第17話 不可能
十月の中旬。
中間テストも終わり、帰宅したのち、のんびりと、この前買ったゲームをやっている。
インターホンが鳴ったので、俺は一応自室を出て、一階に向かう。
母がいるので、出てくれるかなと思ったが、母は風呂場の掃除をしているようだった。
俺は玄関に向かい、ドアを開ける。
「こ、こんにちは……」
「え?」
そこにいたのは、制服を着た未来だった。
バックなどは何も持っておらず、手ぶらのようだ。
「? うちに来るって言ってたか?」
「いや、言ってない」
「そうだよな。えっと……どうした?」
「いや~その~」
未来は、少しだけ言うのをためらうように、もじもじした。
「家出したんだよね~」
「……ええええええ!」
未来はどうやら、家出をしたらしい。
とりあえず母と相談すると、「年頃の女の子だから、何かあるんじゃない~?」と言って家に上げ、とりあえず事情を話してもらうことにした。
リビングの四人座りの机に、俺と母の対面に、未来が座る形で座る。
「と、とりあえず、なんで家出したかくらい話してくれねえと困るんだけど……」
「そ、そうだよね……」
と言いながら未来は、母のほうを見る。
「……ふふ、じゃあ、私は掃除の続きをするから、あとは任せたよ進」
母はそう言って、リビングを後にする。
恐らく、俺の母には話しにくい内容なんだろう。
「はい、理由カモン」
「うん……実はね……チア部をやめる! ってお母さんに言ったらケンカになっちゃって……」
「え?」
チア部をやめるだって?
未来、部活やめるってよ。
「それはまた、なんで部活やめるなんて……」
「えっと……これは絶対に薫くんと、できれば弥生さんにも言わないでほしいんだけど……」
未来は、下を向きながら話を続ける。
「実は部活内でハブられてる……っていうかいじめられてて……」
「はあ⁈ いじめられてる⁈」
「うん。何人かで大技するときとかに仲間に入れてくれなかったりだとか……」
そんなこと初めて聞いた……。いや薫がそれっぽいことを言っていたような……。
「とにかく、なんで早く言わなかったんだ!」
「だって、そんなの怖くて言えないし……」
そりゃ怖いだろう。なにか報復とかをされる可能性だってある。
いったん落ち着こう。
「お、おう……まあそうか……それで? 何でいじめられてるんだよ?」
「それがわかんなくて……ハブられてるのに気が付いたのは、一年生の二人が、私を入れてない部活のライングループが作られているって言うのを伝えてくれたおかげなの。それ以外よくわかんなくて……」
未来は少し泣きそうな顔をしている。
「そんなよくわかんない状態でハブられて……辛くて辛くてやめようって思ったことを伝えたら、そんなのダメだって、お母さんが気にしてるのは世間体だけなのに、ひどいよね?」
未来の目には、涙があふれそうなくらい溜まっていた。
「母さんに、いじめられてるってのは言ったのか?」
「ついさっき言ったでしょ。世間体気にしてるのに、言えるわけないし、言ってもそんなの気にしないでって言われるに決まってる」
「む……まあ、とにかく分かった」
とりあえず、頼れるのが俺だけだって判断してくれて、頼ってきてくれているんだろう。
「じゃあ、とりあえず落ち着いて話そう」
「うん」
「えっと、じゃあ主にいじめてる首謀者的なのは? わかってるのか?」
「これも一年生に聞いたことなんだけど……部長が主に無視しろって命令してるらしいよ」
「部長か……とりあえず部長に話を聞けばよさそうだな……」
「え? 部長と話すの?」
「ああ、なんでそんないじめをしてるのかはっきり聞かねえとな」
「よ、よく聞けるね……」
未来は、苦笑いをしながら言った。
「中学の頃もこんなことあったからな。助けてやるよ」
咲と出会ったとき、こうやっていじめられていたところを助けていたことを思い出す。
結構似ているシチュエーションだ。
「それで? 家には帰るのか?」
「帰らない。気まずい」
「……泊まるところは?」
「ない」
「……彼氏のところは?」
「薫くんに心配かけたくないし、弥生さんにダメな彼女って思われたくない」
「姑におびえる嫁さんかよ……母さ~ん」
俺は母さんを呼びつける。
俺は気が付いていたのだが、あの人、掃除の続きをするとか言って、階段の途中で聞き耳を立てていた。
呼ばれた瞬間に母はこちらに飛んできた。
「なに?」
「未来を今日泊めることってできるか?」
「もち! できるぜ!」
「だそうだ」
母は元気に返事をする。
「本当ですか⁉ ありがとうございます!」
「いえいえ~」
未来は立ち上がり、深々と頭を下げる。
「でも、一応後でお母さんに連絡させてね。人の家の子供を預かるわけだからね」
母さんは急に、真面目な顔をして言う。
「え……はい……」
「大丈夫! 何とかして無理やり帰らされないようにするから」
「……ほんと、すみません……」
「いいんだよ~」
母は未来の頭を撫でる。
「あ、というかお前、彼氏いるのに、別の男の家に泊まっていいのかよ?」
「……まあ、弥生さんは進のこと信頼してるし、薫くんも進のこと信頼してるから多分平気……それにここが一番近いから、ほかに選択肢ないし……」
「……俺はどんな気持ちで今日過ごせばいいんだ……」
いや、まあ確かに薫と弥生は、俺のことを信頼しているので、とにかく仕方なかったんだ! とでも言えば、許してくれそうなものだが……気分はあんまりよくない。
「あれ? 進くん? 寝取りですか?」
「ちげえよ!」
母がちょっかいをかけてくる。……ちょっとこういうとこ、弥生に似てんだよな。
「まあ、お母さんが許さないけどね~」
「……しねえよ……まったく……」
まったく、母は悪ふざけが昔から好きなんだ。
「ま、気にしなくていいか……一旦……」
俺は未来に言いながら、自分にも言い聞かせる。
「う、うん……仕方ないよね……」
そういう訳で、未来はうちに泊まることになった。
未来が風呂に入っている間に、未来の母がうちを訪れた。
今日の着替えと、明日の登校のために必要なものが入ったバック、お泊りセットを持ってきてくれた。
未来の母も言い過ぎたと反省しているようで、「今はそっとしてあげたいので、申し訳ないですが、未来をお願い致します」と丁寧に頭を下げていた。
そのことを未来に話すと、未来も突発的な行動をしたと、反省している……わけではなく、なんだか負けたみたいで腹立つ、と言っていた。
……なんだかまったく似ていないよなぁ……。失礼だけど。
日付が変わる少し前、俺はぼーっとスマホを見ながら、ソファに座っていると、未来が話しかけてきた。
「なに見てんの?」
「ん? 動画」
「あっそ、えっちなの?」
「ちげーよ」
未来は、特になんも変哲もないジャージを着ていた。
そんな格好でも、かなりかわいい部類に入るだろう。髪も普段ふわっとしたポニーテールにしていてギャルっぽいが、今は髪を下していて、なんだか新鮮だ。
というか、あんなに気まずいとか言ってたのに、今はもう割と違和感ない。
「……寝る前にちょっとだけ、話聞いて」
「うん。いいぞ」
「薫くんってさ、自分の意思とかあるのかな?」
「何言ってんだお前……あるだろそりゃ。文化祭の時だって、未来と一緒にいてあげたいとか言ってただろ?」
「そうだけどさ、その後お嬢様が、未来と一緒にいてあげろって言っていたんだ、とか言ってて……じゃあ弥生さんに言われていなかったら、あの時、弥生さんのそばにいたんじゃないかって思ってさ」
「うーむ、まあ二人は家族同然だし、仕方ないんじゃないのか」
「そう……かも……でも心配。いつか離れてちゃいそうでさ。言われたことすぐ真に受けちゃうし、最近ぼーっとしてるし、めっちゃモテるから悪い人とかに連れてかれちゃいそうで……」
「その時は引き留めるんだな。頑張ってやるしかないさ」
「うん……それしかないよね……ごめん寝る前に暗い話して」
「別にいいよ。じゃあ俺、寝るわ」
「私も」
俺はソファから立ち上がり、自室に向かう。
「じゃあ、おやすみ」
「うんおやすみ進」
俺は二階に。
未来は、来客用の和室に向かう。
……薫か。
確かに……守りたくなってしまうような雰囲気はあるよな。
それに対して母性をくすぐられる人は、かなり付き合うのに向いているのかもしれないが、未来みたいにそんなに母性がなさそうな奴だと、向いてないのかもしれない。
でも未来は未来になりに、頑張っている。これを応援しない理由はないだろう。
次の日。
俺は未来と一緒に学校に向かい、特になにも問題なく昼までの授業をこなした。
そして昼休み。
未来にハブられていることを教えてくれた、一年生と俺たちは会うことになった。
ほとんど一年生しかいない、一年生のクラスがある階の、東棟三階の渡り廊下に向かう。
三階の渡り廊下に着くと、ショートボブのかわいらしい男の子と、ツインテールの女の子が待っていた。
男の子のほうはかわいらしいと言っても、薫のような女の子と見間違えるくらいに女の子のみたいに見えるわけではないが、しかし、綺麗な顔立ちをしている。
女の子のほうは……かなり整っている。何と言えばいいんだろう。お人形さんみたいで、人間味があんまりない。
「あ、先輩」
とツインテは言う。
「こんにちは。すみません。わざわざ来ていただいて」
と男の子が言った。
「ううん。むしろ部長に見られてるかもしれないし、ここでいいよ。ってことで、こいつが進ね」
未来は、俺を紹介してくれる。
「どうも、橘進です」
「どうも、俺は石黒っていいます」
「はじめまして、田山です」
男の子のほうは石黒、女の子のほうは田山というらしい。
「それで……未来がハブられてるって話だけど……」
「はい。未来先輩を助けてくれるですよね?」
「ああ。もちろん。それで、ハブられてる理由はわかってるのか?」
俺は、一年生二人組に尋ねた。
「はい、田山がわかってます」
田山がそう言うと、田山は手のひらを胸に当て、私に任せて! みたいなポーズをする。
「聞いてもいいか?」
「いい……ですけど……未来先輩に聞かせてもいいのかどうか、田山わかんなくて」
と田山は、未来に尋ねる。
「私が聞かないと始まらないでしょ」
「……わかりました……」
田山は少し間をおいてから、再び口を開く。
「先輩が、薫さんとお付き合いしてるからです」
「え!」
「ちょっと! 声がでかいです進先輩!」
あまりにも予想外な理由だったので、大きな声が出てしまった。
そんな俺を、石黒が止めてくれる。
いやなに、未来がなんかしたとかではなく、ただの嫉妬のようなものだったので驚いてしまった。
「そんなのただの嫉妬じゃねえか」
「そうですけど、仕方ないんです。思い通りにいかないと攻撃しちゃう人だっているんです。部長は……そういう人です」
石黒はそう言う。
「……まあ、だよね~……何となくわかってた」
未来は、しんみりとした雰囲気で呟いた。
「知ってたんですか? 先輩」
田山は未来に寄り、手を握りながら上目遣いで尋ねていた。
「なんとなくね」
「すみません、今まで力になりたいって思ってたのに、田山、何もできなくて」
「いいんだよ、別に。よしよし」
未来は、田山の頭を撫でて慰める。
まるで姉と妹だ。
「田山は未来先輩が好きだから、助けようとしてるんですよ」
石黒は俺に教えてくれる。
「ちなみに俺の場合は、チア部唯一の男子部員で浮いてたんですけど、未来先輩が声かけてくれたんですよ。そのおかげで緊張もほぐれて……。だからどうしても、俺も未来先輩の力になりたいんです。恩返しがしたいんです」
「そうか、いい奴だな君」
と俺が言った瞬間、ガッと肩をつかまれた。
「すまん。付いてきたら、なんか聞こえてしまってな。大変じゃないか」
「うお! 黛!」
黛は、少し憐れみの目でこちらを見ていた。
「まあ、ぼくにできることはなさそうだけどな。すまんな、首を突っ込んで」
黛は、頭を掻きながら言う。
「俺は別にいいけどな。とりあえず、今日の放課後にでも、俺は部長に話を聞きに行く。これは俺個人の行動だから、お前らは知らないふりをしておけよ」
とにかく早めに行動を起こしておかないと、未来へのいじめがエスカレートするかもしれないからな。
「すごいですね……俺なんて、助けたら次は自分がいじめられるんじゃないかって怖くて……」
石黒は、情けなさそうに答える。
「ぼくは君たちのことはよく知らないけど、気にすることはないんじゃないのか? そんなに自分の身を考えないで、行動できるやつのほうが少ないだろ」
黛は微笑みながら言う。
とにかく、こいつらは次のいじめの標的が自分になるかもしれないのに、勇気を出して行動してくれたんだ。俺が行動できるのも、こいつらのおかげだから感謝しないとな。
「俺は自分なんて気にしないからな。とにかく、よく頑張って教えてくれたな。ありがとう」
俺は、一年生二人に頭を下げる。
「いいえ!」
「田山たちの代わりにお願いします!」
二人も俺に頭を下げた。
「じゃあ俺は少し考え事があるから、先戻るよ。未来、後で部長の容姿やらなんやら教えてくれ」
「うん。気を付けてね」
「ああ」
そう言って俺は、その場を後にした。
とにかく、部長にしっかりと話を聞くためにいろいろしないといけない。
できれば一対一で話したいからな。
無駄なことに首を突っ込んだ。
「じゃあ、そろそろ二人も戻りな? 授業だから」
「はい、そうします。行こうか田山」
「うん。先輩もまた部活に来てくださいね。田山待ってます」
「うん。できれば行くよ。でもごめん。薫くん次第かな」
「……俺も待ってます」
「うん。ありがと」
……こいつは……本当に……何も見えていないんだろうな。
「黛くんも戻ろ」
「ああ」
……。
「なあ未来」
「ん? なにかな」
「薫と別れたりはしないのか」
「え?」
言わなくていいのに。
「今のお前がもし、ぼくなら、薫とは別れる」
未来は、呆然としている。
そんな未来を置いて、ぼくは教室へ向かう。
ああ、やっぱり言わなければよかったなと、そう思った。
普段であれば何もしないのに、あまりにも何も見えてないようで、かわいそうだから、ぼくは不必要な必要なことを言ったんだ。
そんな名前をしているのに、未来のことなど見ていない愚か者。
一度得た幸せは、もう、なかなか手放すことが出来ない。
その幸せがあることが、常であるからだ。あることが当たりになってしまうと、それが無くなったら、どうしようもなくなってしまうから。
手放すことが出来ないからこそ、自分の手の届かないところに行ってから、苦虫を嚙み潰したような顔で、どこか遠くへ行ってしまった、その幸せをただ見つめるだけになってしまう。
そんな悲しいことにならないように、今のうちに幸福を消すんだ。不幸を生まないように。
俺は放課後、チア部の部長を呼び出した。
連絡先も知らないし、未来や石黒、田山を巻き込むわけにはいかないから、何と超原始的な方法である、こっそり手紙を下駄箱に入れるという手法を取った。
そこにはできる限り、きれいな字で「お話があります。チア部で起こっている件についてです。お願いします」と書いた。
呼び出したのは、校庭の隣にあるプールの裏。
ここならおそらく誰も来ないであろう。一対一で話が出来る。
少しだけ待っていると、足音がした。
音がした後、あまり時間が経たずに、その足音の主は姿を現した。
未来からもらった部長の写真は、少し癖っ毛のショートボブ。身長は高く、すこし釣り目でかなりの美人といった感じだった。
俺の目の前にいる人物は、未来から教えてもらった部長と思われる人物と、全く同じ人物だった。
「君? 私を呼んだの」
「ああ」
「知ってるよ、君、非モテの鉄人だね」
「そうだ。本名は橘進っていうんだ」
「橘くんね。覚えた。それで? チア部の件についての話って何かな?」
部長は手を組み、退屈そうにしている。
早く話を終わらせたいって思っているのだろうか。
「未来を、どうやらいじめているみたいだな」
「……はあ……またなの? 君もそれを言うんだ」
「俺も?」
もしかして俺以外にも、言ってきたやつがいたのか?
「うん。まあ、名前は出さないけど、別にそれをやめてくれない? って言ってきた女がいるの」
「そうなのか……じゃなくて、実際やってるのか?」
「うん。やってる」
「……誤魔化さないんだな」
「まあね」
部長は悪びれもなく、へらへらとニヤニヤしている。
「じゃあいじめてる理由も隠さないんだよな? 教えてくれよ」
「いいよ。未来が薫くんと付き合ってるのが気に入らないから」
「へえ。そうなのか」
俺はあえて知らないふりをする。
ここで知っているってことを言うと、誰から漏れたのか詮索されかねないからな。
「だって、おかしいじゃん。私は薫くんに告白したのに断られてるの。しかもお嬢様がいるから付き合えないって断られた。でも、なんで未来は付き合ってんの? まあ、確かにかわいいのは認める。でも私も負けてないし、私と同じで性格もよくないのに、薫くんと付き合ってるのが気に入らないの」
「へえ、未来のことはかわいいって認めたうえで、さらに自分が性格悪いことも自覚してんだ。アンタ」
「まあね。だから、自覚してるこの性格は一生直らない。それで私とほとんど女としての価値は変わらないのに、未来は、薫くんと家族同然の……弥生に好かれてるからって薫くんと付き合って、ムカつくの。小賢しくて」
「それは違うな。未来は好かれる努力をしたんだ」
そうだ。
あいつは、俺とちょっとした事故で知り合って、俺経由で黛、蜜柑と知り合い、そこから弥生と仲良くなって、薫に好かれたんだ。
小さい雪玉を、少しづつ大きくしていくみたいに、小さなチャンスを大きくして薫と付き合うことが出来たんだ。
何も見ていないくせに、勝手に物を言われるのは、腹が立つな。
「どうせ弥生にうまいこと言って、薫くんに近づいたんでしょ? 自分の力だけで好きな人ぐらい捕まえろって話」
部長は、眉間にしわを寄せている。
かなりイライラしてそうだ。
「あーイライラしてきた。私、忙しいから。じゃあね」
「あ、おい! 待てよ!」
「待たない。二度と顔見たくないかも。あんたみたいな自分が正義でーすみたいなやつ」
「悪かったな。とにかく、いじめるのはやめてくれ」
「い、や、だ」
部長は振り向き、吐き捨てるように言った。
……多分こいつのこの性格は、変わらないんだろうな。
見てくれはいいし、確かにリーダーシップはありそうだから、この人を肯定する人が一定数いるんだろう。
肯定してくれる人がいると、人は変われないからな。
だからこそ、叱る人が必要なんだ。
まあ、肯定が必要な人の方が、圧倒的に多いけど。
「わかった。じゃあアンタが未来をいじめ続けるなら、アンタの顔を見るたびに挨拶して、やめろって言い続けるからな」
「あっそ。勝手にしなよ」
そう言うと部長は、足早に去っていった。
……久々に、人をちゃんと助けられなかったな。
この自分の力不足に嘆く感じは、久々だ。
次の日の授業が終わるまで、俺はなんとなーく未来のいじめに関することで頭がいっぱいだった。
しかも、結局なにも変えることが出来なかった、未来への罪悪感で、未来に声をかけることも出来なかった。
そして放課後。
俺に「じゃあな!」と言って帰っていた、深瀬の顔を見て、バスケを思い出した。
気晴らしに、体育館でも行こうかな。バスケでもしよう。
「ねえ。大丈夫?」
「うわ、なんだ」
話しかけてきたのは、未来だった。
「だから、大丈夫かって聞いてるの」
未来は、指を差してきながら尋ねてくる。
「ああ、大丈夫だ」
「そか。もう帰るの?」
「いや、体育館でバスケでもしようかなと」
「一人で?」
「うん」
「私も行く」
「え?」
「いいから。多分ちょっと今日アンタが変だったの、多分私のせいだし、少しぐらいお返しさせて。パスとかなら出せるから」
……未来はそっぽを向きながら話す。
これが未来なりのやさしさなんだろう。
たまにはいいとこあるじゃん。
「オッケー。じゃあ行こうぜ」
「うん」
こうして俺たちは、体育館に向かった。
今日は特に部活をやっている生徒はいなかったので、体育館には俺と未来の二人だけだった。
倉庫からボールを取り出し、適当にハンドリングをする。
「ふーん、バスケ部だったのは本当なんだ」
ボールを持った未来が、俺の真似をしようと四苦八苦している。
「まあな。結構うまかったんだぞ」
「へー」
俺は適当にドリブルをして、レイアップを決める。
その後、ゴールから落ちてきたボールを拾い、流れでゴール下シュートを決める。
「それで? 部長と話したんでしょ。ありがとね」
「ああ。別にいいさ」
「何とかなりそう?」
「……いや、ならなかった」
「そっか」
俺はスリーポイントラインまで下がり、シュートを打つ。
ボールははじかれて、未来の後ろに転がる。
「まあ、顔を見るたびにやめろって言い続けるとだけ、言っておいた」
「うわ、うざそー。でもありがと。効き目があるといいけど」
「そうだな。まあ、お前だけでも喜んでくれてよかったよ」
未来は後ろに転がったボールを拾い、俺に投げてくる。
結構きれいなフォームで、チェストパスをしていた。
「お前バスケやってた?」
「い~や? やってない」
「センスあるんじゃね?」
「マジ? バスケ始めようかな」
未来は、すでに持っていたボールでドリブルをし始める。
少しすると未来は立ち止まり、口を開いた。
「ねえ、やっぱり、薫くんって本当に私のこと好きなのかな?」
「そりゃ好きだろ……。でもなんでそんなこと聞くんだ?」
「……だってデートの度に、私は好きって伝えてるのに、薫くんは好きって言ってくれたこと、ないんだ」
「そうなのか。でも考えすぎじゃねえか?」
「そうかもだけどさ、実は告白された時も、『よければ付き合ってください』って言われたの。好きって言ってくれたことなんてないんだよ」
「そうなのか。……好きって言われないのは不安だよな」
心は見えないからな。言葉がないと本心がわからない。
でも、言葉で伝えるのが下手な人もいるだろうし、難しい。
「あとね、弥生さんもね、付き合っていることは気にしてくれているけど、あの子正面から話してくれないんだよね。ほら、薫くん孤児だったでしょ?」
「ああ、そうだな」
「私より薫くんの昔のことをよく知っているくせに、小さいころどんな子だったか、みたいな話してくれないんだよね。誤魔化されちゃう」
「俺も薫の過去のことを聞こうとしても、話してくれないことあったなぁ」
「でしょ? あるよね。なんか腹立つんだ。付き合うために協力してくれたことにはもちろん感謝してるよ。でも薫くんについてはだんまり。ひどいよ……ね!」
ね! と言うと同時に、未来は力任せに超ロングシュートを放った。
もちろん、飛距離が足りず、ゴール前でポトリと落ちる。
そして俺は、そのボールを拾いに行く。その後も未来は大きな声で話を続けた。
「あーあ。文句の一つでも言ってみるか~って思っても、私は口下手だから、なんか流されちゃうんだよね。でもさ、もし伝えちゃってそれで喧嘩とかになったらさ、弥生さんに嫌われて、それで薫くんに弥生さんが、未来ちゃんとは別れなさい、とか言ったら、薫くんは弥生さんの言うこと聞いちゃいそうじゃん? それでさ……」
「ああ! もう! おら! パス!」
俺は、未来にやさしくボールをパスする。
今、暗い話をするのは、よくない。
「ええ! おっと!」
「未来、ツーメンをやるぞ」
「ツーメン?」
「お互いにパスをしながら走って、最後にはシュートを決めるんだよ」
「……うんまあいいけど、じゃあ行くよ」
未来からパスをもらい、俺は軽く走り出す。
未来とスピードを合わせながら、俺はもう一度、未来にパスをする。
未来はボールをキャッチ。そして未来は、俺にもう一度パスをする。
「あ! ごめん」
未来が出したパスは、俺よりかなり前に飛んでいく。
「うおおお!」
俺はスピードを上げて、ぎりぎりでパスをキャッチする。
そして、そのままゴールへ向かい、大きくジャンプ。
ドガッと大きな音を立てながら、ゴールは揺れた。いわゆるダンクというものを俺は決めたんだ。
「すごい……初めてダンク見た……生で……」
「まあ、こんなもんだな。とにかく気にすんなよ、薫に好きって言われないことなんてさ」
俺は、未来がどんどん自虐的になっていくことが、あまりよくないことだと感じたので、話をぶっちぎるためにツーメンをしようと声をかけた。
まあ、ダンクはやりすぎかもしれないけどな。
久々にやったし、腕が痛い。
「そうだね。私は好きなんだし、薫くんから直接好きじゃないって言われるまでは、薫くんを信じることにする」
未来は、腕を後ろで組んで、体育館の上の方にある窓から差し込んでいる夕陽を見ていた。
「そうだな」
「……あれ……なにこれ……」
「ん? どうした?」
「私、泣いてる」
「え」
「なんでだろ、わかんない。わかんないよ」
未来は、突然泣き出した。
いや、突然すぎる。どどど、どうしようか……。
「あ、頭痛い……。なにこれ……」
「未来!」
未来は、急に膝をついた。
そのまま、頭を抱えて床に突っ伏す。
「大丈夫か! 保健室に運ぶか?」
「……ふう……ちょっと待ってね。多分平気」
未来は呼吸を整えて、少しずつ立ち上がる。
「本当に平気か?」
「うん。大丈夫。こんなんじゃだめだよね。私」
「へ?」
「だって薫くんは、なんだか守ってくれるって感じはしないからさ、私が守らないと多分ダメなんだ。でも、私じゃ守れないかもしれない。だからこそ、悲しいけど、きっと薫くんを私が守るには、色々切り捨てないといけないのかもね」
未来は右下を向きながら、悲しそうな顔をしていた。
「そうかもしれないな。ま、いざとなったら力貸してやるからさ。とりあえず帰ろう。これからまた体調悪くなるかもしれないしな」
「うん。帰ろう。あー楽しかった」
未来は、ゆっくり体育館の端においてあるバッグのところに向かった。
俺はボールを片付けてから、未来を追いかける。
帰りながら見た、秋の夕暮れはとてもきれいだった。
未来は、結局チア部をやめたらしい。
この話は、後に本人から聞いた話だ。
何やら、未来や進の行動が怪しい。
最近未来から、お出かけにも誘われない。なにか、心境の変化があるに決まっています。
僕はある日、黛を廊下で見かけた。声をかけようとすると、黛の目線の先に、進と未来がいることに気が付いた。
なんとなく、ばれないようについていくと、進と未来は一年生と話をしていた。黛はそれを隠れて聞いており、僕はさらにその黛の後ろから、それを見ている。上履きの色が一年生の色だから、未来と進と話している子たちは、一年生であろう。男の子と女の子の二人組だった。
……会話の内容は聞えなかった。
しかし、一年生の男のほうは見たことがある。文化祭の時に、チア部の演目で、ただ一人いた男子だったので記憶していた。なので、恐らく、未来はチア部関連で何かあったのだろう。
本人たちに聞いても、なんだか話してくれなさそうだった。しかし、僕はどうしても何をしているのか気になったので、放課後、なんとか調べ上げて、チア部の部長と思われる生徒に、廊下で声をかけた。
「ねえ君」
「はい? って薫くん! なになに? 私と付き合う気になったの?」
部長は、急にすり寄ってきた。
「? なんのこと?」
「え? 私、一年生の時に薫くんに告白したんだけど」
「すまない。覚えていない」
「え~ショック~。それで、何かな?」
「最近、未来の様子が怪しいんだ。何か知らないか?」
「え? うーんとね~」
部長は腕を組み、指を頬に当て、心当たりがないか考えてくれているらしい。
「なんか~未来さんハブられてるんだよね~私以外の部員に」
「え……それはどういうことだ? なぜ?」
「わかんないけど~……薫くんが未来さんと付き合ってからハブられてるかも~」
「……」
考えられる可能性はいくつかあるが、恐らく、この言い方だと、僕と未来が付き合い始めたので、何か不都合があったか、または何かしらほかの理由で、未来は仲間外れにされ始めたと考えられるだろう。
「そうか」
「うん。だから、薫くんは未来さんと付き合い続けるのは、少し考えた方がいいかもね……これ以上は、未来さんが持たないかもだし」
「ああ、一応お嬢様と話をさせてもらうよ」
「……はぁ」
なぜか、彼女はため息をついた。
ため息をつきたいのはこっちだ。
「じゃあ、ありがとう」
「いいえ。いつでも声かけてくれていいからね」
僕はその場を後にする。
……僕は、自分の顔を触る。
落ち着いたときにしか、自分の顔は見られない。
だけど、自分で見なくてもわかる。
僕は嫌でも、人を引き付けてしまう。
今だってそうだ。
この女は、僕に話しかけられると、とてもうれしそうに距離を詰めてきた。
僕のことを、何も知らないのに。
これは僕が綺麗だからだ。
外側だけ、見えてる部分だけ、綺麗だからだ。
綺麗なことはいいことよ、とお嬢様は言ってくれるけど、僕は良いことだけだとは思わない。
僕が綺麗だから悪いんだ。人を勝手に引き寄せて、勝手に傷つける。
まるで夾竹桃のように。
僕は教室に戻り、進に尋ねた。
「なあ、いやな聞き方かもしれないが、僕の顔、進の顔と取り換えられるとして、買えるとしたら、いくらで買う? それか、僕がいくら出したら交換してくれる?」
進は少し考えた後、答えた。
「買わないし、交換もしない」
「え? どうしてだ?」
「そんなにいい顔をしていたら、色々厄介なことも増えそうだしな。レンタルとかならワンチャンある」
「……そうだよな……」
やっぱり僕は、夾竹桃でした。
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