最終章
忖度tea (1)
親元宅寄りの施設を候補に入れなかったことはうまく話せそうにない。
塩谷さんから聞いて知った話も飛ばしたが、さなちゃんの病状のことをいくらか聞いてもらった。
こいつらのことだ、当然
なにも言わなくなったと思うと、藤野は、あぐらをかいたまま、背すじをのばして目を閉じている。さつきが、同じように目をつぶった。
不思議な静けさ……
眺めてるのもばつが悪くて、俺もすこしのあいだ瞼を閉じる。
「だが、あなたがたに告げるが−」
藤野が伏し目で開口し、俺は顔を前へ向けた。
「自分の兄弟に対して……ちょちスキップ……腹を立てる者はみな裁きを受ける」
「クラィストが……言ってたか? 超うっすら知ってるぞ」
「ただいまカンニング中ッす」
藤野は、スマホの画面をこっちに向けてみせた。
「『"−自分の兄弟に対して'ラカ!'と言う者は最高法院に引き渡され、'愚か者!'と言う者は燃えるゲヘナに投げ込まれる』」
意味不明な単語はともかく、藤野の言いたいことは、伝わってこないでもなかった。
「『"−−あなたの頭にかけても誓ってはならない。あなたは髪の毛一本さえ白くも黒くもできないからだ』。これ、訳し方次第でこうもなるさね。いいか?」
「ンァ」
「『"
「聴覚に訴えてる」
笑いながらさつきがそう言った。
「おいらもすこしはオトナになったからね」
とふたりに言った。「イヤナやつに対して『ろくな死にかたしねえ』って思う考えは捨てたよ、っつか、捨ててる」
今度は目を閉じないふたりに、
「なんでおまえらみたいなのが
「ホメてくれてんのかい。俺ね、終身会員でいられる自信はないのよ。頭も心も弱いんだネ。吟味して、段階踏んで入信した気ィではいたけれども」
「吟味」
「御倉総神山は教理に重きを置いてて、創始者に特別な磁力があるわけではないという印象が、当時あった」
「こんな規模になるとは思ってなかったよね。ゆるふわ系とかのスピでなければいい気が……あたしはしちゃってたのね、周辺にそういうのハマってる人が結構いて」
「なれそめがな。俺らは名前を覚えたの、学校でだったね、互いのね」
「あたしは下の名前知ったのがね。同じ教団に所属してるコトで加速づいたのは、大いにある」
「うん……。信仰歴、そんな長くもないからかもなぁ。いま五年目だから」
「だって四条は子供んときからだろ」
とつっこんだ。
「そうだな」
「それに、もっと新しいのはたくさんいるだろ」
「俺は御倉総神山と連携してる団体にも登録してるから、ちょっと外側から見てるっていうのはあるかもしれない」
「ナニソレ」
「姉妹教団で、
「う……、たっは。御倉といい、漢字漢字してるな」
「昔は日本でもキリスト教のことを耶蘇教って言ってたんだから、おかしくはないさ」
どっかで聞いた。教科書だったっけ。
「雪耻会もキリスト教系だが、いろんな要素がまじってる。総神山にしても、あれこれと取りこんでるがな。んーと、真言密教の教えであるとか」
「仏教……あぁ『キリスト・御仏とともに』だっけな、そういや」
「ようは死んだあとの極楽浄土に救いを求むるにあらずして、現世で即身成仏することによって、生きながらに
即身成仏ね。いかにも御倉的な教義……っつうか、高名な坊さんをパクってアレンジしただけのニホヒがプンプンじゃねえか。
俺の親も、そういうのにうつつ抜かしてんだわ。
俺の母親に、『この子はあんたの所有物じゃないんだよ』って言い放ってた洋子伯母ちゃんの顔が、ふとよぎった。
「念のためだが福ちゃん。いま'あぐら'なんかかいてるのは、椅子がここにないからだよ」
と両手で大仏なポーズをつくりながら藤野が言った。
「ぷふ……、はいよ」
「寝ころがってれば、起き上がって聞いてる話だ」
「了解」
「福ちゃんにはかなり詰めよったけど、俺、攻撃するつもりはさらさらなくてさ」
「賢ったら。福留くんはだいたい話しかけんなオーラ出してなくって、出しゃばっちゃってるんでしょ」
「そう? 俺、かまってちゃんオーラ出てる?」
「え? いやゃや、そこまで思ってないー」
否定してなくね?
ま、俺はさびしがり屋だけどな。
「福ちゃんはトイレで落とした俺のピックを拾ってくれたのー」とさつきにとも俺にともないように聞こえる口ぶりで、藤野は言った。
えー……、こやつなにを覚えてるかわからぬな。
「二組の
笠松……
「あぁ、あのなんかちょっと藤野に似た、ダサかっけえ」
いつも挨拶はないが、会釈するんだよな。「いいよいいよー、俺は細い人脈で。放電パネそぅ」
「針の穴を通るラクダが湧いたさ」
「あァ? 四条さん、この人の湯呑みにアルコールなぞ注ぎましたか?」
その意味不明な藤野の言は、あとで調べたら、キリストが話した中にあった。
『富んだ人が神の王国に入るよりは、ラクダが針の穴を通り抜ける方が易しいのだ』。ますますわからんわ。
「おまえは、俺に殺される思いしたことあるか?」
ひょいと尋ねると、藤野は「ないヨ」と歯切れのいい答えを返した。
「そうか。俺もねえよ」
「あ」
さつきが口を開いたから、ドキッてした。
「ここだから言うけど、この子のことがわかったとき、あたし、父親にボコられたー」
俺は藤野賢と一緒に固まった。が、藤野のほうは口にやった湯呑みを置くと、芋をかじりだした。
気のきいた言葉なぞ出てこん……
「ごめんな、さつきちゃんっていう、年ごろの娘を持つ男親になってみないと、わからんかもやー……その心理」と俺は言った。
それで『殺される思い』をしたっていうのなら、いま目の前にいるキミは蘇生体だね、なんて言ったら、さつきはどう答えるだろう。
「ふふ、ごめんね。言ってみただけ。おとん、いまはとってもやさしいよ。賢に対しても普通だし。ね」
「いろいろ甘えさせてもらってるね」
「……」
親父さんは、孫を抱くんだね。
体を揺らした弾みに、藤野は屁をこいた。
「あ。失礼、やーね、自分んちなのをいいコトに」
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