第2話 非モテの鉄人
うちの学校は、暑さを避けるために、ゴールデンウィークが終わったらすぐに体育祭がある。
新クラスの親睦も深められるいいイベントだ。
この俺、橘進と共同戦線である、如月未来は燃えていた。
二人三脚のペア決めに。
二組と五組は紅組。
俺たちは五組。
俺たちがいる五組には、未来がぞっこん中の薫がいる。ついでに弥生。
若葉ちゃんや黛、蜜柑がいるクラスが二組。
つまり、俺は若葉ちゃん、未来は上手くいけば薫と二人三脚を一緒に出来るかもしれない。
別クラスでも、二人三脚は組んでもいいらしいしな。
そこで俺達は手を組んで、未来は若葉ちゃんと俺をくっつけさせる。
そして、俺は未来と薫をくっつけさせる。
……まあ、俺としては若葉ちゃんと、くっついてなくてもいいけどな。
若葉ちゃんの気持ちを考えると、黛と一緒に……と思わなくもない。
でもそうなると、共同戦線の意味がないっていうか、俺へのメリットがなくなるような……。
まあ、とりあえずは、未来と薫をくっつける。これを是が非でもするべきであった。
ただ、その手段が思いつかないというのが、問題なんだけど。
「うーーーーん。私の方は弥生さんの気分次第ってところね。薫くんが動くかどうかは、彼女次第だし」
未来は頭を悩ませる。
ここは屋上。
俺達はベンチで、隣同士座っている。
実は去年から校舎が新しくなり、なんと生徒が入れる屋上があるのだ。
とはいえ、あまり来る人は少なく、昼休みは中庭や校門前の広場が人気スポットだったり、授業がないのに作られた、とても散らかっている地学室で毎日のようにライブやアニメ鑑賞が行われている。
また、この屋上のすぐ下に、緑いっぱいの庭園がある。
ほとんど何もない屋上より、そっちに行く生徒のほうが多い。
「問題は俺の方だ」
「そうだね。まず、クラスが違うからね。団が同じなのはいいんだけど……若葉ちゃんかわいいから、誰かともう組んでるかも……弥生さんも同じかな……」
「若葉ちゃんは、黛以外と組むことになっても……強く断れなさそうだしな。弥生は組みたくなかったら、はっきり言いそうだけど……」
「男のくせに、ガツガツいけないの?」
「うるせえ! 自覚はあるわ! そんなガツガツいけるほど、自分に自信ねえしな。それに、これといってパッとしねえし、俺って」
「そうよね。器用なくらいよね。キャンプのときそこそこ包丁使えてて驚いたわ」
特技、器用ってなんだよ。
世界一つまらないと思う。
俺は空を見ながら、そう思った。
「えっと……若葉ちゃんが話せそうな子、仲良さそうな人だよな。二人三脚は男女で組まないといけないからな」
そう、二人三脚は男女で組まないといけない。
というか、うちの学校の体育祭実行委員は竹田さんというのだが、かなりの恋愛脳でクレイジーなのである。
彼女は、去年から体育祭実行委員を務めていたが、去年の体育祭は借り物競争とか、小学生がやりそうなものばかり追加していたり、最後に異種格闘技戦を心臓の風船を割られたら負け、という感じでわけのわからない競技をいろいろ追加していたので、今年もなにかするのでは? と一部の生徒は危惧しているのだ。
「黛くんか……薫くんよね……若葉ちゃんが話せる男の子といえば……」
「薫はお前が引っこ抜くだろ? 黛をどうするかなんだよな。蜜柑が無理やり誘ってくれればいいんだが……」
「はぁ……蜜柑ちゃんの演劇見た事ある?」
未来が呆れたように聞いてくる。
「え? ないけど。もしかして、レディプリンスってことは宝塚みたいなものなのか?」
「そうだよ。でも最近路線を変え始めて、文化祭では、魔女役をやるって本人も言ってたよ」
「そうか……って何が言いたいんだよ」
「蜜柑ちゃんはやっぱり人気が高いの。有名だし、美人だし、普段穏やかな雰囲気でお人好しなのに、演劇だと熱い男を演じたり、ノリノリで悪役をやったりするからギャップも凄いしね。だからきっと、もう相手がいると思うんだ」
「なるほど……」
「きっと若葉ちゃんなら、どうにかして、黛を誘おうと頑張ってるはず……つまり!」
未来は立ち上がり、俺を指差して言う。
「黛くんにさっさと女の子をくっつけて、若葉ちゃんを戦意消失させるの!」
……いや待て。
俺……女友達ほぼ居ないんだけど。
悲しいことに、俺はモテない。
身長は高い方だが、いい顔面がない。
これを読んでる諸君も、大抵どちらかが欠けているはずだ。
きっとそうだ……そうだよね?
「なあ」
「うん。なに? 名案でしょ?」
「女の子紹介してもらえるか?」
「はあ! アンタ女友達、私たち以外に一人くらいいないの?」
「昔は一人いたがどっかいったんだ。合コンでもやらねえか? 黛くんと二人三脚してくれる人で、俺と仲良くなってくれる人! って」
「合コンする理由が終わってる……現実見ろ根性無し……」
「くそ……どうすれば……そうだ! お前、前に黛も結構有名って言ってたよな! なら黛も相手が……」
「蜜柑ちゃんがいつもそばに居るのよ? しかも居候とはいえ、二人で住んでるだよ? あとは分かる?」
「うっ……気を使うと……それで二人でやるように見えるってわけか……俺らは仲良くなったから、そう見えないけどな……蜜柑は、若葉ちゃんとの関係を応援してるように見えるし。その逆はなんでないんだよ」
「黛くんが鈍いからよ。恋愛とかにはダメダメみたい。黛の事が好きな女の子はみーんな常識みたいに言ってるよ。まあ、あんまり黛くんの事を好きな女の子と、私は仲良くないけどさ」
「くそっ……」
八方塞がりもいいところだ。
「あ、そうだ」
未来が思いついたように言い放つ。
「黛くんと弥生さんを組ませよう。そうすれば進は、若葉ちゃんを誘えるでしょ?」
「……おい。出来んのかそれ」
「二人仲良さそうじゃん? 何となく雰囲気似てるし」
「ただなぁ……弥生の方は気まぐれだぞ。どうなるか分からん」
「でもそれが一番可能性高くない? 弥生さんなら面白がってやってくれそうだし」
「……当たって砕けろかな……よし! やるか!」
と俺は決意を持って立ち上がり、明日の昼休みに実行に移すことにした。
次の日の昼。
俺と未来は五組の教室にいた。
というか、俺たちのクラス、ここなんだけどな。
とにかく、大抵、黛が薫と将棋やゲームをやりに、この教室に来る。
たまに付属品として、若葉ちゃんや蜜柑が付いていたりする。
だが黛と弥生を、くっつけさせる絶好の機会だ。
ついでに、未来の希望も叶える。
「よ。薫〜将棋〜」
と黛が入ってきた。
若葉も付いてきている。
「む。来たな! 今日こそは負けないぞ!」
とタブレットに将棋の板が表示される。
俺はすかさず、
「俺も飯食いながら見てもいいか?」
と切り込む。俺はサッと椅子を持ってきて薫たちのそばに寄せる。
未来も私も私も! と同調。
「もちろんだ。今日も僕が勝つからな。見ておけよ」
「薫、黛に勝てたことないでしょ」
「げっ。なんでわかったんですか……」
「開始三十分で大抵終わるからよ。黛が負けるわけないわ。さっさと別のゲームするべきよ。麻雀とかね。運が良ければ勝てるかも?」
とからかいながら、薫の隣で微笑む弥生。
さっさと切り込まないと、うやむやになりそうだ。
俺は未来に合図し、切り込む。
「なあ、弥生と黛。お前ら二人三脚のペアとか決まってるか?」
「私は決まってないわ。黛は?」
「ぼくも決まってないな」
「そう……ちょうどどうしようか悩んでたのよね……」
うーんと考え込む弥生。
よし、いい感じだ。
「ん。いいこと思いついたわ。若葉ちゃん、相手いる?」
ぶんぶんと横に首を振る若葉ちゃん。
よし! やっぱりいないのか!
これなら……。
「ねえ。進」
「な、なんでしょう……」
「私と組みなさい」
「は?」
「私と組みなさい。二人三脚」
「……」
……なんでだああああああああぁぁぁ! とは言えないだろ。
どうする……。
あ、そうだ。
「ねえ、返事してよ進」
「相手がいないとは言ってないだろ別に」
「どうせ居ないわよ。根性なしだし」
「ぐ」
根性無しって言われるのが割と来る。
「そうね……だったら……ねえ黛。身長的にも運動能力的にも、あなたは若葉ちゃんと組むべきだと思うのだけど……どうかしら……?」
なっ、この女、知ってやがるな……若葉ちゃんの恋愛事情を……。
「そうだな……若葉、ぼくと組むの平気か? いやじゃないか?」
と黛。
頼む。
首を横に振ってくれ……。
「う、ううん。く、組みたい。黛と」
はい。
若葉ちゃん、顔真っ赤だしね。
アイコンタクトしてるしね、弥生と若葉ちゃん。
弥生さんウィンクしてるね。
してやったりって顔してる。
あ、弥生さんこっち見た。
ほくそ笑んでいますね。はい。
このサディスト女……。
というか、未来さん。これは交渉決裂ですよ。
俺はもう手伝いませんからね。まったく。
そして弥生の猛攻はまだ続く。
「薫も相手いないわよね?」
「そうですね。てっきりお嬢様と組むものかと……」
将棋盤から目を離さずに話す薫。
「私じゃあなたの運動神経に付いていけないわ。そうね……そこのチア部の未来さんとかどうかしら? いいと思うのだけど……ほら! キャンプの時のナイトウォークの時も仲良さそうだったし」
おい待て。
まあ、弥生の理由はもっともだ。
というか、こいつチア部だったのか。
ってなんだ未来。そのむちゃくちゃ照れてる顔は。
あ、こっち見た。
ん?
顔の前に、指をまっすぐ上に向けて、両手を揃えて、すごいバツの悪そうな表情してるけど……。
……謝罪の意か。
ぶん殴りたいな。
「そうですね。如月。良かったら組まないか?」
やめろ。
「え! はい! 喜んで!」
やめろおおおおおおおおおお!
「終わった……」
ついに声に出た。出てしまった。
魂が抜けた気分だ。
「はい。余りもの同士組みましょ進。ついでに屋上で作戦会議と行きましょ。あ、薫はここに居ていいわ。さっ、行きましょうか進くん」
「どうにでもなれもう」
俺は無理やり弥生に引かれ、屋上へ向かうのだった。
「あーもう。人の不幸って私だーいすき」
「趣味の悪い女」
俺と弥生は屋上にいる。
俺は高くまである柵の前に座り込んだ。
弥生は正面に立ち、弁明してくる。
あたりには誰もいない。
「まあ、仕方ないじゃない。若葉ちゃんに黛との関係を応援してって言われちゃったのよ。私にはバレちゃったからーって」
「俺も若葉ちゃんと二人三脚したかったっての」
「あなたと黛を比べれば、どっちがいい男かわかるはずよ」
「っ……それでも俺はなんとか若葉ちゃんと組もうと……」
「第一、若葉ちゃんの顔を見たの? あーんなに嬉しそうだったじゃない。その気持ちを理解した上でも若葉ちゃんと……その気持ちをないがしろにしても……組みたかった?」
「うっ……確かに……」
若葉ちゃんの気持ちも考えていなかった気がする。
それに俺は、少し中途半端な気持ちで若葉ちゃんを誘おうとしていたかもしれない。
そんなの、黛に一生懸命恋している若葉ちゃんに失礼だ。
「それとも……」
と弥生は、座り込んだ俺を、うつ伏せになるように押し倒して馬乗りになってきた。
「お、おい! なにを……」
「私とが……そんなに嫌かしら……」
弥生は泣いていた。
やべえ……女の子泣かせちゃったぞ……。
こんな女でも泣くのか……。
「嫌じゃねえよ……つーかお前もかなり美人なんだから、俺とも釣り合わないだろ……もっといい男探せよ」
と弥生を褒める。
すると。
「あ、そう。まあ本番はよろしくね」
と瞬間的に、ケロッとしていた。
「……あれ?」
「あはは、演技も見分けられないようじゃだめよ。黛以上にはなれないわね」
「くっそ……俺のくそ恥ずかしい本音返せ……」
「あら? 本音だったの? ちょっと嬉しいかも……」
口を手で覆い、少し恥ずかしがる弥生。
こう見ると、ほんとに顔がしっかり整っていて美人だ。
しかし、何かを思いついたように微笑むと。
「そうね……じゃあ……ご褒美……気持ちよくなりすぎて声あげないでね?」
というと、俺を仰向けにして、俺の腹をなぞりながら、寄ってきた。
ま、まずい……。刺激が強いかも……。
「やば……楽しくなってきたかも……えいっ」
そのまま俺の頬を右手で触る。
ダメだ……どこもかしこも柔らかすぎる。
「あ……」
俺は声をあげるとトドメと言わんばかりに耳を触られ、そしてそのまま……。
「だーいすき♡」
と甘い声で囁かれた。
その瞬間、俺は気絶してしまった。
「進さんー! 起きてくださーい!」
と言う元気な声で俺は目覚めるとそこにはハンドソープや、石鹸をトレイに入れて持った蜜柑がいた。
「あれ? なんでお前がいるんだ?」
「薫さんから聞いたんですよ、進さんが五、六限欠席したって。まさか石鹸の補充中にここで居眠りしてる進さんと会うとは思いませんでした」
とあははと笑いながら答える蜜柑。
「……」
俺は、弥生のあの官能的な動きを、うっすら思い出してドキドキしていた。
「そうだ! サボった罰です!」
と石鹸の入ったネットを差し出す蜜柑。
「へ?」
「補充! 手伝ってください! ついでにおしゃべりしましょう!」
「俺、寝起きだぞ……まあ……いいけど……」
「やったー!」と蜜柑は言うと、俺は立ち上がり、蜜柑について行くことになった。
「で、なんであんな所で突っ伏してたんですか……」
と石鹸を取り替えながら、聞いてくる蜜柑。
俺たちは廊下を練り歩き、石鹸を変えている。
「んーと……弥生に連れてこられたところまでなら覚えてるんだが……」
ぼかしながら答える。
さすがに弥生にエロいことされてましたァ! ヘイヘーイ! とは言えない。
「そのあとの記憶が無いと?」
「そういうこと」
「弥生さん記憶消去術とか持ってましたっけ?」
「持ってないだろ……ありえそうだけど……」
弥生なら持ってそうではあるな……。
サディストだし、念入りにそういう拷問系とか調べてそうだ……。
それに俺が気絶したのは、昨日ちょっとだけ睡眠時間が短かったせいだろう。
深夜に大好きな、空耳の番組がやっていたせいで、それを見てたのがいけなかった。
「あ、男子トイレお願いします。こっちのポンプ式のやつ取り替えておいてください」
「ああ」
俺はせっせと、男子トイレのポンプ式のハンドソープを新品に取替える。
「いやー助かりますよー。男子トイレに入る時は気を使うので……」
「え? 入るのか?」
「仕方ないじゃないですか。ほかの保健委員は働かないですし」
「どうやって入ってるんだ? 失礼しまーす! 保健委員でーすって入るのか?」
「それ、ダメですよ。この前、うちの他の保健委員の女の子が、それで男子生徒の不在を確かめて入ったら、おしっこしてる男の子がバッチリ居たらしくて……」
「なんでその男は気が付かなかったんだよ!」
「ヘッドホンをしてたんですよね」
「ああ……それなら分からなくもない……」
「そのあと、その男子生徒は窓の外におしっこしながら蹴り飛ばされたとか」
「なんでだよ! おかしいだろ!」
「保健委員の女の子って何故か物理的に強かったり、精神的に強い子多いんですよね……弥生さんとかもそうですし」
そういやあいつ保健委員だったな……。
「でも私なら、堂々と男子トイレ入る方法があるので平気なんですけどね」
「え? あるの?」
「はい。もしかして気になりますか?」
そりゃ気になるよ。
だってそんな堂々と入れる方法があったら俺も女子トイレに入れるかも……って何を考えてるんだか。
「女子トイレ入るのに悪用とかしないなら、教えて差し上げましょう!」
「読心術⁉」
「あはは! やっぱり進さんは嘘がつけない人ですね! 黛さんに手玉に取られても知りませんからね? さあ! 演劇部の部室に行きましょう!」
俺は蜜柑に連れられ演劇部に向かった。
演劇部は今日、活動日ではないということもあり、人はいなかった。
ちょっと待っててくださいね、と蜜柑が言ってから少しすると、ほんのり見覚えのあるメガネをした男子生徒が演劇部部室から出てきた。
すると、
「よっ! 進くんじゃん! 良かったら一緒に帰ろーぜ!」
「は、はい?」
その男はなれなれしく肩を組んできた。
「おい〜忘れちまったのかよ〜ほら林田だよ! ほら! 思い出せ!」
「んーーーーーと……」
必死に思い出す……。
メガネをかけた……茶髪の……確か……ちょっと声が高めの……たまに蜜柑と親しげに話していた……。
「あ! いたわお前! というかなんでそんなになれなれしいんだよ!」
「ほへ? それはまあ……」
するとコンコンと咳をすると、
「実は私、蜜柑の変装なので!」
……は? 蜜柑の声がしたぞ?
「ちょっと待て、お前のことは今日初めて知ったが……声も見た目も一緒だぞ?」
「はぁ……仕方ないですね……」
とマスクを脱ぐ林田……。
あ、蜜柑だ。
確認のため近くで見るが……紛れもなく蜜柑である。
「……お前……どうやったんだよ……」
「実は特殊メイクとか、裁縫とか声真似とか得意なんですよ……例えば……」
うーんと考え、コンコンと咳をすると、
「あれ⁉ 俺がいるぞ! なんでだ⁉」
「はぁ⁉ 俺じゃねーか!」
蜜柑は俺の声をモノマネしやがった。
「は? 俺が俺だっつーの! 俺進!」
「ちげえって! 俺が進だっての!」
俺は必死に、俺の声をマネする蜜柑に反論する。
「だーかーらー! お前が進だっての!」
「だーかーらー! ちげえって! お前が進……じゃーねーだろ! 俺だよ進は! 紛らわしいわ!」
すると蜜柑の声に戻り、
「あはは! まぎらわしいとまぎわらしいって間違えがちですよね」
「そこじゃねえ!」
こんだけ蜜柑が変装得意なら、何かに悪用できそうだよな。
まあこいつは明るいし、裏表なさそうだから心配なさそうだけど。
「あと荻原と萩原も……ああ! 縁と緑とかも……」
「やめろ! もういい! 俺の頭がパンクする!」
「進。あなたってやっぱり面白いのね」
「弥生の声で話すのはやめろおおおおおお!!!」
俺は放課後の廊下で絶叫しながら、怒涛のツッコミをなんで入れなきゃいけないんだ……。
なんだかんだあり、体育祭当日。
実行委員の竹田さんが俺たちに喝を入れ、気合が入る。
竹田さんはその姉御感から、ファンは多いのだ。俺でも知ってるくらい。
俺もなんだかやる気が出てくるが……まあ競技のセンスが独特すぎて幻滅しそうになる。
校舎全面使用! なんでもあり! ガチドロケイ! とか、借り物競争(ハード)とか、障がい物競走(SASUKE)とか、二人三脚(課題あり! ポロリもあるよ)とかなんだか括弧内に不穏な言葉が散りばめられていたりする。
とはいえ勝負は勝負。
パソコン部全面協力のもと、設置型カメラを使ったスクリーン放送が行われるので、全体の様子はすごくよく分かる。
二人三脚は自由参加で、その他の競技は生徒一人一種目だ。
俺は借り物競争(ハード)に出場する。
それまではのんびりしていようと、紅組のテントの下で休もうとしていたのだが、スクリーンに若葉ちゃんと薫、黛が映し出された。
校舎全面使用! なんでもあり! ガチドロケイに参加するらしい。
「あはは! 頑張りなさい薫〜!」
と隣には、いつの間にか弥生がいた。
「うお! なんでいんだよ!」
「いいじゃないここに居ても。だって、紅組を応援するのよ。紅組は警察側だし……なんでもありとか面白そうじゃない」
と不敵な笑みを浮かべる弥生。
「俺は若葉ちゃんが心配だ。何もされなければいいけど……」
「まあ心配ないわ。見てればわかる」
俺はその言葉に疑問を持ったが、それはすぐ後でわかることであった。
このドロケイのルールはタッチすれば牢屋に入れられるらしい。復活はないそうだ。
タッチするまでの過程は問わないらしい。不穏だ。
そして竹田さんの合図でドロケイがスタートした。
スクリーンには、校内の臨場感溢れる映像が流れる。もちろん音声付きだ。
すると若葉ちゃんが映し出される。
あれ……。
「なあ、弥生。俺の目がおかしいのかな」
「何よ」
「若葉ちゃん、人間の動きしてないんだけど何あれ」
若葉はとんでもない速さで駆け回り、ドロボウを片っ端からとっ捕まえていた。
なんなら二階から一階まで飛び移っていたりしている。
「あの子、パルクール的なの得意みたいよ、体操とか」
「なんつーギャップだよ!」
するとスクリーンから、
「えへへ、捕まえたよ。たのしい」
と聞こえてきた。
表情のなんともふわふわな感じ!
最高!
会場も「若葉ちゃんいいよな……」「な。あのなんだか何考えてるかわかんない感じ……たまんねえな……」
わかるぞ!
若葉ちゃんは最高だ!
「ほら、今度は黛よ」
と弥生は、俺に別のスクリーンの方を向かせる。
「黛は……普通だな」
「そうね」
よかった。普通で。
黛は健全にドロケイのルールを守っている。
そして薫が映し出される。
アサシンのように、次々とドロボウの背中に触れていく薫。
すごい速度で疾走している。
あの調子じゃあ、紅組が勝つだろうな。
そして案の定、紅組の圧勝で終わった。
意外と普通に、何も理不尽なことはなく終わったな……。
若葉ちゃんの身体能力は、理不尽だったけど……。
そして借り物競争(ハード)に出場する俺は、トラックの中央で、未来と蜜柑と並んでいた。
「なあ、未来。ハードってなんだと思う?」
「この前薫くんに習ったよ。厳しいとかそういう意味だって」
「……俺……大丈夫かな。死なないかな」
と青ざめる俺に、蜜柑は慰めの言葉を掛けてくれる。
「大丈夫です! ツッコミし過ぎで死ぬことはありませんよ!」
「ほとんど原因はお前らなんだからな……」
まじで大丈夫かな……。
そしてまたまた竹田さんの合図がかかる。
「皆の者! 羞恥心! 社会的地位! 道徳心! 全て置いてきただろうな! さあ! 正々堂々戦おう!」
「不穏すぎんだろ……」
というツッコミも届かず、一斉にスタート。
二年生の精鋭が一斉に走り出す。
俺は第一の借り物にたどり着いた。
そして借りてくるものが書いてある紙を見る……。
『クラリス』
と書いてあった。
「ルパンかよ! いるわけねえだろクラリスとか! ここ日本だっつーの!」
と俺は紙に叫ぶ。
すると、未来が俺に向かって叫んできた。
「いるよ! 一年三組のクラリスちゃん! 部活動同じなんだ!」
「いんのかよ!」
俺は一年三組の席に向かい、
「クラリスちゃん! あなたを貸してください!」
と叫ぶと、結構早めに出てきてくれた。
美人な、外国人女子って感じだった。
「はい! 私がクラリスです!」
「よし! 借りるぞ!」
「あれ? 決めゼリフいいんですか? あなたの心です! みたいな」
「自覚はあんのな……」
なんだか下手なコントをしたせいで、少しばかり力が抜ける。
クラリスと併走し、審査員の許しを得て二つ目のカードを受け取る。
三つまであるらしいから、さすがにここで重いのは来ない……はず……。
「ズバリ! 今あなたが恋をしている人! (腕を組んで来ること!)」
……お、おお……これなら若葉ちゃんをさりげなく借りられるかも……と若葉ちゃんの方を見ると、目の前にカメラを持った生徒が来た。
俺の持っている紙を覗き込み、スクリーンに映し出す。
そして実況が、
「おーっとこれはズバリ! 今あなたが恋をしている人! 二年紅組の進くん! 誰が好きなんだー!」
……誰が殺してくれこの実況……。
くそ! どうする!
このままだと若葉ちゃんも恥ずかしい思いをすることになる……どうすればいいんだ……。
すると、隣でカードを受け取った未来が、
「え! ちょ! 無理無理無理!」
と叫んだ。
「おい、何引いたんだよ! 早く見せろ……」
そこには俺と同じく、
「ズバリ! 今あなたが恋をしている人! (腕を組んで来ること!)」
という内容が書かれたカードを、未来は引き当てていた。
「ねえ……どうすればいいのよ……薫くん私のこと嫌いだったら……」
「知らねえよ! 勇気振り絞れっての……」
俺はその時、閃いてしまった。
「そうだ! 未来! 俺と一緒に腕組んでいこう! 共同戦線だ! 好きだ未来!」
これならお互いに条件を満たせるし、次の段階に進める!
我ながら完璧な作戦だ!
「やだ」
「なんでだああぁぁぁああぁぁぁ!」
俺は天を仰ぐと、すぐに未来に向き直り、
「これが一番合理的だろ!」
と叫んだ。
「いやだ! だってアンタのこと好きじゃない!」
「おい! スクリーンに映ってるんだぞ! 全校の前で俺をあっさり振ってんじゃねえよ!」
案の定、周りの観客は笑い出していた。
そして、弥生と黛を見ていると、若葉と薫の隣で大笑いしていた。
クソあいつら……人の不幸大好きにも程があるだろ……。
その時、未来は呟いた。
「羞恥心は捨てろか……」
「は?」
「……私は!」
と言ってから、未来は走り出す。
薫に向かって一直線に。
そして、
「薫くん! あなたを貸してください!」
……そう叫んだ。
そして手を伸ばす。
実況が「さあ薫さん、返事を!」とそそのかすと薫は微笑みながら、
「僕なんかで良ければ、喜んで」
と未来の手をすくい上げた。
「「おおおおお!」」
と歓声があがる。
そして、未来コールが始まった。
あいつやりやがった。
……俺もやらなきゃ……。
羞恥心は捨てろ。
俺も若葉のところに走り出す。
迷いはない。
言え! 俺!
「若葉ちゃん! あなたを貸してください!!」
手を差し出す。
さあ、こい……。
「え……やだ……」
一蹴。
その瞬間、俺は若葉ちゃんから、一切そういう目で見られていないことを理解した。
観客からは、
「あいつ、一人だけじゃなくてもう一人の子にも振られたぞ」「まじかよ……俺来年もこの競技絶対出ないわ……つーかかわいそーあいつ。元気出してほしいわ」
と哀れみの声。
若葉の隣で目撃していた、黛と弥生はもう抱腹絶倒。
「お前……残念なやつだな……へへ」
「あはは! も、もうダメ…面白すぎるわ!」
俺はツッコミを入れる気にもなれず、呆然としていたが、肩を叩かれる。
「進さん。あなたは私のお手伝いをしてくれたので……今はそこそこ好きなので、借りてもらってもいいですよ?」
と蜜柑。
「そこそこ好きだって」「アイツ良かったな。レディプリンスに助けられて」「実質BLじゃね……?」と言われているが、今二人の女の子にフラれている俺にとって、目の前の蜜柑は天使だった。
羞恥心のゲージはとっくに振り切っていたので、俺は死にそうな顔で、
「借りる! ありがとう!」
と言った。
その後、蜜柑を連れて行ったあと、三枚目のお題を貰った。
よし! と頬を叩き気合を入れ直す。
なんでもこいってんだ。
『異性とツーショット』
俺はそれを見た瞬間、紙を落とした。
無理だ。
俺は先程、二人の女の子にフラれている。
そんな男と、写真を撮ることを考えてみてくれ。
今さっき、二人に振られた男と、ツーショットを撮ってくれる女の子とかいないだろ。
俺は仕方なく羞恥心を捨て、観客の女の子に「だれか、俺とツーショット写真撮ってくれる人……いませんか~!」とツーショットを頼みまくるも、「幸せが逃げそう」「私まで可哀想な奴になりそうでヤダ」「いまさっき生理的に無理になったの。ごめんなさい」と散々な理由で断られる。
羞恥心はもうない。
だが、シンプルに精神が限界だ。
ハードすぎるだろ、この借り物競争。
難易度がルナティックにも程がある。
魂が抜けかけていると、
「私がツーショットをしてやろう」
と見たことも無い女の子が、手を差し伸べてくれる。
黒髪のボーイッシュ。背も高い。
しかもかなり美人だ。
「ありがとう……ほんとに……」
とツーショットを撮り、フラフラしながらゴールイン。
俺はその場にへたり込む。
すると、会場が拍手に包まれた。
そして賞賛の声が至る所からあがる。
「よくがんばったぞー! 進! めっちゃフラれてたけどな!」
「かっこよかった! フラれてたけど!」
「勇気貰ったぜ! フラれてたけどな!」
俺は息を大きく吸い込み、叫んだ。
「さよなら! 青春!」
そして俺が放心状態で席に戻ると、いつの間にか午前の競技は終わっていたらしい。
昼飯も喉を通らず、そのまま午後の最終競技へ。
二人三脚の競技が始まった。
一年から三年の順番で行われる。
一年のおぼつかない、甘酸っぱい二人三脚は、さらに心傷を深く抉ってきた。
そして俺たち二年の出番が来る。
「さあ行くわよ。非モテくん」
「黙れ弥生」
「汚名挽回出来るかもよ?」
「汚名挽回したらダメだろ!」
「知ってる? 最近だと汚名挽回でも誤用じゃ無くなったって、黛が言ってたわ。ばかね」
「巧みに習ったこと使っていじめんのやめろ! ただでさえ弱ってんだ!」
でもまあ……汚名返上出来るかもしれないな。
「……よし! 協力してくれ弥生! 汚名返上がしたい!」
「いいわよ。まあ気分次第だけど」
「おい」
俺は不安を抱えながら、俺達は左足と右足を連結させた。
幸い、俺は借り物競争の悲劇のヒーローだったこともあってか、生徒たちから、かなり応援されていた。
並んでいると、
「いやーさっきは大変でしたね!」
と蜜柑が隣に来て言ってきた。
「感謝して下さいよー? ツーショット撮ってあげたんですからね?」
「あれ、お前だったのかよ! まじでありがとう!」
「ええ! 変装すれば神様も騙せます! フラれた人とツーショット取ったとしても大丈夫です!」
「俺、そんなモテなくなる呪いとかかけないけどな……モテない神とかも付いてないぞ……」
二つの借り物を蜜柑で済ましてしまった……こいつ……天使がすぎるぞ……。
まあ自分がやっぱり、そういう恋愛的に不幸な身分だってのはもう目を瞑ろう。うん。
「まあ、隣の彼が変装道具を渡してくれなかったら出来なかったことなので……運気吸われたくないし……」
と蜜柑の右隣を見ると、本物の林田がいた。
「あ! 久しぶり」
とついなれなれしく言ってしまう俺。
「え? 俺はじめましてなんだけど。お前やったのか?」
「まあ。是非もなしだったので」
林田に尋ねられた蜜柑は、やれやれといった感じだ。
別に保健委員の仕事を手伝ってるあの時は、そんな是非もないような状況でも、なかったような気がする。
「ねえ、進くんだっけ。こいつに変なことにされたら言えよ? こいつ演劇やり始めると魔女もいいとこ、わがままお嬢様だからよ……へぶっ」
「静かにしてて」
と笑顔で林田に腹パンをする蜜柑。
こいつらは演劇部同士、仲がいいのか。
とにかく本物の林田が見れてよかった。
こいつもなんか不幸そうだ。
「そう言えば、未来さんと若葉ちゃんはどこかしらね」
弥生がつぶやく。
そうだ。
あいつら、ちゃんとやってるかな……。
そして竹田さんの合図がかかる。
「最終競技……気張ってけ、てめえら!」
と叫ぶもピストルが鳴り、一斉にスタート。
ルールは三つのチェックポイントの課題をクリアしながら進むだけだ。
俺達はなんとか息を合わせて、先頭で第一チェックポイントにたどり着いた。
よく分からないが、弥生とは相性がいいらしい。
そこにはたくさんの平均台。落ちても大丈夫なように、マットが敷かれている。補助の人もついている。
隣には、黛と若葉のペアがいる。
「よお進。ぼくたちは先に行くから。若葉……ぼくに抱きついてくれ」
「え……いいの……」
と若葉はもじもじしているが、すぐさま黛が、
「おそーい! うら!」
と若葉を強引に右側に抱え、片足だけでぴょんぴょんと平均台を乗り越えて行った。
さすが黛……俺たちにできないことを平然とやってのけ……とか言ってる場合じゃない!
さっさと縦並びで行くしか……。
「ねえ! あれやりましょ!」
「はぁ! 無理だ! あそこまで大胆に出来ないぞ俺!」
「汚名返上したくないのー? 早くしないと黛達が一位よ〜」
「くっ……」
俺は弥生をがっちりと左側に抱える。
こうなりゃやけだ。
「うおおおおお!」
と平均台を片足でぴょんぴょんと駆け抜ける。
「へえ……結構やるじゃない。その大きい体は飾りじゃないのね」
と関心する弥生。
「中学、一応運動部だったからな。お前がいいって言ったんだからな。これからは俺に合わせてもらうぞ」
と弥生を降ろし、せーのも言わなくとも、息ぴったりでそのまま突き進む。
「いいわよ。面白そうだしね?」
と楽しそうに、走りながら微笑む弥生。
「絶対勝ちましょ」
「ああ」
なんだかテンションがおかしくなってきた。
そんな中、次のチェックポイントの課題が書かれていた。
『やらずにゴールしてもノーカン。七秒ハグ』
なっ……。
無理だ。
何故って、俺らは余り物。
弥生の面白半分で、不幸にも組まれたチームだ。
しかも絶妙な七秒という時間設定。
そんなの出来るわけ……。
「えい♡」
突然弥生が抱きついてきた。
「おい! いきなり……」
「早くしなさい! ほら隣見て……」
黛と若葉はハグをしようとしていたが、若葉が心の準備に時間をかけているようだった。
可愛く深呼吸をしている。
すると弥生が、
「ハグをしてる時ぐらい、こっち見なさいよ」
と背伸びして、視界に入り込んできた。
甘い匂いがする。
少し切ない表情をしてるような……。
俺はその顔に見とれていると、
「はい、七秒。鼻の下伸ばしてないで行くわよ」
と雑に突き放し、リードしようとする弥生。
「の、伸ばしてねえよ!」
反論しながら、すごい速度で進む俺達。
トップを走っていたのと、今回の運動会の悲劇のヒーローである、俺への応援もあって、かなりやりやすい。
あちこちから「がんばれ! 進くん!」「いけ~! 橘!」と応援してくれる声が聞こえる。
そしてそのままトップを維持して最終チェックポイント。
『お互いを褒める。(真面目にやらないとつまらん 竹田)』
とあった。
ここに来て簡単なような難しいような……。
「はい。簡単よ。器用なところ。おしまい」
「お前! もっとあるだろ!」
「ないわ。文句言ってないでほら。あなたも」
「ああ、もう……そうだな……ドSだけどなんだかんだリードしてくれたりする所とか……ふつーにかわいいところとか? よし言った! 行くぞ」
と走り出そうとすると、静止している弥生に引っ張られて、顔から転んでしまった。
「痛え! 口じゃりじゃりする! おい! ぼーっとするな!」
俺が体制を立て直して、弥生に言うと、
「……結構真面目に言うじゃない……ちょっと照れるわ……」
「おい。照れんの今じゃねえよ」
「ひどいわ! 乙女の純心を踏みにじるなんて!」
「うるせえ! もっと褒めるとこあるからよ! さっさとゴールさせて言わせろや!」
弥生はキョトンとした。
すると弥生は、
「そうね。このまま一位とりましょう」
と前を向く。
「「せーの!」」
と俺達は支えあいながら、走り出す。
すると、後ろから黛と若葉のコンビがすごい速度で追い上げてくる。
流石はドロケイで無双してた二人だ。
でもこのままじゃ追いつかれる……。
少しの焦りを感じたその瞬間……。
タイミングがズレた。
弥生は、俺に引っ張られ倒れそうになる。
このままじゃ左肩から弥生がぶっ倒れる……。
「しまっ……」
「弥生!」
俺は咄嗟に飛び出し、弥生の身体と地面の間に入り込み、ドガッっと言う音と共に倒れ込んだ。
「痛えよばか……」
「ちょっと! あなた! 大丈夫? ねえ! なんでかばったの?」
「……言ったろ? 汚名挽回するって……」
「……っ。ばか! たまに……ちょっとかっこいいこと……しないでよね……」
と弥生は、俺をなんとか支えて、立ち上がるのを手伝ってくれる。
打ち付けたのは右肩だったので、左腕から引き上げてくれる。
重力に引っ張られる右肩が重い。
多分、思いっきり打ち付けてるから、打撲とかしてるんだろうなぁ……。
すると後ろから走ってきた、若葉と黛が俺たちの隣で止まった。
「お前ら大丈夫か! 結構ガッツリ倒れてたが……」
「まぁ大丈夫だ」
俺に尋ねてきた黛が、かなり不安そうな表情を浮かべていた。
「進……右肩の下あたり……青くなってる……血も……」
と若葉が心配そうにしていた。
黛は俺を見て、すこし顔を顰める。
少しふらついてるようにも見えた。
肩の色を確かめてみると、確かにとんでもなく真っ青だった。
「仕方ねえ。ほら、ぼくらが支えるからコースから外れろ。ぼくらも棄権する。このままだと、後から遅れてきたやつらになだれ込まれて潰されるぞ。悪い。それでいいか若葉?」
「うん。大丈夫。私も二人が心配だよ」
黛と若葉は、心配そうな顔をしながら話し合った。
黛は俺を抱えようとするが、俺は振り払う。
「だめだ。俺らもゴールしなくちゃいけないんだ。汚名挽回のためにね」
そうだ。
どんなことがあっても。
どんなにケガをしようとも。
俺は完璧に、できる限り、人助けをしなければいけないんだ。
そのためなら自己犠牲なんていくらでも払える。
気が付いたんだ。
そうすれば、罪悪感が少し、なくなるって。
……少し黛は驚いたようにしていたが、すぐさま苦笑して、
「やれるもんならやってみろ。バカタレ。無理すんなよ」
と言い、若葉に行くぞ、と合図をかける。
「俺達も行くぞ。弥生」
「ええ……絶対にもうミスしないわ。あなたのために」
俺はまっすぐゴールを向いて、弥生に言うと、弥生もゴールを向いて、俺の体を持った。
「「せーの!」」
と掛け声を同時にあげる。俺らと黛たち。
スピードはほぼ互角。
周囲の応援もヒートアップ。歓声もまるで悲鳴のように聞こえてくる。
もはや赤白関係なかった。
俺は弥生と勝ちたい!
全力で走った。
最後まで。
結果は黛と若葉のトップ。
俺らは二位で終わった。
運動神経の差とかも考えると妥当だろう。
俺はすぐさま保健室で応急措置をして貰ったが、骨にヒビが入っているようだった。
すぐさま病院に向かい、俺の体育祭は閉幕した。
そのあと聞いた話なんだが、大差で紅組の勝ち。
まあドロケイで無双してた若葉とか薫とかがいたので、当然っちゃ当然である。
そしてなんと俺は、竹田さん直々にMVPに選ばれていた。
どうやら、不幸に襲われ、怪我をしてでも立ち上がる俺の姿に感動したそうだ。
そして体育祭の休みが終わり、俺はクラスで、いや学校全体で「非モテの鉄人」と言う不名誉なあだ名で有名になっていた。
勘弁してくれ。
体育祭が終わり、数日後の昼休み。
弥生と薫に呼ばれ、屋上で話をした。
「進! ほんとうにありがとう! お嬢様に何があったら……と思うと……気が気じゃなかった……」
「気にすんな。お前は未来と二人三脚してくれりゃ良かったんだ。で? お前らはどうだったんだ?」
としょんぼりしている執事くんに、俺は感想を聞く。
すぐに薫は、顔を上げて答えてくれる。
「ああ、それなんだが、一つ目のチェックポイントで未来さんを抱き抱えたんだ。そしたら彼女が鼻血を出して気絶しまってな。棄権した」
「なにやってんのあいつ! アホかよ!」
まったく、俺がここまでして作り上げた薫との交流の機会を、血で流しやがった。
「あなたの方がアホよ。骨にヒビとかほんの少しだけ微妙な感じの怪我して。なんなら盛大に折れた方がもっと感謝しやすかったのに」
と苦笑しながら言う弥生。
「うるせえ! 助けてやったんだから感謝しろよ」
「ふふ。そうね。ありがとう。かっこよかったわよ。本当に」
とびっきりの笑顔で答えてくれる弥生。
……なんだよ、思いっきり笑った方が一番かわいいじゃねえかよ。
……まあ。そうだな。
「悪くねえな……こっちこそ、上手く合わせられなくてごめんな」
「いいわよ別に。そんなことよりあなたに『非モテの鉄人』ってあだ名、付けられた事の方が重要よ? 感謝しなさい。有名になれたことを」
とくるっと背中を向けて言う弥生。
「てめえええ! やっぱり庇わなきゃよかった! 悪魔!」
「あはは! なんとでも言いなさい!」
そして向き直って、
「だって、気がついちゃったもの。あなたに構ってもらうのが大好きなのよ! 私!」
とまた笑顔で弥生は答えるのだった。
その瞬間、弥生を見ている俺は胸が苦しくなった。ただ幸福感のある苦しさだった。
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