十九話【意想外】
「ここは……」
村の集会用に出来た古屋で、目を覚ます老婆。
寝心地の良いベッドに驚きながら体を起こすと、窓の外に広がる長閑な風景。
人族の子供達5人に囲まれ、惣一郎が老婆を覗き込む。
手に持つ土鍋からは、美味しそうな匂いが漂い、たまらずお腹が鳴る老婆。
「目が覚めたか? まずは食って回復しろ。話はそれからだ」
「ババ様、凄く美味しいよ!」
「ババ様も早く!」
すっかり元気になった子供達が老婆に手を貸し、ベッドに座り、驚きの表情で子供達の手から惣一郎の作ったお粥を食べ始める。
あの痩せ細って今にも倒れそうだった子供達が、すっかり元気に健康的な体つきになっている事に、夢でも見ていると思ったのだろう。
そう思わせる程、美味いお粥だった。
惣一郎達は突然現れた痩せた子供達を連れ、ユグポンの村の中で食事を与えたのが昨日の事であった。
三度の食事で見る見る回復した子供達。
その子供達に聞くと、蟲に村が襲われてババ様と呼ばれるこの老婆がみんなを連れ逃げ出したそうだが、森で迷い、蟲に囲まれた森でツリーハウスからも出られず何日も籠っていたそうだ。
そこに運良く現れた惣一郎達。
老婆も藁にもすがる思いで声をかけて来たに違いない。
惣一郎は蟲退治を一時中断し、村に匿ったのだ。
それを反対する者もいなかった。
食事を終えた老婆が涙を浮かべ、惣一郎に頭を下げる。
「本当にありがとうございます…… この子達を失う所でした……」
「大変だった様だな、村が襲われたそうだが、近いのか?」
「いえ、もうひと月以上も森を…… ユースエル街まで向かう所でしたが、蟲に囲まれてしまいツリーハウスに逃げ込んだのは良いのですが、逃げ出した時に持ち出した食料も少なく、もうダメかと諦めていた所に外から人の声が……」
「運が良かったな。街に行けば助けてくれる人がいるのか?」
「いえ…… 私達に行く当てなども無く、村を逃げ出した時にいくらか金品を持ち出せたので、食料を求めに向かっていただけです…… この子達の親ももう……」
「そうか……」
するとずっと黙っていたスワロが、
「案ずるなご婦人! この方は勇者様だ。この村の者も皆、勇者様に救われた者達の集まりだ。ここで暮らせば良い!」
っと胸を張り、自慢げに微笑む。
まぁ、追い出したりはしないが……
「勇者様! 勇者様なのですか!」
「まぁ、厳密には外で子供達と遊んでる、あの子が勇者なんだがね」
「何を! 主人も立派な勇者ではないか!」
「勇者様…… では何故…… 何故に村を救ってくださらなかったのですか! 村は…… 家族は…… 孫の[リント]は…… おぉぉぉ」
泣き出す老婆。
早くに気付いていれば……
かける言葉を失う、惣一郎とスワロだった。
お茶を淹れ、落ち着かせる惣一郎。
外では子供達の歓声の中、ベンゾウが騎士達を相手に、訓練をしていた。
「助けて頂いたにも関わらず取り乱してしまい、申し訳ありません勇者様」
「いや…… 助けられずに済まなかった……」
惣一郎が謝る事では無いと思うスワロが、言葉を飲み込む。
「名乗って無かったな、惣一郎だ。この先の崖に蟲の巣があると聞いて、討伐に向かっていた所だったんだが」
「ババと申します」
ババ様のババは名前だったのか……
「それでその、巣…ですか? それはどの様な蟲の巣でしょうか?」
「黒い羽を生やす、針の付いた蟲らしいのだが」
ババの顔色が変わる。
「勇者様、私達の村は蟲の住む森の中で何代にも渡り、生きてきた村です。小型の蟲程度なら、村の男達でも対処する事が出来る、そんな術を磨いてきた村です。ですがアレは…… 突然現れたアレは今まで見た蟲とは全くの別物です」
「村を襲ったのが、その黒い蟲なのか?」
「はい、人形の小型の蟲でした。それが何匹も」
「えっ、上位種の群れなのか!」
「上位種かは分かりません。初めて見る物でした…… ですが、村を襲った黒き蟲は素早く、村の屈強な男達をいとも簡単に…… 毒で身動きできない様にすると、村人を連れ去って行ったのです! 女子供も分け隔て無く、一匹がひとりを抱えて…… 私達が逃げ出せたのは、襲って来た蟲の数よりも村人の方が多かった、それだけだったのです…… くっ……」
「貴重な情報をありがとう…… 少し休むといい、後の事は俺に任せろ」
考えを改めないといけない様だ……
スワロを連れ部屋を出る惣一郎。
訓練を眺めるミネアに、セリーナを呼んできてくれと頼む。
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