二話【ベンゾウ】

依頼報告を終え、近くの施設から家のある島へと帰っていくジビカガイライ。


島の施設では、薄汚れたビーチベッドに横たわり酒を飲む老人がガラス越しに、日光浴を楽しんでいた。


「ただいま、ギド爺。また昼間っから飲んでるのか? 仕事は?」


「うるせ〜 おりゃ運搬屋じゃねぇ! ヒック」


「ベンゾウは?」


「随分前に家に帰ったよ!」


施設を出ると穏やかな波打ち際の先、砂浜の向こうに、煉瓦造りの立派な屋敷が見える。


海の向こうには島があり、その森の中に大きな山が見える。


砂浜にはベンゾウの物と思われる足跡とは別に、違う足跡が続いていた。


「お客様かしら?」


クロの首を撫でながら歩くセシル。


気にもしない弁慶が、家へと入っていく。


立派な外見の屋敷の中には、大きなテントが張られており、その周りに部屋が並ぶ。


テントは以前、惣一郎が出した物であった。


そのテントを潮風から守る様に建てられた屋敷。


帰るなり真っ直ぐテントに入っていく。


「ただいま。やっぱりあんたか、サーズリ」


「弁慶殿、頼む! ベンゾウ様を説得してくれ」


苦労している様な年配の男。


白髪混じりの長髪を縛る疲れた顔で、弁慶に助けを求めて来た。


「勇者祭だろ? 言ったって無駄だよ! ベンゾウが出る訳無いだろ」


「毎年俺が責められるんだ! 勇者祭になんで勇者が出ないのかって。祭りも今年で六回目だ! 頼む一度でいい、顔を出すだけでいいから、ベンゾウ様を説得してくれ」


「だってよ、ベンゾウ」


奥の仕切りの向こうから現れる、赤い下着姿の細身の女性。


猫の様な耳を動かし、長い銀髪を揺らす。


長い足の付け根に手を添え、片方ヒビが入り割れている分厚い眼鏡。


美人なのに、その眼鏡が台無しにしていた。


サーズリはつい目を逸らす。


「勇者はご主人様だ。世界を救ったのも!」


凛と凄む、細身だが筋肉質なベンゾウ。


「服を着ろ! 困ってるだろ」


弁慶が近くに脱ぎ捨てられた服を拾い投げると、


「まぁ、サーズリの旦那。アタイもベンゾウと同じ意見だ。何回来ようと参加はしないぞ」


っと、散らかった靴を拾い集める。


すると大きな犬神のクロが、ベンゾウを包む様に回り込みしゃがむ。


ベンゾウもクロにもたれかかり、ズボンを履き始める。


「ああ〜 やっぱ無理か……」


渋々肩を落とすサーズリが、マジックバックから冷えた箱を取り出す。


「差し入れだ、ワーテイズで評判のプリンだ」


するとズボンに片足突っ込んだ状態で、飛びつくベンゾウ。


「また来るよ」と、悲しげに帰っていくサーズリ。


苦労してる様だ……




「依頼報告はしておいたからな、リーダー」


嫌味っぽく、ベンゾウの抱える箱からプリンを一つ取る弁慶が、そのままテーブルにつく。


テーブルにはセシルがすでに、お茶を並べていた。




すでに3個目を食べているベンゾウの耳が、ピクっと動くと手が止まる。


遅れてクロが顔を上げ、外を気にすると突然大声をあげる!


「次元が開くぞ!」


急に喋る犬に驚きもせず、外に顔を向ける弁慶とセシル!


慌てて手を使い、四足獣の様に外に走り出すベンゾウ!


弁慶達も追いかける!


島の上空には黒い雲が渦を巻き、陽の光を遮っていく。


足首にズボンを引きずる、下着姿のベンゾウが、静かに涙を流す……


その左手首には、金属のプレートの付いた組紐の飾りが光っていた。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る