第4話 四人目

 僕はしがない小学生。

 だったはずなのに……。


 とんでもないことになってしまった。

 誰が想像しただろう、午前中、ゆるりと読書していた少年が。


 今や実銃を隠し、こそこそと夜道を歩いているだなんて。


 こんな所をおまわりさんに見つかってしまえば、大変なことになる。


 僕は間違いなくお叱りを受けるだろうし、ニュースになるのかもしれない。

 そんな形で有名人になるのは不本意だ。


 あと、銃をもっていたやんまさんが捕まってしまう。

 いやいや。その心配を僕がしてあげる義理はさすがにない。


 にしてもあのじいさん、あまりにも無防備すぎやしないか?

 小学生にこんなもん見せつけて、なにがしたかったんだ?


「いや、あるいは……」

 こうなることこそ、あの人の望みだったのかも知れない。

 誰でもよかったんだ。クネヒトちゃんでも、生石でも、僕でも。


 やんまさんは、きっと誰かに。妄執を、切り捨ててほしかったんだ。

 断ち切ってほしかったんだ。


 だからって許してやんないけどね!


「さて、次はここか──」

 目の前には大きな洋館。

 SNSで見つけた情報を頼りにたどり着いた、米兵さんの住む屋敷だ。


 彼はやんまさんを見つけるためか、日本に住処を移していた。

 公園から遠路はるばる、徒歩十五分。二人の八十年という年月を思えば、なんていう距離の近さ。

 あほらし!


 濃い一日の疲れか。埒外たちにあてられすぎたのか。

 インターホンをならすことに、躊躇はなかった。


 出てきたのは、想像していたような老人でなく。

 信じられないくらい美形の、日本人だった。

 あまりにも美形すぎて、彼が男性であることがすぐにはわからなかった。


 もしかしたら、日本で一番美形なのでは、といったレベルだ。

 堀の深い顔立ちに、夜空ほどすんだ両目。


「君は?」

「クリストファー・ミョルニル・スミスさんに渡したいものがありまして。あ、僕は八尾やんまの遣いです」

「ふぅん。君もなかなかに数奇な物語を歩んできたようだね。入って」


 案内された応接間は広く、瀟洒しょうしゃでアンティークな家具類が出迎えてくれた。


せつは家主の友人でね。今は屋敷を預かっているんだ。残念だけれど、君は家主に会えないし、その銃を渡してあげることもできない」


 心臓が跳ねた。僕は渡したいものが銃だと一言も言っていないし、見えるところに隠してもいない。

 それなのにどうしてこの人は──。


「家主はいま大病を患っていてね。代わりにせつが預かるよ。名乗るのが遅くなったね。拙は不知火ツナ。君とは違う物語の主人公だ」

「?」

「ひひ、気にしなくていい。からかっただけだよ」


 この人は信用できないと直感的に思った。まずもって何言っているのか要領が掴めない。曖昧なことばかり言う人は嫌いだ。


「で、どうして君はここまでこれたの? その経緯を話ておくれよ」

 僕の目的を知ってもらういい機会だと。ここは正直に話した。


 何もない僕のこと。

 クネヒトちゃんのこと。

 生石のこと。

 そしてやんまさんのこと。


「なるほど……、拙の手助け次第で。この物語、じつに面白い終幕を記せるかも?」

 なにやら一人ごちるツナさんは、語調を一転し、明るく語りかけてきた。


「拙なら君の期待に応えられるかも知れない。拙は米兵さんよりすごい人だし。そんな拙よりもすごい人と友達だ。君が望むなら全霊で手助けするよ」


 願ったり叶ったりな申し出に、むしろこちらがたじろぐ。

 ツナさんは異質だ。

 底なしの不気味さに、見通せない奥底に。ゾッと濡れるものを覚える。


「どうして僕に、よくしてくれるんですか」

「四話目だからだよ。短編にしては中だるみもいいところ、ここでひとつ、ストーリーラインにド派手な転換点をもうけたいのさ」


「は?」

「テンポよくいこう」

 

 そういうとツナさんは、机の上に置かれた、固定電話の子機を手に取る。

 番号を打ち込んでいるようだが、運指的に国際電話の番号か?


 プルRURU……、プルRURU……。

 

「どうか、少年の物語にあらんかぎりの祝福を」

 ツナさんは僕に電話を押しつけてきた。


「君の質問に答えよう。拙はね、物語をしたいだけなんだよ」

 

 慌てて手に取る。

 繋がった──。


「もしもし?」

 僕の言葉に、相手はつたない、けれど警戒していることがわかる日本語で続けた。


「なんですか? ワタシはいそがしいのですが」

「あなたは誰ですか?」


「はぁ? ワタシはスミスです──」

「ひひ」


 四人目。

 不知火ツナ。




「アメリカ大統領です──」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る