第4話 嫉妬
時間は進み、林間学校の日がやってきた。
俺は、一人で学校に向かうと、クラスごとの列ができていた。
二年五組を探していると後から、おはよーさんと声をかけられた。この胡散臭い低音ボイスは……黛だな。
「よう黛」
「どうも。進はちゃんと寝れたか〜?」
「まあな、八時間しっかり寝たぜ」
「よかったよかった。お前は調子良さそうだな。それとな、あんまし大きい声で言えないんだが……」
黛は背伸びをして耳打ちをしようとしてきたので、俺は少しだけ屈んだ。
「薫の表情に少しでも変なとこがあったり、違和感があったらぼくに言え」
それだけ言うと、黛は手を振りながら、自分のクラスへスタスタと戻っていってしまった。
すると黛からすぐに連絡があり「目は口ほどに物を言うとだけ言っておく」と書いてあった。
なんだこれ?
黛に言われたことなので、バスに乗り込むや否や、薫やみんなに挨拶をする。
一番後ろの席に、弥生、俺、薫、未来の順番で座る。
薫の表情をおはよう、と挨拶を交わしながら見るが、違和感はなかった。
出発後弥生に許可を取り、薫はすぐに寝てしまった。すごい綺麗な寝顔してやがるなこいつ。女って言われても信じるぞ俺。
男である俺が、綺麗と思う程なので、未来は完全に釘付けである。
そして携帯を出したり閉まったりしながら、弥生の方をチラチラ見ている。
こいつ、弥生の許可が取れたら、寝顔を激写するつもりだな。
案の定、弥生はとても慎重に薫が寝ているのかどうかを、とても慎重に確認し、その後、清々しい程楽しそうな笑顔でグッと親指を立てた。どこまでもこの女、愉快である。
──カシャ。
嗚呼、薫の寝顔の価値が下がった。と思ったのもつかの間、なんと寝ている薫は未来の肩に寄りかかった。
未来か叫びそうなのを咄嗟に抑える俺。
世界でおそらく一番間抜けな顔をする未来。
涙を流すほどに笑いを堪える弥生。
そのまま、未来は幸せの絶頂に居続けたまま、林間学校の宿泊施設に到着したのだった。
やれやれ。
到着するとそこは山奥のリゾートである。
校長の人脈で山奥のホテルを格安で貸し切ることが出来る限り、うちではこうやって夏前にこうやってでかいイベントが出来るらしい。
場所がかなり遠いので、もうすっかり昼である。
備え付けのバーベキュー場で昼飯だ。
飯盒もあったので米を炊くことにした俺達は、飯盒係を若葉ちゃんと薫に任せて、野菜や、肉を切っていく。
未来と弥生は大苦戦していたが、黛と蜜柑はトントンと切り進めていく。
俺は最初、慣れていなかったが、黛の真似をしているうちにそこそこできるようになった。
その成長速度に弥生が感心したのか、
「これもよろしくね、ああ! 料理上手な男の子ってなんてステキなの!」
とわざとらしく、両指を胸の前で絡めて、わざとらしく押し付けてきやがった。「こいつ……」と思いながらも、でも俺の特技といえば器用しか思いつかないから、悪い気はせずに押し付けられた分も切る。
切り終えたところで、飯盒係を見ると薫と若葉ちゃんが隣に座って、火の番をしていた。
薫はそれをしながら、うたた寝をしているようで、体操座りのまま眠ってしまっていた。
若葉ちゃんは、つんつんと薫のほっぺをつつく。
可愛すぎるな。
なんだあれは。
頼りになるお兄ちゃんが寝てしまって、構ってくれない妹みたいになっている。
若葉がお腹をこちょこちょすると薫が飛び起きた。
尋常ではない速度で。
例えるなら、背後にきゅうりを置かれた猫が、びっくりする感じだ。
若葉ちゃんに、俺もこちょこちょされてえよ。
ふと、そんな二人を見ている弥生を見ると、少し顔が青ざめているようなそんな気がした。
薫は少しフラフラしているように見えたが、大事では無さそうだった。
俺が大丈夫か、と近くにいる青ざめている弥生に声をかけると、驚いたようしていた。
「え? ああ、うん平気よ。さ、お肉を焼くわよ。火が怖いからあなたがやりなさい」
と仕切り始めた。
俺はなんも読み取れなかったが、黛はそれから弥生と薫の様子を交互に確認していたようだった。
バーベキューが終わり、俺たちの班は旅館に向かった。今日は自由行動らしいので、各自お土産とかを買うらしい。
旅館の中には、たくさんの店がある。
明日は朝から牧場に行って、そのあと自由行動、その後キャンプファイヤーでフォークダンスを踊ったりしたあと、もう一泊して午前に帰宅という、もはや修学旅行のような感じだった。
部屋は結構大きく、二つの間に分かれていた。
本来なら、クラスの半分より少ないくらいの人数なら、ここに眠れそうなぐらいの大きさだ。
班の部屋では珍しく薫VS黛ではなく、黛VS弥生の将棋対戦が行われており、その他の面子は若葉ちゃんと薫がいた。
ここでみんなと二泊。胸が踊る。
俺は、土産を両親に買いたかったので見に行くことにした。すると若葉ちゃんが付いてきてくれた。
「どうして付いてきたんだ?」
お土産を見ながら、若葉ちゃんに素朴な疑問をぶつける。
「進以外に男の子で……何も意識しないで話せる子、薫ぐらいしか居ないから……その薫も女の子っぽいし……」
「うっ、そうか」
「どうかしたの。お腹痛いの?」
「まあ、お腹痛いっちゃ痛いな」
改めて、俺は若葉ちゃんに男として意識されてないことが判明。
つまり、仲良くなる分にはいいってことだ。
胃も痛くなる。
ふと俺は、さっき黛と若葉が、仲良く旅館の中にある店で、パフェを食べていたことを思い出した。
「黛とはどうだ? パフェ美味しかったか?」
「パフェ、一生懸命食べてた……かわいかった……」
いや、若葉ちゃんの方が可愛いですよーだ。
若葉ちゃんは、えへへ……とふにゃっとした笑顔でいると、突然表情が変わり、思い出したように。
「あと薫のこと、やっぱ心配してた気がする」
「え? どうして?」
「気が付かなかったの? 薫、目が赤かった。あれは熱がかなりあるサインのはず」
そうなのか。確かに結構うたた寝をしてたりそんな雰囲気はある。
「でも寝不足の可能性も……」
「ない。少しだけど目やにがあった。薫がこれに気が付かないわけもないし、恐らく、これも風邪のサイン」
……そうなのか。確かに顔を洗わないというのも、薫には無さそうだし。
というか若葉ちゃん、黛と同じレベルで頭が切れるし、洞察力あるぞ。
「なんか、凄いな。黛も気がついてそうだったぞ。朝少しでも表情に曇があったら、ぼくに言えって言ってたし……」
そこで俺は静止した。
もしかして、『目は口ほどに物を言う』って、そういうことか? 目やにとか、目の充血の気をつけろってことか!
あいつめんどくさっ。普通に言えよな。
「とにかく、少しでも無理させないようにはしないとな。ただ、まだ薫本人が表に出したがっていないわけだし、違う可能性もあるし、そのことをあんまりほかの奴らに言わないようにしよっか」
若葉ちゃんはこくこくと頷き、プレゼント選びに戻る。
「ねえ、男の子もペアルックって意識する?」
む、若葉ちゃんペアルックに興味があるのか。
確かにあれはカップルの理想の姿と言える。好き同士の男女がそうなるのは必然であろう。
「意識するかなぁ……。同じものを持ってるんだからな」
若葉ちゃんは少し赤らみ、ミサンガコーナーを見に行った。
なるほど、お揃いのミサンガか。
「ねえ、男の子って何色が好きかな」
「そうだな……黒かな。あいつ服も黒多いしな。黛はとにかく黒のイメージだ」
「そっか……」
黙々とミサンガと対話する若葉ちゃん。
すると、顔を赤らめて、こっちを驚いた表情で向いてきた。
「ななななんで黛のことってわかったの……なんで……」
「えっ」
もしかして俺が気がついてたことに、気がついてなかったの、この子。
さっきはあんなに洞察力の塊だったのに。
「ほら、ナイトウォークの時、手伝ってって。あれ、黛のことかなーって。というかめっちゃ好きになった理由とか話してただろ!」
「……むむむ……」
下を向いて膨らんでいる。可愛い。
「ほら、とにかく悪いことにはしないからさ、応援してやるから、選ぼうぜ」
「だれにもいわない?」
「うん」
「なら、これとこれどっちがいい?」
若葉ちゃんの両手には、黒と黒のペアと黒と白のペアが握られていた。
「うーん。なんとなくコントラストがいい黒白ペアかな。若葉ちゃん白似合うし」
「そっか……うん」
その後まじまじとミサンガを見つめ、「買ってくる待ってて」と言いレジに飛んでいってしまった。
ミサンガを買えてご満悦な若葉ちゃん。
黛に渡すのかな。やっぱ。
「なあ、それ黛に渡すのか?」
「む。別に黛に渡すとは言ってな……」
「さすがに誤魔化せないぞ」
「むむむ……そう」
「ちゃんと渡せるのか? キョドったりしないだろうな?」
「大丈夫だよ! 多分、きっと。probably」
何故、英語が出たのかわからないが、俺はこのあとの予定を確認するために、林間学校のしおりを確認する。
最後のイベントは、二日目の夜のキャンプファイヤーか。
そこで黛に渡せたりしないだろうか。
「キャンプファイヤー、黛となんとか約束を取り付けて、そこで渡すってのはどうだ?」
「おぉ……それいい……天才……」
すぐに目をキラキラさせる。こういう所までちゃーんと乙女だ。
「多分あいつのことだから、相手はいないと思うんだ」
「なんで、黛人気あるけど……」
「あいつの事だ。部屋でなんもせずに将棋をしてるかゲームしてるか、ラノベか漫画読んでるに決まっている。それに、蜜柑がいつも、黛のそばにいるおかげで、勘違いされてて、誘われることもあんまりないらしいしな。誘えるのは部屋の連中だけだ。なら一番に誘えばいい。だろ?」
「そっか……」
考え込んでしまう若葉ちゃん。
そして少し考えてから、ぼそぼそと若葉は言った。
「でも、蜜柑ちゃんも踊りたいと思う……黛と……」
「うーむ」
確かに。本人の口から聞いたことは無いが、黛への蜜柑の態度は、好き好きオーラが溢れている。
若葉を応援しているとは聞いているが……確かに若葉の考えもわかる。
「でもどうするんだ。直接蜜柑に聞くのか?」
「……いい方法がある……ちょっと食堂行くからついてきて」
俺はなんで食堂? と思ったが、すぐに理由は判明した。
若葉ちゃんと部屋に戻ると、点呼の時間ともあり、全員揃っていた。
すると、若葉ちゃんが前に出て、
「今から! キャンプファイヤーで踊るペアを決めます……」
と食堂で貰ってきた割り箸を掲げる。
どうやら運に任せれば、誰も傷つかないと思ったのだろう。
馬鹿みたいにでかい声で話してる、食堂のおばちゃんに割り箸四膳下さいと言うのは大変だった。
誰も異議を申し立てることは無く……まあ実際には未来は……なんか「薫くん薫くん薫くん……」と呪いのように言っていた気がするが、ともかく、くじの結果は、黛と蜜柑。俺と弥生。薫と未来。そしてなんと若葉ちゃんが余ってしまった。
愕然とする若葉ちゃん。
すると蜜柑が、
「実は私、クラスの女の子と踊る約束をしてるから、良ければ若葉ちゃんどうぞ」
と黛の同じ色の割り箸を渡す。
「いいの……! やった!」
蜜柑に抱きつく若葉ちゃん。俺は蜜柑の隣にいたから気がついたが、「ありがとう」と小声で言っていた。
一方、蜜柑はそっかそっかと子供をあやす様に若葉ちゃんを抱きしめていた。
ただ、一瞬、ハッと何かに気が付いたような表情をしていたような気がした。
臨んだ通り、薫と踊れることになった未来は、幸せの絶頂だった。
顔に幸福って描いてやろうかな。
少し経った後、部屋の端っこに弥生がいた。
俺はというと、弥生がなにかよからぬ事を考えているような気がしたので、
「何考えてんだよ」
と先手を打った。
「いやね。私がすっぽかしたら、あなたはだーれも相手がいない悲しい男になるなーと思っただけよ」
「悪魔! ってかお前も相手いないだろそしたら!」
「男なんて、下から覗き込んで手を握って、踊ってくれないかしらって言いながら、ウィンクすれば落ちるでしょ」
「お前は男を単細胞生物と勘違いしてるな」
「あなたは含まれるけどねきっと。単細胞生物に」
「俺は落ちないぞ」
「ほんとかしら」
と言うと手をすぐさま恋人繋ぎで握ってきて、急接近してきやがった。
お互いの呼吸がわかるくらい近づき、少し静止した後すぐに離れた。
やべぇ、超可愛いしなんかいい匂いしたぞこいつ……。
ドキドキしているのを必死で隠そうとしているのを見て、弥生は笑いを堪えまくっていた。
お前のせいだこら、と思いながらも、何だか少し弥生の顔も赤い気がした。
そして、その後ろにいる薫の表情に曇りがあるように感じた。
それは俺と弥生の行為に対してなのか、若葉ちゃんと黛の言ってた通り、もしかして調子が悪いからなのかわからなかった。
そして風呂の時間になる。
なんと、各部屋に小さいが、男湯と女湯が完備されている。
すごい。
男湯に入るのは、もちろん俺、黛、薫の三人。
入る直前に弥生に、
「見たかったら見てもいいわよ」
と挑発的に言われた。
「興味無いな」
「ほんとかしら? どうやら大きな声ならそっちに聞こえるみたいよ、私たちの声。キャッキャウフフしてる所、我慢できるかしら? 喘いじゃうかもね……?」
「……」
さすがにここまで意識させられると、赤面のひとつでもしてしまうものだ。
弥生と話していると、何やら殺気のようなものを背後から感じた。
恐る恐る見るとそれは、目と顔が死んでいて、鬼の形相をした薫だった。
元々、目は死んでる気がするけど。
「お嬢様に手を出したら、殺す」
「殺さないで! お願いだから! やめて!」
「じゃ、あとはよろしくね薫」
「かしこまりました」と薫は言うと、弥生はご満悦のようで、笑顔で女湯の暖簾をくぐって行った。
薫は服も脱がずに、俺を監視していた。
ビビりながら、俺は大浴場に入場。
黛はというと、温泉のど真ん中で頭にタオルを置き、目を瞑って、完全にリラックスしたふにゃふにゃした表情になっていた。
なんとなく、若葉ちゃんと黛は似てる気がした。
物言いとかは違うが、根の方の性格の部分とか、リラックスする所はしっかりリラックスするとか、似ている気がする。
俺が体を洗っていると、薫がまだ服を脱がずにいることに気がついた。
「おーい。薫入らないのか?」
「進を監視しなくちゃいけないからな。うん」
何だか、いつもより少し恥ずかしがっているような気がする。
少しもじもじしているし。もしかして、
「俺らの体に興奮してるってこと? まさか……BL?」
「ち、違う。なんでそうなるんだ!」
「だったらなんで恥ずかしがってんだ」
「だって、こういうのやったことないぞ……誰かと風呂とか……」
なるほど。確かにあのお嬢様の執事だ。銭湯とか行ったこともなさそうだしな。
ふと、BLにめっちゃ反応した薫を思い出し、かなり性格の悪い作戦を思いついてしまった。
許せ。薫。お前も銭湯に入る権利があるはずだ。
「おーい、弥生〜聞こえてるか〜」
俺は、弥生に声が届くことを教えて貰っていたことを思い出した。
まさか、このために声が届くことを伝えたんじゃないだろうな。
まあ、考えすぎだろう。
「聞こえてるわ。何か用? こっちは若葉ちゃんがなんとなんと、隠れ巨乳って話題になっ……ふがふが」
「──っ! よいちゃんのばか!」
若葉ちゃん隠れ巨乳なのか。
ああ。神よ。
ありがとう。
いや、そうじゃなくてだな。
「薫ってBLなのかー?」
これだ。
基本、面白くなりそうな展開に持ち込めば、弥生は乗っかるはず……。
「ふふっ。そうね。BLではないけど、慣れていなくて、多分服も脱げてないんじゃないかしら、どう? 薫」
「えええええええ? なんでわかったんですかお嬢様!」
「なにが? あなたがBLだったってこと?」
「ちがああああああああああぁぁぁう!」
こいつらおもしろ。
さすが弥生。
自分の執事にも容赦なしだ。
「ふふ、嘘よ。大丈夫。着替えのちょっと先に行っちゃった! みたいなものよ。安心なさい。あなたの体は大丈夫だから」
急に声色が優しくなりやがった。
薫を見るとお腹を抑えていた。
弥生の攻撃に腹を下したのか?
すると薫は、更衣室に戻り、鬼の速さで服を脱ぎ、体の前を、タオルで隠した薫がまた風呂場に入ってきた。
なんとなく、胸は見ちゃいけない気がした。一瞬だけ。そう思った。
そして、
「失礼する!」
馬鹿でかい声で、湯船に入ろうとする薫を、
「超絶美形中性的美少年といえど、銭湯のマナーを守れー。先に体を洗えー」
とここに来て初めて、黛が口を開き、薫を止めた。
抗議のように拳を突き上げているが、その突き上げる速度はゆったりだ。
風呂に顎まで浸かり切っている。
カエルみたいになっている。
薫の顔を見ると、なんとなく、顔が赤すぎる気がした。
なんだかんだで、俺達は、談笑しながら湯船に浸かるのであった。
風呂から上がると、未来が涙を流しながら、「薫くんが……BL……薫くんが……BL……」と唸っていた。
そんなにショックなのか……。というか薫、しっかり否定してただろーが。
蜜柑は、ご飯を食べるための机の準備をしていた。
世話しねえなこいつは。
黛は、完全にリラックスモード。
一人で布団を敷いて、携帯でTwitterを見ている。
隠れ巨乳らしい若葉ちゃんは、そんな黛を気にしていた。
しばらくして、若葉に気がついた黛は、どうしたーと若葉に声をかけた。
「黛って胸おっきいのと……ちちち、ちっちゃいのどっちが好き……?」
赤面して尋ねる。
今にも火がでそうだ。頑張れ! 隠れ巨乳若葉ちゃん!
「んー。おっきいのかな」
「──っ」
携帯から目を離さず、そっけなく答える黛!
若葉ちゃん逃走! 顔は真っ赤だった。
良かったね。
うん。
夕食は和食だった。
和食料理が得意らしい黛は興味津々だった。
何枚も写真に収めて、お品書きと睨めっこをしていた。
そして、ついにお休みタイムだ。
班によって襖で班が別れたり、別れなかったりするらしい。
学校の秩序的に大丈夫なのだろうか……男女一緒で……。
薫の圧倒的男女別運動があったものの、弥生の「女子の方が多いから大丈夫よ」という意見で、まとめてひとつの部屋で寝ることになった。
女子からは反対意見が多いかと思ったが、まあ意中の男も多いということで反対意見はなかったのだろう。
まあ消灯するのはいいものの、両隣にはなんと学園のお嬢様、小鳥居弥生とレディプリンス中村蜜柑。
どっち見ても寝顔があるが、すぐに寝てしまい、そんなに女としては見ていない、蜜柑の方を向いて寝る。
蜜柑は、演劇で男性役を演じることが多いらしく、俺自身も何となく女として見ることが出来ないところがあるので、蜜柑とはドキドキせずいられた。
蜜柑と未来と薫はすぐに寝たらしい。
あんだけ騒いでた薫がすごく早く寝たのは驚きだった。
そのあと黛の隣で寝てる若葉ちゃんが、睡魔に負け就寝。
どうやら黛の寝顔を拝みたかったらしい。
そして黛は、寝たのか起きているのかわからなかった。
目を閉じている気がするが、向こうをむいているし、キャンプの時も超人的な睡眠時間の短さを、俺は知っている。
というのも、未来が最後にトイレに行ったのが二時で、その時に黛は川沿いの岩に座っていたようで、しっかり起きていたのに、また五時にトイレに行った未来は黛が川で顔を洗っているのを見たらしい。もしかすると、ただ寝つきが悪いだけかもしれないけど。
まあ、そんなにトイレに行く未来もなんなんだとは思うが、まあ女の子には色々あるのだろうな。
そんな感じで、俺と弥生だけが起きてるようだった。
「ねえ」
弥生が囁く。さすがに大きな声で周りを起こすのにはこのお嬢様にも、後ろめたさがあるっぽい。
弥生は、少し体制を起こしていた。
俺は弥生の方を少しだけ向いて、同じくらいの声量で続ける。
「なんだよ」
「あなたって、まあ居ないだろうけど彼女って……いるの?」
「いない前提で聞くな」
うら、と弥生に軽くデコピン。
「痛い。やっぱり居ないのね」
弥生はちょっとだけ、おでこをさする。
「まあな、お前は? 薫と付き合う気とかないのか?」
「うん。まあ……」
弥生は、隣にいる薫の髪を撫でる。
ついでに、おでこに手を当てていた。
その表情と仕草は、優しいお母さんみたいだった。
「この子は、息子みたいなものよ。あなたもだけど」
「俺もか。黛は?」
「黛は別。自力で乗り越えてきた修羅場の数が私より多いの。薫も修羅場多かったけど……他人の力に頼ってるところがあるからね。なんというか、黛には余裕があるの。大人っぽいっていうか」
黛の、いや黛と蜜柑の過去。
黛は蜜柑を元気づけるために、色々したと言っていたし、両親がなくなってからすぐに立ち直り、家の事や学校のことをしながら、蜜柑の精神回復に尽くしていた……と思うと、黛の精神の強さがわかる。
「俺も、黛とお前にだけは勝てる気がしないな」
「あら? 嬉しいわ。そのまま犬っころみたいに、私に敷かれてればいいのよ」
「絶対に嫌だけどな」
「じゃあ……」
「すごーい近くに……隣にいるのは?」
また急接近してきやがった。今度は俺の胸のあたりから上目遣いで見つめてくる。
まるで、微笑むために生まれてきたような美しさ。
……ドキドキせざるを得なかった。
「なーんてね」
「ったく、なんだよ」
俺は、赤面しているのをバレないように、布団に顔を隠しながら言う。
「とにかく早く寝ないとね。体調崩すとまずいし」
「そうだな……」
おやすみ。
その弥生の一言でスイッチが切れたのか、急に睡魔が襲いかかってきた。
起きると黛と若葉ちゃん、薫の姿がなかった。
そしてなんか重かった。と起き上がろうとすると、
「おはよう。あなた、寝起きはいいのね」
……寝て起きたら、腹の上に馬乗りになってる女の子がいた。俺の口に細くて綺麗な指を当てられている。
「だああああ!」
弥生だった。相変わらずのポーカーフェイス。
俺は弥生を押し放し、距離を取る。
「おっと、なによ起こしてあげたのに」
「それはだめだろ、刺激が強すぎる!」
「いいじゃない、あなたと一夜を共にしたんだから」
「勘違いを誘発するようなことを言うんじゃな……」
殺意。
視線を殺意の先に送ると、着替えを済ませた薫がいた。
「わかっているだろうな」
「ちょっと待ておい考え直せ! うわあああああああ!!」
問答無用! とドロップキックを受け、布団の上にぶっ飛ばされる。痛い。
「いてて、待てっていったじゃん」
「お嬢様に手を出すなと言ったじゃないか」
……理不尽だ。というか薫のテンションが、昨日からおかしい。
普段は、もう少しクールなような気がするが、やたらとテンションが高い気がする。
俺は、なんとか立ち直り、若葉ちゃんと黛の所在を確認する。
「弥生。若葉ちゃんと黛は?」
「二人はシャワーを浴びて……もちろん別々によ?」
「わかってるっつーの」
「ふふふ。それで、若葉ちゃんが散歩したいって言って、今ごろ、二人は外を歩いてるんじゃないかしら。黛のことだし、新鮮な空気を吸わないといけないはずだから……」
マジか。積極的だな若葉ちゃん。
「というか……未来と蜜柑って寝相悪いんだな」
未来は一回転しているし、蜜柑に至っては、薫の布団の位置にいる。
「朝起きたら中村様のお顔が目の前にあって、死ぬほどびっくりしたぞ……」
「お疲れ」
薫は、やれやれとお茶を入れながらボヤく。
手を額に当てて、あちゃーみたいな仕草をしていた。
ちょっとだけ赤面している。まあ中村も美人だし仕方ないか。
「とりあえず、もう少ししたら、この子達を起こしてあげて。朝ごはんが来るから、食べたら牧場に行って、午後はまた自由行動。係の人はキャンプファイヤーの設営があるから。よろしくね薫」
弥生は、薫にそう言った。
それから、少しして、薫は優しく蜜柑を起こしたあと、未来を起こした。
まあ、予想はできると思うけど。
蜜柑はまあ普通に起きるとしても、未来に関しては、飛び起きるとかそういうレベルじゃない。
寝て起きて、目の前に薫がいたら、永眠するレベルだろう。未来にとっては。
案の定「顔見ないで!」と叫び、女湯に駆け込んで行った。もう手遅れだぞ。未来。
見渡す限り、緑。
草原である。
俺達は牧場に来た。
動物が沢山いる。
アルパカに馬、牛に羊にヤギ。
「アルパカさん……待ってて……」
と若葉ちゃんがアルパカ向かって一直線。
楽しそうに後を追う弥生。
若葉ちゃんは白のワンピースで、弥生は真っ黒いワンピースだった。
コントラストがすごい。
黛と未来は、羊さんに夢中だった。
「これがジンギスカンの真の姿かぁ……」とかものすごい笑顔で未来は言ってたので、こいつは多分、食べることしか考えていない。
夢中になるにも、なり方というものがあるだろう。
羊さんビビってるし。未来の隣にいる、黛の服装が真っ黒のせいで、よりびっくりされてるかもしれない。
かくいう俺は、動物が苦手なので、牛乳アイスクリームでも買って食おうかなと思っていると、蜜柑と薫が付いてきた。
「お前ら動物ダメなのか?」
「そうなんですよー動物苦手仲間いて良かったですー」
と蜜柑は言う。
身長はでかいが、しっかり女の子している。
こう見ると一番女子高生してるのは、蜜柑なのかもしれない。
「薫はいいのか?」
「あ、ああ、お嬢様から、休暇を、頂いてな、気まぐれで、週一で休みに、なるんだ」
何故か、薫はゆっくりと答えた。
週一で、それも気まぐれで休みとか、どんなブラック企業だ。
「そうかーじゃあ今度休みになったらよ、どっか男だけで遊びに行かねえか? なかなかねえだろ、そういうの」
「そう、だな、是非、付いて行きたい……な……」
『ドサッ』
沈黙。
この広い草原の上で、薫が倒れた。
「おい! 大丈夫か?」
意識はあった。
俺は、すぐに薫をおんぶする。
こいつのガタイが良くなくてよかったぜ。
男にしてはかなり軽い。
俺は、黛との出発前の会話を思い出した。
『薫の表情に少しでも曇りがあったり、違和感があったらぼくに言え』
やっぱり、あいつの言う通りだったんだ。
運びながら考える。
「とりあえず、班長の黛と、弥生には連絡しないとダメだな。蜜柑頼めるか?」
かしこまりました! と元気よく返事をすると電話をかけようとしていた。
旅館の近くだとあまり電波は届かないが、ここは届く。
ふと俺は、蜜柑が昨日若葉ちゃんに、黛とのフォークダンスを譲ったことを思い出した。
……若葉はすごく嬉しそうだった。
プレゼントも一生懸命選んでた。
朝、黛に合わせて頑張って起きて、二人きりで散歩もしていた。
……ここで黛に連絡したらどうなる?
あいつは、自分の事を気にせず看病するだろう。
俺だったらそうするし、黛でもきっとそうするだろう。
俺と黛は似ているからな。
気がつくと、俺は蜜柑の腕を握り、電話をするのを制止していた。
「電話をかけるのは……弥生だけにしてくれ。頼む。黛はきっと、薫の看病をこれからのイベントをすっぽかしてでもするはずだ。そしたら若葉の頑張りが……無駄になっちまう……若葉の頑張りを……無駄にしたくない……お前ならわかってくれるはずだ」
……蜜柑は少し沈黙して、考えていた。
若葉にフォークダンスを譲ったのはこいつだ。
わかってくれ……。
「分かりました。若葉ちゃんすごい頑張ってましたもんね。それでは弥生さんに連絡を……」
「私ならここにいるわ」
意外や意外。
弥生は、いつの間にか俺たちの後ろにいた。
「とにかく、旅館の保健所に連れていくわ、連絡はしてある。それと絶対に、若葉ちゃんと黛には伝えないように」
さあ、行くわよ、と先陣を切る。
なんだよ。
ちゃんと薫のお嬢様してんじゃん。
俺らは、薫に負担がかからないようにゆっくり運んだ。
保健所につくと、俺は自然と体が動き、薫の汗をハンカチで拭っていた。
「……この子、こういうのは初めてだから……蜜柑はある程度、知ってるだろうけど、薫には事情があってね。中学の頃は学校にはあんまり行ってないの……」
事情。あんまり深く聞かない方が良さそうだ。
「こんなことになるなんて……かわいそうです……せっかくの林間学校なのに……思い出……なのに……」
蜜柑は、泣きそうになりながら言った。
今思うと、バスですぐに寝たのも、昨日すぐ寝たのも、やたらテンションが高かったのも、風邪の影響なのかもしれない。
でも、こいつは……。
「楽しそうだったよな。こいつ」
えっ、と弥生に言われながらも続ける。
「俺はこいつと会ってから、まだ少ししか経ってねえけどよ、最初見た時はなんとなく怖かった。ロボットみたいで」
そう。怖かった。
初めて会った日。
弥生に対するこいつの態度は、執事そのものだった。
だが、目が光ってなかった。
今も光っているわけじゃない。
弥生が言う事情は、多分この光らない目に関係している。
ただ、今はそんなことどうでもいい。
こいつは、ゴールデンウィークのキャンプの時も、昨日の風呂も、寝る前の騒がしさや、俺に対するあの殺意。
どれもこれも、なんだかんだめちゃくちゃ楽しそうだった。
でも、やっぱり、目は光ってない。
それでも薫を見ると、なんだか心がぽかぽかする。
なんだか、好奇心旺盛な赤ちゃんを見ているような、そんな感覚と似ていた。
「でも、今はこいつ、誰がどう見ても、この世のどんな人が見ても言うと思うぜ。楽しそうって」
少しの沈黙の後、息を切らせながら走り込んでくる未来がいた。
「弥生さんが走っていくの見えたけど。あ……やっぱり……薫くん……」
少し泣きそうになっていた。
「昨日キャンプファイヤーのペア決める時、薫くんの手を握ったんだけど、すごく熱かった……あの時、私が気がついていれば……」
涙を堪えて、噛み締めるように、かなりの間を置いてから、未来は話を続けた。
「突然だけど……三人とも、楽しんできて。薫くんの分も」
決意が感じられる言い方だった。
下心など一切ない。
心からの言葉。
「私は、薫くんとここでフォークダンスを踊るの。それなら薫くんも……楽しいと思うんだ。だから三人とも楽しんできて! 薫くんの為にも!」
精一杯の笑顔。
楽しんできて。
俺たちを突き動かすには、十分すぎる言葉だった。
「そうですね……今からでも、最高の思い出にしましょうよ! ということで、とりあえず、私はさっき買いぞびれたアイスクリーム食べてきます!」
と蜜柑は薫さん! 早く元気になってくださいね! とエールを送り、走り去って行った。
弥生は、急に手を引っ張り、来て、と保健所の外に引っ張る。
ちょうどみんな牧場に行っていて、廊下には人が一人も居なかった。
そして、保健室のドアが閉まる。それを確認すると。
弥生は俺の胸に飛び込んできて、顔を埋めた。
「離さないで。泣いてるから」
俺は、そっぽを向いた。
見ちゃいけない気がしたから。
弥生が、ここまで泣くの理由はわからない。
多分、これも薫の事情が関係しているだろう。
しかし分かるのは、俺を頼ってくれているってことだけ。
信頼しているということだけだった。
静かに俺は、弥生が満足するまで待ち続けた。
とりあえず、部屋に戻り、薫のしおりを確認すると、
「キャンプファイヤー係、忘れないように」とメモがあった。
それを見た俺と弥生は、迷いなくキャンプファイヤー設営の手伝いに行った。
そこには黛が居た。
黛に気がつくと、弥生にグイッと耳を引っ張られ寄せられる。
そして囁かれた。
(黛には伝えないように。疑われるのもダメよ。黛は必要以上には聞いてこないけど、薫が体調悪いってことには気がついているはずだから、もしかすると気が付かれるかも)
俺はわかってると頷いた。
「よお。お前らも設営手伝ってくれんのか。助かる」
黛は軽々と重そうな丸太を持っている。そのせいか、いつもより、小さな体格が、大きく見える。
「まあな。何すればいいんだ?」
「そうだな。進は身長高いからキャンプファイヤーの木を積み上げるのを手伝ってきてくれ。背の低いぼくじゃ出来ないしな、すまん」
おうよ。と言うと、俺は颯爽と駆け出す。
薫のためにも、未来の保健所フォークダンスのためにも、やらねば。
日が暮れ夕方。
旅館から遠い、二つ目の大きい方の倉庫の扉を閉める俺と蜜柑。
扉を閉める音がやたら響いた。
閉めたあとも、少しだけボコボコ鳴っていた。
かなり古そうだし、重く厚い扉。
ホコリっぽい。響くのも当然だろう。
それにこの倉庫はとても大きい。
学校の体育館と同じくらいの大きさがある。
「音でけえな」
「そうですね。私と進さんの力で閉めるのがやっと。どうしてここまで重くしたんでしょうね。体格の小さい子達だと開けられないかも……進さん部活とかは?」
「今はやってねえけど、中学ならバスケ部だった」
「ふむ、ならやっぱり力のない子は、開けられないでしょうね」
「つーか、カギ閉めなくていいの?」
「それなら問題ありません。消灯後、旅館の方が閉めに来てくださるそうです」
「おっけ。なら、あけっぱでいいな」
他愛もない会話をしながら、お淑やかに振る舞うのは蜜柑。
そういや、俺と目線の位置が同じ女の子は珍しい。
俺は180センチ位で、蜜柑も身長が高い(多分175センチくらい?)あるので、キャンプファイヤーの積み木を手伝っていたそうだ。
というか、今の蜜柑の服装だ。
動くので着替えたのだろうか。
バンドTにジーパン。
完全にバンド好きの男である。
胸も小さくなっているような…。
俺は気がつかないうちに、胸をまじまじ見てたみたいだったようで、それに蜜柑が気が付いた時、俺はやばいと思い、すまん、と謝罪をした。
「胸はサラシを巻いてるんですよ。揺れて痛いし邪魔なのでー」
と胸を張る。
確かこいつ、演劇でよく男キャラ演じてるらしいからな。
あ、だからレディプリンスなのか。
今更だけど。
「す、すまん。そういう別に変な目線で見てたわけじゃないからな」
「大丈夫です。というか、早く戻りましょう。夕食食べてからが本番です! キャンプファイヤー、頑張りましょう!」
おー! と元気いっぱいな蜜柑。
俺も「おー!」と便乗し気合を入れた。
夕飯。
キャンプファイヤーの設営を終えてから二時間経過。
キャンプファイヤー開始が、二十時。今が十八時。
部屋には何故か、黛と弥生が居なかった。
今、部屋にいるのは蜜柑、若葉、そして俺。
未来は、薫のそばでご飯を食べるらしい。
先ほど、様子を見に行ったところ、未だに薫はぐっすり眠った状態だった。
「黛とよいちゃんは? 保健所にもいなかったの?」
「ああ。つーかどこ探してもいねぇ。森で迷子になるような……二人じゃねえよな……」
「心配ですね」
心配そうな若葉と蜜柑。
そう。
迷うはずがない。
あの黛がそんな間抜けなことをするとは思えないし、弥生は勉強の方に問題はあるが、頭の回転は早い。
「こんなんじゃ喉通らないです。私探しに行ってきます」
と蜜柑は立ち上がった。
「そうだな。若葉も行こう。お前の目なら、何か気がつくかもしれない。頼めるか?」
若葉は頼ってくれたのが嬉しかったのか、笑顔で大きく頷いた。
……こいつの笑顔の為にも。黛を見つけないと。
もちろんも弥生だ。
蜜柑は、一人で旅館の外を探すらしい。
俺と若葉は聞き込み。
騒ぎにならないように、できる限り生徒に聞く。
旅館の人達に迷惑をかける訳にはいかない! あと先生に聞いたりしたら、旅行中止まであるかも、と若葉が提案したものだ。
この非常事態に、そんなことを言ってられない気もするが、これも若葉の配慮だろう。
聞き込み兼、捜索が終わる。
結局、外にも探しに行ったが、どこにも見当たらなかった。
蜜柑と合流すると最後の目撃情報は、弥生がキャンプファイヤーがある広場。
木を一生懸命運んでたらしい。
黛の目撃情報は自販機。
この旅館の出入口付近にある。
場所は共通してないが、時間帯は同じ、午後五時。
「ダメだ。情報がバラバラすぎる」
「そう……ですね」
そう言いながら、蜜柑がこの旅館の周辺のマップに、二人の目撃情報を点で打ってくれていた。
時間帯や、黛か弥生かの区別も付けてくれている。
数は多くないが、かなり整理されている。
ほかの班の部屋に突撃した甲斐があった。
マップに打った点を円で囲んでいき、アルファベットを振り、定規を素早く動かしながら、ぶつぶつと独り言を唱え出した蜜柑。
数秒ごとにルーズリーフに円が書き込まれていく。
そんな様子を見ていた俺と若葉が、呆気にとられていたのを蜜柑は見て、説明してくれた。
「えーっと、これは歩行速度が十キロの場合の時、恐らく五分後に、到達してそうな点からの距離を取っていました。なんとなくですけどね。円の外側の線が、最大まで行けそうな距離ですね」
なるほど。
やっぱりキャンプファイヤー周辺の目撃情報が多いな……。
若葉ちゃんが、何かに気が付いたようで、話し出した。
「これ見て。よいちゃんの円、倉庫に集中した後、少し時間が経ってから、自販機に少しだけ黛とよいちゃんが居る。しかも同じ時間帯」
なぞりながら、若葉は話を続ける。
「それでその後ここ。自販機とキャンプファイヤーの間の場所で途絶えてる。よって、見るべき場所は……ここかも」
若葉はわかりやすいように、青の丸でその場所を囲った。
そこの丸の中には、小さい倉庫とキャンプファイヤー、そして丸のギリギリ端の所に大きな倉庫があった。
「ねえ。確認するけど」
若葉が、俺と蜜柑をチラッと見てから、
「この小さい倉庫と、大きい倉庫には鍵、掛けてるとかないよね」
その瞬間。
なにか違和感が、俺を支配した。
「閉めてないはずですよ。旅館の人から閉めなくていいって言われているので、恐らく閉まってないかと」
なんか引っかかる。
「ほんと? 中には誰もいなかった?」
なんだ。
思い出せ。
キャンプファイヤーまで三十分だ。
「暗かったですが、確認しましたよ。誰もいませんでした」
どこかにヒントがあるはずだ。
みんなでキャンプファイヤーするんだよ。
「そんな……じゃあどこに……」
今日の昼過ぎと倉庫から戻る前だよ。
確か。
「もう一度探しに……」
なんで思い出せないんだよ。
黛ならすぐわかるだろうに。
もどかしい。
「待って、気がついたこととかないの?」
ヒントは、散りばめられているはずだ。
「そうですね。扉の開閉音が大きかったことと、扉がすっごーい重かったことですかね。きっと、力自慢の大人でも、開ける時に重くてビックリしますよ」
待て。
「おい! 蜜柑! 倉庫の扉を閉める時、お前なんて言ったっけ!」
「え? 確か……」
俺は次の言葉を聞いた瞬間。
蜜柑と若葉の手を引いて。
走り出していた。
「くそっ。体調不良になってないことだけを祈るぜ……マジで」
俺と蜜柑と若葉は全力疾走で、倉庫に向かっている。
というのも俺らがアホすぎたというのが原因だ。畜生。
──────────────
そう。あの時蜜柑に繰り返し言わせた言葉。
『私と進さんの力で閉めるのがやっと。どうしてここまで重くしたんでしょうね。体格の小さい子達だと開けられないかも……』
そう。その時全てが繋がった。
どうして倉庫の中を確認したのに、黛達が居る可能性が浮上したのか。
まず、暗さと広さ。
あいつらは昼間、牧場に居る時、真っ黒な格好をしていた。
暗さと同化して見えなかった可能性。そして、広いせいで二人がいることに気が付かなかった可能性。
ただ、黛に関しては、ジャージを着ていたような気もする。しっかり二人の服を見ておけばよかった。
これで証拠一つ目。
でも、まだ甘い。
二つ目は、蜜柑が作ってくれたマップだ。
端の端に大きな倉庫が引っかかっていた。
これは蜜柑と若葉のファインプレー。おかげで、確認したからいるはずがない倉庫という情報が、俺の頭に選択肢として浮かんできた。
だが、まだこじつけもいい所。
あいつらが居なくなった理由が見つからない。
倉庫から出てくればいいからな。普通なら。
そこで三つ目。
大きな倉庫の重すぎて、厚すぎる扉だ。
もう一度言うが、あの扉はかなり重い。
俺と蜜柑の力でやっと動く。
あの時、丸太を軽々持っていた黛でも開かないだろう。
もちろん、弥生がもしそこにいるとして、協力しても無理だろう。
黛は身長が160センチ辺り。
お世辞にも体格に恵まれてるとは言えない。力はそこそこ強いだろうけどな。
弥生は少し生意気なところがあるが、体格はしっかり小さい女の子。扉を開くための力は、あんまりないだろう。
あと、気が付いたが、閉める時に響いたあの音。
ボコボコ鳴っていただろう。
恐らく、二人が扉を叩く音だ。
なんで、気が付かなかったんだ。
それに、あの重くて厚い扉に、アイツらの声もかき消されたのだろう。
もし、閉じこめられている可能性があるなら、そこしかない。
しかもあそこはホコリだらけ。マスクなしで長時間居たら……大変なことになるだろう。
──────────────
回想終了。
なんも言わずに走る俺達。
そして、扉の前にたどり着く。
「いくぞ」
息を整えながら、
「せーの!」
力を合わせ、ゴゴゴゴゴという音とともに押し開く。
蜜柑が、携帯のライトで照らす。
「よお。だーーーーーいぶ長かったなぁ。まさか閉めちまうとは思わなかったぞ」
差し込む光の先に、居た。
マスクをつけた座り込む弥生と、壁に寄りかかっている黛が居た。
「良かったわよほんと。あのまま埃まみれのとこに居たら大変よ全く」
と愚痴を漏らす、俺のところに寄ってきた弥生。
そうだ。
あの後、黛は号泣する蜜柑と若葉に抱きしめられ、ごめんごめんと言われていた。
黛は頼りになる。
だからこそ、いなくなると急に不安になる。
そして、黛と違い、マスクをしているお嬢様は、気の所為だろうか。
目が赤くなっていた。
涙でも流していたんだろうか。
でもスッキリしてるような、そんな気がした。
このいじめっ子お嬢様でも、結構泣くことは、俺は知っているからな。
……俺は聞かずに、一言、
「ごめんな」
と言った。
それから弥生の表情は見ていない。
その後、キャンプファイヤーが始まる直前の広場の端で、俺と弥生は座っていた。
「というかなんでマスクお前だけつけてたんだよ」
「しょうがないじゃない、私の分しかなかったの。黛がつけるべきなんだけどね、本当は。でも、黛が私がつけろって頑固だったの」
「そうか。お前の方が体弱そうだしな。仕方ないか」
「そうよ。もっと敬って」
「はーい。弥生お嬢様ー」
「何よ。もっと優しくしなさいよ……だって……」
弥生は一呼吸置いてから、口を開いた。
「──────だもの」
その瞬間、キャンプファイヤー開始の合図の放送が始まり、その音が弥生の声を遮った。
「ん? 弥生すまん聞こえなかった。にんげんだもの?」
「……まあいいわ。とにかく、はい」
呆れる表情のまま、手を差し出してくる弥生。
そっか。踊るんだ。こいつと。
「よろしくお願いします。弥生お嬢様」
「いえ。こちらこそ」
手を取ったあと回転しながら言った。
「舞踏会じゃねえからな」
「いいじゃない別に」
その瞬間、抱きつかれた! と思ったのもつかの間、
「ありがとう。あの時のあなた、ちょっとだけかっこよかったわ」
と弥生は背伸びをして、俺の顔を引っ張って、耳元で囁いた。
甘い匂いと女の子の囁き。
そして圧倒的美少女。
その名を小鳥居弥生。
心臓が高鳴る。
そりゃそうだろう。これで平常心だったら男じゃねえよ。
俺は笑って、
「リードは出来ねえかもだけど、俺頑張るわ。あと……」
「ありがとう」
と言い、俺なりにリードをする。
そうだ。黛と若葉は踊ってるのだろうか。
ミサンガ、渡せたかな。コケてねえかな若葉。
薫と未来は保健所にいる。
薫と未来の、二人きりのキャンプファイヤーだ。
しっかり楽しめよ。
薫は寝てるかもしれねえけど、手ぐらい取っても怒られないだろうからさ。
蜜柑も……きっと踊っているだろう。
後悔しながらも、楽しそうな弥生の笑顔を見て、今は楽しもう。そう思うのだった。
私、中村蜜柑は、楽しそうに踊る生徒達を、倉庫があった所から見ている。
距離は少し遠いけど、全体がよく見える。あと周りに誰も居ないしね。
あっ、居た。黛さんと若葉ちゃん。
楽しそう。若葉ちゃん頑張って! 黛さんについて行くの!
最近若葉ちゃんは、黛さんの気を引こうと頑張っている。
二人きりの時間を頑張って作ったりね。
あっ、なに? 踊るのやめちゃった……もうフィナーレ。早いものだ。
若葉ちゃん、なにか渡してる。
携帯のカメラを通して拡大して見る。
ミサンガ。しかも黒と白。仲良く付けてる。
可愛い。白いワンピースを着てる若葉ちゃんと、真っ黒な黛さんにはお似合い過ぎる。
ふと、こんな考えが脳を支配する。
──あれが私だったら。
──黛さんが私の家から居なくなったら。
そんな考えを両手で顔をぺちぺちと叩き、吹き飛ばし、目を覚ます。
それでも私は。
譲るという選択。それがおそらく正解だということによる安堵が、心を支配してくれていた。
そして、少しの恐怖と嫉妬が脳を支配していた。
私は……中村蜜柑。
黛さんは……私たちの家族の男の子。
一人になるのは、もう嫌だ。
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