第7話 ランジェリーの変

 ある日、黛から連絡があり、「たまには男達だけで遊ぼう」と連絡があり、駅前に集合になった。

 俺は、いつも、待ち合わせ時間の五分前辺りに着くようにしている。

 このくらいが、早すぎて相手に申し訳ない気持ちにもさせないし、遅すぎて気を使わせてしまう必要もない。

 待ち合わせ場所に着くと、黛はもういるようだった。すぐに、こちらに気がついたらしい。

「よお。五分前到着とは偉いじゃないか」

 と黛が、俺に軽く手を振りながら言う。

 服装は、また真っ黒にネックレス。

 これしか持ってなさそうだな、こいつ。

「薫はまだなのか」

 俺は黛に尋ねた。

「まだだ。でも多分、ぴったりに来るぞ、あいつ」

「几帳面だな」

「まあ薫は慣れてないからな、男同士の付き合いに。というかこういう、人付き合いに」

「確かに……林間学校の風呂の時もたじたじしてたしな。お嬢様の弥生とほとんど一緒に居るし、仕方がなさそうだけど」

「……」

 黛は少しぼーっとしていた。

「どうした? なんか考え事か?」

「ん? ああ。少し思うことがあってな。薫にはもっと構ってやらないと」

 そう言えば。

 あの林間学校の後から、黛は薫にやたら絡むようになった気がする。

 ほぼあいつは寝込んでいたのに、そんなに黛を動かす何かがあったのだろうか。

 

 少し経ってから、薫がきっちり到着時間に到着。

 俺らはボーリングやバスケ、カラオケなどが一体になった屋内レジャー施設に来た。

「おお……ここがボーリング場か……地学で習ったやつとは違うな……」

「それ地層調べるやつな」

 ボーリング場の施設に、興味津々の薫。

 服装は上が白シャツに黒ネクタイ。下が黒のスキニーズボンだった。

 体のラインがしっかりわかる。

 改めて見ると、薫はかなり細身である。

 女子と間違えられてもおかしくないだろう。

「あ、そうだ。とりあえず今日は僕の奢りだ。好きなだけ楽しんでいってくれ」

「は? なんでだよ」

「えーとだな……ほら……」

 黛をチラ見する薫。

「ぼくのことは気にするなー。なんでも言っていいんだぞー」

 薫に向かって言いながら、両腕をオープンにして力なく振る黛。

「う、うん。夏休み初日、執事の仕事を変わってくれただろう? そのお礼だ」

 なるほど、お礼か。

 黛の方を見たのはあの日、武さんとのいざこざがあったからだろう。

 きっと、少しだけ言いづらかったんだろうな。

「そうか。なら遠慮なく頂くとしよう。な、進?」

「そうだな。薫の提案だ」

「……! ありがとう! さあボーリングをやろう! ドリルはどこだ?」

「だからそれは地層のやつな」

 

 午前はこんな調子で、ボーリングやカラオケなどをして楽しんだ。

 そして午後、俺達は、黛が服を買いたいと言い出したので、洋服店に来た。

「ふむ……」

 黛は、服を手に取り選んでいく。そして、試着はしないで、かごに放り込んでいく。

「おいおい、試着はいいのか?」

「ん? ああ、めんどいしデカかったら蜜柑にあげればいいしな。大きめを選んでるつもりだし」

 それよりも。

 カゴの中の色は、真っ黒である。

 黒がよっぽど好きなのだろう。

「お前、黒ばっかだな。いいのか?」

「ああ。なんも考えなくていいしな」

 黛は、かごを見ながら言った。

「全く、少しは服装に気を使え。若葉や中村様が悲しむぞ」

 薫は、黛に言った。

「どうして悲しむんだ」

「え? ああ、え? 雰囲気が暗いから……かな?」

 少しもじもじしながら、答える薫。

 きっと、薫も若葉が、黛に気があることに、気がついているんだろうな……。

 それに薫は、俺以上に若葉と仲良さそうだし。

「買ってくる」

「ああ! 待て! ほらこの白のパーカーはどうだ! 似合うと思うぞ!」

 レジに行く黛を、追う薫。

 俺は二人のやり取りを、遠くから見ていたが、どうやら白のパーカーは買うらしい。

 アイツらがバカやってる間に、俺もなんか見とくか。

 夏に向けて、オシャレな短パンが欲しいんだよなぁ。


 短パンを見ていると、黛と薫が帰って来た。

「ふむ。満足だ。待たせたな」

 黛は、そこそこな大きさの紙袋を、持っていた。

「進も何か買うのか?」

 薫は、俺に聞いてきた。

「ああ。短パンが欲しくてな」

「短パンなら、さっきあっちにあったぞ! ほらき……て……」

 薫は、どこかを見ながら、突然停止してしまった。

 何かを凝視しているようなので、俺もその先を見ると、見た事のある小さいシルエットと爽やかな男が、服を選んでいるのが見えた。

 あれは間違いない。

「わわわ、若葉が……おおおおお男とデートしてる!!! ねえ! なんでですか! ねえ!」

 薫はパニックである。

 俺の服の襟を掴んで、グイグイ揺さぶってくる。

「いや俺は知らねえ! 若葉は……だって……ほら」

 黛のことが、好きなはずだ。

 当の本人は、男の方をじっと見ていた。すると、

「これは尾行する価値ありだな」

 黛が少しこっちに寄ってきてから、そう言った。

「なっ」

 尾行。

 人生で、一度はやってみたいことランキング三十五位以内には入るだろう。

 その響きは、今のウキウキ執事を動かす原動力には、充分だった。

 というか……デジャブ?

「そうだな! さぁ進! 尾行をしよう!」

「まあ……俺も若葉が、何故男といるか気になるし……」

 やれやれ。

 だいたい、林間学校で俺ら以外の男友達いない、みたいなこと言ってなかったか?

 俺達は、服を選ぶふりをしながら、その若葉と男を監視し始めることになった。

 

 若葉は、ノースリーブの白ニットに黒スカート。

 普段より大人っぽいな。

 でも、緊張している面持ちはない。

 男の方は身長が、俺よりかは小さくて、薫よりかは大きかった。175センチ位か。

 服装は、白シャツに水色のボタンシャツにベージュの長ズボン。

 その男も、薫に負けず劣らずの細身だった。

 女に見えなくもない。


「なあ」

 俺は、隣で服を選ぶふりをする、薫に声をかけた。

 俺たちはバレないようにするために、服を選ぶふりをして、自然を装ってるのだ。

「お前は若葉が好きな人を知ってるのか?」

「む。知っているが、女の子のことだ。言えん」

 薫は、ぷいっと一つ結びにした黒い髪を揺らしながら、服に向き直ってしまった。

 いちいち女の子っぽいんだよなこいつ。

「黛」

「え? なんで知ってるんだ?」

「俺に相談……というか自然とバラされたというか……」

「そうか……若葉は僕が女の子っぽいから上手く話せると言っていたが、まさかお前とそんなに親しくなっているとは思わなかったぞ」

 つまり、俺にも薫にも、若葉は脈なしってわけだ。

「ちなみに、薫は好きなやつとかいるのか?」

「ええええええ! い、いないぞ! 多分」

 居ますねこれ。

「俺の知り合いだったりしない?」

「ちがう」

「なんか名前がフューチャーしてない?」

「ちがう」

「今までの全部嘘なの?」

「ちがう。あ、違わない違わない!」

 手をブンブンと振る執事くん。

「はいひかかった」

 まったく、主とは違って、なんて簡単なんだこいつは。

「くっ……とやかく言うな。お嬢様がいる限り、僕は恋愛をする気は無い。お嬢様の許可を得れば、別だけど」

 ……これではっきりした。

 やっぱり未来は、薫の気持ちをしっかり引けている。

 林間学校での出来事が、効果抜群だったのだろう。

 ただ、本人がこう言ってるし、一筋縄では行かなそうだ。

「おい、恋バナしてるとこ悪いけど、あいつら会計してるから、もうそろそろ移動だぞ」

 と言いながら、若葉たちを親指で、指差す黛。

 その先には袋を持って、店を出ようとする二人の姿があった。

「もちろんついて行くよなぁ?」

 と笑顔の黛。

「もちろんだ! 尾行だからな! さあ行くぞ!」

 と意気揚々と進む薫のあとを、ついて行く黛は、明らかに悪い笑顔を浮かべていた。


 外に出ると、男は何やら服屋で着替えたらしく、全身真っ黒に変身していた。

 黛と完全にかぶっている。

「むう。ネックレスなし。あんな着こなしもあるのか……」

 と関心を示す黛。

 いや、全身黒でそんな参考になることないだろ……。

「お前は自分の格好を見てから言えよ……レパートリーないから着こなしもクソもないぞ……というか薫も黛もボケるとツッコミが間に合わんからやめてくれ」

「僕はボケじゃないぞ。ツッコミだ」

 と俺に不満そうに言う薫。

 それがボケなんだよなあ……。

 薫は、すごい真剣な表情で尾行をしている。

 今更だが、この執事はお嬢様といないと世間知らずの天然みたいだ。

 黛や弥生が悪用しないといいが……。

 

 そのまま若葉と男に付いていくと、今度はショッピングモール内に入っていった。

 そのまま、奥の奥に進んでいく二人。

 突然だが諸君。

 俺、この前ここに来たことあるからわかる。

 不穏だ。

「なあ薫。マップでこの先、何があるか調べられるか?」

「ああ。任しておけ」

 尾行が楽しい薫くんは、ノリノリで入口にて貰ったマップを開く。

「……ランジェリーショップだ。は?」

 ……は?

 薫は自分で言いながら、自分に疑問を持つ。

 薫の顔が赤くなる。

「もう一回言え薫。これは命令だ」

 聞き間違いかもしれん。

「──っ……。ら、ランジェリーショップだ」

「黛、一回本気の腹パン頼む」

「おう。歯ぁ食いしばれや」

 黛は、ヤクザみたいな口調でそう言い放ったあと、ドスッとめっちゃ重い一撃が俺の腹に入る。

 死ぬほどいてぇ。

「ぐほっ、ちょ……本気過ぎませんか黛さーん……」

「もっと本気でやると多分ここの天井がお釈迦になるぞ。冗談だけど」

 忘れてた……そういや黛ってそこそこ力強かったっけ……。

 男にしてはちっこいから忘れていた。

「らららランジェリーショップってあれだよな……女の子の下着……」

 薫は、顔を真っ赤にして言っていた。

「ああ……若葉ってそんなに積極的だったか?」

「そんなわけはない! 控えめで内気なのが若葉だ」

 そう言いながら、顔を見合わせて確認する俺らに、

「というかいいのか?」

 と黛が言ったあと、すごい楽しそうな表情で続ける。

「もしあの男がとんでもない変態だったら。若葉にやばい下着を付けるかもしれんなぁ……」

「な! それだけは阻止しなければ! 行くぞ! 進!」

「おい! 薫、引っ張んなって! バレちゃうだろーが!」

 俺達は、ドタドタと二人のあとを、さらにつけて行った。


 ランジェリーショップの前に着く俺達。

 だが問題点が……。

「近くで動向を確認したいが……薫……これは……」

「死ぬほど入りにくいな……」

 そりゃそうだろう。

 女の子の下着である。

 正直、見ている俺らも、目を背けたくなる。

 薫がネット検索で、「ランジェリーショップ 男 入店」で調べていた。

「おい! ほらこの書き込み! 『彼氏とランジェリーショップ入ってくる女なんなの?』とか『ランジェリーショップを通り際にジロジロ見るデブキモイ』とか書いてあるぞ!」

「だろうな」

 俺は、両目を手で覆った。

 ダメだ。

 出てくるまで待つしかない。

 そう思ったとき、黛がこんなことを言い出した。

 それを言おうとする黛は、すごく悪い笑顔をしていた。

「な、なぁ……ぼく! すっごい面白い方法思いついちゃったんだけど!」

「なんだ! 言え! 若葉を救うためなんだ!」

 必死な薫。笑いを堪える黛。

「下にさぁ、服屋あるじゃん」

「うん」

 薫と俺は頷く。

「じゃん負け女装して入らね? ランジェリーショップ」

 

 ────じゃん負け女装して入らね? ランジェリーショップ。

 

 悪魔だ。

 凪黛。

 嗚呼。神様。

 頼りになる優しい黛を返してください。

「────っ」

 赤面して考え込む薫。

「いや薫さん。無理しなくても……」

 考え込む薫を、何とかして抑え込まないと……。

「これは尾行だ……」

「ああ。そうだぞ」

「変装するのは当たり前だ」

「そうだな? いや……そうなのか?」

「じょ……女装しかない……」

「なんでそうなるんだよおおおおおおおおおおおお!!!!」

 俺は静かに絶叫していた。

 下着屋にいる二人に、気がつかれないようにね。

 赤面しまくる薫をよそに、黛は笑いが止まっていなかった。

 男同士だけで揃うと、なんでこんなにも、雰囲気が変わるんだこいつらは。

 黛に関しては、弥生とちょっと雰囲気が似ているってのもありそうだけど。

 ちょっといたずら好きなところとか。

 

 まあ、黛は自分を対象に入れるだけ、まだ弥生よりかはマシだろう。

 まあジャンケンをした訳だが……こういうのは、一番嫌がってるやつが負けがちである。とどのつまり……。

「「おお……」」

 トイレに続く通路の端っこ。

 ショッピングモール内でも、あまりここを通る人はいない。

 そんな場所で、俺達二人は、感動していた。

 恥ずかしがる薫の女装に。

 細身で一つ結びだから、元々中性的に見えるのだが、スカートを履くだけで女の子に見える。

 ついでに、髪は下ろしていた。

 ショートボブより、少し長い程度。

 前髪も女の子みたいに、きれいに整えられている。

 ドキドキはさすがにしないが、女の子の可愛いの基準を、余裕で超えているだろう。

 そういえば。

 黛が、薫が着替えているうちに、何かを思いついたようで、下の店で何かを買ってきていたことを、俺は思い出した。

「なあ黛。お前何買ってきたんだ……?」

「ふっ。なあ蜜柑とこの黛が、オタクなのは知っているよな」

「嫌な予感がするな」

「まあ落ち着け、そして蜜柑はコスプレが好きだ。ちなみに、ぼくも少しだけしたことがある」

「なあ早くしてくれ黛。何を買ったんだ?」

 そう言いながら、いつもの表情に戻る薫。

「刮目してみよ! 下の衣装屋で見つけた偽乳だ!」

 この男……悪魔以上かもしれん。

 エンジンかけると止まらないタイプだ。

「なんだかもう慣れてきたな。これを詰めるんだな。おいしょ」

「なんで慣れてんだおまえは! すげえ似合ってるけどな!」

 自分で、偽乳を躊躇なくグイグイ詰める女装している薫。

 すげえ背徳感。

 おお……。

 おっぱいがあるぞ。

 執事薫に、おっぱいがあるぞ。

 いやー……この場に未来がいないのが悔やまれる。

 写真撮ってやろうかな。

「よ、よし。僕は女の子、僕は女の子。ふーっ……」

「よし。行け! ガンダム!」

 司令官よろしく、ノリノリな黛。

 俺はヤケになっていた。

 ああ、もうどうにでもなれだ。

 女の子になった薫は、ランジェリーショップに足を踏み入れる。

「ぷ、ふふふ……」

 隣の悪魔は、もう笑いが止まらないようだった。

「マジで、あれが俺だったらって思うとゾッとするな」

「ふふっ……ああ、そうだな、蜜柑でもかなり大きいと感じるのに、お前の身長だとかなりの大女だしな」

「お前はどうなんだ? 割と行けるだろ? 女装」

「蜜柑と若葉に、この前やらされた」

「えっ」

「女ってさ。夢中になるとすごい力強いよな」

「えっ」

 黛は、珍しく顔面蒼白になっていた。

 何したんだあの女たち。

「ということだ。ぼくにはもう羞恥心がないからとてもつまらない。恥ずかしがるあいつがやる必要性があるんだ」

 熱弁する黛。

「あっ」

 薫に、女性店員が近づいてくる。

「やばくね? バレたんじゃねえか?」

 次の瞬間、なんと薫は、女性店員に下着を渡され、試着室に通された。

 そして次の瞬間、店員によって試着室のカーテンが閉められた。

「────終わった」

 絶望である。

「あはは!」

 嘲笑う黛。

 薫。

 お疲れ。

 と思った次の瞬間。

 若葉といた男が、隣の試着室に通された。

「えええええええええええ!!!!」

 俺は愕然とした。

 当たり前だろう。

 ランジェリーショップの試着室に、男が二人も同時に通されるという、なんとも衝撃的な瞬間を目撃したのだ。

 あっけに取られていると、若葉と一緒にいる男が出てきた。

 そいつはまた着替えをしていた……女の服装に。

「えええええ!!! ってあれ?」

 ……どっかで見たことあるシルエット。

 あれは間違いなく。

 中村蜜柑である。

「なんでじゃああぁぁぁあぁぁぁ!!!!!」

 ついに絶叫してしまった。

 黛はもう抱腹絶倒。

 そして若葉と蜜柑がこっちを見て、騒ぎを聞いた薫も、試着室から出てくる。

 薫は女性用下着を持っている。

「あれ? 進さんと……黛さん?」 

「なななななんで黛がこんな店の前にいるの……なんで……」

 蜜柑は冷静。

 若葉は、真っ赤になって動揺していた。

 ……そして、薫に気がつく。

 女性用下着を持っている薫に。

 二人は少し考えていたが、薫に、若葉が恐る恐る口を開いた。

「薫……なの?」

 若葉は、薫に言った。

「───尾行、失敗…」

 薫は、女性下着を握りしめながら、ペタンと座り込んでしまった。


「いやー悪い悪い。気がついてなかったからつい遊んでしまった」

「あはは、久々に悪魔な黛さんの話聞けて嬉しいかもです、私」

 楽しく談義する黛と蜜柑。

 俺たちは、女装姿の薫を引っ張り、下の階のカフェで二人への誤解を解くために、これまでの経緯を蜜柑と若葉に話した。

「つまり黛は、最初から蜜柑って知ってた上で行動してたのかよ!」

「ああ。久々にいたずらしたくなってな」

 爽やかに笑いながら答える黛。

「ほんと、大変でしたよ全く……」

 と言いながら、疲れ切っている女装した薫。

「というかほんとに似合うね。化粧無しなんでしょ? 女の子にしか見えないもん」

「う、うん。あ、ありがとう? なのか?」

 薫をまじまじと見る若葉。

「と、というか、私が男の人と歩いてるーってだけで騒ぎすぎ」

 ぷくーと不満げに膨れる若葉。

「だってこの前、俺ら以外の男友達いねえって言ってたじゃねえか。お前あんまりずかずか行くタイプじゃねえし」

 俺は若葉に言った。

「……確かにそうだけど……」

「まあまあ、ふざけちゃったのは謝るけどさ、蜜柑って確証得るまでは本気で心配だったんだぞ? 若葉がわるーい、いけなーい交際とかしてたらショックだし」

 肘を付きながら優しく微笑み、若葉に伝える黛。

 お兄さんモードだ。

 これは……。

「あ、うん。……あ、ありがと」

 顔を真っ赤にする若葉。

 ストライクだ。

「……そのギャップがずるいもん……」

 若葉はその後、小声で言った。

 対面の俺は、若葉の発言に気が付いていたが、黛は気がついていなかった。

 そうか、いたずらっ子と優しさのギャップ萌えか。

 ……ギャップか。

 弥生もそんな感じだったな。

 あれがストライクな男は、大勢いるであろう。

「それで、どうして中村様は男装されて、若葉とデートしていたのですか?」

 と薫が蜜柑に尋ねた。

「それはですねー黛さんとの予行練習なん」 

「わ!!!! 言わないで!!」

 若葉が、腕をバタバタさせて遮った。

 蜜柑はしーっと静かにさせながら、若葉の頭を撫でる。

 もしかして。

「なあ、蜜柑。途中真っ黒になったのはもしかして……?」

「ふふ。そうです。お察しの通りかと」

 黛のように、肘をつき優しく微笑んで、ウインクして答える蜜柑。

 これは意図的に黛の真似をしている……。

 なるほど……つまり……黛の格好を意識したと考えていいだろう。

 となると、ここにいる薫、蜜柑、俺は若葉の恋愛事情を知っているってことだ。

 やることは……ひとつだな。

 俺は、薫と蜜柑と、目を合わせた。

「あー! そういえば! 私、また新しい男装衣装作らないと、今度の演劇部の舞台が大変なことになるんでした! 買いに行かないと!」

「中村様! 僕が荷物持ちになります! あと少しだけ女装に興味わいちゃいました!」

「俺も俺も! って女装はしないぞ!」

「さあ行きましょう! 薫さん進さん! お二人はごゆっくり!」

 五千円札をぽんと置いて、立ち上がる蜜柑。

 俺も、五百円玉を机に置く。

 薫は千円札を、机の上に置いた。

 そして、蜜柑のあとを、俺と薫は追いかけた。

 カフェから出る間際振り返ると、キョトンとしている黛と、若葉の顔を真っ赤ににした表情が見えた。

 そして俺は、若葉にグットサインをした。

 若葉は気がついたようで、めっちゃ頷きまくっていた。

 そして、二人はちゃんとミサンガを腕につけていた。

 白と黒の。

 頑張れよ若葉。

 そして前を向くと、笑っている蜜柑の顔は少し霞んでいたような、そんな気がした。 

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