太助 ( 3/5 )

 葬儀の日程も過ぎ、俺が最初にしたことは、抗体検査を受けることだった。

 正確には、バイトの給料が出てから受けに行った。

 俺はずっと無症状だったが、真友にうつした可能性が気になった。


 ほかにしてたことっていえば、皆既月食を見ようとして天気のせいで見れなかったり。

 タイムスリップものの小説に没入した。


 抗体検査では、過去に感染しているかをチェックできる。

 結果はマイナスだった。

 いまになって調べても、不正確かもしれないが、気休めにはなった。

 じゃあ、プラスだったらなにをどうしていたんだ? って話ではある。


 交差点の歩道だまりのところで真友と。

 いつものように別れた。あまりにもいつものように別れて、いつものようにやりとりしたメッセージで終わった。


 コロるまで、よく平気だったよな。手伝ってくれた荷物にだって、重てえのがあったじゃないかよな。

 はた目にもよく食うなぁとは思っていた。

 なにを見て、真友になにを求めてたの俺。あいつ、なにも言わなかった。いかにも楽しく振るまって。

 真友は俺に言わなかった……


 俺がまちがえて生まれてきたんだとしても

 おまえは死んじゃいけなかった


 医学的症状についてを調べてもみた。

 食の好みに、変わりはないように見えていた。

 調べる中で

 妊娠すると、免疫力が低下するものなのだとも――

 思い知った。



 同じころ、俺にはコロナワクチンの接種券が届いた。


 俺たちは、なんだったんだろうね。


 まにあわせのロースニーカー。

 借りてプレーするゲーム。


 きつくしめない薄いバンダナ。


 なんだったんだろう。

 予習しなくてもおとずれた朝。ノートに取りきらなくても、消された板書。


 はかどらせるために会う。

 会うために、小脇に抱えた勉強道具。



 不自由だった。


 こうしているこの俺も。



「ただのノリと勢いだったってんなら、世の中全体、そうじゃねえのか」



 人はひとりで生まれてくる。

 でも、生まれるときは ほんとのひとりじゃない。


 熱帯夜の続いた日に、ほんのすこし聖書を、無料のオンラインで読んだ。


 『父よ、もしそう望まれるなら、このさかずきをわたしから取り除いてください。それでも、わたしの意志ではなく、あなたのご意志がなされますように』


 イエス・キリスト、彼が処刑される前夜に山で祈る様子――そこだけがやけに刺さった。

 ノンフィクションか否かは、あんまり関係なかった。文字から想起するイメージは、すでにそこで史実ではない。


 祈るイエスをよそに、弟子たちは居眠りをこき。

 あんなさみしさがあるか? 俺のは孤独のうちに入らない気がしてしまう。



 中学の担任から預かった封筒を、母校が一緒な人間の分まとめて引きうけ、職員室で渡してきた日。

 もどると教室は空っぽ。靴箱にも真友がいない。


 靴に、校庭の砂が入った。自転車置き場まで行く。手前で足をいったんとめて、そこで速度をゆるめた。すっかり葉桜になった木の下で、あいつはスマホをいじっていやがる。首を小揺らしして、画面に集中してる。


 この姿をずっと見ていたいと思った。


 自分のスマホのバイブが鳴ったが、かまわずに本人に歩み寄った。



 そうして、自転車を駐める位置を動かせなくなってしまった。

 あたりまえだが、同じ桜の木のそばに真友はいない。



 いた人がいない。



 クラスがちがって、名前も知らない藤野賢の姿を、たまに見かけていた。

 校庭の御倉ミクラ信者の群れに現れるが、長時間つるんでるようでもない。

 天然かなにか知らんパーマっ毛以外、きわだった特徴があるわけでもないが、なにか目がいく男だった。

 そのうち、同じ女の子といるところをよく見るようになった。



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