第11話 わたしたちの失敗
八月の下旬。
俺は宿題もほとんど終わらせ、今日も、中村家でダラダラっと格闘ゲームをしていた。
相手は、若葉と黛のローテーションで、負け抜けだ。
黛は珍しく格闘ゲームは苦手で、あまり勝てていない。
しかし、若葉は連戦連勝である。
知識量も尋常でなく、勝つための努力をしていることが分かる。
かく言う俺は、若葉と黛の間くらいの強さで、勝ったり負けたりって感じだ。
ほかにも薫や弥生、蜜柑や未来もいる。
携帯を見ていたり、本を読んでいたり、やってることはそれぞれ違う。
ゲームに疲れ、黛がお茶でも入れようと席を立ったと同時に、ゲームをやめたところを見計らって、椅子に座り観戦をしていた弥生が、みんなに話しかけた。
「ねえ、明日進の地元で夏祭りがあるそうじゃない? よければ私は行きたいんだけど……みんなはどうかしら?」
夏祭りか……去年は、咲を探すのに必死になっていたのもあり、もしかしたら咲がいるかもしれないということで行ったのだが、特に何も収穫はなく、一人寂しくフランクフルトを買って帰ったっけ……。
「いきたーい! というか去年も行ったもん」
「行きたいです!」
未来と蜜柑は、即座に返事をした。
「まあ……俺も行くかなあ……」
俺も続いて、返事をした。
決して、咲に会えるかもとは微塵も思っていないが、こいつらと祭りに行ったら、退屈しなさそうだしな。
行かないよりは、いいだろう。
黛は少し考えるように、顎に指を載せて、少ししてから言った。
「……まあ……行くかあ……夕方だし涼しいだろうしな」
「ああ……私も行く!」
黛の決定に便乗して、若葉も決めたようだ。
若葉からしてみれば、黛とデートできる大チャンスだろう。
「おっけー……薫は行くわよね?」
弥生は、薫に行くかどうかの判断を仰いだ。
「もちろんです。お嬢様が行くのであれば」
薫は、最近さらに洗練された執事っぽさで、軽く会釈をしてから、返事をした。
「そうとなれば決まりね。明日十六時に、進の地元の山の上の公園で集合。詳しい場所は連絡しておくから……あとはよろしくね」
そういうと弥生は、薫を引き連れて「それじゃあね」とだけ言って、帰ってしまった。
「……まあ夏休みもそろそろ終わりだ。一度しかない高校二年の夏休みだ。楽しんでいこうぜ」
「そうですね……何もなかったーなんて寂しいですから」
黛と蜜柑は、ニコニコしながら談笑している。
「何もない素晴らしい一日だったーとかは、やだもんね……」
という若葉の一言は、俺たち三人の心を抉りとった。
「うっ……」
「うがっ……」
「……」
……俺は、去年なにもなく過ごした高校一年のことを思い出した。
だけど、なんで蜜柑と黛、こいつらもダメージうけてんだ……。
「おい……何でお前らもダメージうけてんだよ……」
黛と蜜柑は、顔を青くしながら、重々しく言った。
「私は演劇部があったので少しはマシでしたが……黛さんは特に……」
「去年はひどかったよな……まあ去年発売されたあのイカのゲームが悪いよな……あれは魔性のゲームだ……人をダメにする……」
「ああ……」
こいつらもきっと、去年の夏をダメにしたんだろうな……。
そんなことなさそうな未来は、ポカンとしているが。
「進さんも無駄にしたんですか……?」
「ああ……」
俺は去年、咲を探していた一年を、みんなにサラッとうわべだけ話した。
次の日。
弥生に選んでもらった浴衣を、何とかして母に着せてもらい、十五時前に家を出た。
祭りの会場に行く前に、俺は近くのコンビニで飲み物を買いに行った。
祭りの飲み物は、ぬるかったり高かったりするし、買うとしてもラムネだから、焼きそばとかを食べた後に、リセットするための緑茶が、ちょうどいいから買いたいんだよな……。
俺はコンビニに入り、左に曲がり、飲料水コーナーに行こうとすると、曲がる前に正面のおにぎりとサンドイッチのコーナーに見たことのある小さい背中があった。
俺は、彼女に近寄って、声をかける。
「おーい」
「はひ! ってなんだ進かあ……」
若葉だ。
きちっと薄ピンクの浴衣を着て、両手にいっぱいおにぎりを抱えている。
「なんだその大量のおにぎり……みんなに渡すのか?」
「ううん。私が食べるの」
「えっ……」
……読者諸君。
もう一度説明するが、若葉は両手にいっぱいおにぎりを抱えている。
「まあ……食べるのはいいが……そんな大食いだったっけ? いやまあ食べるほうだけどさ」
確かに、若葉はたくさん食べる方だが、ここまでは食べなかったような……。
「えーと……」
若葉は、少し恥ずかしそうにしながら答えた。
「黛の前だと……あんまり食べないけど……実は夜ご飯に加えて、家でかつ丼とか……マグロ丼とか……食べちゃうんだ……」
「お前そこまで大食いだったのか」
「と、とにかくお祭りでも食べるけど……ガス欠にならないように、今食べとかないと……ちょっと買ってくるね……」
「おう、外で待ってるぞ」
「うん」
俺は、外で少しだけ待った。
「もぐもぐ……お待たせ……」
コンビニから出てきた若葉は、もう我慢しきれていなかったようで、食べながら出てきた。
「まだ時間あるし、ここで食ってこうぜ、ほら店の裏にブロックあるし、座ろうぜ」
ここのコンビニの裏……横のほうにはブロックが置いてある。
自転車置き場だったが、2年前かな……移動になった。
「うん」
若葉が返事をすると、俺は店の裏に案内した。
「ねえねえ」
「なんだ」
若葉は、四分足らずで、約半分を食べきってしまったようであった。
若葉は、手を止めて、俺に話を振ってきた。
「今日……黛と会ったらたぶん……次会うのは新学期……」
「そうだな」
「私……黛と仲良くなれてるかな……?」
「ええ? うーんと……」
若葉は努力してる。
それは俺も、よくわかってる。
俺と初めて会ったときは、それはもう……はっきり言って、若葉は暗かった。
黛のほうも、少しだけ若葉への気持ちの変化があったようだし、本人からそれとなく話も聞いている。
「仲良くなれてると思うし……若葉も明るくなったよな」
「うん!」
「そうそれだ。この調子なら、今日も黛とうまくやれるだろ?」
「うん!」
そういうと若葉は、おにぎりをどんどん口に放り込み、水で流し込んだ。
「……よし、行くか」
「うん」
若葉は笑顔で立ち上がり、俺と若葉は山の上の公園に向かった。
俺と若葉は、ゆっくり山を登っていき、山の上の公園についた。
待ち合わせ場所の細かい指定は、されていなかったので、少し待つ場所に悩んでいたが、少し進むと、私服の黛がこっちに手を振っていた。
「よお、五分前行動とは感心だな」
と黛。
「まあな。というか俺が一番近いんだし当然だろ」
「そうだな……若葉も一緒か」
「あ、うん……」
……若葉は、少しもじもじしながら黛を見たり、見なかったりしている。
「浴衣似合ってるぞ。もっと胸を張れよ。な?」
と黛は特筆して照れることもなく、微笑みながら若葉を褒めた。
さすがは黛。
相手の気持ちを汲み取るのがめちゃくちゃにうまい。もしかするとまったく気にせずに、誉めているのかもしれないけど。
「……! ありがと……」
若葉は、少し頬を赤くしながら答えた。
「ん? ちょっと、動かないでもらえるか? 若葉」
「え? う、うん」
そう言うと、黛は、若葉の顔の前に、自分の顔を急に持っていった……っておい!
キス? キスするのか!
「米粒ついてるぞ。ほれ」
「あ」
黛は、若葉の口元に付いていた米粒を取った。
恐らく、さっきドカ食いしたおにぎりの米粒が付いていたんだろう。
若葉の顔は真っ赤である。
好きな人に、顔を急に近付けられたら、そりゃ誰でもそうなる。
実際問題、俺もなった。
(よかったな、若葉)
俺が、若葉に耳元に小声で言うと、
(うん……めっっっっっちゃ恥ずかしいけど……)
若葉は、満点の笑顔で言った。
「そんで? 蜜柑は? 一緒じゃないのか?」
俺は、家が一緒なはずの蜜柑と、黛が一緒に来ていないのが気になり、黛に尋ねた。
「ああ……蜜柑……だけじゃなくて、後の四人は駅前の浴衣屋? 的なところで着替えてるよ。遅れるかもしれないから、ぼくだけ先に来たってこと」
「未来もか? あいつはここ住みだし、駅に行く必要なんてないんじゃ……」
「どうやら未来は着付けできないんだと。だからお店にやってもらうらしい」
「なるほどな……」
「ま、早く来るといいな。進は弥生の浴衣姿を早く拝みたいだろ?」
「なっ……」
「へへへ……」
弥生の浴衣姿……そういえば、俺の浴衣とおそろいだったよな……?
あれ? これってめっちゃ恥ずかしくね?
めっちゃカップルじゃね?
俺は、自分の体の体温がどんどん上がっていくのを感じた。
「進どうした? 顔面が風呂上がりみたいになってるけど?」
「あ? ええ? いやなんでもないなんでもない」
「そうか?」
待ってくれ、今から帰って、私服に着替えるか?
いやいやそんなことしたら、これを買ってくれた弥生に失礼……。
「あ、来たよ」
「え?」
そんなことを言う若葉の向いている方を向くと、浴衣に身を包んだ蜜柑、薫、未来、弥生の姿が見えた。
遠くから見ても絶景だ……みんなよく似合ってる。けど、今はそんなことは気にしてる場合ではない。
弥生の浴衣だ。さっさと確認しなければ……。
弥生の浴衣は間違いなく、俺とおそろいの、この前中村グループの旅館で泊まった時に買ったものだった。
背面にはお祭り会場。
目の前には弥生。
これはいわゆる……詰みというやつだ。
腹をくくれ。
橘進。
「よお……ってぼくだけ私服か……」
黛は、頭をぼりぼり掻きながら、皆を見る。
「だから黛さんも浴衣を着ようって言ったのに」
「ギャルゲやアニメだと、大体男は私服だろ?」
「乙女ゲーなら浴衣ですよ」
「そうだわ、視野は広げるべきか」
蜜柑と黛は、真面目そうにアホな話をしている。
「……お?」
薫と未来を見ると、おそろいの浴衣を着てきているようだった。
もうお互いに遠慮なく話せているし、立派なカップルって感じにいつの間にかになっている。
共同戦線なんて言ったのは、もう四か月も前か……。
未来は成功したけど、俺は、弥生にはフラれている。
俺としては、その成功と失敗が、未来と逆じゃなくてよかったとは思っている。
俺だけ成功して、好き勝手恋愛するのも、なんだかムズムズするしな……。
この辺がお人よしの理由だろうけど……未来は、そんなの気にせず過ごせているみたいだし、よかったよかった。
そんなことを考えていると、公園内に放送が入った。
「これより貝山公園、夏祭りを開会いたします。本日は楽しんでいってください」
「それじゃあ行こうかしら」
弥生は、みんなに声をかけた。
「そうですね……えっと……」
薫は少し言いづらそうにしながら、皆のほうを見た。
たぶん未来と二人で行きたいんだろうけど、全員集まったこの雰囲気だと、言い出しにくいんだろうな。
「薫は、未来と二人で回りたいんだよな?」
俺は、薫に助け舟を出してあげるべく、薫に尋ねた。
「えっ……ああ、そうだ。ただこの雰囲気だ。なにがおきるかわからないから僕は、お嬢様を守らないといけないし……」
薫は、弥生に目を向ける。
「それは気にしなくていいわ。進と蜜柑を隣に付けておくから。この二人が付いているなら安心でしょ? 楽しんできなさい」
弥生は、俺と蜜柑を引き寄せながら、薫と隣にいる未来にウィンクをした。
「……はい! 楽しんできます! 未来……行こう!」
「あ、うん!」
薫は、未来を引き連れ公園の中へ入っていく。
俺と弥生と蜜柑の横を通り過ぎるときに、未来は弥生に小声で言った。
「ありがと……」
すると今度は、弥生が若葉と黛に体を向けた。
そして、俺と蜜柑をつかみながら話す。
「というわけで、私はこの二人をボディーガードに付けるから、二人で回ったらどう?」
なるほど。
最初は、何で俺だけでなく、蜜柑もまきこんだのかと疑問になったが……こっちも二人きりにさせるためか。
勉強はできないけど、つくづく頭が回るやつだ……。
「そうだな……若葉平気か? ぼくと回るでいいか?」
黛は、若葉に尋ねた。
即座に若葉は、首を縦にブンブンと大きく振った。
「よーし、じゃあ蜜柑を頼むぞー二人とも」
黛はそう言うと、黛と若葉も公園の中に入っていった。
蜜柑を見ると、黛の背中をじーっと見つめていた。
蜜柑もやっぱり、黛と祭りを回りたかったのか……?
しかし、蜜柑は若葉を応援している……そのはずだ。
この前だって、黛とのデート予行練習の相手もしていたし……。
すると、蜜柑は、黛を見つめた後、首を横に振り、
「さあ! どこに行きますか? 私はおなかがすきました!」
といつもの明るい表情で言った。
「そうね……焼きそば……たこ焼き……とりあえず、屋台を回ってよさそうなものから買っていくのが正解かしら」
「そうですね。進さんもそれでいいですか?」
「おう」
俺が返事をすると、俺たちは、公園の中へ入っていった。
先ほどアナウンスにもあった貝山公園は、この前、弥生と来たロケット公園の、さらに山の上にある公園で、俺が小さい時からある公園だ。
山のふもとにある大きな公園と、同じくらいの大きさで、地元の中学生や地域の人たちが出店をやっていたりしている。
真ん中にはステージがあり、そこでは歌を歌っていたり、お囃子があったり、近くの中学の吹奏楽部が演奏をしたりする。
俺の中学も近くにあって、何やら学校指定の体育着を着て、ボランティアをしているのがちらちら見えた。
今年は、何やら地域活性を目指しているのか、ここに様々なイベントが追加されているらしい。
それもあってか、去年より人が多い気がする。
「結構繁盛してますね……。地元の祭りだからとなめていたわけではないですけど……」
蜜柑は周りを見渡しながら、人の多さに感心しているようだった。
「去年はこんなに多くなかったんだけど……何やら地域活性の一環でいろいろ仕込んであるらしいぞ」
俺は、蜜柑と弥生と人混みの中を歩く。
流されるほどの人の多さじゃないものの、少し意識しないと、向こうから来る人にぶつかってしまいそうだ。
「地域活性ね……なるほどだから……」
弥生は、周りを見渡しながら呟いた。
「何がなるほどなんだ?」
俺は、弥生に尋ねる。
「実はね、夏休みの最後は夏祭りで〆たかったの。それでそこそこ規模が大きくて、みんなが行きやすい所ってどこかなって思って調べたら……ここだったのよね」
「あれ? もしかしてめっちゃ楽しみにしてた系ですか?」
俺は、珍しく自ら調べてきたと思われる弥生に対して、ここだ! と言わんばかりにからかってみた。
「うっさい進。えい」
「いってえ!」
弥生の足が、俺の脛に直撃。
硬い木製のサンダルの、木の部分がいい感じに痛さを倍増させる。
「はいはい。とにかく八時ごろになったら、少しここから降りると、花火が見えるとこがあるんでしょ? そこに連れて行きなさいよね? 楽しみにしてるんだから」
そう言うと弥生は、いつもよりニコニコしながら、俺を見て言った。
そういえば、こいつは線香花火をしてる時も、楽しそうにしてたっけ……。
あの時、俺はこいつにフラれはしたけど、今ではこんなにも親友として、こいつと青春を楽しめている……。
恋人でなくても、いいのかもしれない。
こんなにも、楽しく遊べるのなら。
「おうよ! 任せとけ!」
俺は、弥生に軽いガッツポーズをしながら、応えた。
「あー! 私も私も! 花火楽しみです!」
蜜柑も、テンションが上がっているようだ。
それはそうと。
俺も腹が減った。
「なあなあ俺、腹減ったんだが……」
俺がそう言うと、蜜柑がすかさず、
「はいはい! 焼きそば! 焼きそばが食べたいです!」
と元気よく言った。
「決定ね。進もそれでいいかしら」
「問題ないぞ」
「では早速行きましょ!」
そうして俺らは、焼きそばを求めて進みだした。
こうして、人でごった返していた屋台が連なっている道を通り、何とか焼きそば屋にたどり着き、焼きそばを購入することができた。
「よし、どうする? さすがに食べ歩くのには向いてねえな」
俺は、プラスチックのパックに包まれた、パンパンの焼きそばを見た。
開けた瞬間に、零れ落ちそうなくらいにはパンパンだ。
元が取れているのか心配になるが、この損得考えない雰囲気こそが、祭りというものの醍醐味、というものだろう。
「そうですね……。少し歩いて座れる場所を探しましょうか」
「そうね」
蜜柑の一言で、俺たちはまた歩みを進め始めた。
人込みの中をゆっくりと歩きながら、弥生は焼きそばをちらちらとみている。
何か変なものでも入っていたのだろうか?
「弥生? なんか焼きそばに変なもんでも入ってたか? さっきから気にしてるが……」
「え? まあ私たちが気にすることではないでしょうけど、こんなに詰め込んで赤字にならないかしらと思っただけよ」
どうやら弥生も、俺と同じことを考えていたようだ。
「ホントですよね! 私なんてほかには連れはいるのか聞かれたので、五人ほどと伝えたら、おまけくれましたよ!」
そんなことを笑顔で言う蜜柑の手元をよく見ると、焼きそばを二つ持っていた。
「まあそれが祭りだからな……。俺も小さいころ、たこ焼きが食べたくて並んでたんだけど、お金が足りなくて、そうしたら『いっそのことタダでいいぞ!』ってことで無料になったこともあるからな」
「へえ……」
弥生は、少し感心したように改めて焼きそばを見た。
「こんな地元民でもない私たちにも、優しくしてくれるなんて、いい人たちね」
「そうですね。良くも悪くも規模が大きくなると、組織的になって、なんというか機械的になってしまいますからね。それに目立てなくなる人も出てきちゃいますし」
「なんか難しいこと言ってんな蜜柑は……」
蜜柑は、なにか思うところがありそうな、少し悲しい笑顔で言っていたので、俺はそれが気になった。
「え? そうですか?」
蜜柑は右手で焼きそばを抱えながら、恥ずかしそうに頭をかいた。
「私、演劇部じゃないですか。今は……結構な人数がいる中で、運よく一年の頃から主役級の役がやれてますけど、やっぱり人数が多い分、悔しい思いをしてる人たちもいっぱいいるんです。もちろん腐らずに脇役でもいいから全力で! 裏方でも一生懸命に! って人もいますけど中にはどうしても、やりがいを見出せなくて、やめていってしまう人もいて……」
蜜柑は、少し暗い表情になりつつも話す。
「そんな一年の頃から活躍する私を見て、やめていく人たちを見てると、罪悪感で苦しくて、やめようかなって思った時もあったんですよ……でも引き留めてくれた人が居たんです。進さんの知り合いなんですけど、誰だと思いますか?」
「うーん……」
黛以外に、誰がいるんだ?
というか、俺はマジでこいつら以外に友達いねえから、わからないんだよな。
友達の友達になるのは、結構ハードルが高いと思うんだよな。
例えるが、俺と、俺の友達Aと、そのAと友達のBも三人がいたとする。
友達Aは、でかい円で俺とBの円を囲って、友達としてくれている。
だけど、俺の円と友達Bの円は、友達Aの円の中にいるけど、全く触れあってもいない。つまり、俺とBは友達じゃない。
だから、友達の友達ってのは、ほぼ赤の他人と変わらない気がするんだよな。
しかし、事前情報があれば話は別だ。
例えば林田みたいに……。
あ。
「もしかして……、林田くん?」
「ピンポーン! 正解です! よくわかりましたね」
蜜柑は、うれしそうな笑顔で言った。
「彼、『やめていったやつらの分までやるんだよ、お前が辞めたら、そいつらが帰ってくるとは限らないぞ、馬鹿野郎!』って言って、怒りながら引き留めてくれたんです。私、お父さんもあんな感じだし、お姉ちゃんもあんな感じだし、お母さんはとっても優しかったので、怒られるの、人生で二回目だったんですよね。だからスガーンって来ちゃって……今でも彼らのお手伝いももちろんのこと、ほかの方々の協力もあって、気持ちよく演技ができてるってわけです」
俺は少ししか、二人が一緒にいるところを見たことがないが、林田と蜜柑は忖度なしというか、親しいからこその無礼があると思ったが、そんな信頼関係があったなんて、驚いた。
「そういえば、進は蜜柑の演技を見たことは無いのかしら?」
「そういやあ……ねえな」
弥生に言われて、俺は蜜柑の演技を見たことがないことに、気が付いた。
俺は、去年一年を咲探しに費やした。
去年の文化祭は、実は欠席していて、他校の文化祭に、咲を探しに行っていたのだ。
我ながら、狂気の沙汰じゃない気はするが、その時の俺は、どうしても咲に会いたいという一心で行動していたから、仕方がないと思う。
「じゃあ今年の見に来てくださいよ! 魔女狩りの蝶、散る、って演劇なんですよ!」
蜜柑は、楽しそうに言った。
「なんだそれ……」
「わかりません!」
「は? そりゃまた何で?」
「実は、一年生の三島くんっていう、文芸部と剣道部を兼部している子が居てですね、その子の書く物語がすごく面白いんですよ! だから今年の脚本を頼んでいるんです」
「そんなに面白いのか……。おし、絶対見に行くわ」
「やった! 絶対ですよ!」
蜜柑は、ニコッと笑って歩みを止めた。
「ここなら座れそうですよ」
蜜柑が指さす先には、生垣の道の間の石だった。
蜜柑は我先に座り、俺たちに座るように、俺たちが座るであろう所を軽くたたいている。
「……普段なら絶対座らないけど……」
弥生は、嫌そうな顔をしている。
……全くこのお嬢様は……。
……同じお嬢様でも、蜜柑とはすごい違いだ。
武さんと秀一さん、それぞれの血をしっかり継いでいるんだな……。
俺は文句を言うな! これも祭りの醍醐味だ! と言おうとして、「これも」まで言った瞬間に、弥生はニコッと笑って、俺を見て言った。
「これも祭りの醍醐味……でしょ?」
「……」
弥生はそう言い放った後、蜜柑の隣に座り、こっちを見てやってったわよ、と言わんばかりのどや顔を見せた。
まったく……。
「そうですね。弥生お嬢様」
俺は、やれやれと言った感じでそう言ってから、弥生の隣に座り、三人仲良く並んで、祭りで賑わう皆を見ながら、のんびり焼きそばを食べた。
「「ごちそうさまでした」」
俺たちは、元気よく焼きそばに関わった、すべての人に感謝を伝えた。
「さて、次どうすっか」
俺は、二人をちらっと見ながら尋ねた。
「どうしましょうか……。ってあれ?」
蜜柑は立ち上がってから、少し目を細め遠くを見ていた。
「誰か知り合いでもいたの?」
弥生は、蜜柑に尋ねた。
「……たぶんそうです。手を振ってみますね。おーい!」
蜜柑は、遠くの誰かに呼びかけ、手を振った。
恐らく、該当するであろう人物が、手を振り返しこっちに来る。
「あ!」
話をすればなんとやら。
蜜柑を引き留めるために怒った男。
眼鏡をかけた、二枚目。
林田だった。
「あれ! 進くんじゃないか。もしかして地元民か?」
「そうなんだよ。林田くんもか?」
「そうなんだよ。ここマイホームタウン。家すぐそこ」
林田は、俺の中学の方向を指さしていた。
「マジかよ! じゃあ林田くんは俺の中学の近くか! あれ? じゃあ何で中学一緒じゃないんだ?」
「中学は、演劇が盛んな別のとこに行ったのさ。ほら進のところの中学は、演劇部ないだろ?」
「そういや……ないな」
俺の中学は、東京ではやや小さいほうで、全校生徒は二百人ぐらいだった。
部活動も、運動部は一番多いテニス部で六十人、俺がいたバスケ部は十八人。
ほかにはバレー部、卓球部、野球部、サッカー部しかなく、文化部に関しては美術部のほかには、手話を教える部活しかなかった。
それでも規模が小さい分、クラス学年関係なしに仲が良かった。
高校になって初めて気が付いたが、部活にも入ってないとなると、そんな学年やクラスを超えた関係を作り上げるのは、とても難しいと気が付いた。
今思うと、中学の頃は青春出来てたなあ……。
「というか、敬称略で行こうぜ? ちょっと離れすぎているかもだが、ご近所さんだしさ」
林田は、爽やかなや顔で答えた。
よく見るとこいつも顔が整っており、演劇でもしようものなら相当映えそうだ。
「そうだな。それでいこうか。改めてよろしくな林田」
「うんうん。よろしゅう」
林田は、うんうんと頷いた。
蜜柑を見ると、何やら未だに座って、俺と弥生を交互に見て、何かを思いついたように林田と肩を組んだ。
「ということなので……私はこの人とデートの練習でもするので失礼しますね! あとは弥生さんと進さんでごゆるりと……」
と言いやがった。
いやいや、俺らはそういう関係じゃなくて……。
親友なんだ。
そんな俺の考えもむなしく、林田は、なんとなく蜜柑の考えを汲み取ったようで、
「そんじゃ腕でも組むか! 蜜柑ちゃん!」
「うわ! 気持ち悪い!」
とか言いながら、二人でどこかに行ってしまった。
最近、この女と二人きりになることが多い気がする。
俺は、隣に座っている弥生をちらっと見てみる。
「あら? 二人きりね」
弥生は、笑顔で話しかけてきた。
「そうだな。まあこの人混みの中なら、二人きりの方が歩きやすいだろ」
「それもそうね」
「とりあえず、次何したいとかあるか?」
「わからないわ。でも何があるかとにかく知らないし、焼きそばも食べ終えたんだから、少し目的もなく歩いてみる?」
「そうだな」
「決まりね」
弥生はすっと立ち上がり、俺もそれに続いて立ちあがる。
そして俺たちは、宛もなく何となく歩き出した。
一分ぐらい歩くと、ゴミ捨て場があったので、焼きそばのパックを捨てた。
五分ぐらい歩いていると今年の祭りは、改めて出店の数が多いことに気付かされた。
去年はたこ焼き、はしまき、焼きそばぐらいしか飯の店はなかったが、今年はタイ料理やベトナム料理も店を出していたりしていた。
他にもくじ引きやお面屋、射的なども増えていて、去年までの閑散さが嘘のようだった。
そのまま俺は、ボーッと店を見ながら歩いていると、隣に居る弥生が止まっているのに気が付いた。
弥生は、止まってすぐ近くの出店を見ているようだ。
弥生の視線の先には、看板に金魚すくいと書かれていて、人も五人くらい並んでいた。
俺が近寄ると、弥生はすぐに話しかけてきた。
「これやりたいわ。金魚すくい」
「そうかそうか。じゃあやろう」
俺は二つ返事でOKを出し、列に入った。
しばらくの間会話がなく、無言だった。
しかし、また会話を始めたのは弥生だった。
「浴衣。着てくれてるのね」
「え!」
弥生は、俺を見ずに言った。
弥生から、切り出してくれるなんて珍しいな。
よく見てみると暗くて気が付きにくいが、弥生は少し照れているようであった。
これは……使えるぞ……。
この浴衣を着てきた時は、恥ずかしすぎて死ぬかと思ったし、これを買った時はまんまと弥生に嵌められたが、この状況なら弥生をからかえるかもしれない。
「え? なんか言ったか?」
そう! 難聴系男子。
ドラマや小説、マンガやアニメなどで広く扱われている、女の子の可愛いところを引き出すテクニックの一例である!
勇気を振り絞って男の子を褒める言葉が届かなくて、恥ずかしがっている女の子というのは、なんとも愛おしい。
この場合、大抵女の子は「なんで聞こえてないの! ばか!」とか「じゃあちゃんと言うから聞いてて!」とか、気持ちを伝えるのに一生懸命になるものだ。
さあ、弥生は……どう出る?
「そう? なら聞いてなくていいわ」
……。
俺は思い出した。
この女はそういう「俺」にとって都合のいいことを、基本、することはない女ということに。
きっと若葉とかだったら、そりゃもう照れまくりパラダイスなはずだが、如何せんこの女はどこかひねくれているのだ。
「……。そ、そうか」
俺は、すっかり気落ちしてしまった。
気が抜けてしまい、何も考えられない。
「浴衣。ちゃんとお揃いの着てきてくれてるじゃない? 恥ずかしいなら別のを買えばよかったのに……そんなに私とペアルックしたかったのかしら?」
「な!」
不意打ち。
弥生本人が選んでくれた浴衣を、俺が着てきてくれて、嬉しさから何となく、
「進、浴衣着てきてくれたのね」
「ん? ああ、そうだぞ」
「お揃いね……」
「そんなに俺とオソロがよかったのか?」
「え? べ、別にそんなことは……」
みたいなのを俺は、想像していたが甘かった。
俺は不意をつかれたこともあり、急激な感情の高まりを抑えられず、自分でもわかるほど恥ずかしさで体温が上がっている。
「まったく、難聴系男子とかあなたにはまだ、六千五百二十三万光年早いわよ。というか照れないで」
「うるせえ! 照れてねえよ!」
「ちなみに、六千五百二十三万光年はおとめ座銀河団との距離ね」
「話聞けよ! バカ! アホ!」
「はいおじさん、はい百円」
弥生は、俺を無視して嘲笑うかのごとく、金魚すくい屋のおじさんから、金魚すくいのポイを受け取っていた。
「だから話聞けよ!」
「ふふっ、あなたこそ何をピーチクパーチク言ってんのよ、勝負よ勝負。負けたらひとつ相手の言うこと聞くでどう?」
「ああ! やってやろうじゃねえか! おっちゃん! 百円です! いいポイよろしく!」
俺は、金魚すくいのおっちゃんに百円を渡す。
「あいよ! 頑張ってな!」
おっちゃんは、笑顔でポイと容器を渡してくれる。
「絶対負けないからな」
「そう。口だけにならないようにね?」
そして、俺はプールの中を、悠々泳ぐ金魚と相対した。
絶対勝つ。
けど、金魚すくい苦手なんだよなあ……。
コツとか知らねえし……。
「なあ弥生」
「何よ」
俺は、一旦ポイを容器に収め、スマホを颯爽と、刀を抜刀するかのごとく取り出す。
「金魚すくい コツ で調べていいか」
「勝手にしなさい」
「いいのか……」
俺は少しの罪悪感に苛まれながらも、ブラウザを開きキーボードを押す。
「おい、兄ちゃんや」
金魚すくいのおっちゃんが話しかけてきた。
さっきの笑顔とは、うってかわり、真剣な表情をしている。
「なんですか」
「男だろ。真剣勝負だろ。たかが金魚すくいされど金魚すくいだ」
おっちゃんは、俺のスマホを指さした。
「お嬢ちゃんはそんなもんに頼る気は無さそうだぜ? いいのかい?」
「……」
そうだ。
弥生は、正々堂々とやろうとしているんだ。
今までの経験を活かせば、きっと負けることは無い!
俺はスマホをしまい、ポイを構える。
「ありがとうございます。おっちゃん」
「おう、将来いい男になるぜアンタ」
集中。
金魚の体をよく見るんだ。
重心が外に出るように、ポイに角度をつけて、金魚の重いところを外に出すように……。
よし! ここだ!
びり。
「あ」
ぴちゃん。
「……」
ポイが破けた。
そして金魚は逃げた。
「おっちゃん……」
俺は、一匹も取れなかった悲しみに包まれた。
「よくやったよ……兄ちゃん」
おっちゃんに慰められる。
「にしても……」
おっちゃんは、俺の隣にいる弥生に目をやった。
俺も弥生に視線を向ける。
「なっ」
俺は目を疑った。
あの改札の使い方もわからず、バイキングでバイキングせずにオーダーしようとしてた弥生が、容器に大量に金魚を入れていた。
「お前金魚すくい上手いなら言えよ……」
「え? これが初めてよ?」
「え!」
俺は、自他ともに認める器用さを特技にしている。
そんな俺でも金魚すくいは何年もの間、全く上手くなることは無かった。
それなのに、初見で大量に金魚を取れるなんて。
そんな人間がいるものか!
「お嬢ちゃんうまいね〜。なんか、コツでもあるの?」
おっちゃんが腕を組み、にやにやしながら弥生に尋ねた。
「わかりません。でも、私と昔から魚釣りが好きで、魚の気持ちならよくわかってしまうのかもしれません」
弥生は、そう言いながらひょいひょいと金魚をすくっていく。
「お前、趣味魚釣りとか似合わなすぎるだろ……」
なんとなくだが、昔から釣りというものは男がやるもの、しかもいい大人の趣味という意識が俺にはある。
「あら? 確かに似合わないかもだけど、魚がかかった時の震える竿を引く快感はたまらないわよ? まあ、最近は行ってないけどね」
弥生は言い終わると、手を止めおっちゃんにポイを返した。
「こんなに連れて帰ったら可愛そうだから、二匹だけ持っていくわ。そんなに育てられなさそうだし」
「そうかい」
おっちゃんは、弥生からポイを受け取り、金魚を二匹だけ袋に入れると弥生に渡した。
「ありがとうございました」
「おう! 楽しんでけよ!」
弥生は袋を持って立ち上がり、スタスタと行こうとしていた。
「あ、おい待て。そうだ、ありがとうございましたおっちゃん」
「おうよ! 次頑張れよ!」
俺はおっちゃんに挨拶をし、弥生を追いかけた。
「まったく……。ひどいめ見たぞ……」
「残念だったわね。私を出し抜くなんて、そう簡単にはできないわよ。さーて、何してもらおうかしら」
「くそ……」
金魚すくいを終えた俺たちは、また公園の入り口に戻ってきていた。
弥生は、にやにやしながら「んー」と言い、何かを企んでいる。
「決めたわ」
「はあ……なんだ」
「咲さんを探してみない?」
「え?」
「なによ。また難聴系男子のまね? だから、咲さんを……」
「いや聞こえてる」
「じゃあ何よ」
驚かないわけがないだろ。
弥生が、咲を探してみないって言ってくるなんて、さすがに驚いた。
恐らく、咲と同じ中学というところから、咲はこのあたりに住んでいると予想したのだろう。
それでも俺に、何か困らせるようなことを選択させずに、咲を探そうなんて言うとは思わなかった。
一度諦めたことだ。だけど、今日地元の人が集まる祭りの日だ。
弥生からの提案もある。
今日だけだ。少し探してみよう。
「まあそんなんでよければ、今日ぐらいは探してみてもいいかな」
「うふふ。じゃあ咲さんとの思い出話もよろしくね?」
「はあ! やだよ!」
「黙りなさい。進が好きだった女の子の話を聞きたいのよ」
弥生は、顔のニヤニヤが止まらないようだ。
「……はあ。今日だけだぞ?」
「うんうん。じゃあ行きましょ? とりあえず公園を一周しながら、のんびり探しましょ」
「はいはい」
「俺は絶対、咲を見つけるぞ! 待ってろ咲!」
弥生は、大きな声で少し男っぽく叫んだ。
「おま、声出けえよばか! というか、そんなこと俺は言わねえ!」
「ふふ。ほら行くわよ」
「はいはい」
のんびりと、また公園を歩きだす俺と弥生。
「咲の話って言ってもなあ……。どっから話せばいいやら」
「私が聞きたいこと、質問していくわ」
「ああ、助かるわ」
「まずは……改めてどんな子なのか、聞かせてもらえないかしら」
「まあ……この前話した通りだよ。内気でよわっちいの。すぐ泣くし」
「そう。じゃあ次、咲さんに兄弟は?」
「いなかったかな。俺と同じ一人っ子だった」
俺がそこまで話すと、スマホが震えた。
連絡か何かが来たのだろう。
「見なくていいの? 携帯」
弥生は、俺の携帯が鳴ったことに気がついていた。
「ほへ? なんでわかるんだよ」
「だって通知バーを表示するために一瞬点灯してたもの。浴衣越しなら見えるの」
確かに俺の浴衣は、スマホの光で透けていた。
「ああ、そういう……まあとにかく続けてくれ、後でいいだろ別に」
人と話している時に、返信するのもおかしいしな。
「じゃあいいわね。次、次。学校ではどんな感じだったの?」
「一年の時はいじめられてたけどな、三年になるにつれて、どんどん明るくなっていったよ。友達も多かったしな」
「へえ、じゃあその咲さんをいじめてた子たちはどうなったの?」
「……」
「どうしたの?」
少し黙っていると、弥生は心配そうに顔を覗き込んできた。
言い出しにくい。
俺は、咲をいじめていたやつらから守ってやった。
ただ、咲をいじめてたやつらは、だんだんクラスでの居場所がなくなって、何人かは転校して、何人かは不登校になった。
うちの中学に限らずだとは思うが、中学女子と比べて、中学男子は基本的に精神が幼い。
よく言えば、わかりやすく悪いことは悪いと言ってしまうんだ。
しかも素直だから悪意がないんだ。
そのせいで、いじめをしていたグループは、どうしても居心地が悪くなってしまうものだ。
当時は俺も幼くて、多くのことを考えられなかったから、何でいじめていたやつらがみんな、どこかに行ってしまうのかわからなかったが、今ではわかる。
俺は、そいつらにも手を差し伸べてやればよかったが、当時は気が付かなかった、というのが、俺のどうしようもない言い訳だ。
すべての人を俺は救いたかったけど、それはできなかった。
罪悪感。やっぱり残っているな。今こう思うと。
少しぼかして話そう。
祭りなのに、暗くなるのなんてごめんだからな。
「みんなまあ、いろいろだ。深くは聞かないでくれ」
「……そう。なんかごめんなさいね。あんまり暗くなることは聞くつもりはなかったのだけど」
「気にすんな、ほら次だ」
「ふふ、じゃあ……咲ちゃんとの思い出を一年から、順々にぜーんぶ話してちょうだい」
「ええ! めちゃくちゃだな! ちょっと待てよ思い出すから……」
俺は必死に考えながら、一年から記憶を辿っていった。
一年の頃は同じクラスでもなんでもなくて、俺自身は同じ小学校から上がってきたやつらと仲良くしていた。
俺はバスケ部にも入って、夏休み前、顧問の鬼のようにきつい練習を終えた帰りに、校舎の裏の山で、何やらひそひそやっている集団を見つけたんだ。
上履きの色が俺と違ったので、上級生とわかった。
しかしよく見ると、その集団の中心に、俺と同じ上履きを履いた女の子がいた。
その子が咲だった。
よくよく会話している内容を聞いてみると、その集団の恐らくリーダーであろう女の子の彼氏が、咲に告白したらしい。
そのせいで、リーダーの女の子は激怒しているようだった。
少し不安だったので様子を見ていたが、しばらくすると先輩たちが咲に手を出し始めた。
さすがに止めないと、と思った俺は、「ちょっと暴力はいけませんよ」と止めに入った。
意外なことに、俺の顔を見るとあっさりと集団は引き下がった。
今思うと当時の俺は中学生にしては大きく、身長もそこそこ大きかったことや、筋トレもやらされていたので、俺と言う存在は、そこまで大きくない女の子からしてみれば、十分恐怖だったのだろうと思う。
それから俺は、咲に事情を聴き、それから咲は俺の部活を見に来てくれたり、夏休みには、ドリンクを作って持ってきてくれたりしてくれた。
俺としては、一回助けたくらいでここまでされるのはむずむずした。
同級生や部活の先輩にも、彼女だ彼女だ、とからかわれたが、俺の周りの人もそんな一生懸命な咲をかわいがったし、俺も悪くないと思っていた。
お盆休みには、咲と江ノ島に行って海に行ったり、いま来ている貝山公園の祭りにも足を運んだ。
冬休みには、一緒に初詣に行ったりした。
それから部活に勉強、咲と出かけたり、もちろん先輩に連れられていろんなところに行ったりもした。
はっきり言って、めちゃくちゃ充実していたと思う。
その中でも、一番の思い出は多摩川の花火大会だ。
俺も咲も浴衣を着て、ゆっくり川沿いを歩いて回った。
男子中学生というのは、女の子と一ミリでも肌が触れるだけで、ドキドキしてしまうので、そこで初めて手をつなぐ……とかはなかったが、確実に親友以上にはなっていたと思う。
そんな日の午後八時。
花火が打ちあがり始めた。
俺は、その時の会話を今でも忘れていない。
「進。私このこと絶対忘れない」
「そうか。もし忘れたら?」
「きっと進のことを覚えてるから、この花火のことも思い出すよ」
「……そうか。でもこの花火は一回きりなんだよな。もう全く同じタイミングで、同じ模様の花火が打ちあがることないのは、少し寂しいな」
「なにそれ、変なの」
「うん。たぶん世界でこんなこと考えてんの俺だけ」
「ふふ、そうだね。……じゃあさ! 二人で花火しようよ! いつか! それなら同じ花火を買えばいいし!」
「え? そうなると、手持ち花火か?」
「うん! そのなかでも、線香花火!」
「線香花火か。苦手なんだよなあれ」
「教えてあげるよ。コツとか」
そう咲が言い終えたとき、どっかーんとひときわ大きい花火があがった。
それは、とてもきれいなニゲラのような花の形をしていた。
しかし結局、咲と線香花火をする約束は果たせなかった。
咲の両親が亡くなり、咲はいつの間にか、どこか俺の知らない遠くに行ってしまった。
しかし、咲の両親か、あるいは咲が、夏に買っていたらしい線香花火が、咲の家に置いてあったらしく、そこのパッケージには付せんが張られていて、「受験が終わって卒業したら進とやる」と書かれていた。
俺の名前が書いてあったということもあり、少し無理を言ってそれを引き取らせてもらった。
それを受け取った瞬間、俺はこの約束を果たすために、咲にどうしても会いたい。
会って仲直りして、二人きりで線香花火がしたい。そう強く思った。
これが、俺が高校一年を犠牲にして、咲を探し続けた理由だ。
その線香花火は、未だに俺の部屋の物置の奥に眠っている。
「とまあ、こんな感じだ」
「あらあら、いわゆるリア充だったのね。殺したくなるわ」
「なんでだよ!」
「今はリア充でもなさそうだから、別にいいけどね。ざまあみろー」
弥生は舌を少し出して、バカにしてくる。
「だから、なんでだよ! はいはい、今ではよくわからん陰で陽でもない、ただの宙ぶらりんな奴ですよ!」
「そうですか。それで? あっという間に一周だけど」
「えっ」
俺が、淡々と咲のことについて話してたら、いつの間にか公園の入り口に戻っていた。
「まだ探す?」
改めて、咲のことについて考えてみたが、やっぱり探すのはもうやめよう。
探せば探すほど、あの頃の咲が思い出せなくなる。
咲のことを考えて探すほど、咲の顔が、性格が、思い出せなくなっていくような気がするのだ。
あの事故から、一年とちょっと。一年もあれば人も変わる。
俺だって、少し目標があやふやになってふわふわしてるし、咲も大きく容姿や性格が変わっているかもしれない。そんな咲を……時間が経ってしまい、変わっているかもしれない咲を……果たして見つけられるのだろうか?
そして咲は……今の俺と会うことを迷惑と思っているかもしれない。
俺が居なくても、幸せになっているかもしれない。
「やーめた」
「え?」
「今、咲がどんな顔してるかわかんねえし、どんな性格なのかもわかんねえし、今はよくわかんねえけど、変わってたとしたら見つけられる自信なんてねえよ。だからやーめた」
弥生は、キョトンとした顔でこっちを見ていた。
「ふふ……あなたがそんな悪ガキみたいに投げ出すの、珍しいわね」
「あ、悪い。気分悪くしたか?」
「ぜーんぜん。まあ今、咲さんは幸せかもしれないし、見えないものよりも見えるもの追った方がいいわ。というか、あなたはお人好しで優しいし、なんならそれぐらい悪態ついていた方がいいかもしれないわね」
「まあ、そうだな」
俺はすっきりした気持ちで少し深呼吸をすると、ぴんぽんぱんぽん、と放送が流れた。
「ただいまから、貝山公園第一回、ミス浴衣コンテストを開催します。ぜひ中央ステージにお集まりください」
ミス浴衣コンテストか……。
まあ特に行きたくもねえが……隣にいるこの女は違うようだ。
「ねえ、楽しそうだし行ってみましょ」
「言うと思いました」
「咲さんもいるかもね? なーんて」
弥生は笑顔で言った。
その弥生のからかうような言葉を聞くといつもとは違い、俺は少しだけむっとした。
さっき、見えないものより見えるものを追った方がいいと言ったのは、弥生じゃないか。
しかも、咲がいるかもなんて軽く言われるのはなんかこう、バカにされているような気がする。
こっちは、一年間必死で追いかけてんだぞ。
だけど、ここで変に言い返すとこの楽しげな雰囲気を壊してしまう。
弥生と俺の、咲の重要度は違うし……意識の差があるのは仕方がないことだろう。
ここは我慢だ。
「ああ、そうだな」
「?」
俺はできる限り、不満が外に漏れないように話したつもりだったが、気が付かれているようで、弥生は俺の顔を見て首を傾げた。
やばいと思い、何とか弥生を俺の視線から外すべく、中央のステージに弥生の両肩をグイっと引っ張り、「いいから行こうぜ」と何とか笑顔を作り、押していった。
中央のステージに行くと、浴衣を着た女の子たちが並んでいるようで、ぱっと見、それぞれの個性がしっかりと出ている浴衣を着ているようだった。
俺は、端からじっくりと一人一人女の子を見ていく。
どの子も地元開催の小さなミスコンとは思えないぐらい、粒ぞろいで素晴らしい。
恐らく大学生であろう人から、中学生と思われる幼い子までいる。
観客席から、老若男女いろいろな人の女の子たちの評価が聞こえてくる。
「へえ。進、あなたはどの子が一番好き?」
「俺か? うーん……」
俺は、もう一度ステージの一人一人に目を向ける。
どれもいまいちピンとこないなあと、考えていると、半分ぐらい見終わったところで弥生が話しかけてきた。
「ちなみに、私はステージの端でとんでもなく青い顔をしてる女の子二人組が推しね。ほら見てみなさい」
弥生は、そう言うと俺の顔をグイっと指で押し、視線を誘導してきた。
どこかで見たことあるような一つ結びの二人組。
よく見るとおそろいの浴衣を着ているようで、同じ模様だが別の色の浴衣が確かに素晴らし……い。
あれ?
俺の目がおかしいのだろうか?
確かに俺たちから見て、ステージ右端にいる浴衣美女は未来だ。
名札が右胸についている。みらいって書いてある。
未来本人は緊張しているようだが、観客席のそこらから「かわいい」という声が上がっている。
そしてもう一人、未来の隣にいる浴衣美女。いや、美男子。
出雲薫。
美女の中に混じり、女の子の中では長身で、明らかに目立っている。
もちろん顔は真っ青で、先ほどから俺たちのほうを見て、口をパクパクさせている。
「おい! 未来はともかく薫もいるじゃねえか! 薫は男だろ!」
「仕方ないじゃない。薫はしょっちゅう勘違いされるんだもの」
「何とかできないの……か」
と言いかけると「それでは貝山公園第一回ミス浴衣コンテストを開始します」とアナウンスがかかり、それに乗じた歓声に、俺の声がかき消される。
「とにかくどうしようもないわ、いまは薫がどうするか楽しみましょ」
「……まあそうだな」
俺は、弥生にグイっと耳を引っ張られ、耳元で言われたことに同調した。
まずは疑似告白シチュエーションということで、司会の女の人に一人一人告白していくというものが始まった。
それぞれが思う最高の告白が披露される中、ついにステージの端に残る未来と薫だけになった。
「それでは自己紹介をお願いします」
と司会のお姉さんが、未来にマイクを向けた。
「は、はい! 如月未来です!」
「それでは……アピールタイム! 私が運命の男の子だと思って告白してみて下さい! お願いします!」
そう言うとお姉さんは、未来にマイクを渡す。
未来はマイクを持ち、ちらっと薫を見た。
言われてみたら、隣に彼氏がいるのに別の子に告白というのは、ジョン王が世界を征服するぐらいありえないことだ。
さあ……どうする未来。
「えっと……こんな僕なんかを選んでくれるなら……後悔しないなら……付き合ってください!」
うん、普通だ。
自分に自信のない女の子が、クラスでモテモテの男の子に告白された時といったところか。
これなら観客もそこそこに盛り上がるだろうし……安牌だろう。
と思っていたが、未来の隣にいた、薫の顔が真っ赤になっている。
……何か恥ずかしいことでもあったのだろうか? それとも、緊張で一周回って顔が赤くなったのだろうか?
「なあ、弥生」
「なによ」
「未来の告白はごく普通だったけど、何でその隣にいる、お前の執事くんは真っ赤になっているんだ?」
「うーん……まあ予想だけど……未来ちゃんが言った告白ってたぶん……薫が告白したときのセリフと、同じだったってところじゃないかしら。未来ちゃん、告白する前に薫のこと見てたし。あと僕って言ってたわ、今」
「ああ……それは……」
恥ずかしいな……。
「未来ちゃんありがとう! それでは、次にこちらの身長が高い一つ結びの女の子! 自己紹介をお願いします!」
薫にマイクが向けられる。
普通ならここで名前を言えば、男とわかるかもしれないが、中性的な執事くんの名前は薫。
男でも女でもいるし、判別することができないであろう。
全くどうして、名前まで中性的なんだ……。
薫はマイクを受け取り、少しの間停止した。
何かを必死に考えているようで、目は焦点がグルグルしていた。
汗もドバドバかいている。
そしてハッと何かを思いついたように、薫は前を向くと、ゴホゴホと咳払いをして、のどを整えた。
「出雲薫」
普段より太い声で、薫は言い放った。
……なるほど。男らしい声を出せばいいという、単純だが効果的な方法。
これなら、普通は男と気が付くはずだ。
しかし薫の口から発されたのは、きれいなアルトボイス。
「薫ちゃんですね! かわいい名前ですね!」
そんな薫の努力もむなしく、お姉さんに無自覚のまま一蹴され、薫はガクッと肩を落とした。
「あははは!」
弥生お嬢様は、楽しそうにそんな薫を見て笑っている。
弥生もやってみろと言いたくなるが……こいつがこういう人前に出ることが得意なことは、大体予想がつく。
「それでは薫ちゃん。告白のほうお願いします!」
お姉さんは、有能司会らしく円滑に告白を薫に要求し、マイクを手渡す。
マイクを手渡された薫は、また何か思いついたようで、ハッと未来のほうを向く。
そして未来のほうを向いた薫は、未来の顎をくいっとした。
いわゆる、顎クイである。
「未来……僕は君のことが好きなんだ……付き合ってくれないか……?」
と未来にキスをするような勢いで、またもやきれいなアルトボイスで言った。
薫は、司会のお姉さんではなく、未来に告白した。
一瞬、何が起こったのか理解することができないことを、表現するような沈黙が流れた。
そして少し経った後、観客席の女の子たちの黄色い歓声が沈黙を破った。
「キャー! 薫くーん!」
「もしかして百合? ううん、そんなのどうでもいいわ! 好き!」
などと様々な意見が出る。
ステージを見ると肩をまたもや落としている薫と、完全に乙女の顔になっている未来の姿が見えた。
恐らく薫は、男らしく告白をしたつもりだったのだろう。でも、かっこいい女の子の告白にしか見えなかった。
ステージ上のほかの参加者も、薫の肉食的告白にときめいているようで、それぞれ歓声を上げていた。
しかし、誰も薫が男という結論に、たどり着くことは無かった。
その後、いろいろなアピールがステージ上でされたが、圧倒的女性票と、一部の男性票を一番最初の告白アピールで何故か獲得した、薫の圧勝でミス浴衣コンテストは幕を閉じた。
薫は、最後に優勝者として写真を頼まれたが、「写真は苦手だ」と一言で断っていた。
そのシャイな性格までもを生かして、完全に観客を虜にしていた。
「さ、舞台裏に行きましょ。薫と未来さんに事情を聴きに行くわよ」
「ん? ああ、そうだな……」
弥生は次第にお客さんが減り、道が開けていくステージ前を器用に進んで、ステージ裏に向かって行った。
俺も後を追いかける。
ステージ裏に着くと、安堵の表情の薫と未来がいた。
「あ! おい進!」
薫は、俺に気が付くと、ぐいぐいこっちに近づいてきて、明らかに怒りの表情を浮かべていた。
相変わらず、目は濁っている。
「え? なんだよ、よかったぜ薫ちゃん」
「違う! 僕はあんなところに立ちたくなかった! 助けを求めたのに何で気が付いてくれなかったんだ!」
「いや、さすがにあの状況で『薫ちゃんは薫くんです』なんて言っても聞こえないだろ……」
「だ・か・ら・け・い・た・い! 見て!」
薫は、上目遣いで俺に要求してくる。
「うん」
俺は、携帯を見る。
通知には、薫からの連絡が来ており、「助けて! このままじゃ女の子にされちゃう! ステージ裏に来てくれ!」との文面が届いていた。
三十分前と書いてある。
確か、弥生と会話しているとき、返さなかった連絡があったはず。
多分、その時にもらった連絡だろう。
……。
「だからいいのかって聞いたのよ。緊急だったらどうするのよ」
弥生はあきれたように、俺に言った。
俺は口をもごもごさせながら、弥生から薫に視線を戻し、
「すまん薫! 丁度その時、弥生と話してたわ……気が付いていたんだが……会話中に返すのもおかしいと思ったんだ!」
俺は頭を下げる。
「そ、そうか。ならしょうがないな……うん」
薫は、理解してくれたようで、「うん、しょうがない。うんうん、女の子として優勝したけどしょうがない、うんうん」と自分に言い聞かせていた。
「それで未来ちゃん、なんでミス浴衣コンテストに出ることになったのかしら」
弥生は、少し疲れている未来に尋ねた。
「うん……それは薫くんが持ってるそれが目的だったの」
未来は、薫が持っている袋を指さした。
薫は、その袋の中身を取り出すと、中にはゲームのコントローラーが入っていた。
「ああ……。僕はどうしてもこれが欲しくて。というのも、実はこの前、若葉とまゆ様がうちに来て、黛をかけてゲームをしてたらしいんだ。その時第三ラウンド目? のストブラっていう格闘ゲームでレバガチャをしていたら、まゆ様がコントローラーを壊してしまってな……。品薄な上に、結構コントローラーにしては高いから、景品でもらえると聞いて、未来が出てくれることになったんだ。……出てくれることになったんだけど……」
「知らぬうちに薫くんも巻き込まれて……今に至るということです……」
「すまん……未来」
「いいよ別に……もらえてよかったね……」
「うん、良かったけど、男としては完全敗北した気分だ……」
「私は、その彼氏に女の子として敗北したんだけどね……」
薫と未来の二人は、傷を舐めあっていた。
つまり、若葉とまゆちゃんの被害を、薫は身を売って取り戻したということか……。
とにかくお疲れさまだ。
「まあ……未来も薫もお疲れ」
「そうね、とりあえずそろそろ花火も始まるし、また二人で祭りを回ったら? 時間、もったいないわよ」
弥生も俺と同じ意見らしい。慣れた動作でウィンクをして、薫と未来を送り出す。
「……そうですね! 未来、行こう」
「うん!」
未来と薫は、コントローラーの入った袋を持ちながら、また祭りの中に消えていった。
「さあ、そろそろ八時よ。私を花火の見える絶好の場所に連れて行きなさい」
「ああ……そうだったな」
俺たちもラストイベントの花火を見るべく、少し開けた公園の裏に弥生を案内した。
「へえ……ここから見えるの?」
「お前が言ってた打ち上げ場所だと……たぶんここから見えるかと」
俺が案内したのは、多分地元の人しか知らないであろう公園の裏。
ここにつながる道は見つけにくくて、周りを見ると人はほとんどいなかった。
俺は、弥生を公園の裏から下の小道に降りる階段に案内する。
「ここに座ろう」
「ええ」
遠くの駅周辺に立っているマンションがよく見える。
ここなら天気が悪くならない限り、見えなくなることは無いだろう。
「薫、未来ちゃんにあんな風に告白したのかしら?」
「いやあ……さすがにないだろ」
「あの子もアニメとか好きだから何かしら影響されて、気障な告白の一つでもしちゃいそうだけど」
「まあ……宇宙人がいる可能性ぐらいあるな」
「……まあいいわ、さあ、八時よ」
すると花火がぴゅーっと打ちあがり、弾ける。
少しだけ音が遅れて聞こえる。
続いて続々といろいろな模様、色,大きさの花火が打ちあがる。
俺は花火を見ながら、咲と花火を見た時のことを思い出していた。
しかし、俺は咲を諦めたことを思い出し、いけないいけないと思い、また花火を見ることに集中する。
少し花火を見ていると、弥生がちらちらとこっちを向きだした。
「どうした」
「え? うん。この前の中村グループの近くの海で花火したこと思い出して、ちょっとね……」
「ああ……」
あの時、俺は弥生に振られ、弥生と親友になった。
それとほぼ同時に、薫は未来の彼氏になった。
そのために、弥生は薫と一緒にいる時間が減り、少し元気がなさそうなのに気が付いたのが、この前のロケット公園での出来事。
去年の夏休みは、見つかるかどうかわからない咲を探して、夏を過ごした。
目的の終わりも見えず、人との関わりもほとんどなかったため、夏休みがとても長く感じた。
しかし、今年はあっという間だった。
弥生や黛、未来や薫、若葉に蜜柑といろんなやつらと時間を共有した。
友達って、やっぱりいいものだ。
もし、あの時ヤンキーに絡まれていなかったら、弥生や黛、蜜柑と出会うこともなく、そこで仲良くならなければ、若葉と出会うこともなかった。
弥生に出会っていなかったら、薫と出会うこともなく、薫との接点がなければ、未来と共同戦線を組むこともなかったかもしれない。
未来と共同戦線を組んだのも四月。もう約五か月が経つのか……。
そしてこの夏、また俺は失恋した。
弥生に振られたのも一か月前か……。
「もう夏休みも終わりね」
「そうだな」
「宿題は終わらせた?」
「当たり前だ。お前は?」
「終わってる。大変だったわ」
「そうだよな。今年は量が多くてな……」
「それで? 楽しかったかしら? 今年の夏休みは」
「ああ、楽しかったさ」
「……そう」
そういうと弥生は口を閉じ、また花火に目を向けた。
そして、ひときわ大きな花火が、他の花火と時間間隔をあけて打ち上がる。
とても大きな花火は、大きな音と共に、大きく咲いた。
俺は陶酔感の中、呼吸をすることも忘れて、花火の最後の光が無くなるまで空を見上げていた。
花火が完全に消えた時、弥生が話しかけてきた。
「ねえ、夏休み最後に言いたいことがあるんだけど、いいかしら?」
そう言う弥生は、少し顔が赤かった。
俺は少し体制を立て直して、弥生の方を向く。
「なんだ?」
俺は、きっと夏休み楽しかったとかの夏休みの感想だとか、新学期もよろしくとかの挨拶だと思っていた。
でもそれはあまりにも普遍的な考えだった。
勘違いだった。
もしかすると、元の関係にすら戻ることが出来ないかもしれない。
次の弥生の言葉を聞いた時、俺はそう思った。
「あなたのことが好き。良ければ付き合って欲しいの」
俺は耳を疑った。
「待て、それは本当に言っているのか」
「ええ、どうかしら……」
ありえない。
一度振った男に、逆に告白し直す?
親友だってことになったのに。
これじゃあ俺は、勇気を出して告白した俺は……バカみたいじゃないか。
「ふざけないでくれないか」
「え?」
「俺は一度、お前に告白をしている。そしてフラれているんだ」
「そうね、だからこうやってまた、私から改めて告白を……」
「違う。俺たちは親友ってことになったはずだ」
「そうよ。だから親友を辞めたいって言ってるの……」
「ああ、やめてもいいさ。親友」
「ほら、ならいいじゃない、付き合っても……」
「俺の告白はどうなる」
「え?」
雨が降り出した。
それは、俺の今の怒りと、建前と、利己が渦巻く心を表すように、黒い雲から降ってきていた。
すぐに雨足は強まってきたが、俺は構わず話す。
「俺の告白をコケにするつもりかと聞いているんだ」
「それは……ごめんなさい。でもね、話が変わったの。私は……」
俺は、自分をどうしても正当化しようとする弥生に腹が立ち、話を遮るように強く言う。
「俺は確かにお人好しだ。だが今、弥生が取った選択はあまりにも無神経がすぎる。俺の気持ちを考えたのか? 一度お前にフラれた俺の気持ちを」
「……っ」
弥生は付き合って欲しいと言ってから、初めてこっちを見た。
その弥生の顔は、雨で濡れていて、泣いているかもわからないくらいにぐちゃぐちゃだった。
「ち、違うわ。その……」
また正当化を繰り返そうとする弥生。
どうしてもどこか、俺の甘いところが出そうになってしまう。
でも、この言動は許せない。
確かに、弥生のことが俺は好きだ。
しかし、今のこの弥生は……何かに追われているように焦っていて、自分のことしか考えていないように思える。
弥生に嫌われるかもしれないけど、これはちゃんと怒らないといけないと思う。
「もういい」
俺は立ち上がり、吐き捨てるように、弥生の顔を見て言った。
「考え直せ。俺がお前に告白した理由。そして俺がお前の告白を断った理由」
「なっ……なによ!」
弥生は俺の肩を押して、階段に座らせた。
少し強めに叩きつけられるが、あまり痛みはない。
「私が付き合ってあげるって言ってるの! あなたは私に告白してきたでしょ? それを受け取ってあげるって言ってんのよ! 私のお人好しでこうしてあげてるのよ!」
「は? お前何様で……」
俺は思わずまた立ち上がり、弥生の胸ぐらをつかみそうになる。
しかし、掴もうにも弥生の胸ぐらはあまりにも低かった。
改めて、弥生の小ささとか弱そうな見た目に、乱暴になる気持ちがしぼみ、腕の力が抜けて、行き場を失い、宙ぶらりんになる。
ただ、頭はダルマのように赤く熱くなっていた。
「どうなの! 付き合うの? はっきりしなさいよ! なんでも言っていいって言ったでしょ?」
「お前、女王様ぶるのもいい加減にしろよ!」
「あなたこそ! 偽善ばかりのお人好しで! なんで……なんで私の優しさすら受け取れないの?」
「偽善……。俺の告白を踏みにじったやつに偽善とか言われたくねえよ!」
「うるさい! もう顔も見たくないわ! どこかに行ってしまえばいいのよ!」
「……俺もお前の顔なんで……二度と見たくないね!」
ああ。
また、言われてしまった。
どこかに行ってしまえ。
また俺は、どこかで間違えてしまったのか。
お節介などしなければよかったのか。
「おーい! お嬢様!」
「いた! 進!」
「よかったよかった! ここだったか」
その時、俺と弥生の口論に待ったをかけたのは、薫と未来と林田だった。
「雨が強くなってきました! 迎えが来てくれるみたいなので、早くこちらに……」
駆け寄ってきた薫は、折り畳み傘を弥生にさした。
弥生は、俺を一瞥することも無く、薫の方を向き「分かったわ」と歩き出した。
駆け寄ってきた未来は、俺に折り畳み傘を渡してきた。
「雨降ってるよ! 進! 見えないの! おーい!」
俺はどうして、弥生との口論になったのか、自分の非があったのではと考えるのに必死で、傘を受け取る気にもなれなかった。
どこで食い違いが起きたのだろう。
弥生は何故、告白をしてきたのだろう。
不思議で仕方がなかった。
わからない。
わからない。
少しすると、心配そうな顔で未来と林田がこっちを向いていたことに、気が付いた。
「ああ、すまんな」
「おいおい、しゃんとしてくれよ?」
「そうだな林田。えーと、未来。貰うわ、傘。サンキュ」
俺はそう言うと、傘を受け取る。
「帰り道、みんな地元なのはわかって集まったけど……方向はどっち? 私はここからちょっと昇ってから、下らなきゃ行けなくて」
と未来は山上を指さす。
「俺はここの階段から降りて、道通り行けばすぐだ。進は?」
林田が尋ねてくる。
「下山して、下の大通りだ。少しだけ遠いな」
「そっか、じゃあ未来さんと進とは別々だな」
「そうだね」
「ああ」
俺は、ひと足早く二人に背を向ける。
そして暗く、小さな声で別れを告げた。
「じゃあ、また学校で」
「うん。じゃあね進、林田くん」
「おう! じゃあな」
そして俺は一人寂しく、ゆっくりと、間違えても車に轢かれないように、弥生のことを考えながら、家に帰った。
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