太助 ( 5/5 )

 腰をおろした川沿いの原っぱで、カーゴパンツのポケットを探る。キーホルダーに使っている折りたたみのミニナイフを眺めた。

 鍵が取れてる。夢でなかったら、慌てて探してるところだ。


 ハーフパンツにグルカ風のサンダルを履いた太助が、一頭の子牛を乗せたソリを引いてる。


「卓史っちゃん。ちょうどいい。見ててー」


 二級河川未満くらいの川の平坦な岸辺を、下流に向けて、太助は走った。

 どこまで行くんだ。なんでソリに牛なわけだよ、太助っちゃん。


「てやんでい。べらんめい。ちゃきちゃきの、リサイタマ」


 六頭身強ぐらいのあの子から届いてくる声。

 べらぼうべらんめえめ、か。こんな『天国』があったんか。

 けど、すくなくとも地獄ではない……


 五、六十メートルくらい先の木のあたりで、折り返してくる。


 あ。すっ転んだ。


 むくりと起きあがり、そのまま俺のところに到着。


「見してみな」


 顔から…………打ちつけたって思ったんだが。


「ここの重力は『月』並みなのか……それとも」

「なんてったーあ? 卓ちゃん」


「いいよ。その帽子は、真友ちゃんが編んでくれたの?」


 太助は、かぶり直した白っぽい薄手の帽子に両手を当てた。


「うん、編んでくれた」

「真友ちゃんは?」


「みんなして、イチゴつんでた」


「おまえ、変わらないな。ここしばらく、いつ会っても十歳ぐらいだ」


 最初は三歳くらいだった。金太郎よろしくの腹掛け一丁が、かわいかったよな。

 このところ、発育してるように見えなかった。


「いっちょまえに、牛を運びました。テッちゃん、みんなのところにお行き。ぼくは卓史っちゃんに用事がある」


 太助は牛を促した。


「用事?」

「約束したよ。ここを行くんだ」


「ああ、アスレチックを向こうまで行ってみるんだったな。じゃあ川で遊ぶのはまただぞ」


 橋のこっち側のたもとはウッドデッキになってて、このおにぎり型のドームへと細く延びてる。対岸に建造物は見あたらないから、橋がアスレチックの起点なんだろう。

 ドームの空洞は、邂逅記念日に俺がこの『夢』を知覚した場所だ。

 登って上を伝ってけば、次の平均台へとうつる。


 コースの左手は、こんもりと木立がつづく。この夢は一部、俺の願望が採用されてるって思う。なぜって、エレメントの継ぎ目継ぎ目で、地面に降り立つことがない構造が俺好みだから。

 ロープはそれ自体が、蔓そのものかのようだ。


 空に白い丸びた本物ホンモノの月が浮かぶ。すみれ色っぽかった日もあった空。

 その濃い青色に抜けた上方に、細く光線を散らして放つ星が、俺たちの向かうほうへと一緒に進んでくる。


 アイテムを渡りついで行き、櫓を登る。登りつめてく途中で牛たちが、十人ぐらいの人といるのが見えた。


 真友。


 手前の一角では俺の身長にも迫る高さの、コスモスの一種みたいな葉ぶりの草が花をつけて、風に揺れている。太助が声を張りあげた。


「真友ちゃーん。ひいちゃーん」


 真友と、もうひとりが立ちあがって、こっちに手を振った。

 ひいちゃんって呼んだ人は、おそらく真友のお祖母ちゃんだ。暮らしは別々だったが、真友が大好きだった。

 人びとはチュニックのような服に、太助が履いてるようなのや、エスパドリーユ調なサンダル履きの格好をしている。


 そういえば、電柱のほかに、ビニールハウスも見あたらない。現代的な形状の、低くて広っぽい住宅が点々とし、なだらかにつらなる山影。ピンク色の下空との境界を分ける帯状の白いほのめき。


「よし、先を行くか」

「よし。さあ、行きましょう」


 フラットネットのこの先は、クライミングロープ一本につかまってのジャングルフライトだ。

 太助の尻を上に見ながら縄梯子を登る。太助は出立デッキにあがった。


「太助」


 俺もデッキにあがった。


「はい。なんでしょーォ」

「おまえは半分、真友ちゃんに似てるね」


 なんて言うかと思ったら、太助はこう答えた。


「卓史っちゃん、顔がオトナびてるぜー」


 そしてケタケタ笑った。


 たぶんそのあと、苺を食べた。大粒の甘い苺を。


 初対面のときには俺を覗きこんでいたが、俺がおまえの寝顔を見ていた日もある。


 生きてんのかどうかは、ちょっと近寄って胸腹ポンポンに目を凝らせばわかった。

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