第14話 メイド若葉

 何やら、若葉がメイド喫茶で、バイトを始めたらしい。

 恐らく、メイド喫茶が好きな黛……というか、メイドが好きということだったので、若葉は黛のために、社会勉強も兼ねて、メイドさんとして働くことを選択したのだろう。

 なんだか、ダメ男のために貢ぐ彼女のような感じになってきたが、まあ若葉がいいのであればいいのだろう。

 ということで若葉に頼まれて黛、そして若葉の黛に対しての精神安定剤として、薫と俺が呼ばれたわけである。

 そして朝早く、俺は京王線を岩本町まで乗り、そこで黛と薫と合流し、岩本町から徒歩で秋葉原まで向かった。

 途中にある川が割と臭ったが、街並みはいわゆる下町のような感じがして、どこか懐かしかった。

 しかし、電気街にたどり着くと、そこはもういかにもオタクの町、秋葉原であった。

 ゲームセンターの隣にはラジオ館。その正面にはカードショップ。

 俺は、こういうところには来たことがなかったから、かなり新鮮だった。

「若葉がいるメイド喫茶は『アキバMADE』か。確かサイゼの裏あたりだっけな」

「ごめん一つも言ってることがわからん」

「とりあえずついてくれば大丈夫だ」

 黛は、俺たちとはぐれないように、ゆっくりと先導しながら歩いてくれる。

 薫はなんだかうわの空だ。ぼーっとしている。

「薫?」

「ああ、なんだ?」

「いやぼーっとしてんなって思ったから」

「ああ。なんだか最近寝つきが悪くてな。まあ大丈夫だ」

「そうか。無理するなよ。というか、よく未来が許したな」

「? 何を許す必要があるんだ?」

 薫は、キョトンとしている。

 そりゃあ、彼女がいるのにメイド喫茶なんて、許してくれる彼女の方が少ないだろうに。

「いや、お前あいつの彼氏だろ? メイド喫茶とかダメとか言われなかったのか?」

「ああ……何も考えていなかった……ちょっと聞いてみる」

 薫はスマホを取り出し、電話をかける。

 相変わらず、スマホのカメラはテープでつぶされているし、しっかりと表面は反射しないように、シートのようなもので加工がしてある。

「……未来? 僕だ。若葉が働いているメイド喫茶に行こうとしているんだが……え? そうか。なら平気だな。じゃあまた明日会おう。また」

 薫は電話を切り、ポケットにしまう。

「どうやら、お嬢様が話を通していたらしい」

「相変わらず世話焼きだな。あいつ」

 薫と未来の関係が悪くならないように、弥生は気を使っているのかな。

 少し先を見ると、先に行った黛がこっちを向いて待っていた。俺たちに手を振っている。

 無理におーいと呼ばないのが、なんだか黛らしい気がした。

「薫、行くぞ」

「うん」

 俺たちは先にいる黛と合流して、メイド喫茶に向かった。

 

「ここだ」

 黛が指差す先は、いたって普通の喫茶店のように見えた。

 しかし、よく見ると店の前には、メイドさん爆増中! と書かれている看板が立てられていた。

「爆増してるらしいな。メイドさん」

 俺は、黛に看板を指差して言った。

「ああ、爆増してるらしいな。じゃあ入るぞ。二人ともあんまり身構えなくていいからな」

 そして黛を先頭に、俺たちは中に入った。

「おかえりなさいませ! ご主人様!」

 俺は、その瞬間固まった。

 メイド服は、文化祭である程度見慣れているつもりだったが、明らかに歴が違っていた。

 まるで普段から、メイド服を着ていそうな女性を至近距離で見た俺は、少し呆気にとられた。

「えっと、橘か凪って名前で、連絡が行っていると思うんですけど……」

 俺が固まっているのを見越して、黛が話を進めてくれた。

「ああ、若葉ちゃんのお友達様ですね。小鳥居様から特別席を用意させていただいているので、そちらにご案内しますね」

「あ、はい」

「お願いします」

 俺と黛は返事をすると、メイドさんは、にこっとしてから、こちらに顔を残したターンをして、歩き出した。

 というか、また弥生はこんなところにも手をまわしているんだな……。

 優しいんだか、面白がってんだか……。


 特別席は広めの個室で、なにやら白やピンクを基調とした装飾が施されており、いかにもメルヘンチックな雰囲気だった。

 薫は先ほどから、うわの空だったが、こういう雰囲気が好きなようで、楽しそうに部屋をキョロキョロ見回していた。

 奥から、薫、俺、黛の順番で案内され、少し待った。

 それから、少し経つと、個室の扉があいた。

「おかえりなさいませ! ご主人様! なんてね」

 扉が開くと、そこには黒と白を基調にした、ロングスカートのメイド服に身を包んだ若葉が立っていた。

 かわいくポーズをとり、ウインクをしている。

 俺でもわかるくらいには、若葉はメイクをしているようだったが、とてもよく似合っていて、気合が入っていることがよくわかる。

「よう若葉、よく似合っ……」

 俺は若葉に挨拶と、服装が似合っていることを褒めようとしたが、若葉の視線が黛に向いていることに気がついた。

 ……危ない、危うく勘違い男になるところだった……。

「やあ若葉……うん……とってもいい……かわいい……」

 黛はいつにもなく、いわゆる低音ねっとりボイスで若葉を褒めちぎる。なんだか犯罪の匂いがするが……若葉は、黛のためになんでもすると明言しているし……本人にとっては嬉しいのかもしれない。

「あう……あ……ヘヘヘへ……」

 若葉は、両手で頬を覆って恥ずかしがりながら「黛がかわいいって……」とニヤニヤしていた。

 少ししてから若葉はハッとして、俺と薫を少し見た。

 すると、少し深呼吸をすると、緩み切った頬がピンとして、若葉は落ち着きを取り戻した。

 どうやら、俺たちは正しい意味で精神安定剤らしい。

「黛はこっちでメニュー用意してるから……ちゃんとお腹空いてる?」

「空いてる昨日から何も食べてない早く若葉のメニュー食べたい」

 黛は早口オタク全開である。

 実は学校で、割とオタクっぽい連中と話をしている所を見かけるので、オタクだってことは知っていたが、ちゃんと早口なのは、今時珍しいんじゃないだろうか。

「えへへ。じゃあ待っててね。二人は……メニューから好きなの頼んでいいからね。今日はよいちゃんがお金持ってくれてるから。あと接客は私とほかのメイドさんだけど……私はいつも通りでいい? 一応、いかにもメイドさんみたいな接客も出来るけど……」

 俺は、若葉がいかにもメイドさんみたいな感じで接客する姿を考える。

 悪くはないが……俺としては、普段の少し内気な感じでふわふわしている若葉の方が好みだ。まあそれに、今日俺は、若葉と黛のサポート的な感じだし、若葉には負担にならないように、普通にしてもらおう。

「俺はいつも通り……普通でいいや。薫は?」

「僕も普通で」

「わかった。注文は? 今パッと決められそうだったら聞くよ?」

「えっと……」

 俺は割と腹が減っていた。それとこういう場所のオムライスに興味があったのでオムライスにすることにした。したのだが……。

「こ、これ」

 俺が指さしたのはぺんぎんたん★もちもち★おむらいす。

 しかし、声に出していうのはちょっと……恥ずかしい。

「どれかな進。大きな声で言ってくれないとわからないや」

 若葉は、少しニヤニヤしながら言ってきた。

「お前、俺に言わせるつもりだろ」

「なんのことやら」

「じゃあ、このぺんぎんたん★もちもち★おむらいす……ください……」

「声が小さい」

「ペンギンたん★もちもち★おむらいすください!」

「良くできました。ぺんぎんたん★もちもち★おむらいすね」

こういう雰囲気を楽しむべきだとは思っているのだが……どうしても恥ずかしさに勝てない。

 というか、若葉からドSの波動を感じるなんて……。

 多分これも、あの小鳥居ってやつが悪いんだ。

 ああ、きっとそうだ。そうに違いない!

 それはともかく、身長180センチのデカめな男が、ぺんぎんたん★もちもち★おむらいすなんて、元気よく大声で言うのはきついものがある。

「薫は?」

「ゆめみるにゃんにゃんあずきパフェがいいかな」

「オッケー」

 そう。こういうのは、薫みたいな中性的な男の子が言うのがいいんだ。

 でも薫も慣れてないはずだけど、よく躊躇なく言えるなあ。


 少しすると二人のメイドさんと若葉が、食事をキャリーテーブルで運んできてくれた。

 どうやら順番に食事を運んでくれるらしい。

「お待たせしましたご主人様。こちらがぺんぎんたん★もちもち★おむらいすになります」

「ありがとうございます」

 目の前には、何もついていないオムライス。

 メイドさんの手には、ケチャップ。

 つまりそういうことである。

「ご主人様。オムライスに魔法をかけたいんです! 何か描いてほしいことはございますか?」

「うーん」

 こう言われると困る。

 ここは無難に、猫かな。

「猫でお願いします」

「普通……」

 黛がさらっとつぶやいた。

「静かにしてください。俺が接客を受けています黛」

「はい」

 そう言うと、黛は正面を向きなおした。

「……それでは猫を描かせていただきますね」

 メイドさんは、慣れた手つきで猫を描いていく。

 なんだろう。

 俺は人よりは器用だからかもしれないが、俺も描きたい……そう思ってしまう。

「えっと、お皿にはなんて書きましょうか? お名前でいいですか?」

「それ……俺に……やらせてください! いや、やって見せます!」

「え?」

 俺はあまりにも描いてみたくなってしまったので、メイドさんとの立場が逆転してしまった。

 俺はどうしても、器用さでは負けたくないんだ!

 うおおおおおおおおお!

「馬鹿」

「いて!」

 俺は、おでこを黛にたたかれていた。

 黛の後ろには、口を開けてキョトンとしている薫がいた。

「メイドさん困らせてどうするんだ。基本的に、メイドさんには絶対服従だ」

「はい……じゃ、じゃあ名前をお願いします」

「はい! かしこまりました!」

 メイドさんは、慣れた手つきで「すすむ」と書いてくれる。

 めっちゃ丸文字だ。

 これは、丸文字検定一級合格しているだろう。

 そんな検定あるかも知らないけどな。

「それでは魔法をかけていきます! おいしくなーれ♥ぺんぺんぎん♥でお願いします」

「わかりました!」

 俺は、メイドさんに合わせて胸の前でハートを作る。

 なんだかテンションがおかしくなってきた。

「おいしくなーれ!」

「ぺんぺんぎん! いただきます!」

 俺はスプーンでオムライス……ではなく、魔法がかかったぺんぎんたん★もちもち★おむらいすを食べる。

 うまい。

 いや、普通のオムライス食べているような気がするが、おいしい。

「それではお次に薫様、こちらがゆめみるにゃんにゃんあずきパフェになります!」

「……」

 薫は少しだけ動いてパフェ見た。

「それでは魔法をかけます! 一緒においしくなーれ♥にゃんにゃんにゃん♥でお願いします」

 メイドさんは、にゃんにゃんにゃんに合わせて、かわいく頭の上で両手を猫のように動かす。

「……うん」

「おいしくなーれ!」

「にゃんにゃんにゃん」

 薫は、何の抑揚もない声で言った。

 しかし、しっかりと猫のポーズは取っている。

 かわ……いいかもしれない。

 下手したらメイドさんよりかわいいかもしれない。

「いただきます」

 薫は少しずつ、それを食べていった。

「それじゃ、黛……」

 若葉は、黛の前にサイコロステーキを持っていっていた。

「……名前とかは特にないのか?」

「うん。黛が、お肉好きだから作ったんだ、どうかな?」

「ああ、ありがとう、うれしいよ」

「じゃあ、食べさせてあげるね」

「え?」

 若葉は、黛の隣にスッと座り、右腕に手を添えて、フォークを使い、ステーキを刺して、黛の口元に持っていく。

「ちょっと待て、おさわりはダメなんじゃないのか?」

「別に黛だからいいの」

「でもお店の規約とか……」

 黛はできる限り、若葉のステーキが刺さっているフォークから、離れようとしている。

「規約であれば、オーナーに許可を取っていますので、黛様が拒否されない限りは大丈夫ですよ」

 二人のメイドさんのうち、短髪のメイドさんがニコニコしながら話してくれる。

 二人のメイドさんは、出入り口付近にきっちりとした姿勢で、立っている。

「いいのか……」

 つまり、若葉と黛をくっつけるために、オーナーまでもが全面協力なのか……。

 オーナーの顔が見てみたいものだ。

「ええ! 黛が拒否したらダメなんですか!」

「うん? ああー……そうなるかもだけど……黛くんは拒否しないよね?」

 短髪のメイドさんは、黛をガッツリ見つめて、まるで圧をかけるかのように問いかけた。

「規約違反じゃなければ全然いいです。むしろウェルダン、ではなくウェルカムです。はい若葉、あーん」

 よくわからないダジャレにツッコみそうになるが、俺はぐっとこらえることに成功した。

「え……あ、うん。あーん」

 黛はまったく意に介さず、若葉に対して口を開ける。

 若葉は顔を真っ赤にしながら、黛にステーキを食べさせる。

「うん。おいしいぞ若葉」

「……! えへへ。うれしい」

 若葉は顔を赤くしながらも、穏やかに笑う。

 かわいい。

「……尊い」

 突然、短髪のメイドさんがつぶやいた。

「うん。尊い……。あ、すみません進様、薫様。接客できていなくて……」

「ああ、いや! べつにいいですよ……うまいっすこのオムライス」

 少し振り返って、ポニテのメイドさんは、接客できていないことを謝ってくれた。

 まあ、若葉が頑張っているところが見られるなら別にいいかな。

 その後、短髪のメイドさんとポニテのメイドさんは、顔を隠しながら後ろを向いてぼそぼそ話していた。「無理」「私も高校に戻りたい」「でも黒歴史」「いいの戻る」とか話しているのが聞こえた。

「黛、次。いっぱい食べて」

「ああ」

 その後も黛は、若葉に食べさせてもらう形で、サイコロステーキを食べ進めていった。



 俺たちはご飯を食べ終えると、カメラを持って新しいメイドさんが入ってきた。

「失礼します。良ければチェキ撮影をさせていただきたいのですが、どうなさいますか?」

 チェキか。まあせっかく来たのだし、思い出に俺は撮りたいかな。

「俺、お願いしてもいいですか?」

「はい。お二人は?」

 メイドさんは、薫と黛に尋ねた。

「ぼくはお願いしたいです。だけど、薫は……」

 黛に言われて、薫は口を開いた。

「……僕は……すみません。カメラも写真も苦手なんです。少し外にいますね」

 薫はゆったりと立ち上がると、ゆっくりと廊下に出ていった。

「……」

 メイドさんたちは、困惑しているようだった。

 それもそうだ。チェキが嫌っていうのはわかるが、カメラが苦手というのはかなり疑問だろう。

「薫、なぜか知らないですけどカメラとか写真とか、自分の顔を見るのを嫌がるんです。だから気にしなくていいと思います!」

 若葉は、一生懸命ほかの三人のメイドさんに説明していた。

「あんなにかわいいのにもったいないけど……仕方ないね」

「というか若葉ちゃん。彼? 彼女? 性別どっちなの?」

「薫は男の子ですよ」

「そうなんだ……あ、すみません。また若葉ちゃんと話しちゃって」

 若葉と三人のメイドさんは、薫について話していると、放置されている俺たちに、誤ってきた。

「全然いいですよ。むしろ俺自身はお金払ってないんで……そんなかっちりやられても逆に困るかもしれません……」

 今回のメイド喫茶代は、恐らくすべて弥生が払っている。

 だから、タダでいい接客をされすぎても、なんだかむずむずする。

「そ、そっか。じゃあ……お二人とも、チェキ撮影に移りますね」

 


 その後チェキ撮影が終わり、薫が戻ってくると、同時に執事のような恰好をした、女の人が入ってきた。

「初めまして。オーナーの岡島です。薫くんも二人も、楽しんでくれたように何より何より」

「いえ! 楽しかったです!」

 俺は、岡島さんに言う。

 最初は慣れていなかったけれど、なんだかんだ楽しむことが出来たと思う。

「それはよかった。それでね、薫くんは現役執事、黛くんはめっちゃ調理うまい、進くんは器用って聞いてて、それで折り入ってお願いがあるんだけど……うーん……」

 オーナーさんは、かなり真剣な顔をしていた。

 でも少しだけ、言いにくそうにしている。

「なんですか?」

 黛は、オーナーさんに尋ねた。

「……えっとね、今日急病人が出ちゃって、実は夕方からのシフトに穴が出来ちゃって……出来たら入ってほしいんだけど……お給料は出すから……お願いできないかな?」

 なるほどな。

 実をいうと、俺はバイトの経験がない。

 あ……一応は、弥生の家の執事として働いていたことはあったけどな。

 やってみてもいいのかもしれない。

「俺はできますよ」

「ほんと? ありがとうね! お二人は?」

 岡島さんは、薫と黛に尋ねた。

「うん。ぼくもやろうかな。弥生が支払いを済ませてくれているとはいえ、ただでメイド喫茶楽しんで帰るってのは、ちょっとあれだしな」

「やったー! 黛くんありがとう!」

 岡島さんは、黛の言っていることを聞いて、子供のように喜んだ。

 ついでに、若葉も喜んでいた。

 黛と働けるのがうれしいのだろう。

「薫くんは? 無理はしなくていいよ? さっきぼーっとしてたみたいだし……」

「えっと……」

 薫は少し考えこんだ後、若葉やほかのメイドさんをよく見た。

「お給料の代わりに……メイド服……いただけるのであれば……やります……」

 薫は、メイド服が欲しいらしい。

 文化祭でメイドさんを見て、うらやましくなったのかな。

 そういえば未来が、女の子っぽいところがあるとか、メイド服に手を出していたとか言っていたな。

 薫は恐らく似合うから、全然そういう趣味を持っていてもいいと思う。

 俺とかが着たら、身長180センチのガタイのいい、男らしい男が着ていることになって、それはもうひどいことになるんだろうな……。

 もっと華奢に生まれたかったものだ。

「え? メイド服でいいの?」

「はい」

「そっか。なら好きなの持ってっていいよ。なんなら薫くんは、接客やってみようか!」

「いいんですか? キッチンが足りないって……」

「進くんと黛くんいるし……若葉ちゃんキッチン入れる?」

 岡島さんは若葉に尋ねた。

「はい、入れますよ!」

「ってことだから、大丈夫。接客のほうが得意そうだしね、執事くんは」

「えへへ。それなら遠慮なく」

 薫は、穏やかにほほ笑んだ。



 その後、薫はメイド服を着て接客、俺と黛と若葉は、キッチンに入った。

 キッチンから見える薫は、ホールでほかのメイドさんから接客の手ほどきを受けているようだった。

 しかし、素晴らしい。

 細く守りたくなるような長い白い足、つい羨んでしまうほどの細い胴体、触りたくなるような滑らかなクリームのような腕、そして中性的な誰でも引き寄せてしまうような顔と、吸い込まれるような黒の髪。そしてそれらを際立たせる、シンプルなミニスカートのメイド服。

 男でも見惚れてしまうほどだ。

 俺と黛は、岡島さんと似たような、動きやすいウエイターが着ているような服を着ることになった。

 俺は、ちょっと違和感があるが、黛は良く似合っている。

 少しすると、岡島さんが来て、一冊の本を渡してくれた。

「はい、一応これ、調理工程のマニュアルね。私も隣でやるから……わからなかったら聞いてね」

「はい」

 俺と黛と若葉は、マニュアルに目を通す。どれも調理は簡単なものがほとんどだが、やはり盛り付けは難しい。

「うーむ。ぼく、調理はできるが……盛り付けは……」

 盛り付け手順のページを見て、黛は苦い顔をする。

「そういえば黛、こういう絵心とか手先使うの苦手だよな。家事はできるのに」

「そうなんだよなあ」

「調理に関しては私と黛、なんなら進でもできそうだね」

 そういえば、黛の料理はうまいが、盛り付けに関してかなり雑なのがほとんどだったような気がする。

 そして、若葉の言う通り、調理工程はとても簡単なもので、俺と若葉でもできそうだった。

「装飾は、俺がやればいいだろ」

「そういえば進、器用だったな」

「ああ、洗い場やりながらやるわ」

 そう言うと、俺は腕まくりをする。

「えっと、じゃあ私は様子見ながらサポートするね」

 若葉はそう言うと、胸の前で、小さく握りこぶしを作った。

 こういう協力して働く感じ、なんだかとってもテンションが上がる。



 夕方になり、お客さんがそこそこ入って忙しくなってきた頃、俺たちはせわしなく働いていた。

「はいこれオムライスね!」

「おっけ……ちょっと待ってくれ、マニュアルの写真と違くね?」

 黛が用意したオムライスは、マニュアルのとは違い、丸まるとした、レモンを縦に伸ばしたような、いわゆるとろとろオムライスだった。

「いや、マニュアルのは、焼いた卵乗せるだけのやつだったから……つい……」

「おいおい……でも明らかにこっちのほうがいいよな……」

「どうしたの?」

 俺が頭を悩ませていると、岡島さんが話しかけてきた。

 そして、黛が作ったオムライスを見た。

「え! これ何? 黛くん作ったの?」

「ああ、はい……」

「いや! これでいいよ! というかほんとにうまいんだ……」

「へへ……趣味なので」

「そっか。実はマニュアルに書いてあるのは簡単なレシピなんだ。誰でも作れるように考えたやつだし、黛くんやれるならできる範囲でアレンジしちゃってもいいや! やっちゃえ! いけ!」

「はい。仰せのままに」

「いいのか……」

 黛は岡島さんに言われるとマニュアルを閉じ、伝票見ると、また慣れた手つきで調理を続けた。

 俺は黛が作る料理を盛りつけながら、パフェなどの細かい装飾が必要なものを作っていく。

 若葉は黛の指示や、俺の指示を聞いて、冷蔵庫から材料を持ってきてくれている。

「ハンバーグ一丁!」

 黛はせわしなく働いている。

 俺は、初めて働いているという状況に、なんだかテンションが上がっていき、つい凝った装飾をしてしまうようになっていった。

「進くん……たぶん私よりパフェ盛るのうまいでしょ……」

「え? いやそんなことはないですよ……」

 気が付けば俺は、調子に乗って盛りに盛ってしまったパフェが、目の前にできてしまっていた。

「ああー! 私は十年パフェ作ってたのに、男子高校生のほうが料理も装飾もうまいなんて……生きてる価値なし独身貴族アラサーゴミカス女なんだ私は! うわー!」

 岡島さんは頭を抱えてしまった。

 なんだかいろんな闇が見えたような気がする。

「卑屈にならないでください!」

「ぐず……じゃあ後でお姉さんのパフェも作ってくれる?」

「いくらでも作りますから! 今は俺たちを引っ張ってくださいよ!」

「うん! お姉さん頑張っちゃうぞ!」

 

 

 少し小休憩をもらったので、ホールを見ていると、なんだか騒がしい様子だった。

「きゃー! 薫くんありがとう!」

「いえ、では失礼します」

 薫が、また女の人から黄色い声援を、これでもかというほど浴びている。

「薫くん! こっちきてー!」

「はい、少々お待ちください!」

 薫は、お客さんに呼ばれると元気に返事をして、速足で席に向かった。

 さっきまでは元気がなかったようだが、メイド服を着て、接客をしているうちに元気になったのだろう。

 普段から執事をやっているのだし、接客や、誰かのために仕えるのが、意外と元気の源なのかもしれない。

 そういえば、薫が執事になった理由はなんだったんだろうか……。

 コスプレしたいからとかだったら、逆に面白いな。今度聞いてみよう。

「ねー、あの子チェキ撮影なしなんだって!」

「えーなんでだろう。写真苦手なのかな……」

 二人の恐らく女子大生と思われる二人組が、薫とチェキを取れないことに文句を言いそうになっていた。

「でもチェキがダメなら眼球に焼き付ければいいじゃん!」

「マジ天才。ついでに次の出勤日とかも聞いちゃおうかな」

「あ、なんか助っ人らしいから、次回出勤とかわかんないらしいよ」

「尚更焼き付けなきゃじゃん! とう!」

 二人は両目を指で開き、せわしなく動く薫を、これでもかというほどに見つめ始めた。

 ……なんだか、マヌケでおもしろい。

 というか、薫が来てから男性客があまり入ってきていない気がする。

「岡島さん」

「ん? なあに?」

「今、女の人のお客様ばっかりですけど、普段からこんな感じですか?」

 俺は、手元を動かしながら、岡島さんに尋ねた。

「あ! 言われてみれば女の子ばっかしじゃん! 薫くんすご!」

 岡島さんは、店内をすごい勢いで見回しながら言った。

「でも、うちは普段からそこそこ女性客も多いかな。それに、最近女性でも来てくれるって人多いし」

「へー、男ばっかだと思ってました」

「そうね。私が現役のころは……あ、今も現役よ? 勘違いしないでね?」

「俺、何も言ってないっす岡島さん」

「ま、まあ、昔は男の人がメイン客だったけど、今ではこういうサブカルが、メインカルチャー一歩手前みたいなところまで来ているせいか、女の子も多いのよね。なんなら女の子のほうが、びっくりするくらいお金使ってくれるのよね。ちょっと心配になるくらい」

「へー」

 言われてみれば、弥生もあんな面してゲームが好きみたいだし、若葉はラノベとかアニメとかが好き。未来は……多分普通だけど、蜜柑もオタクだ。サブカル沼にはまる女の子も、今は多いのかもしれない。

「でさ、ちょっとキッチン任せていい? 腰が痛くて痛くて」

 岡島さんは、腰をたたきながら言ってきた。

「現役じゃなかったんすか……」

「あ」

「へへ、冗談です。変わりますんで、休んでてください」

「わーやさしーありがとうー。んじゃ、よろー」

 そういうと、岡島さんは裏の事務所に入っていった。



 それから、すっかり夜になり、お客さんも減り、机に残っているお皿を、俺と薫で運んでいた。

 パリ―ンと音がした。

 薫が皿を割ったようだった。

 あまりに突然のことで、俺はどう落としたのかを見ることが出来なかった。

「わ! 薫くん平気?」

「ああ、いえ僕は平気です。お嬢様方のほうこそ、お怪我は?」

「大丈夫!」

「うちも平気!」

 俺は、薫と二人のお客さんと穏やかに会話しているのを見て、薫が大丈夫だとわかると、すぐに箒と紙袋をキッチンから薫のところへ持っていった。

「薫。大丈夫か?」

「ああ、平気だ。それ貸してくれ。僕がやったんだ。僕が片付ける」

「お。そうか。ならこれ。俺は別の席の皿を片付けに行くよ」

 俺は、薫に箒と紙袋を渡す。

「ありがとう」

「おう、ケガすんなよ」

 


 閉店後。

 俺はずれてしまった机や、椅子を岡島さんと一緒に直していた。

「いやー、男の子は力があっていいね。楽ちん」

「これくらいはやらないとですから。男なので」

「普段は若葉ちゃんが力持ちだから、さっとやってくれるんだよね」

「ああ、あいつ運動神経もいいんすよね。あと大食いなんですよ」

「そう! よく食べるよねあの子」

 俺はふと、若葉がこのメイド喫茶に採用された理由が気になった。

「そういえば、なんで若葉を採用したんですか?」

「ん? えっと……」

 若葉は、好きな人がいる。

 そんな好きな人がいる子を採用するのは、リスクや不利益があるはずだ。

「えっとね、なんかすごい勢いで『私の好きな人がメイド萌えなので、勉強して気を引きたいんです!』って言ってきてね。それで一発採用」

「え? それでいいんですか? ほら、将来彼氏とかできたら、その、トラブルとか」

「そうね。でもうちは別に、彼氏いる子も働いてるし、プロフにもそのことを書いてもらってるし、平気だよ。まあ多分そのせいで男性客が減って、女性客が多いんだと思う」

「へえ、また一つ偏見が減りました」

「というより! かわいい! かわいすぎるのよ若葉ちゃん! あんなかわいい子に好かれてる黛くんうらやましい! ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい! というか高校生に恋愛禁止とか酷すぎ! 高校生は恋愛すべき!」

 岡島さんは、子供みたいに駄々をこねた。

「ははは、そうですね」

 若葉は、男からも女からも好かれるくらいにはかわいい。

 弥生とかも、よく若葉を使って遊んでいるしな。

「でも、黛くんも美男子だし、とっても優しそうだし安心したよ。女殴ってそうな見た目してたらどうしようかと」

「若葉純粋だし、だまされて悪いことされそうですもんね」

 俺はランジェリーの変で、若葉が男装した蜜柑と、疑似デートしているのを思い出した。

 ほんと、一途になったら周りが見えなくなるタイプだからなあ。

 黛のためになら、メイド服で登校しそうになるし、なんならメイド喫茶で働きだしたからな。

「そうそう。というか進くんはベクトルが違うけど、背も高いしガタイいいし、気遣いできるからモテそうだけど」

「いやいや、俺の友達、あいつとこいつですよ」

 俺は、キッチンを片付けている黛と薫を指さした。

「あー……」

「さすがにあれに囲まれてると、俺は三番手っていうか眼中にないっているか空気っていうかカスっていうか……」

「まあ元気出せ! いざとなったらお姉さんがもらってあげるぞ☆」

「ははは」

「笑い、乾いてるよ」

「気のせいです」

 岡島さんと、いつのまにやら仲良くなっている気がする。

 なんかこう、岡島さんは距離感の取り方がうまい。

「そういえばさ、あの薫くんなんだけど」

「どうかしました?」

 岡島さんは少しためらってから、俺の近くに寄ってきて、小さい声で話しだした。

「あの子、鬱なの?」

「え?」

 鬱。

 一言で説明するのは難しいが、とにかく、心理的ストレスが原因となり起こるといわれている病気だ。

「なんでそう思うんですか?」

「いやね。私が鬱病だった時とかね、よくお皿割ったりとか、ぼーっとしてたりとかしててね。なんだか、その頃の私とそっくりだったから」

「はあ」

 薫が鬱。

 確かにぼーっとしてたりしていたり、お皿も割ってたようだし……。

 未来からも女の子みたいな行動を取るっていうのを聞いていたけれど、それももしかすると、鬱の一種なのかもしれない。

「とにかく、気を使ってあげてね。なんだかんだ私は友達に救われたからさ」

「はい、わかりました」

「うん。よろし。さ、戻ろう! 着替えしたら給料渡すからね」

「了解です! しゃあ! 終わった!」

 俺はそう言うと、事務所の中の更衣室に向かった。



 更衣室で着替えをしていると、薫が入ってきた。

「よ、お疲れ様」

「ああ、お疲れ様、進」

 薫はすぐにメイド服を脱ごうとしたが、少し動きが止まった。

 俺は周りを見ると、部屋に鏡があることに気が付いた。

 俺は、鏡の前にふさぐような形で立ちふさがる。

「薫。平気だぞ」

「ん? ああ、すまないな」

「いいんだ。あ、そういえば」

 俺は、薫になぜ執事を始めたのかについて、尋ねたいということを思い出した。

「そういや薫はさ、なんで弥生の執事なんて始めたんだ? 理由、聞いたことなかったよな」

「ああ、そうだな。隠してるわけではなかったんだけど、少し恥ずかしくてな。でも聞かれたからには話そう」

「すまんな。なんか」

「大丈夫。えっと、まあ結論から言うと、お嬢様への恩返しをしたいという意思をわかりやすい形にしたかったんだ」

 薫は着替えながら話している。

「ふむふむ」

「つまり、ぼくを引き取ってくれたお父様にも、お嬢様にも、恩返しがしたい。でも僕は不器用だ。だからわかりやすく、命令してもらえる、尽くせる立場の執事になったんだ。まあ、ごっこ遊びに過ぎないけどな」

「なるほどな」

 確かに、執事という立場であれば、わかりやすく弥生のために行動できるってわけだ。

 薫は、薫なりに考えて行動していたんだな。

「でも、最近は未来と一緒にいなさいと指示があるから、あんまりお嬢様のために行動できていないんだけどな。体が二つあればいいのに」

 薫は、ちょっとしょんぼりとしていた。

 俺は、弥生から薫を見守るということを聞いている。

 だから薫は、今は未来といるべきなんだろうな。

「弥生だって、今は薫と未来が一緒にいることを望んでるだろうよ。だから安心してちゃんと未来の彼氏しろよ?」

「……そう……だよな。そうだ。僕頑張るよ」

「ああ」

 薫はそう言うと、着替え終わった。

「よし、僕は着替え終わったぞ。すまないな鏡の前にいてもらって」

「しゃーないだろ? お前苦手なんだろ? 鏡」

「うん。だから助かったよ。さ、進も着替えなよ、まだ着替えの途中だろ?」

「おう、先に行ってていいぞ。ここ狭いしな」

「ああ、じゃあ先行ってるぞ」

 そう言うと、薫はすたすたと更衣室を後にした。



 岡島さんを待っている間、俺と若葉は店内で待つことにした。

 薫は、更衣室で、もらったメイド服をたたんで、バックにしまっているらしい。

 俺は今日、岡島さんに、若葉のバイトを始めた理由を聞いたことを思い出した。

「若葉聞いたぞ」

「なにを?」

「お前がここでバイト始めた理由」

「え? へへへ。そっか」

 若葉は少しだけ照れたようで、頬をぽりぽりと掻く。

「ま、いいことじゃねーか。好きな人のためなら何でもする。若葉らしくていいと思うぞ」

「えへへありがとう……あ、進あのね、相談」

「ああ、相談な、いいぞ」

「ありがと。えっと」

 若葉は事務所のほうを確認した。

 おそらく黛が来ていないか、確認しているんだろう。

「そろそろね、黛に気持ちを伝えようかなって」

「え? おお……ついにか」

「うん。修学旅行近いし、そこでアピールする前に、できたら言いたいなって」

「そうか……いやあ……俺ちょっと泣きそうだ……」

「え? なんでさ」

「いやあ……」

 あの目さえ合わせてくれなかった若葉が、こんなにも力強く、しっかり芯を持って行動している。

 遊戯……なんとかモンスターズの主人公でも見ている気分だ。すごい成長だ。

「でも、伝えるのは気持ちだけ。返答はしないでもらう。いや、考えてもらいたいんだ。黛に」

「え? いいのか? もし黛がもう、若葉のことが好きだったら、そのまま」

「違うの。それじゃダメ」

 若葉は落ち着いて、首を振った。

 黛は、少なからず若葉のことは意識しているはずだ。

 あまり顔には出さないが、若葉がお酒に酔って、くっついているときだって、まんざらでもないような顔をしていたし……そのまま付き合っていいような気もする。

「なんでダメなんだ?」

「蜜柑ちゃんを出し抜くなんて、ダメだと思うから」

「……そうか。でも蜜柑は、お前と黛の関係を応援してるだろ? なら別に蜜柑のことなんて気にしなくても……」

 そうだ。蜜柑は、若葉と黛の関係を応援しているはずなんだ。

「そうだけど。もし、それが背伸びだったら?」

「背伸び?」

「黛と、私のために蜜柑ちゃんが動いていたけれど、蜜柑ちゃんがどこかで、私といる黛を見て、離れていく黛を見て、黛と離れて初めて、黛のことが好きだったってことに気が付いていたら……蜜柑ちゃんが傷ついちゃうかもしれないじゃん。黛を奪ってしまうことになっちゃう。背伸びして、私を応援してるっていう立場になってたら、どうしようって思うんだ」

「……」

「その可能性がある以上、私は黛に好きと伝えた上で、蜜柑ちゃんが本当はどう思っているのか、そして黛はどうするのか、私は知りたい」

 若葉は迷いなく、力強く、言葉を紡ぐ。

 まるで、演説のように。

「もちろん黛のことは好きだけど、私も幸せになりたいけど、黛も、蜜柑ちゃんが不幸になるのは望まないだろうし、私もそれを望んでない。綺麗事だってことはわかってる。黛は一人しかいないから、私か蜜柑ちゃん、どちらかがある程度妥協しないといけないのもわかってる。それでも——わたしは! 妥協したとしても、最善を取りたいの! みんなが納得してから決めたいの!」

 若葉は、一生懸命言う。

「……もし、蜜柑が黛を譲らないと言ったら?」

「そうなったら、私も、蜜柑ちゃんも、黛が好きだっていうことを明かした上で、黛に見ててもらう! 好きっていうのがわかった上で、改めて私や蜜柑ちゃんがどんな子なのか、黛に見てほしいから! お互いが譲らないなら、逆に黛から選んでもらったら、決着がつくって思ってるから!」

「もし選ばれなかったことを考えると怖いか?」

「怖い! でも……でも……」

 若葉は、少しだけ声が震えていた。

「怖くなくなるまで、やれることはすべてやる。蜜柑ちゃんが参りましたって言ってくれるぐらいに、いい女の子になれるように、頑張る。それだけ」

「……」

 俺は、絶句していた。

 本当に、いつの間にここまで強くなっていたんだろう。

 若葉は、俺をまっすぐな瞳で見つめていた。

 いつから、こんなにいい目をするようになったのだろう。

 黛のために強くなる。

 黛のためになら、なんだってやる。

 その気持ちが、若葉を強くしたんだ。

 こいつはもう、助けてもらう側ではなく、助ける側なのかもしれない。

「進?」

「いや、すまん。俺、感動して、やっぱりちょっと泣きそうだ」

「ええ! また? なんで?」

「なんかな。まあとにかく」

 俺は、若葉を、心から尊敬したいと思った。

 その気持ちに、嘘がないように、しっかりと発声した。

「強くなったな、若葉」



 その後、電車で四人仲良く帰宅した。

 薫は少し元気を取り戻したようで、帰りながら、楽しそうに若葉と話をしていた。

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