第3話 昇る夕闇


 夏休み前の自由参加林間学校の時期になった。

 それはイベント好きな校長が主催するものだ。

 タイムスケジュールはある程度決まっているが、班も別クラスのやつとも組んでもいいし、かなり自由度が高かった。

 

 もちろん俺も参加する予定ではいたが、新クラスに友達がほとんどいないということに気がつくのには、参加同意書を提出した後のことだ。

 廊下で、途方に暮れていると、未来が俺に寄ってきてから、意気揚々と、

「参加同意書、出したなら、アンタ私と同じ班になりなさい。薫くんと弥生さんも引っ張って班を作るわよ」

 と言ってきた。

「ちょっと待て、俺は弥生のことより若葉ちゃんと同じ班になりたいんだが……」

 そうだ、俺は若葉ちゃんと同じ班になる野心があった。

 若葉ちゃんを見ていたいという気持ちがあるし、若葉ちゃんと黛の関係を応援したい気持ちがある。

「えっ? だってアンタ小鳥居さんと近づきたいって」

「あれはあの時若葉ちゃんを知らなかったからであって……」

 まあだから、恋愛的に好きというよりは、守りたいって感じかもしれない。

 若葉ちゃんに関しては。

「割と面食いなのね、二人共トンデモ美人だってのに好みで決めるとか、アンタ鏡で自分の顔見た事あるの?」

「うっせぇ! 見たことねえよ!」

 と喧嘩をしていると「じゃあ見せてあげるわ」と、ポケット鏡を後ろから回り込むように見せられた。

 その鏡には俺の冴えない顔面の後ろに、弥生とその執事が映し出されていた。

 執事の薫は顔を背けていた。

「はい、この四人と黛と蜜柑、若葉ちゃんの七人班。いいわね? これで提出するわ」

 返事もする前にすたすたと、弥生と薫は、どこかへ行ってしまった。

 まあ少し強引な気もするが、俺にとっては知り合いというだけで救いだった。

 未来も薫という単語を聞いた途端、弥生を感謝の気持ちを表に出しながら後ろ姿を拝んでいた。

 宗教か。

 

 

 

 俺は林間学校前にあった、期末テストの課題を出しそびれ、追加課題を課せられてしまった。

 そして、今は課題を終え、帰路につこうとしている。

 遅くなって疲れたし、何が食べようかな……。いやいや、そしたら今日の夕飯が食べれなくなるじゃないか……。

 でも最近できたラーメン屋気になるんだよな……。

 ヤサイマシマシ! ってでかでかと書いてあったんだよな。

 そんなのことを考えながら、二階から階段を降りて、昇降口にたどり着く。

「あれ? 今帰り?」

 振り向くとスクールバックを持って、靴を取ろうとしている未来が居た。

「おう。お前もか?」

「うん。一緒に帰る?」

「え? お前薫が好きなんじゃ」

「何言ってんのアンタ。別に友達と二人で帰るのなんて普通でしょ?」

「あ、ああ! そうだな!」

 ……やはり一年間高校生活をパーにしているためか、友達との距離感の把握が難しい。

「だから非モテの鉄人って言われるんだよ」

「うわあ! やめろやめろ! さっさと帰るぞ!」

「はいはい」

 未来に苦笑いをされてしまった……。

 こうして俺たちは校門に向かって歩き出した。

 

「最近やっと慣れたけど、ここの道ほんと狭いよね」

「そうだな。二人横並びになると、もう向かいから来る人とすれ違えないもんな」

 校門から、仙川駅という高梨高校の最寄りまでの道のりは、商店街に入るまで狭い道を通らないといけない。

 しかもすぐ隣には車道があって、さらにバスも通っている。

 俺も高校二年になって、すぐにヤンキーと肩がぶつかっているし、事故やトラブルの話を聞かないのが不思議なくらいだ。

 

 その後、未来と他愛もない話をしながら駅に着いた。

「えっと、お前どっち方向だ?」

「私は橋本方面だけど」

「なら多分一緒だな……って」

 俺は、電車出発予定時刻を見る。

 どうやらもう発射する直前らしい。

「やばやば、来てるぞ電車」

「マジ? 行こ行こ。ほらほら早く!」

 俺たちは手早く階段を降りて、何とか電車に乗れた。

「座るか?」

「いや、座らなくていいや。部活終わりで汗かいちゃってるし、座ったら蒸れそう」

「そうか」

 未来は、椅子の端の仕切りと、ドアの端が合わさって、直角になっているところに背を向けて立った。

 俺はその正面に立ち、吊革を持つ。

 そういえばこいつは、この前原付で登校してたよな……。

「未来、お前原付で登校してたよな?」

「ああ、うん。実はおばあちゃんの家が近くにあって、そこから学校行く日は原付使ってたんだけど……ね?」

「黛と軽く事故ったせい?」

「そういうこと。あれからなんか変な夢も見るようになったし……。あっ、そこそこ、あそこおばあちゃん家」

 未来は、向かいの窓の外を指差す。

「いやわかんねえよ……住宅街だぞ。えーと、んで? 期末はどうだった?」

「うーん……去年よりかはマシだけど……全部平均点ぐらいだったよ。アンタは?」

「俺もそんくらい」

「へえー。そうそう、私アンタに聞きたいことあったんだ」

 未来がそう言うと、電車は地下に入った。

 地下特有の騒音で、会話が遮られる。

 未来は、少しだけ声を張って話を続ける。

「なんで体育祭の時に弥生さんのためにそんなに頑張れたのー!」

「え?」

 なんで弥生のために頑張ったのか……。

 いや、俺はただ、

「弥生に絶対勝つわよって言われたから……かな」

「ふーん」

 未来は少しニヤッとして、俺を見つめてくる。

「なんだよ」

「男らしいところはちゃーんとあるんだね」

「当たり前だ」

「まあ、黛くんと若葉ちゃんのコンビに負けてたけどね」

「仕方ないだろ! あの二人の運動能力を鑑みろ!」

「それもそうだね。凄かったよねあの二人。私の覚えてるところまでになるけど、それまで、ほぼぶっちぎりだったもん」

「そういやお前、薫に抱き抱えられた時に……」

「うわあ! やめてやめて!」

 未来は体育祭の時に薫に抱き抱えられた時に、鼻血を出して気絶したらしい。

 どうやら、本人も気にしているみたいだ。

「こほん、じゃあ中学の頃なんか部活やってた?」

「お前露骨に話をすり替えて……」

「え、えーと……」

「まあいい、バスケ部だ」

「あーね、わかるわかるバスケっぽいわ」

「たまにあるよな、サッカー顔みたいな顔で、そいつがなんのスポーツやってるかわかるやつ」

「あれほんと、なんでわかるんだろね」

「さあ? そんじゃお前は? 中学の頃部活なんだった?」

「……うーん」

「なんでそこでだんまりなんだ」

 俺は部活について聞いているだけだし、何が言い出しにくいことの一つでもあるのか?

「えっと、実を言うとね進」

「うん」

 未来は少しの沈黙の後、少し苦笑いを浮かべながら話を続けた。

「中学の頃の記憶……ぼんやりしてて……」

「は? なんでだよ。通ってたんだろ?」

 中学の頃の記憶がぼんやりしてるなんて、そんな言い訳は通用するわけないだろう。

 しかし、ここまで慎重に、申し訳なさそうに言うってことは、本当に記憶が無いのか?

「うん。中学にはちゃんと行ってたって記憶はあるの。でもなんていうのかな……例えばだけど、進は今覚えてる、一番最初の記憶って何?」

「え? それは赤ちゃんの時まで遡る感じか?」

「人によってはそうなるかも」

「うーん。めちゃくちゃ朧気に幼稚園の年少の時に、何となく緑っぽい景色をよく見てたような……」 

「そう、それ」

「え?」

「私の中学の記憶。そんな感じ。誰がいたとか、何をしたとか、何があったとか、なんなら出身中学の名前にも全く覚えがないの。でも確実に中学に通ってたって記憶だけはあるの。なんというか中学の記憶にモザイクかけられてるみたいな感じ」

「なんじゃそりゃ。そんなのお前の中学と同じだったやつに聞けば、一発でわかるはずじゃ……」

「聞いたよ。でも私の事なんて知らなかった。でも、中学には通ってたってお母さんは言ってるし、通ってないわけないんだけど……」

 いろいろおかしい。

 中学に通ってた記憶だけある、でもどこの中学にいたのかとか、それはわからないって、そんなの普通じゃありえない。

 じゃあ考えられる可能性は……一つ。

「……お前……」

「うん」

「飛び級?」

「んなわけないでしょ!」 

「それしか考えらんないだろ! 中学三年間を飛び越したんだ! 記憶ごと! 詰まるところ、お前は今本当は十四歳ぐらいなはずだ!」

「ちゃんと十六歳ですー! アンタこそ自分の常識を疑いなおして!」

「いいや! 俺が間違ってるじゃなくて常識が間違ってるね!」

「ああ! もう! とにかく私は中学にはちゃんと通って……」

 未来がそう言いかけると、電車は地上に出た。

 すると沈もうとしている夕焼けが、俺たちの電車内を照らした。

 俺は一瞬光が眩しくて驚いたが、すぐにその美しさに心を奪われた。

 夕焼けは綺麗なみかんのようだった。

「綺麗だな、夕焼け」

「うん、そうだね」

「俺、去年は色々あってすぐに家に帰ってたからさ。こんなのを電車から見るのは初めてだ」

「そっか、部活やってるとしょっちゅう見るけどね」

 その後、少ししてから、電車は多摩川に架かる橋の上を走り始めた。

 水にオレンジが写って綺麗だ。

 俺は中学の頃に早川咲という女の子と二人で、ここに花火を見に来たことを思い出した。

 思い出をに浸り、うっとりしてしまう。

「ここからの景色綺麗だよね」

「ああ。お前が飛び級したかもしれないとか、もうどうでも良くなるくらいには綺麗だ」

「あっそ、なら良かった」

 未来は、外から目を外さずに答えた。

 その後、橋を過ぎた後も何となく、激しく移り変わる外の景色に目を奪われ、未来とは何も会話がなく、気がついたら、俺の最寄りの前の駅のアナウンスがされていた。

「あ、俺ここで降りるけど」

「ええ! 私も」

「ええ! 最寄り一緒かよ!」

 未来と偶然、最寄りが一緒だということが判明した。

 そのまま俺たちは、のんびりと俺の家の通りの川沿いを歩き、世間話をしながら帰った。

 最近の流行りの曲とか、テレビの話をしたりした。

 そんなどうでもいい話をしているとなんだか、こう誰かと一緒に帰るということが、懐かしく感じた。

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