第3話 三人目
僕はしがない小学生。
右手を折った小学生。
痛い、痛い、あぁ痛い!
生石なんかのために、なぜこんな痛い思いを!
してやったりだ! 確かに右手は大切だけれど、僕の利き手は左手!
勘違いしただろ。ざまーみろ。
それに、まだ耐えられる程度です。
生石のやつ、あの見てくれのくせ。消毒液や包帯、当て木などで的確な応急処置を施してくれた。
ちゃんとした病院へ行けば、一月ほどで完治するとのことだ。
なぜそんなことがわかる。きっとバトルが日常なんだ。
二度と関わりたくない。
とはいえ、そんな生石が紹介してくれた人は──。
マジですごい人だった。
やんまさん。御年百歳近くになる
ガダルカナル島の戦い、サイパン島の戦い、ペリリュー島の戦い、硫黄島の戦い、そして沖縄の本土決戦。
それら敗戦地の全前線で戦い、これを生き延びた。
玉砕全滅地獄絵図、やんまさんの名を公式に残すものはなかったが。
生石いわく、『数百以上もの戦果をあげている』とのこと。
まさに英雄だ。
だが、やんまさんからは、そういった覇気のいっさいを感じ得なかった。なぜなら──。
「みてみて。これ、ワシのひい孫、かわいいでしょ~」
こどもの写真をみて、ニタニタ笑う、よぼよぼのおじいちゃんがそこにはいたからだ。
お年にしては自立しているし、会話も問題なく交わせている。が、いかんせん声がか細いので、クネヒトちゃんや生石とのギャップに驚く。
やんまさんとの出会いはこう──。
毎日神社で炊き出しをしていると生石に教えてもらい。
ついでにスマホも渡された。
どうやらやんまさんの落とし物らしく、『これを口実に知り合ってみては』とのことだ。
あいつにしては気が利くが。交換条件として、クネヒトちゃんに押しつけられた金属バッドを手渡すことになった。
バットは元々生石の持ち物だったらしく。クネヒトちゃんとのバトルのおり、パクられていたらしい。
僕はもう深く考えないことにした。
スマホを渡し。炊き出しも手伝ったお礼として、カレーをもらう。
やんまさんと二人で食べることにし。
「かわいいかわいい。それでやんまさん、どうですか。教えてもらえませんか?」
初めてまともに会話できた人。僕は作戦をそのまま伝えることにした。
やんまさんはしばらく悩んだのち、ボソボソと語ってくれた。
「ワシよりすごい人……。いるにはいる、それも沢山。ろくに死にぞこなっちゃいないもんでね。だが、一番すごい奴とくれば、少し返答に困る」
「なぜですか?」
「生きているのか、死んでいるのか、見当もつかない」
次の瞬間、意味の分からないことがおこる。
やんまさんは、懐からおもむろに、とんでもないものをとりだした──。
「!?」
夕焼けが暗く、すぐにソレがなにか、察せなかった。
ソレは、小学生でさえ一目で分かる、とある兵器であった。
えらく年期の入った。
ソレは拳銃だった──。
「ホンモンだから、さわったらいかんよ」
反射的に距離を離す。
「ちっ──」
このジジイ、悪戯っ子みたいに嗤っていやがる。
あぁそうだよな、いくら今はひ弱なじいさんだとしても。
あの生石さえ霞むほどの英雄であり。
このジジイは、おそらく日本で一番人を殺した殺人鬼だ。
日本のために戦ってくれた神兵に向かって、僕は最低な感想を抱いた。
でも、だからこそ断言する。
こいつは、『お国のため』を口実に、戦争を楽しんでいた男だ。
英雄とは名ばかりの、快楽殺人者。
一目でわかる。先とは雰囲気の質が違う。
落ちくぼんだ両の目の奥。およそみたことのない悍ましい闇が、
クネヒトちゃんが常識を。生石が理性を捨てているのなら。やんまさんは倫理を捨てた。
正直、すこし下部がにじんだ。
「ほら、ここに名前書いてる。この拳銃はね、ワシの宿敵から
ツラツラと語ってくれた。
幾たびの戦場、ことあるごとに相対した、一人の米兵の話だ。
米兵はやんまさん以上に類い希なる強者であったらしく。
二人はあまりにも強く、ついぞ決着は叶わなかった。
だからだろう、数奇な絆が彼らを結ぶ。
二人は終戦後も殺し合うことを約束したのだ。
勝敗も。生死すら関係ない。終戦から半世紀以上、なおも続くわだかまりが、やんまさん達を縛りあげた。
拳銃は、ある種の呪いなんだ。
「殺してやる。この手で、この銃で。奴の息の根をとめてやる。その一心でワシは生き伸びた。戦後、五十の渡米、二度の出兵をへてなお。影を踏むことも叶わんかった」
「それで?」
「夢半ば諦めた。だから紹介はできない。それに、仮に見つかったとして。少年、お前にはくれてやらない」
嘲笑。嘲笑。我に返ったか、やんまさんは銃を懐にしまう。
──なるものか。
「見つけましたよ、その米兵さん」
「あ?」
「ほら、この人ですよね」
スマホの画面、ひい孫を見せつけたみたいに。
映し出された画像は、とある退役軍人の姿だった。
「な、なぜ?」
驚愕。震えるやんまさん。
半信半疑だったが、そこで確信。
この老人は、やんまさんの宿敵で間違いない。
「SNSですよ。出身国、来歴、そして名前。全部分かってんだから、今の時代どうにでもなります」
まさかここまで簡単にヒットするとは思わなかったが。
あるいは、これもある種のアプローチなのかも。
米兵も、やんまさんとの再開を強く願っていたのだ。
どいつもこいつも、薄気味悪い。
「は、はは──」
やんまさんが、追いすがらんとスマホへ手を伸ばした。
今だ!!
「っ──!」
「なにを!?」
僕はやんまさんから銃を取り上げる。
スマホに意識を向けすぎて、注意が散漫になっていたのもあるし。
いくら英雄とは言え、彼はしなびた残党にちがいない。
「うごくな!」
すぐさま銃口を向ける。
もちろん撃ち方なんて知らないし。折れた右手ではセーフティーを外せやしない。
そもそも僕は小学生だ、脅しだとしても、引き金を握る度胸などない。
常識的に考えれば、喝のひとつで御せる虚勢だ。
しかし死を知っている兵士としての性が、やんまさんの動きを数瞬遅らせるにいたる。
その隙に距離を離す。
「待たんか!」
「待たない! いいかよくきけ。戦争は、もう終わったんだ!」
生涯続く妄執なんて、残酷なだけだよ。
いつまでも見えないものに、縛られてんなよ。
「やんまさん。あなたのしわくちゃな両手は、可愛いひい孫を撫でるためにあるはずだ。まかりまちがっても人を殺すためじゃない」
「返せ……」
「お疲れ様でした。カレー、おいしかったです」
僕は駆ける。英雄は、されど老兵、去るのみで。
新時代、追いつけっこない。
三人目。
八尾 やんま。
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