忖度tea (2)
後ろの窓の外、地上からは、遊び回る子供たちの声が聞こえてくる。
「あれだよ福ちゃん、総神山は、ともすりゃ黙示録やなんかの預言に傾倒して」
「――『666』の、黙示録か」
「好きに預言を解釈しがちだとは……俺も感じるものはある。大事なことは、たとえばヨナ書にだって記されてあると思うんだが」
「なっしょ?」
「ヨナ書。そこにニネベという町が出てきて」
「ヨナヨナ?」
「聖書の中の。ヨナ書って書物」
「有名なの? それは」
「どうなんだろうな、中くらいに有名なのかなア。そこで神が、ニネベは滅びると。ヨナって人物の口から言わすのさ」
「ヨナ書、これだね。けっこう短いんだな、ヨナ書って」
スマホ検索で、さくりと出てきた。
「そこの第3章にニネベという町が出てくる。ほかのふたつの預言書にも出てくるが、ひとまずそこな」
「んーむ」
3章、2節……
「『"立って、あの大きな町ニネベに行き、あなたに命じる言葉をこれに伝えよ"』」
4節……
「『ヨナはその町にはいり、初め一日
藤野はうなずいた。
「そうなんだ。でもそれが結局、神はニネベを滅ぼさなかった。ゆくゆくは陥落したけどね」
「ふーん……あ、そうか。書いてあるね、町の人間が改心したからだ」
よかったじゃないですか。
異国じゃないが、遺跡発掘調査の求人案件を見たことがあったのを脈絡もなく思い出した。
俺はお茶を二口すすった。
「すまんが福ちゃん、その後ろの棚の聖書取ってくんろ」
「お、紙本。でけえなこりゃ」
重っ。
「見てのとおりで、これも口語訳」
受けとった藤野は本を函から出すと、終わりのほうから開いた。
藤野賢の手……。指は細長い。物流の労務だけでは飽きたらないような。
「かたや、黙示録の記述はこうさね。ヨハネの黙示録1章……19節。『"−そこで、あなたの見たこと、現在のこと、今後起ろうとすることを、書きとめなさい−"』」
行を目で追う藤野。
「4章、1節。『その後、わたしが見ていると、見よ、開いた門が天にあった。そして、さきにラッパのような声でわたしに呼びかけるのを聞いた初めの声が、"ここに上ってきなさい。そうしたら、これから後に起るべきことを、見せてあげよう"と言った』」
これから……起こるべきこと
「で、たとえば9章の、15。『すると、その時、その日、その月、その年に備えておかれた四人の御使が、人間の三分の一を殺すために、解き放たれた』」
殺す……ため
「18 『この三つの災害、すなわち、彼らの口から出て来る火と煙と硫黄とによって、人間の三分の一は殺されてしまった』」
殺されてしまった
「16章には『(見よ、わたしは
「盗人のようにってのは、つまり……」
「盗賊・盗人、これは新約聖書中の他の福音書なんかにも出てきて、パウロの書簡には『主の日は盗人が夜くるように来る』とある」
「天災は忘れたころにやってくるってね」
孝行をしたいときでも親イナイのは俺だけど。「そもそもヨナ書なる書は旧約聖書の一冊、ビフォー・キリストだろ。それは……わかる」
「三分の一は殺されると聞かされれば、普通は殺されるなんてまっぴらだと思うよな」
「ああ……。でもニュー総神山は、自分たちは助かるって思ってる」
「なんのこっちゃその、ニュー」
「しかしこぇえって、聖書の神。おまえは……藤野、殺されちまいたいのか?」
「まさか、まさか。だが、『殺されずに残った人々』についてもあれやこれや書かれてあるのを見るとね…………殺されるのと、どっちがましなのかってなってくるよ」
「んなら、即身成仏するのか」
「いや、俺の中では微妙にちがう」
「なんだつまんねえな、五年前の俺がその教義知ったらなびいてたろうに。つうか、聖書そのものがまるごと偽典で、神ならぬ何者かによる社会の洗脳装置である可能性すら俺は思うぜ」
「まるごと……っ。突拍子もない〜。福ちゃん」
「まえにも超ざっくり見てみたときあったけどよ、主なる神ってやたら出てくんじゃん、聖書」
「んむ」
「なんで神は、何千年もまえの人びとのまえにばっか姿あらわして現代人とは会話しないんだって、素朴に疑問だ」
「だれにでも姿あらわしてたんじゃないさね」
「わァってら。そんくらいなら。それも踏まえてなあ」
「古代イスラエル人の側で怖気づいて『神がわたしたちに語られぬようにしてください』って指導者に頼んだ経緯も踏まえてるかい」
「指導…………モーセだね。かの地にたどり着く前に、年の若いのと交代した」
「ついさっき、自分で答めいたこと言ってなかった? ビフォーって」
そこにさつきが菓子をのせた皿を持ってきた。
「スマホとか、あるからじゃない? 福留くん、よかったらこれも食べてー」
「スマ、ホ」
「古代には、印刷技術もなかったはずでしょ。いまとは流れる時間…………時間の流れかたもちがってて、それで神様とやりとりできたんじゃない?」
「おまえらー」
俺とさつきを交互に見ながら、藤野が言い出した。
「なかなかザンシンなこと言ってくれるじゃねえか。それ小説に投稿しろや」
って、すでに出てるくね? ネタとして。
いや。既出なのは
しかしだ藤野、四条。俺は二輪の乗りものを転ばすことで振り向かせなくても、道をあのまま進んでおまえらがだれだかを確かめる。
「補講があるから無理ぴょーん」
「発想だけだもん。おまえニクヅケしてよ、それと代筆。ってもしやおまえ」言いながら俺はさつきを見た。「しかるべきサイトで――」
「ふふ。ひみちゅ」
「分けマエよこすか? 福ちゃん」
藤野がさし出した手のひらに、アソートチョコの包みを乗せてやった。
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