第2話 二人目

 僕はしがない小学生。

 なんの特技も、趣味も、生き甲斐もない、つまらない男の子。

 

 だからだろう、僕はほしがりのクネヒトちゃんと友達になれた。

 特技も、趣味も、生き甲斐も。全部彼女にあげることができたから。

 親友になれちゃった。うれしぃ……。


『有名人の知り合いはいませんか? 五回繰り返せばマイティ・ソーにも会えちゃう大作戦』、上々の滑り出しと言えよう。


 ネクストステップ。

 クネヒトちゃんが知りえる、最もすごい人が。午後六時になるとこの公園に来るらしい。


 クネヒトちゃんは見たいアニメの放送日だからと、あっけなく帰宅した。友達を一人残して。とてもらしいと思った。


『まじでヤバい人やから、なんかあったら迷い無くコイツでぶん殴ってまえ』

 彼女は言い残し、金属バットを置いていった。


 クネヒトちゃんのほうがヤバい奴に思えてならない。

 そして迎える、時刻は六時。


 彼は本当にやってきた──。


生石おいしさんですか?」

「あぁ、何を隠そう俺が生石だ。少年、喧嘩しようぜ☆」


 は?


 生石さんへの第一印象は最悪だった。

 特徴的なリーゼントヘア。学ランはやぶれかぶれ。オーバーサイズのニッカポッカ。


 令和に似つかわしくない、いにしえのツッパりスタイルだ。


 クネヒトちゃん曰く、生石さんは町一番の不良であり。関西圏随一のであるらしい。


 なぜか──。


「頭ん中の天使と悪魔が仲良くてさぁ。気にくわねえ奴はぶん殴れって、二人して応援してくれんだ。誰かをぶん殴るとき、自分だってぶん殴られるべきだろう? だから少年、俺をぶん殴ってくれ」


 ぶんぶんぶんと。蜂さんか?

 ニッチな要求にさっちもいかない。

 クネヒトちゃんはイカれていたが。この人は頭が壊れている。


「一人じゃ心細い? 友達呼べば? リンチでミンチでもいただきます。俺はいつだって闘争に飢えています」


 生来のジャンク品。生粋の不良品。廃品回収車へ親指を立てろ。


「殴ってくれる敵より、優しいだけの味方が嫌いだ。ところで君、俺は君を好きになりたい!」


 クネヒトちゃん、ありがとう。

 この人は君よりよほどヤバい。とてもじゃないが友達になりたいと思えない。


「少年、好きにやれ。靴を履くなんて憂鬱な儀式をせず、裸足で野山を駆けてやれ。それぐらいの自由、たまには夢見ていい! 俺は治外法権だ! 殺す気でこい!」


 僕は理解を諦めた。生石さんは終わった人だ。


「それとも何か? 君もほかの誰かと同じように、俺をおまわりに通報するのか? うんざりなんだよ、不審者って言われるのはさ」


 治外法権なんだろ? 審判請求できないから、文字通りの不審者じゃないか。

 正論はむなしくて霧散した。


「怠慢だよ、まったく怠慢だよ、太陽とおなじほどに! いつも同じところからのぼって、同じように沈んでいく! そこには発展も進展もない! 俺は革新を求めています!」


 太陽より勤勉な赤もいないよ。

 

 思い出した。そういえば今朝の朝礼で、『なぐってほしい』などと供述する不審者が続出していると、報告があった。絶対生石だ。


 クネヒトちゃん、知り合う人はえらんだほうがいい。本気で注意してあげよう。友達として。


「やれやれ……」


 一刻もはやく生石とのイベントを終わらせなければ。

 じゃなきゃ僕の成りたい『何者か』が、『被害者』になってしまう!?


「生石さん、僕はあなたより強いです」

「ほほう?」

「今からそれを証明します」

 

 あぁ、本当に嫌だ。

 らしくない。僕らしくない。らしくないことを、今からする。


 でも、この人より人がいるというのなら。

 僕は会わなければいけない。生石ですら、踏み石にしなければいけない。


 嫌だ、嫌だ、かなり嫌だ、絶対嫌だ。

 でも残念なことに、とてもわくわくしているのも事実。


 指をさす。大きな大きな──。


「この木、殴ってください。本気で、全霊で、へし折る気で」

「あい分かった!!」


 彼に迷いはなかった。拳はなんと──、


「そしてみろ、この拳! 俺は硬い、傷の一つも無い! まさに鋼鉄!」

「そうですね、では、僕の番です」


 僕だって本気。全霊で。全力で。遮二無二殴りつける。


 ん。ん、ん。んんんん──。


 だとしても僕は一般人。しがない小学生でしかなく。

 木はひとかけも砕けることなく。砕けたのは、僕の拳のほうだった。


「いったぁぁぁぁ!!??」


 激痛。

 間違いなく骨が折れた。もしかしたら、人生で一番痛いのが今かも知れない。 


「き、君!?」


「みろ生石! 僕は本気で殴ったぞ!! 血がでているぞ、骨は折れたぞ! 大事な右手なのに、もうペンも握れやしない!? どうだ、僕は強い! で力をセーブしていたお前より、よほどが強い!」


 一休さんでも『とんちき』だと呆れる、理にかなわない屁理屈です。

 でも、僕は知っている。たぶん、いいや絶対に。


 生石はアホだから──。


「か、完敗だぁぁ!?」



 二人目。

 生石 刹那。

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