞く。
「……球技大会……私バレー部門なの」
弥生はバレーボールを持ちながら、真剣な顔つきで言った。
「へ~。それは頑張らないとな」
「そう。そうなのよ」
俺が弥生に言うと、弥生は強く頷いた。
「それで……」
弥生はボールを高く上げる。
「お~」
俺と若葉は高く上げられたボールを見て、声を漏らす。
そのボールは徐々に速度を落とし、空中で一瞬静止したあと、今度はゆっくりと落下し始める。
そのボールが落ち始めると、弥生の前に落ちようとしてくる。
「とう!」
そして、弥生は声をあげながら、そのボールをスパイクしようとする。
しかし、ボールはそのまま弥生の手に触れられることなく、バンと大きな音を立てながら床と激突をした。
そのボールは、何度もバウンドした後、少し転がり、静止した。
「……」
「……」
俺と若葉は、半目になりながら、弥生を見る。
「この通り、私は運動が一つも出来ないから、運動できそうな二人に、基礎からある程度教えてほしいのよ」
……今のスパイクまでの動作を見たらわかる。
どんくさいやつじゃん。
弥生は、本当に運動が出来ない。
「教えるのはいいけどさ、俺たちじゃない方がいいだろ?」
「そうだよ。バレー部の人に頼めばよかったじゃん」
俺と若葉は、バレー部に練習を頼めばいいという意見で一致しているらしい。
確かにその通りだ。俺と若葉にはバレーの経験はない。
運動神経なら、俺は悪い方じゃないと思うし、若葉に関してはピカイチだろうから、人選としては正しいかもしれないが、やはりバレー部に頼むのが一番だろう。
「無理よ」
「なんでさ」
俺は、無理と言う弥生に理由を尋ねる。
「私、こうやって猫被らないで話せる友達だったり、こうやって練習するのに付き合ってくれる友達、少ないもの」
「ああ……」
俺は納得する。
「意外とよいちゃん、屈託なく話せる友達いないよね」
弥生は意外と、裏の顔で話せる友達は少ない。
たぶん、いろいろな役員や役職についているからこそ、浅くて広い交友関係が出来るんだろうな。
それで、こうやって重要な局面で、ちょっと困るわけだ。
「すこしでもいいから、今の私の状態から少しでも良くなればいいから、教えてちょうだい。薫にだらしないとこ見られたくないの。薫だって頑張ってるんだから、私も頑張りたいの」
弥生はボールを胸の前に持って、少し前かがみになり、黒い長い綺麗な髪を揺らしながら頼んでくる。
「ま、やりますか」
俺は若葉を見る。
「そうだね~」
若葉もやれやれといった表情で言う。
「それじゃあ、お願いね」
弥生は笑顔で言うと、俺たちはバレーの練習を始めた。
それでまあ……無難にパスの練習から始めたわけだけど……。
「あ」
「あ」
若葉と弥生は、パスの練習をしている。
弥生は若葉にパスをするために、手のひらを斜め上に向けて、ボールを押し出す。
しかし、まず全然距離が足りてないし、後ろに飛んでいる。
その後も、何度もパスの練習をする弥生。
「よいちゃ~ん。もっと前に! もっと強く!」
「もう。やってるわよ~」
若葉は体全体を使って、大げさにパスの動きをする。
若葉は「授業でやったから出来るよ~」と言っていた通り、無難にうまい。
体育館の端から見ている俺から言わせてもらうと、たぶん弥生は力がないんだろうな……。
その後もパスの練習をしたところ、少しだけ改善が見られたので、次はレシーブの練習を始めた。
今度は俺が、弥生にボールを放り投げて、レシーブをさせる。
弥生は腕を伸ばして、両腕を前にして握り、レシーブをする体制になる。
「いくぞ~」
「は~い」
俺は弥生に合図をすると、ボールをそこそこ高く放り投げた。
ボールは弥生の少し前に飛んでいき、落下する。
「とう!」
弥生は見事にボールを腕で跳ね返した……のだが、ボールはわけのわからない方向に飛んでいった。
「お~」
「おおじゃないわよ。どうするのよこれ」
俺が飛んでいくボールを目で追いかけながら見ていると、弥生は飛んでいったボールを拾いに行った。
弥生が戻ってくると、俺は口を開く。
「もっと体全体でボールを返すんだよ。腕だけじゃなくて」
「体全体ね。わかったわ」
そう弥生が言うと、ボールを俺に渡してきた。
「いくぞ。ほれ」
俺はまたボールを投げる。
そのボールは、またしても弥生の腕に跳ね返されたが、やはり訳のわからない方向に飛んでいき、若葉の近くに転がる。
そのボールを若葉は拾った。
「……ちょっとお手本が見たいわ。二人でやってみてほしいの」
「ああいいよ。若葉~手本が見たいってさ~」
俺は、弥生に言われたので、若葉を呼ぶ。
若葉は駆け足でやってきた。
「じゃあ、進行くよ」
「おう」
若葉はボールを放り投げた。
天井に届くくらいに、そのボールは高く上げられた。
「おい! 高いって!」
「進ならいけるいける~」
若葉は、焦る俺をおちょくる。
ボールは、かなりのスピードで落下してくる。
「おいしょおおお!」
と大きな掛け声を出しながら、俺は体全体を使い落ちてくるボールのエネルギーをある程度殺すように受け止め、跳ね返す。
跳ね返されたボールは、若葉の少し上あたりに、高く打ち上げられながら飛んでいった。
「お~」
見事な俺のレシーブを見た、弥生と若葉の二人は感嘆しながら拍手をしてくれる。
「やるじゃない。そうやって体全体を使ってボールの勢いを納めるのね」
「ああ。合ってるかはわかんねえけどな」
弥生は、俺のレシーブの真似をその場でしていた。
俺の動きを参考にしてくれたようだった。
「じゃあ、次はよいちゃん」
「よし。どこからでも来なさい!」
弥生は、小走りで若葉の少し前に立った。
俺は邪魔にならないように、少し離れる。
若葉はボールを放り投げた。高度は低い。
そのボールは、弥生の少し前に落ちていく。
「えい!」
弥生はそのボールを体全体で受け止めたが……ボールは弥生の後ろに飛んでいった。
「まあ、さっきよりはマシになったんじゃないか?」
俺は、弥生を見て言う。
「そうね。若葉ちゃん、繰り返しお願い」
「うん!」
弥生は若葉に頼むと、若葉は元気よく返事をした。
その後も、何回か繰り返し練習した。
一回だけかなり綺麗にレシーブをすることが出来たが、それ以外は後ろに飛んだり、そもそも当たらなかったりした。
まあ、ボールを怖がってないだけ、バレーの才能は多少あるのかもしれない。
その次にサーブの練習をさせたところ、どうやらこれだけはある程度出来るようで、下から腕で打ち上げるような形のサーブを、弥生は楽しそうに練習し始めた。
俺は「やった! いい感じに入ったわよ!」とか「ナイスサーブ! 私!」とか、言っている弥生を見ながら休憩していた。
若葉を見ると、倉庫からバスケットボールを持ってきたようだった。
「若葉はバスケなのか?」
「うん。あ、そっか。進も出るならバスケか」
「そうそう」
「黛は出るのか?」
「黛は出ないよ。運動なんてしてたまるか! 応援だけでいい! って言ってた」
「あ、そう……たまには運動すればいいのにな」
「運動できないわけじゃないんだけどね……黛」
若葉は苦笑いしながら言う。
「教えようか? バスケ」
俺は若葉に言う。
「あ、うん!」
俺は若葉からの返事を聞くと、立ち上がった。
「じゃあゴール下シュートからな」
「はい! 監督!」
俺たちは、バスケのゴール下に向かった。
若葉にゴール下シュートを教えると、数回で出来るようになってしまった。
十回中何回入るかをテストしたが、九回も入ってしまった。
その後もレイアップシュートや、ミドルシュート、ドリブルも軽く教えたが、どれもすいすい出来るようになってしまった。
なんというか、一度見たら、数回練習するだけで出来るようになってしまっているように見えた。
なんとも残酷な、若葉と弥生の運動神経の差だ。
若葉との練習を終えると、弥生が練習をいつの間にか終わらせていたようで、体育館の端で座って休んでいた。
「よ。そろそろ終わりか?」
俺は弥生に尋ねる。
「ええ。また体育の授業で練習するだろうし、今日はこんなもんね」
「よ~し! じゃあ帰りにラーメン食べて、私は帰ろうかな~」
若葉は大きく伸びをしながら言う。
「おい。俺も行くぞ」
「お、いいね」
俺もラーメンが食べたい。
今なら食べても許されるだろう。
たくさん動いたしな。
「よいちゃんもくる?」
「じゃあ、私も行こうかしら。がっつり系じゃないのよね?」
弥生は、楽しそうに尋ねてきた若葉を見て、ニコニコしながら尋ねる。
「そうだね。よいちゃん来るなら、駅前の家系ラーメン屋じゃなくて、商店街の醤油ラーメンにしようか」
若葉は俺を見る。
「うん。そうしよう」
「やった! じゃあ一旦教室戻ろうか」
若葉はそう言うと、駆け足で体育館の出入り口に向かった。
「若葉ちゃん、ボールボール」
「あ!」
弥生はそんな若葉を止める。
若葉は、持っているボールごと教室に戻ろうとしていた。
若葉はボールを持ちながら、まぬけな顔で俺たちの方に振り返る。
「ははは」
「ふふふ」
そんな若葉を見て、俺と弥生は穏やかに笑った。
次の日。
午後の五時間目の体育の授業で、球技大会の練習があった。
それぞれの部門に分かれて、それぞれの競技を練習する。
参加しない生徒は、各自応援したり、練習を手伝ったりなど、自由だ。
俺たちバスケ部門は、体育館を半面使って練習することになった。
もちろん、もう半面はバレー部門が使う。
バスケ部門は五人、体育館に集まって、とりあえず何をするかを話し合うことになった。
それぞれのバスケ経験も、運動能力もわからないしな。
「えっと、経験者は俺と……進か」
「そうだな」
深瀬は俺を見て言う。
「薫くんは?」
深瀬は薫を見て言った。
「授業で触ったことくらいしかないかも」
俺と深瀬以外のメンバーは、薫と柏木さんと、松岡さんという女の子の五人だ。
「私もほとんどないや!」
「私もないよ~」
松岡さんは髪が長く、身長は160センチぐらいの女の子だ。
ちょっとアンニュイなところがあるが、素直な女の子という印象だ。
「そか。まあ一人一個ボール持って適当に触ってみるか。あとは流れでなんとかなるだろ」
深瀬は言う。
「そうだな。まずはボール触るか」
俺は、深瀬に同調する。
「じゃあまずはボールを取りに行こう!」
「行こう!」
柏木さんが元気よく拳を突きあげながら言うと、薫がそれに乗っかって、柏木さんの真似をする。
俺たちは、その後ボールを取りに行って、ゴールの前で適当にボールを触り始めた。
ゴールは二つあるので、俺と柏木さんが片方のゴールを、深瀬と薫と松岡さんがもう片方のゴールを使っている。
俺はミドルシュートの練習を始めた。
中学の頃からゴール下でシュートを打つことが多かったため、中遠距離のシュートに苦手意識がある。
「ね~ね~」
「なに?」
柏木さんがシュートを打っていると、声をかけてきた。
「やっぱり左手は添えるだけなの?」
柏木さんがシュートの体制になりながら聞いてきた。
「どっちでもいいよ。でも女子なら筋力的に仕方なかったりもするから、両手で打ってる人も多いかな」
「そうなんだ~。なんか両手で打つデメリットとかあるの?」
「両手を上に伸ばしてから、片手を伸ばすとわかるんだけど、片手だけ伸ばしてる方が打点が高いんだよね」
「ん~……」
柏木さんはボールを置き、両手を伸ばしたあと、片手をピーンと伸ばす。
ちょっと柏木さんの胸が強調されたせいで、ちょっと目のやり場に困る。
ジャージだから、余計に身体のスタイルがわかってしまう。
結構スタイル良い。この人。
「あ、ほんとだ!」
「でしょ? だから片手で打った方が高いから、ブロックされにくいんだ。両手打ちのデメリットはそれくらいかな」
俺は平然を装いながら言う。
「そっか……まあ届かないし両手で練習しよっと~」
柏木さんはそう言うと、両手打ちの練習に戻った。
体育館を見回すと、いろいろな生徒が練習を見ていることに気が付いた。
未来と森田さんが話しながら、俺たちの練習している姿を見ているところが目に入る。
あの視線……あの森田さんの様子だと、バスケする深瀬を見て、興奮しているってところだろう。
森田さんは、深瀬のことが好きらしいからな。
その後も練習していると、柏木さんが小休憩し始めたので、俺はゴールを一人で使えるようになった。
ちょっとドリブルシュートの流れを練習したかったので、その練習をする。
ストップしてシュート、次にレイアップ……その次はダブルクラッチ……と練習していると、体育館がちょっと騒がしくなった。
「すごいじゃ~ん! 進く~ん!」
休憩していた柏木さんが、駆け寄ってきた。
耳を澄ますと「進くんって本当にバスケ上手なんだ」だの「体育祭のときは散々だったから運動できない人だと思ってた~」だの聞こえてくる。
恐らく、俺のプレイを見て、少し盛り上がっていたんだろう。
「プロ、なれんじゃない?」
「プロに怒られるぞ、柏木さん」
柏木さんは、にやにやしながら言ってきたので、俺はすかさず返す。
「進! ダンクしてくれダンク!」
「はあ? ダンク?」
こっちに駆け寄ってきた薫は、俺にダンクを要求してきた。
「俺も見たいな~」
「私も~」
深瀬と松岡さんも要求してくる。
周りの視線も集まってくる。
「深瀬も出来るでしょ」
「俺、したことない。ポイントガードだし」
「ああそうだったな……」
ポイントガードは、攻める時に一番ゴールから遠い場所にいることの多いポジションだ。
そりゃ、ダンクなんて練習しない。
まず、俺はダンクを部活で練習したことなんてないからな。
ちょっとした空き時間に練習してたくらいだ。
「じゃあパスくれよ」
「お! いいね~。さすが進」
俺は、深瀬にボールを出してもらうように頼んだ。
深瀬はすぐに了承してくれる。
そのまま、俺は小走りでゴールへ走り出す。
深瀬は並行してドリブルしながら走り、ゴールの前にボールを放り投げる。
俺はそのまま助走をつけて飛んで、ボールを空中で掴み、ゴールへ押し込む。
低い音が鳴り、ボールはそのままゴールネットを通り落ちた。
「おおおおお!」
体育館中の生徒が拍手をしてくれる。
ちょっと恥ずかしい。
「いえ~い」
深瀬は、ハイタッチを求めてくる。
俺は恥ずかしがりながら、ハイタッチをする。
「これでやっとクラスの女子にモテるな」
「うるさいなあ……」
「ははは」
深瀬は、俺をからかう。
その後は、そのダンクを見た薫と柏木さんが「どうにかして僕たちもダンクを決めたい!」と言い出して、一生懸命ゴールの下でぴょんぴょんし始めた。
松岡さんは、真面目にうまくなろうとゴール下シュートを練習してくれていたので、俺と深瀬でみっちりと教えた。
そんな感じで体育の授業が終わり、教室に戻る時間になった。
「おら」
「痛ったあ! 何すんだよ未来お前!」
体育館から出て、西棟を歩いていると、未来に耳をグイっと引っ張られた。
「まったく、浮かれてんじゃないっての」
「浮かれてねえよ」
「い~や。浮かれてるね」
未来は、何やら不機嫌そうだった。
「なんでそんな不機嫌なんだよ」
「……不機嫌じゃないもん」
未来は、不機嫌そうに不機嫌じゃないと言う。
「……あのさ」
「なに?」
「あんまいい格好、しないでよ」
「え? なんでさ」
未来は全く目を合わしてくれない。
下を見ている。
「う~……やっぱり何でもない! ばーか!」
「ええ!」
未来はそう言うと、走って先に行ってしまった。
一体、なんだったんだろう。
何が未来を不機嫌にさせたのだろうか。
ただ、その後の六時間目が終わった後の放課後。
未来はいつものように一緒に帰ろうと言ってきたので、そんなに俺が何かしたというわけではなさそうだった。
……まあ、いっか。
そして球技大会当日。
「いけー!」
「頑張れー!」
開会式が終わった後、すぐに午前中に行われる競技の試合が始まった。
今は体育館にて、薫とバレーボール部門で出場している弥生を応援している。
弥生は、少しぎこちないが、ゆっくりとしたボールなら、しっかりと返せるようになっていた。
俺たちと練習してからも、体育の授業中にもしっかり練習していたし、上達していているようだ。
「すごい! 球技大会に参加するって言いだした時は、どうなるかと思っていたけど、バレー出来るじゃん!」
「練習してたしなあ。お、いいパス」
薫は弥生のプレーを見ながら、嬉しそうに声をあげている。
俺は弥生がいいパスをあげたので、そのパスの軌道を、目で追う。
そのパスは、川口と言う俺たちのクラスのバレー部の元へ飛んでいく。
そのボールは川口によって軽く打ち込まれ、相手のコート内へ飛んでいき、ワンバウンドした後、コート外へ飛んでいく。
「おお! よいちゃんがサポートしたぞ!」
「いいぞ~!」
弥生たちは、コート内でハイタッチをし合い、喜んでいた。
俺と薫は、その後も健闘する弥生と五組を応援した。
そして午後。俺たちバスケ部門の試合が始まる時間になった。
まずは、体育館で六組との対戦だった。
八組あるうちの、一から四組のグループAと、五から八組のグループBに分かれ、それぞれのグループで一位のチームが、もう一つのグループで一位だったチームと対戦する。
六組は経験者が少なく、俺と深瀬を軸に試合を展開していると、どんどん点差が広がっていった。
柏木さんは意外とすばしっこく、ルーズボールを何度も拾い上げたり、パスの中継地点になってくれた。
松岡さんも、女子にしては高い身長で、相手の女子生徒のシュートを何度も止めてくれていた。
薫に関しては、もう経験者と言っていいほど動けていた。
六組を見ていて思ったのは、六組は経験者が投げる、どうしても強くなってしまい、取りにくいパスを、非経験者が受け取れないということが起こっていた。
それに比べて、五組はみんなパスをしっかりと受け止めてくれるため、それが試合を順調に進めることのできる要因だったと思えた。
ほかのクラスは、バレーだったりサッカーだったりハンドボールだったり、得意な競技がクラスごとにある。
うちのクラスは、もしかするとバスケが強いチームかもしれない。
六組との試合は、無事大差で勝利することが出来た。
「いえーい! うちらもしかして強い?」
「強いかもしれないな!」
柏木さんの発言を、深瀬は肯定する。
俺たちは試合後、集まって喜びを分かち合っていた。
「薫くん、成長速度凄いね。もう全然動けるじゃん」
「松岡さんも、鉄壁のディフェンスだったな!」
薫と松岡さんは、お互いに褒め合う。
チームの雰囲気もいい感じだ。
「俺たちも、頑張らないとな」
「そうだな~。でも進もいるし、みんな強いし楽勝かもな~」
俺と深瀬は話す。
その後も別のクラスと対戦をしていったが、負けることはなかった。
そして俺たちはグループで一位となり、グループAの一位と対戦することとなった。
この決勝戦は、ハーフコートで行われていたグループ戦とは違い、体育館すべてを使って行う。
体育館の壁に貼られている対戦表を見てみると、どうやら相手は若葉たちがいる二組だった。
「やっぱり二組か。樋口がいるもんな」
「そりゃそうか」
深瀬は、納得したように腕を組んでいる。
樋口くんはバスケ部のエースだ。
俺がたまにバスケ部に混ざって、昼休みとかにバスケをするときの樋口のプレイは、やはり上手だ。
特にスリーポイントの精度が高い。
手ごわい相手になりそうだ。
試合の時間になり、コートに俺たちは入る。
対戦相手の二組のメンバーを見ると、若葉と樋口、それと坊主頭の背丈が俺より大きい男と、女子にしては身長の高いショートカットの髪の女の子がいた。
そして少し遅れてコートに入ってきたのは、身長が男子にしては低めな男。
それは黛だった。
「え! なんで黛が!」
「あ、ほんとだ黛だ」
俺と深瀬は、黛を見て驚く。
深瀬は黛に手を振る。
深瀬が手を振ると、黛とついでに若葉も俺たちの近くに来た。
「やっぱり二人ともバスケ部門だったか」
黛は言う。
「いやそうなんだけど。それより、黛は出ないんじゃなかったのか?」
俺は、黛と若葉を見ながら言った。
「実はね、出るはずだった子が風邪ひいちゃってさ。樋口にそそのかされて、黛が出ることになりました。健康になるし、良かったね! 黛!」
若葉は、黛を見ながら言う。
「帰りたいです」
黛はここまでの試合で疲れているようで、猫背になりながら、低い声で言った。
「帰りたいと言っている割には、ここまで勝ち抜いているじゃん黛」
「それはまあ、チームが強いし、チームスポーツだから、一人だけやる気なくて負けとかしたら罪悪感えぐいし……」
深瀬と黛は仲良さそうに話す。
生徒会に入ってから、この二人はより一層仲良くなっていそうだ。
「とにかく、負けないからね! 進!」
「こっちも負けない。いい勝負にしような」
俺と若葉は、お互いガッツポースをしながら言いあった。
そして、整列して挨拶をした後、樋口と深瀬のジャンプボールから試合が始まった。
最初は俺たちの攻めからスタート。
試合時間は七分だ。
始まってからすぐに、今までの試合とは違い、スピード感が違うと感じた。
若葉と樋口と黛と相手の坊主とショートカット女子の五人は、動きが早くマークも早かった。
俺は坊主くんにマークされる。
ボールは薫が持っていたが、黛に奪われた。
「室井!」
黛がそう言うと、ショートカット女子の室井にボールを素早くパスする。
室井さんは素早く先行し、ボールを受け取る。
ただ、松岡さんに阻まれる。
俺は坊主男と並行して走り、自陣のゴール下まで走る。
「内田くん!」
室井さんはそう言いながら、内田くんという俺がマークをしている坊主頭に高いパスを出す。
俺は、なんとかパスカットしようと内田くんの正面に立とうとするが、内田くんは身体の使い方がうまく、カットは失敗した。
ただ、ゴールはさせまいと、必死にディフェンスをする。
内田くんは高さを生かし、樋口にパスを出した。
そのまま、樋口はスリーポイントラインからシュートを打つ。
深瀬はブロックに飛んでいたが、飛び始めが遅れたため、ブロックすることは出来なかった。
そのままボールはゴールに入り、得点表示に三点が刻まれる。
そして二組は一旦、自陣に戻り、ディフェンスの体制になる。
「こりゃやべえかも」
深瀬は、コートの外からパスを出しながら言う。
「でも体格は俺たちの方が優勢だから、そこを活かしていこう」
俺はパスを受け取り、のんびりボールをドリブルで運びながら言った。
樋口くんも、薫より少しだけ大きいくらいの身長だから、体格差は活かせるはずだ。
その後も点差は広がることも、縮まることもなく、拮抗していた。
二組は、樋口のスリーポイントを中心に攻め込んできた。
深瀬がたまにブロックしてくれるが、その後は若葉にボールを拾われ、若葉にもスリーポイントを打たれる、という流れが何度もあった。
若葉のスリーポイントはあまり入ることはなかったが、二回ほど入るところを見たせいで、警戒せざるを得なかった。というかバスケうまくなりすぎだろ、若葉。
内田くんはフィジカルが強く、俺が好き勝手プレイすることは難しかった。
しかし、何とか薫や柏木さんのミラクルショットもあり、二点ずつ点差を詰めていくことができた。
樋口たちは三点ずつ点が入っていくが、俺たちは体格が二組よりも全体的に大きかったので、シュートブロックできることも多く、俺たちはゴールから近い位置からのシュートが多かったので、確実にゴールを決めることが出来たため、点差は広がらなかった。
特に、柏木さんがミラクルショットを決めた時は、大きく盛り上がった。
決めた本人も嬉しそうにしていた。
黛はというと、序盤は素早い動きでパスの中継役や、シュートを決めていたが、中盤になると、もうヘロヘロになっていた。
「黛~! 走って~!」
と若葉に言われていたが、
「無理~」
と黛は言っていた。
普段から運動をしなさい。黛。
試合も終盤。残り時間は一分。
体育館中の生徒の応援も、熱くなっていった。
もはや怒号のような声の大きさの応援が、体育館に響いていた。
点差は一点。二十対二十一。二組がリードしていた。
黛がシュートをする。
疲れているせいか、力不足で、そのシュートは手前で落ちる。
「よ!」
「とう!」
ゴール下でポジションの奪い合いをしていた俺と内田くんは、そのボールに飛びつく。
お互いに取り合った結果、そのボールは俺と内田くんの手で弾かれ、中央に転がっていく。
くっそお! 内田くん! バスケでもやったらどうかな! 体の寄せ方うまいんだよ!
「よいしょおおお!」
「たあああ!」
その転がったボールを、柏木さんと若葉で追いかけている。
少しの差で、若葉がそのボールを掴み、室井さんにパスする。
しかし、そのボールは少し逸れてしまい、室井さんの前、俺たちが攻めるゴールの方に転がる。
深瀬がそのボールを取る。素早くドリブルでゴールに運ぼうとするが、樋口がディフェンスにつく。
少しずつ深瀬はドリブルで前進するが、なかなか進めていない。
「ヘイ! こっち!」
俺は深瀬の前を走り、ゴールへ向かっていく。深瀬からのパスが飛んできた。
急に、俺は走り出したので、内田くんを引き離していた。そのため、深瀬からの俺へのパスは通った。
しかし、いつの間にか走りこんできていた黛にボールをはたかれて、取られてしまった。
そのまま、黛は薫のディフェンスを何とか躱しながら、若葉にボールをパスする。
若葉はそのままスリーポイント。しかし、ゴールのリングに弾かれた。
そのボールは、室井さんに飛んでいき、室井さんもミドルシュート。
しかし、これもリングに弾かれる。
ここでボールは、薫の手元に飛んでいった。
いったん落ち着いて、薫はドリブルで下がりながら、黛との距離を取り盤面を見る。
黛もちょっとずつ自陣側に戻っていく。自陣側で守るようだ。
時間はあと二十秒。
恐らく、最後の攻めだ。
薫は、深瀬にボールを回す。
深瀬は、俺に目線を向ける。
深瀬はみんなに目線を向けて、ジェスチャーする。
このジェスチャーはダンクだ。
逆転まであと二点。
確実に入れるなら、ダンクが一番いい。
俺が決められれば、の話だけど。
俺たち五人は少しずつ距離を取り、相手のスリーポイントラインを軸にポジションを取る。
あと十五秒。
深瀬は、薫にパスを出す。
その間に俺はゴール下に入る。内田くんもマークについてくる。
薫はシュートの体制に入る。黛がそれをブロックしようと飛んだ。
疲れているせいか、黛のジャンプは低い。
薫は、その体制から、柏木さんにパスを出す。
あと十秒。
柏木さんは、パスを受け取ったものの、若葉にピッタリつかれて、パスを出しにくそうだった。
しかし、柏木さんは若葉より大きい。それなら。
「ここだ! 柏木さん!」
俺は大きな声で言いながら、ゴール上を指さす。
上へのパスなら、出せるはずだ。
「えい!」
柏木さんは一生懸命ジャンプしながら、ゴール上に向かってパスを出してくれる。
あと五秒。
ボールは完璧な軌道を描き、俺の上まで飛んでくる。
あとは、内田くんに負けないかどうかだ。
俺は全力で飛ぶ。
内田くんも飛んだ。
高さは同じだ。
内田くんは両手をあげて、ブロックしようとしてきた。
だが、俺がしようとしているのはダンクシュートだ。
つまり、片手でそのままボールにぶち込むことになる。
俺は、柏木さんにも説明したはずだ。
両手を伸ばすのと、片手を伸ばすのは、片手の方が打点が高い!
俺はなんとか空中でボールを掴み、そのままゴールへねじ込んだ。
低い音が鳴り、ボールはそのままゴールネットを通り落ちた。
「おおおおお!」
体育館中に歓声が鳴り響く。
得点表は二十二対二十一。
俺たち五組の勝利だった。
「やったあああああ!」
俺たち五組はゴール下に集まり、喜びを分かち合った。
球技大会が終わり、着替えを済ませてからクラスに戻った。
クラスに深瀬と薫と一緒に戻ると、すぐに俺の席の近くにクラスメイトが集まってきた。
「進くん! 凄かった!」
「おい! なんであれでバスケ部に入ってないんだよ!」
などなど、俺を称賛してくれるクラスメイトが多くいた。
あまりクラスでも話さない生徒も話しかけてきてくれて、嬉しかった。
それから少しして、俺の席の周りが空いた。
帰り支度をしていると、柏木さんが話しかけてきた。
「やあ進くん」
「お、柏木さん。お疲れ」
「お疲れ~」
柏木さんは手を振りながら、言ってくれる。
「いや~劇的だったね~改めて。ダンクで決めるなんてさ。さすがだよ」
「深瀬がそそのかしたんだけどな。別に点が入るなら何でもよかったさ」
俺は褒めてくれる柏木さんと、目を合わせるのがちょっと恥ずかしかったから、近くで薫と江口と話している深瀬を見ながら、柏木さんに言った。
「俺だって、樋口にマークされてるからな。なかなかシュートは打ちにくいんだよ」
深瀬はこっちを向いて、俺と柏木さんに言う。
「ぼくも入るか自信なかったから、最後シュート打てなかったんだよな~。でも進が決めてくれてよかったよ」
薫もニコニコしながら話してくれる。
「というか進お前!」
江口はそう言いながら、俺との距離を詰めてくる。
「な、なんだよ!」
「お前才能隠すのやめろよ!」
「いや、隠してない」
「じゃあかっこよくなるのやめろ! 俺がモテなくなるだろ!」
江口は、必死に俺に訴える。
「別に進がモテるようになっても、お前がモテなくなるわけじゃないし、進がモテなくてもお前だってモテないぞ」
深瀬は江口に非情な現実を叩きつける。
「くっそおー! もう三年だぞ! チャンスねえよ!」
「まだ三年になってから、すぐに遠足があるでしょ~。元気だしなよ~」
柏木さんは江口に言う。
「そうだ! 楽しみだな!」
江口は、すぐに元気を取り戻す。
単純な奴だ。
でも、ここまでまっすぐなら、こいつにもいつか春が来るだろう。たぶん。
その後、みんなと適当な会話をしていると、未来がこちらをチラチラと見ていることに気が付いた。
恐らく、俺が帰ろうとするのを待っているのだろう。
「わり、そろそろ帰るわ」
俺は薫や深瀬、柏木さんと江口に別れを告げる。
「じゃあそろそろ解散すっか~」
「そうだね~」
深瀬が言うと、薫が同調する。
「じゃあ! 散!」
江口は、両腕をばっと開き、きりっとした声で言う。
「散!」
「散!」
柏木さんと薫も真似して、きりっとした声で言った。
俺はバッグを持ち、未来の元へ向かう。
「お疲れ」
「ごめんな。話しこんじゃって」
「いいえ。あんないい試合をいい形で、進が〆ちゃったんだもん。そりゃ積もる話もありますわ」
「そういうこと。応援ありがとな」
「まあ、一応元チア部なので」
「そか」
俺たちは、話しながら廊下を歩いている。
未来は、選手として出場はしていない。
しかし、こうして応援だけしに来る生徒は多かった。
昇降口に着くと、俺たちは靴を履き替えた。
「未来は……なんか部活またやろうとは思わないの?」
「う~んどうだろ」
俺たちは、昇降口から外に出る。
外はまだ少し明るいが、夜がすぐそこまで来ているのがわかる明るさだった。
寒さは少しマシになったように思える。しかし、ちゃんと上着を着ていないと寒い。
「黛も今になって生徒会に入ったし、今からでも遅くないんじゃね?」
「でもそれは生徒会から誘われてたんでしょ? 今更三年になりかけてる二年が入ってきても、絡みづらくない?」
「あ~確かにそうだ」
俺たちは校門を通り、狭い狭い商店街に続く道を歩く。
幸い、生徒はあまり通っていない。のんびり歩けそうだ。
「だから別にいいかな。遊んでるの楽しいし。そっちこそ、バスケやらないの?」
「まあ……練習きつそうだしな……遊びでやるなら楽しいけどさ」
「そ」
未来と俺は目を合わせずに、前を向いて歩く。
「あ~ちょっと愚痴っていい?」
「ん? まあいいけど」
「みちるいるじゃん」
「うん」
「スタイル良いんだよあいつ」
「うん」
確かに柏木さんはスタイルがいい。
顔もかわいいし、明るいし、実は結構人気があって……みたいな感じでもおかしくないだろう。
「今日のみちるが試合してるときにさ~……男子たちが、みちるの胸が揺れるだ、足が良いだうるさくてうるさくて……ちょっとイラっとしたって話。ま、しょうがないか。男の子だもんね」
「そりゃそうだ。男はそんなもんだ」
そう。その感情を口に出すか、出さないかは置いておいて、男の脳内は結局こんなもんである。
「私も薫くんのこと追いかけてた時、そんな感じで見てた気もするし、そんなもんか……」
未来は、苦笑いしながら言う。
俺たちは、商店街にたどり着いた。
道が広くなるが、人がそこそこいて歩きにくい。
「話は戻るけど、今日アンタを見てたんだけどさ」
「ああ。どうだった?」
「うまいし、まあ、かっこよかったんじゃないの?」
「そっか」
未来と俺は、ちょっと目を合わせて話す。
少しの沈黙が流れた後、未来はまた口を開いた。
「ほんと、ごめんね。私のせいだよね。バスケやめたの」
「……」
突然言われて、俺は少し、なんて返せばいいかわからなくて、ひるんでしまった。
確かに未来……咲を探すために、部活なんてしている場合じゃないって思っていたから、部活に入らなかった。
別に後悔はしてないけど、未来のせいだって言われると……半分くらいはそうかもしれない。
「確かにそうかもな」
そろそろ駅が近い。
たまに行く、家系ラーメン屋が見えてきた。
「……」
未来は下を向く。
「でも、やめなかったら、またこうやって未来と会うことも、できなかったかもしれなかっただろ?」
俺がそう言った瞬間、ハッとした表情で未来は、俺を見てくれた。
「なにそれ、きも」
「はあ? まったくなんなんだお前は」
「ふふ」
未来は困っている俺の顔を見て、少し笑った。
「というか、いい格好しないでって言ったじゃん。恰好良かったけどさ」
未来は、穏やかな表情に戻る。
「いい格好しちゃだめか?」
「う~ん。そうだねえ……」
未来はそう言いながら、少し腕を組んで悩み始めた。
もう駅前だ。
改札が少し遠くに見える。バス停も近くにある。
未来は腕を組むのをやめた。そして、口を開いた。
「私の前だけならいいよ」
未来は、満点の笑顔で言い放った。
「……っ!」
俺は、もうそれはあり得ないくらい恥ずかしい気分になった。
いや、照れていた。
「そ、そぉかぁ~」
俺は照れていることを隠し切れずに、変な声で「そうか~」と言ってしまった。
多分、変な顔もしている。
「なに~照れてんの?」
未来はにやにやしながら、肘でわき腹を突いてくる。
「照れてない! くそ!」
俺は何とか誤魔化すために、改札まで走る。
「あ! 待ってよ!」
未来は、そう言いながら追いかけてくる。
「私の前だけならいいよ」って……ほぼ……告白じゃん!
なんなんだ未来は!
何を考えてるかわからない!
でも、なんだか、嬉しいような、不思議な気分だった。
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