いつにない顔 ( 3/4 )
校門を出かかったところで、反対方向の空をちょっと仰いだ。
真友が暮らしてた家は出身の小中学から見ても、俺の親元宅より手前にある。俺が伯母ちゃんちに移り住んでからは、徒歩で三〇分強。五倍かかるようになった。
通らなくなってずいぶんになる。
行ってみようか。
いや、やめとく。
生前の真友んちの前まで行かないと夢で真友に会えない、ってパターンが形成されるのは勘弁してほしい。
俺は左に向けペダルを踏み出した。
中川家に年賀状は出してないが、就職がきまった時点で、近況報告のハガキを出した。返事を期待しなかっただけに、おばさんの字でハガキをもらったときは単純にとても嬉しかった。よくあんな俺のヘタ字に。
驚いた中に、新しい住所から届いたってことがあった。
出すのが遅ければ転送されなかったかもしれないんだ。届いただけでも超絶ありがたい。
ていうか、真理に気づいてしまったよ。
保障がないんだ。行けばこの先――
必ず会えるっていう保障が。
「福留くんだ。ひさしぶりい、元気そうだね」
塀づたいのところで、ひとり歩いてくる女の子が俺を呼んだ。
「お、四条じゃねえか」
前よりか低いとこで髪をひとつに結んで、藤野のとおそろいっぽい顔おむつ……いや、マスクを装着している。保湿か?
「超しばらくだーな、バスで来たのか」
「だよ、始発だからずっと座ってたー。そのマフラーいーねえ。合ってる、色といい柄といい」
「あ、面談なんだよな? きょう聞いたぜ、補講であがれるんだってな」
「そうなの、四月に食いこみそうでね。ひときわ社会弱いのがふがいないわ」
校門のほうを振り返った。
「やつのお出迎えがないな」
「あたしが言ったの、中にいなさいって。バスは絶対遅れるんだから。そう、福留くん、よかったらこれ食べてー」
小さなチョコバー。に、リボンシールがついてる。
「おう。ありがとう」
サドルからケツをおろして受けとった。
ポケットの飴をやろうと思ったが、何日か前につっ込んだ飴だしノンシュガーだからイヤミになってもナンだ。
バスの混みぐあいがどんなだったかは知らないが、これ以上無防備に……俺に接近してくれるなよ、四条。
御倉の信者は、コロナ既接種の人間と密になると健康被害を受けるって、本気で思ってるはずだ。被害によるとする皮膚症状の写真は俺も目にしちゃいる。
とりあえずいまの俺――顎から下は着こんでるけど。その有害物質とやらが繊維の目を通りぬけるのを、想像しないわけにいかない。
「放課後なのに、またバラまくのか」
「ふふ、ことしはさらにピンポイントでね」
四条さつきとは、二年でも同じクラスだった。
去年チョコをくれたとき、この子は日ごろの感謝って言ってた。女子にも配っとった。
機に乗じてるにすぎんのだよな? 年度末にも近くて。聖バレンタインデーのいわれ……古典古代に殉教した聖人だとか、近代日本に風習をもたらした菓子メーカーだとか、未来の大人にチョコレートを配った進駐軍人だとか。そういうのを、つべこべ持ち出すのはよすんだ。
「一緒に暮らすのは、これからか」
「んー。いまんとこ、なんかあいつがこっちに顔見せてくれてる。毎日必ずじゃないけど」
「ふむ」
「具体的にはまっさら状態なの。しばらく親と同居するかどうしようかも……ねえ、そういえば、あたしたちってみんなひとりっ子だね!」
「そういや、そうだな」
真友もそうだった。
さつきんちは、親が職場恋愛なのと、子供が生まれてから御倉に入信した点が、俺のとこと共通してる。
ただ、さつきの両親は彼女が中学のときに御倉を離れている。
「この子はどうなるかなァ、なんてね。さてー、行ってきますか。まだ一五分前、余裕余裕」
とさつき。
「階段とか気をつけな。ちゃんと手すりにつかまるんだぞ」
「あはは、大丈夫。ありがとうね。福留くんも気をつけて」
パンツに、ビット靴ないでたちで、彼女は先を見て歩いていく。
お腹の様子は、言われてみればそうなのかなって感じで、ちょっと俺には気づけなかった。
今度のことはともかく、へんな宗教さえやってなけりゃかぎりなく普通なのにな、四条。
漫然と引きこもってはいないだろうから、きっとなにかやってる。アンケートに答える在宅ワークってガラでもなさそうだが。
しかし、おかしなもんだな。藤野を見ても思ったが、四条がマスクすると違和感ある。
今後顔の一部にするつもりじゃなかろ?
同じ違和感を覚えた記憶はないから、体育の時間に倒れたときも、四条はマスクしてなかっただろう。
運動部には、マスクを着けて走りこんでて、救急車を呼ぶはめになったやつがいる。はたまた彼女のようなケースもある、この……ままならなさ。
学校から一番近いコンビニの前では、ノーマスクで通してきた顔ぶれがきょうも買い食いをしている。在学中見てきたかぎり、店はずっと黙認していた。アホクサい……
バイトしてたところの宅配の自転車リヤカーが躯体をゴトつかせながら、滑るように俺とすれちがった。
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