二部

第13話 穴

「ねえ」

「なんだ?」

 弥生と帰っていると、駅前で止まり、声をかけてきた。

 文化祭を終えてから、俺は弥生と帰ることが多くなった。

 薫は未来と一緒に帰るので、弥生は一緒に帰る人がいないらしい。

 俺なんかと帰っていたら、勘違いをされそうなものだが……。まあそのときは親友だって言えばいいのか。そうだな。

「暇よね。文化祭も終わったし」

「そうだな」

「ということで、今週土日、若葉ちゃんと蜜柑と未来ちゃんと私で、お泊まりするのよ。蜜柑の本家のほうで」

 ほうほう、それは良いですね……。ん? でもそれを俺に話すってことは……。

「そこに俺混ざるの!?」

 俺は、女四人と俺一人で泊まっているところを考えて、顔が真っ赤になる。

「なわけないでしょ」

 弥生は、呆れたような顔で俺を見る。

「女の子が泊まるから、進と黛には、薫をお願いしたいの。黛と蜜柑の家で、泊まれるように話つけてあるから。というか、あの家は突発的に泊まっても、大体は平気じゃない」

「ああ……そゆこと……なら全然オッケーだ」

「助かるわ、じゃあそういうことでよろしくね」

 俺たちは話していると、いつの間にか駅前に着いていた。

 弥生は、黛の祖父の徹さんが乗っている車に、体を向けた。

「ああ、またな」

 俺は弥生の背中を見送ると、自分も帰路についた。

 

 

 ということで、土曜日の夜。

 俺は黛の家に泊まることになったので、黛の家を訪れた。

 薫はもう到着しており、黛とゲームをしていた。

 俺は、黛たちに混ざりゲームをすることになった。

 なんだか薫はテンションが高く、かなり甘えてきているように感じた。

 黛に対しては、普段から割とくっついてはいるが、俺にこんなに甘えてくるのは初めてに感じた。

 顔がいいし、少女のような顔をしているので、少しだけドキドキした。

 なんか体も柔らかいし、なんなんだこいつはほんと。

 そのままゲームに熱中していると、いつの間にか真夜中になっていたので、順番にシャワーを浴びることになった。

「まあ、家主だし黛から浴びるべきじゃないか?」

「そうだな、黛先に入って来いよ」

 俺は薫の意見に同調して、黛を先に風呂に入るようにする意見に賛同する。

「そういうことなら、先風呂もらうわ」

 そう言うと黛は、自分の着替えを持ってお風呂に向かった。

「つかれたなー」

「そうだな」

 俺と薫は、そろってソファで伸びをした。

「こうやってゲームしていると一年のころを思い出すな」

「一年のころか……。薫はどんな感じだったんだ?」

 俺は薫に尋ねた。薫はそうだな……と少し首に手を当てながら、話を続けた。

「多分、中学のころからあまり変わっていなかったから冷たかったかな……顔もいつもこわばってて、しかめっ面してたと思う」

「でも、今の薫はそんなことないじゃないか。未来のために頑張ったりしていたり、若葉と楽しそうに遊んでいるじゃないか」

「そうかな……でも変わったとしたなら……その若葉の存在は大きいのかも……」

 薫は、少しだけうとうとしているようにも見えたが、しっかりと起きているようだった。

 俗にいう、深夜テンションというやつである。

 あることないことを話し出したり、人生について語りだしたりなど、普通ではできないテンションになってしまう、あれだ。

「若葉か?」

「うん。なんだか気が合ってね。妹みたいな感じだった。たくさんゲームとか勉強とかしたりして、いつの間にか、若葉といると、優しい気持ちになってた気がするんだ」

「そうか……それはよかったな」

「ああ……よいしょっと」

 薫はヘアゴムを外して、髪を下ろし始めた。

 なんだか色っぽい。

 今更だが、俺でこんなに色々薫に対して思うのだったら、実際、女子はほっとかないんだろうな……。

 髪を下ろすと少しだけ、薫の黒い髪の中に、光を強く反射している髪が見えた。

「薫、少しいいか?」

「? 別にいいぞ」

 薫はピタッと止まり、俺は薫の髪を触る。

 あった。白髪だ。

「なあ、白髪があるぞ」

「え! 本当か? 抜いちゃってくれ!」

「あ、ああ」

 俺は少しだけ力を入れて、薫の白髪を抜く。

「いてて、ありがとう進」

 薫は抜かれた所を少しなでながら、言ってきた。

「いいんだ。ストレスでも溜まってるのか?」

「そんなことはないぞ。未来とはうまくやってるし、お嬢様も応援してくれてるし……ストレスがどこから来てるなんてわからないぞ」

「そうか……」

 少し心配だったが、本人がそう言うなら、別に気にするほどでもないのかな。

 白髪なんて、気にしてても生えてきてしまうものだし……。

「……」

 薫は少しだけこちらを見た後、目をそらした。

 あまりにも、何か言いたげな顔をしていたので、俺は薫に声をかけた。

「なんだよ、言いたいことがあるのか?」

「えっ、まあ……うん、えっとな……」

 少し間をおいてから、薫はまた話し出した。


「一方的に、無償で優しくしてもらうには、どうすればいいと思う?」


 妙な質問だと感じた。

 今、ここで言う必要性があることなのかと感じた。

 しかし、思った以上に必死に、なにか見えない不安におびえるかのように、薫はこちらに訴えかけた。

「うーん……」

 俺は、必死に優しくしてもらう方法について考えた。

 しかし、どうにも人にやさしくしてもらう方法がわからなかった。

 確かに、母や父には優しくしてもらう機会はある。しかもそれは、無償の優しさだ。俺が何もしなくても、両親は俺に良くしてくれる。

 だが、薫には本当の母も父もいない。

 今、薫の代わりの父となっている小鳥居の父は、どうにも不器用だ。うまく優しく接するということはできないタイプだろう。

 俺はそれから少し考えたが、「父や母以外からもたらされる、無償のやさしさ」が、俺にはどうもわからないのだ。

「すまん。わからない。優しくしてもらうためには、やっぱり人に親切にしてもらうしかないんじゃないかな。そのために何か行動できることがあれば、行動する、とか」

 俺自身、あまり自覚はないが、俺は、人にお節介を焼くこと自体が生きがいのようなものだ。

 決して見返りを求めているわけではなく、それだけで俺は満足してしまうから。

 もちろん人を助けたって、見返りが帰ってこないことだってある。

 だけど、普段から人に冷たい人は、優しくしてもらえるかといったら、そうではない。それでも、優しくしてくれる人は、いるだろうけど。

 俺は、そんなことを考えながら、自分でも考えの終着点が、見つからなくなっていた。

 ただ言えるのは、俺は人に優しくしてもらわなくても、お節介が出来れば、それでいい。

 ただ、それだけだった。

「そうか……」

 薫は、少しだけ肩を落とした。

「まあ、黛もいるし、気が向いたら、あいつにも聞いてみろよ。何か答えてくれるかもしれないからな」

「ああ、そうするよ」

 そう言うと薫は、不器用に笑った。

 

 黛が、風呂から上がると、俺が入れ替わりで、風呂に入ることになった。

 特に問題なく風呂をすまし、服を着ていると、スマホに通知が来た。

 それは、若葉からのメッセージだった。

「黛の恋愛観諸々を調べてきてほしいです。本当にお願いします。お願いします」

 ……若葉さん。こんな時まで、黛獲得に全力である。

 心のどこかで自分で聞けよ! って思ってしまうが、若葉が頑張っているのも事実。

 ここはひとつ、手を貸してやることにするか……。

 

「黛」

「よお、いい湯だったか?」

「おかげさまで。さ、薫の番だぞ」

「うん。行ってくる」

 薫は、ぴゅーっと風呂場へ行ってしまった。

 さぞかし、美しい肌と髪を水に濡らしながら、ゆっくりと、それはそれは雅に湯浴びをしているんだろうな。

 艶やかな肌、柔らかそうな腕、お風呂の気持ちよさに漏れ出す声。

 ふう。

 薫の入浴シーンを描写し、読者サービスをしたところで、黛の恋愛観について尋ねるとするか……。

「なあ、黛」

「なんだ?」

「黛の恋愛観っていうか、好きなタイプの女の子について教えてほしいんだけど……」

「……」

 黛は、黙って首に手を当てて考え始めた。

「ふむふむ。わかった。事細かに話してやるから、しっかりメモ取っとけよ」

 黛は、いかにもわかってますみたいな顔をして、承諾してくれた。

 さすが黛。多分いろいろばれてる。

 多分、俺がそんな質問をする必要がないので、黛は、若葉に頼まれて、俺がこういうことを聞いていることが予測できたのだろう。

「とりあえず、ぼくは頼りになる人……なおかつ、お互いを高めあえる人がいいかな」

「ふむふむ、それはどうしてだ?」

 俺は、スマホでメモを取る。

「……なんとなくだけど、小さい頃ってさ、限界がないように感じないか?」

「まあ、わからなくもない」

 小さい頃は、正義のヒーローになれると本当に思っていたし、超次元必殺技は練習すれば本気でできると思っていた。

 だが、今はそんなことはできないとわかっているし、限界というものは感じつつある。

 まだ選択するには早いとは感じるが、高校二年生にもなると、さすがに得手不得手ぐらいはわかる。

「それで、限界がないと感じていた、小さい頃のぼくは、できる限り一人で生きていこうと考えていたんだ。周りの人たちに迷惑をかけたくなかったから。迷惑をかけるとその人の時間を奪ってしまうことになるだろ? あと、嫌われて離れていってしまうかもしれないし。でも、両親が亡くなってから、そんなことは夢物語だって気が付いた。家に帰ってきてからお帰りを言ってくれる人もいない。いなくなってから初めて一人じゃ生きていけないんだって気が付いたんだ。あと、両親の死をどうにも出来なかったのも大きいかな。両親の死をどうにもできなかった時、これが限界なんだって思い知ったからさ。だからぼくは頼りになる人で、なおかつお互いを高められる人がいい。あと……」

 黛は、ゆっくりと、間を挟みながら、噛みしめるように言った。

 その後、黛は少しだけ笑いながら言った。

「ぼくを絶対に嫌わない、ぼくを一人にしない人がいいかな」

 黛は微笑みながら、そう言った。

 

 黛の恋愛相談を終えて、眠そうになりながら、黛がしている国民的狩猟アクションゲームを、ぼーっと見ていた。

 すると、薫が風呂から上がってきた。

「やあ二人とも、上がったぞ」

 ……。

 俺が薫に視線を向けると、そこにはもこもこの寝巻に包まれた美少女、ではなく美少年がそこにはいた。

 きれいな黒髪に整った顔。少しだけ火照った肌。

 もし薫が、写真に対して苦手意識がなければ、即撮影していたところだ。

「ん? どうした二人とも」

「なあ薫、その服は誰からもらったんだ?」

 黛も、少しだけ照れながら薫に尋ねた。

「ああ、これか。お嬢様にもらったんだ。僕に着てほしいって」 

「そ、そうか……それはよくやってくれた」

「?」

 黛の発言を、薫は理解できていないようだった。

 その後、俺と黛は、気が気でない状態で、薫と一つ屋根の下で、一晩を共にした。

 

 

 なんだかいい香りがするな……。

 これは……コンソメスープの匂いだな……。

 俺は、匂いにつられて体を起こす。

 泊っているのは、三人ということで、リビングの机を片付けて、そこに布団を敷いて、川の字になっていた。

「おはよう」

「おはよう。起きたか」

「おはよう」

 俺以外の、薫と黛はもう起きていた。

 黛は、キッチンにいた。

 

 その後、黛が用意してくれた、コンソメスープとご飯と野菜炒めを食べて、机でうとうとしていると、スマホにメッセージが来た。

 そのメッセージは、三島からだった。

 何やら、やってほしい要望のようなものが書かれていた。

「中村先輩からお泊り会をしていると聞いて連絡しました。出来たら、その場にいる人たちで、自分の特徴を十個書いてください。制限時間は、一分間です。できる限り今すぐお願いします」

 と書かれていた。

 今すぐと書かれていたので、黛と薫に用件を伝えて、俺は紙とペンを用意した。

「なあ、三島っていつもこんなことしてくるのか?」

 俺は、薫と黛に尋ねた。

「たまにしてくるぞ」

 と薫。

「まあ、脚本書いたり小説書いたりしているから、人間のデータが欲しい時もあるんだろ。たぶん」

「ああ、確かに……じゃあ行くぞ。よーいスタート」

 一生懸命、必死に自分のことを考える。

 本当に必死に考えた。

 だけど、改めて向かい合ってみると、たったの一つしか書けなかった。

 四苦八苦しているとピピピピピと、アラームが鳴る。

「終わりだ。お前らどうだった? 俺は一つしか書けなかったが……」

 俺は二人に紙を見せながら、結果について尋ねた。

 ちなみに、俺の紙には「お人よし」とだけ書いてある。

 散々、弥生に言われているからな。

「ぼくは、男と親族が祖父しかいないってことだけかな。割と真剣に考えると難しいな。って、お前ら、男って書かなかったのかよ……」

「あ、言われてみれば……」

「僕も忘れていた……」

 当たり前すぎて、書くことが出来なかった……。

 自分の特徴……と言われると、そんな当たり前なことは、逆になかなか思いつくことが難しいのかもしれないな。

「薫は?」

 黛は、薫に尋ねた。

「僕は……」

 薫は、恥ずかしそうに紙を見せた。

「なにもかけなかった……」



 俺はその後、帰り支度をしながら、ふと薫を見ると、改めて長い髪が気になった。

 最近では男の人も、ファッションで髪を伸ばしたりすることが増えてきているが、薫が髪を伸ばしている理由を聞いてみることにした。

「薫」

「なんだ?」

「そういえば、なんで薫は髪を伸ばしているんだ?」

「ああ、これは僕が好きだから、伸ばしている。っていうのと、好きだから伸ばしてるって話を、お嬢様にしたときに、いいじゃないそれって、褒められたからって理由もあるな。そう言われたのは、確か、小学校のころだったかな」

「そうなのか」

 薫は楽しそうに話している。

「ちなみにご主人……お父様が僕と同じ髪型なのも『お前が伸ばすなら私も伸ばそう。髪が長い男の子は珍しいから、いろいろ言われるかもしれないからな。親が伸ばしていればきっと大丈夫だろう』みたいなことを言ってくれてから、僕に合わせて、ずっと髪を伸ばしてくれているんだ」

「へえ……なんだか意外だな」

「へ?」

「いや、お前のお父さんだよ。なんだかんだ不器用なりに優しいんだな」

「……そうだな。不器用だが優しい人だ」

 黛とは言い合いをしていたりしていたが、それは恐らく、どこか二人が似ているところがあるからかもしれない。

 



 私は薫の様子が心配で、少しだけ男の子同士、なおかつ、頼りになる進と黛の近くにいられるように、お泊り会を計画した。

 それに私は、未来ちゃんに薫の様子について、聞き出したいという理由もあった。

 間接的に、回りくどく、薫を心配していることになるのだけど、薫は私の前では強がって何も話そうとはしない。明らかに白髪が増えているし、なんだか目の隈も増えているように感じている。

 あとは、若葉ちゃんが最近かわいいから、ぽふぽふしたいってのもあるわね。ええ。

 

 中村家にて。

 黛と蜜柑が普段暮らしている家とは別に、中村家は大きな和風の家を所有している。

 普段はこっちに蜜柑ちゃんの父、姉が暮らしている。

 私は、大広間でゲームをしている若葉ちゃんと蜜柑に、ついていけなくなっている未来ちゃんに気が付いた。

 若葉ちゃんと蜜柑ちゃんは、いわゆるインドアよりの子たちだから、いくらでもゲームしていても平気だけど、やっぱり未来ちゃんはどちらかというとイケている、アウトドアな方の女の子だから、ゲームをしていると、疲れてしまうのかしらね。

 私は、薫のことを聞き出すついでに、少しゲームから離れさせてあげようと未来ちゃんに声をかけた。

「良ければ、少し庭に一緒に来てくれないかしら? ゲームで疲れたでしょ? 外の空気でも吸えば、気分がよくなるかもしれないわよ?」

「そうだね、行こう」

 そのまま私たちは、大広間を出て、縁側をゆっくり歩き、途中で止まり、庭側に足を出して座った。

「声かけてくれてありがと。実はゲームってそんなにしないし、すぐに疲れちゃうんだよね」

「あら、そう。そんな感じだと薫についていけないわよ? 薫も若葉ちゃんたちと同じくらいゲームが好きだから」

「そっか……ちょっとはゲームできないとダメかなー……」

「そうね。それで最近薫とはどう? うまくやれてるかしら?」

「え? そうだね……」

 未来ちゃんは、少し上を向きながら考えている。

「うまくやれてると思うよ。弥生さんのアシストのおかげかな?」

「そう。ならいいのだけれど。ほかには何かないかしら? 薫が変わったところとか」

「うーん。わかんないかも。いっつも顔しか見てないから……いつも落ち着いててお淑やかだし……」

「そう……」

 私は、少しばかり安心した。

 私目線では、薫は疲れているように見えたけれど、未来ちゃんが大丈夫そうと言っているのであれば平気かしらね。

 ただ、顔しか見てないなんて。もっと内面を見て欲しいのだけれど。

 というか、少し楽観的すぎるわ。薫を任せてもいいって思ったから、私も薫の背中を押したのに。だったら私の方がいいに決まって……。

 あ、いけない。顔に出てたかしら。

 それに、こんなことを考えるのは、良くないわね。

 私は、一旦話を切り上げて、別の話を切り出す。

「そんなことより、弥生さんは、進とはどうなの?」

「進? 進とはもう何もないわよ? いろいろあったけど」

「え。そ、そうだったんだ……」

「進との協力関係にあったみたいね。あなたと進」

「そうだけど……気が付いたら私、何もしてないし……」

「別にいいのよ。私も今は彼氏とか必要ないわ。今は、薫さえしっかりと見守ることが出来れば大丈夫。とにかく、これからも薫をよろしくね」

「うん。ありがと弥生さん」

 私は大広間に戻るために、立ち上がる。

「私は戻るけれど、あなたは?」

「私はもう少しここにいる。先に戻ってて」

「そう。それじゃあまた後でね」

 


 就寝前、若葉ちゃんと二人きりで寝るために、若葉ちゃんを探すことにした。

 家中をうろうろして探していると、蜜柑ちゃんが大広間で電話しているところを見かけた。そして、ちょうど電話を終えたようで、蜜柑は私に気が付いた。

「どうしたの? こんな夜遅くに電話なんて」

「いやあ……私、寝る前に黛さんの声を聴いてからじゃないと安眠できなくて……えへへ」

「ふふ、そんなんじゃいつまでたっても、黛から離れられないわね。若葉ちゃんと黛が付き合ったらどうなるのかしら……」

「あはは……そんなことより、弥生さんもなにをしているんですか?」

「そうよ。若葉ちゃんはどこかしら?」

「若葉ちゃんなら、さっきお布団を二階の小部屋に持って行ってましたよ」

「そう。ありがとう」

 私はそう言うと、二階の小部屋目指して歩き始めた。

 


「ちょっとよいちゃん! どこ触ってるの!」

「あんまり大きな声出しちゃだめよ。あ、また胸大きくなったでしょ?」

「ひゃ! 確かに大きくなったけど! ふええ……」

「でもちょっと好きでしょ? エッチなの」

「うん……まあ……ちょっとだけなら……」

 私は、一人で寝ようとしている若葉ちゃんの隣を見事に奪取し、添い寝という名のイチャイチャタイムを獲得することに成功したわ。ええ、最高ね。

 二人そろって布団に入り、布団の中で触りあっている。

 私は、若葉ちゃんの胸に手を伸ばし、柔らかさが体感できるための最適な力で触る。

 若葉ちゃんは、最近力が強くなってきたようで、抵抗する力も強くなっているように感じる。

「私だって……えい!」

 若葉ちゃんは私の胸、ではなくほっぺをむにむにしてくる。

 胸に手を伸ばさない辺り、若葉ちゃんは優しくてあんまりスキンシップに慣れていない感じがたまらない。

 私は、抵抗してきた若葉ちゃんに負けじと、胸を触る力を上げる。

「ちょっと……よいちゃん……痛いかも……」

「え! ごめんなさい!」

 少し力を入れすぎてしまったようだ。

 この前は、このくらいの力でも、若葉ちゃんは大丈夫だった気がしたのだけれど……。

「よいちゃん」

 若葉ちゃんは少しだけ真剣な、優しいような表情で、私を見つめて問いかけてきた。

 その表情は、昔、少しだけ真面目な話をしようとしているときの、黛の表情に似ていた。

 私は、少しだけ身構えた。

「なにかしら?」

「最近、欲求不満なの?」

「……そんなことは……」

「なくはないでしょ? ないとしても最近少し様子がおかしいよ?」

「……」

 私は、素直に若葉ちゃんに話をするか、悩んだ。

「薫が未来ちゃんと一緒にいるせいで、寂しいんでしょ?」

「!」

 悩んでいると、若葉ちゃんが、私がなんとなく思っていることを言い当てた。

 私はハッとした。

 確かに、薫が未来ちゃんと付き合い始めてから、いや、もっと前の未来ちゃんと薫が出会ってから、私は進に近づいて行った。

 今思えば、薫が付き合い始めてから、本格的に進に近づいて行ったのも、もしかすると、薫が近くにいる時間が少なくなったからかもしれない。例えるなら、「薫と一緒に入れない時間の穴埋め」が適格かもしれない。

 とはいえ、進のことを「穴埋め」として好きだったかと言われると、決してそうではなく、私は本心から、進のことが好きだったことは、明確だったと思うわ。

 だから、こうして若葉ちゃんといちゃいちゃしているのも、「穴埋め」なのかもしれない。

「そうね。気が付いてくれてありがとう。確かに寂しかったし、欲求不満だったかもしれないわ」

「えへへ。私は黛や進みたいに頼りにならないかもだけど、できれば力になりたいから、何かあったら言ってほしいな」

 若葉ちゃんは、布団の中で、私の両手を下から包み込むように、両手で握ってくれた。

「……少しだけ寂しいし……私は、薫と未来ちゃんのこれからが心配なの。これから何も問題なく、幸せになってくれればよいのだけれど……」

「……そっか。うーん……」

 若葉ちゃんは、目を閉じて考えている。

「ありきたりなことかもしれないけど、できる限り見守ってあげて、どうしようもなくなったら……薫たちが助けてって言ってきたら、手を差し伸べてあげる。これがいいんじゃないかな?」 

「できるかしら。私に」

 私は、いざ薫が助けてほしいと言ってきたら、ちゃんと助けることができる自信がなかった。

「大丈夫。私も、手伝ってあげるから。ね?」

 若葉ちゃんは、自信のない私に、優しく言ってくれる。

「……ふふ。そうね」

 私は、少しだけ泣きそうになった。

 人に相談して、少しでも話を聞いてもらうという行為の尊さを、私は噛みしめていた。

 それと同時に、若葉ちゃんがすごく頼りになる女の子になっていることに驚いていた。

 出会ったときは、目の一つも合わせてくれなかった若葉ちゃんが、ここまで成長していたなんて。私はなんだかうれしいような気がしたの。

「若葉ちゃん、変わったわね」

「えー。そうかな?」

「変わったわ。明るくなったし、絶対に出会ったころだったら、こうやって私が若葉ちゃんに話を聞いてもらうなんて、できなかったはずよ」

「……言われてみれば……そうかも。成長してるんだ……私……」

「これなら、黛なんてすぐにゲットできるんじゃない?」

「……そうかも……でも……」

 若葉ちゃんは、少しだけうつむいた。

「でも?」

 若葉ちゃんは、話しづらそうにしていたので、少しでも話しやすくしてあげるために、少しだけ聞き出すように声をかけた。

「うん。少し相談みたいな感じになるんだけど……」

 若葉ちゃんは、少しだけ間をおいてから続けた。

「蜜柑ちゃんが心配なの。蜜柑ちゃんと黛といる時間が短くなったら……蜜柑ちゃんは寂しくないかな」

「そうね……。でも気にしなくてもいいんじゃないかしら? 平気よきっと、蜜柑ももう、子供じゃないんだし」

「……そうかもだけど……でも、よいちゃんは、薫と一緒に居られなくて、寂しいでしょ? 実際に、欲求不満だったじゃん。蜜柑ちゃんは、どうなのかなってさ」

「……」

  相変わらずこの子は、とても的確に、私が困ってしまうようなことを言ってくる。

 頭がいいからこそ、視野が広いからこそ、いろいろなものが見えてしまって、きっと考えてしまうのね。

「ごめん」

「ああ、いいのよ別に」

 若葉ちゃんは、どうやら困った私を見て、謝ってくれた。

 実際寂しいのは、その通り。

 でも私は、薫を見守るって決めて、そして寂しいのを覚悟で、薫を未来ちゃんのところに送り出した。

「私はたしかに寂しいけど、それでも薫を送り出したの。でもそうね。蜜柑を見ていると……確かにとても、黛と離れられそうにないわね」

「そう。今まで家族同然のようにそばにいて、私が付き合ったりして、黛と蜜柑ちゃんの時間を取ったりしたら……」

「そうね。蜜柑は困るでしょうね」

「うん」

「それでも黛を諦めたくない?」

「……うん。できるだけ諦めたくない。多分、これから先、一生黛よりいい人には会えないと思うから」

少し前の若葉ちゃんなら、ここで諦めてもいいかも……とか言い出しそうだけれど、今は本当に若葉ちゃんは明るく、強くなってる。

「なら、蜜柑をしっかりと超えていくのがいいと思うわ」

「蜜柑ちゃんを超える?」

「うん。蜜柑にしっかりとした姿を見せて、納得させるの。そうすれば、蜜柑ちゃんは別の人を見つけたりすると思うわよ」

「納得させる……か。なんだか頼りになるよいちゃんぽいね」

「ふふふ、ありがとう。それに若葉ちゃんが、黛に対してなら何でもするみたいに、蜜柑に好かれるためになら何でもします! みたいな人なんて人もいるだろうから、きっと大丈夫よ」

 そう。一人ぼっちになんて嫌でもなれないんだから。

 世界中の、誰か一人くらいは、好きになってくれる人がいるはずよ。

「そうだね! 頑張る!」

 そういうと若葉ちゃんは、安心したように体を預けてくれた。

 柔らかい感触と、暖かく、いい匂いがして、私もなんだか眠くなってきた。

 私も、眠ろうかしら。

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