六次の隔たり
海の字
第1話 一人目
僕はしがない小学生。
なんの特技も、趣味も、生き甲斐もない、つまらない男の子。
だからだろう、僕はとある感情を強く抱いていた。
『何者かになりたい』
陳腐なコンプレックスは日に日に肥大化し、抑えが利かなくなって。あくる日爆発した。暴発かもしれない。
本を読んでいたときのことだ。
暇つぶしのために選んだ学術書。
だったのに。
とても目を引く、面白い仮説を見つけてしまったんだ。
『六次の隔たり』
英語圏では『Six Degrees of Separation』と呼ばれているらしく。
ざっくり説明すると。
知り合いの知り合いを辿っていけば、最終的に世界中の誰とでも繋がることができる。
その最小試行回数が五回である、というもの。五人の仲介人と自分を含めた、六次の隔たり。
この仮説が正しければ、理(想)論上どんな人間とも繋がることができてしまう。
リオネルメッシ、ローマ法王、ヒカキン、ジョンタイターにも会えてしまう。
そこで閃く。
たとえ何者でもない僕だとしても。
『何者か』の知り合いになることができれば。
以前の僕より、相対的に『すごいやつ』になれるのではないかと。
知り合いにハリウッドスターがいる。プロアスリートがいる。トップユーチューバーがいる。なんだかね、ワクワクするんだ。僕が小学生だからかな?
小学生だから。向こう水な挑戦にも臆することなく、立ち向かうことができてしまう。小学生だから。溢れだす好奇は何人も止められない。
たとえば、学校一の問題児。
ガキ大将のクネヒトさんに話しかけてしまったり。
「クネヒトさん、友達になりませんか?」
ぶん殴られた。
クネヒトさんは燃えるような赤髪の少女で。先生に何度も『染めろ』と指導されたとしても。『ハーフだから地毛』と、頑なに拒んでいる。
そんな髪色に負けず劣らず、強烈な性格の持ち主で。同級生たちは怖がって、ろくすっぽ話しかけやしない。
今日も今日とて、一人、公園のベンチに腰掛けていた。日向ぼっこをしていた。
触らぬ神に祟りなし、どころか、向こうから突っかかってくる系の祟り神だ。
実際、僕は話しかけただけでぶん殴られてしまった。
「友達でもないくせに、気安く話しかけてくんな」
「その信仰だと、君は新しい友達ができ得ないよ」
グーパンチから始まる人間関係などあってたまるか。
「ぶちのめされても、なお『仲良くしたい』って言えるやつと、アタシは友達になりたいもんや」
なるほど、ぶっとんでいる。
クネヒトさんに話しかけてよかった。間違いなく、現状の人生において、最もすごい人が彼女だ。
「僕と仲良くしませんか?」
「頭いかれてんのか?」
どの口が。
「僕は本気です。冗談なんかであんたと関わってたまるか。まったく冗談じゃない」
「一つ聞く。どうしてアタシなんや? アタシなんかとつるんで、お前になんのメリットがある?」
馬鹿らしい。
「一緒にいたら楽しそう。それ以外に報酬が必要?」
利害関係、ライバル関係、異性関係。どいつもこいつも、実名を騙るために『友達』を都合よく利用している。
「なるほど、たしかにアタシは面白い奴や。でも、それだと採算が取れへん。アタシ目線、お前がちっとも面白そうな奴にみえへんから」
一理ある。
「一人ぼちへの憐憫だったり? ぶん殴るぞ。これは持論やが、一人でいるのは退屈じゃない。つまらない奴とおるんが退屈なんや」
大いに同感だ。
「クネヒトさん、あなたの思う『面白い』とはなんですか?」
ベンチから立ち上がったクネヒトさんは、次にブランコをこぎ始めた。
「アタシは小学六年生だから。アタシ中心に世界が回っていないって、もう知っちゃっとる。大人なんよ」
「はぁ……」
「だからアタシは思うよ。アタシを中心に、世界を回してみたいなって」
「はぁ?」
「決めた。アタシを一番にしてくれる人以外との人間関係、アタシはいらへん」
自分を一番にしてくれる人としか、人生を歩まないのなら。たしかに、自分中心で世界を回せる。
ただ、必然歩みは遅くなる。
ベンチへ座り込むくらい。
行っては戻るブランコほどに。
地球の重力を舐めちゃいけない。
人間が一人でできることなんて、たかが知れている。
あと、自分を一番にしてくれる人なんて、そうそういないんだぜ。
それこそ、地球の全部を回って探すべき運命で。公園で暇してる場合じゃないのは確かだ。
「アタシは、アタシのために。『アタシ以外の誰とも友達にならへん』ような奴と、友達になりたい」
「いいですよ」
「だからお前とは仲良くなれ──」
「クネヒトさん。僕と友達になりましょう」
「は?」
「僕はあなた以外の誰とも。今後一切、死ぬまで、友達にはなりません」
「え? まじ?」
「まじです。誓います」
「ぶったまげたぜ……」
茫然といった様子のクネヒトさん。
彼女は、僕という人間の、明確な欠点を見抜けなかったようだ。
僕は誰かと友達にならないと約束したが。
そもそも。
僕は誰かと友達になれるほど、面白い人間ではないのだ。
うれしいな。素敵な人と友達になれちゃった。もう、ここで終わってしまってもいいかもね。
一人目。
ランツ・クネヒト・ループレヒト。
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