いつにない顔 ( 2/4 )
入り組んだ気分がもたげる。
一年だったころ、
それが
俺の伯母ちゃんは、真友を覚えてた……伯母夫婦宅へ、離居の荷物を運び入れたときに仲間と手伝ってくれたことがあったからだ。
そもそも俺らのあいだ柄を、藤野は知らないって思う。夢のことにしろ――俺はだれにも話せてないんだし。
藤野に言った。
「まあ、無理するな……って言っても無理すんだろうけどよ、頑張るよな、おまえも」
「あんがとさん。無理は全然してないよ。生きがい――って言うのが大ゲサなら、はり合いさ」
出た、藤野節。負けるわ。
「福ちゃんは、バンドの話したのって、覚えてる?」と藤野。
「ああ。新々々新興宗教の青少年信者バンドだろ?」
俺にも以前、声がかかったんだったが一蹴したんだぜ。
「わはは、痛いな。そっちのほうは、バンド名も決定しないうちにド亀の歩みモードに切り替わったがな。やむを得んわ」
「ふむ」
「俺がいったん抜ける申し出は却下されて……ありがたいっちゃありがたい」
「だっておまえが抜けるってのは、実質、空中分解ってことだろ」
「あん」
「ほかのやつらは華に欠ける」
「福ちゃんが俺をそう評価なさるのけ? 意外すぎてコワイ」
ていうか、新々々新興宗教の青少年信者バンドなんざ、絵にならんっての。いっそ無期限休止にすべきだぜ。俺は心の中で思った。
俺がこいつを拒絶しないのは、挨拶してもちゃんと返してくるところがあるからだ。
非信者を、ちゃんづけで呼ぶ傾向あるのが鼻にはつくが、ナメてるわけでも、正義感からでもない感じがしている。
ほかの御倉信者たちってなると、たいがい俺やなんかを侵略的外来種でも見るような目つきするから
非信者イコール味方、っちゅーのでもないけど。
福留家の近隣には、当家庭を路地端首脳会談(て俺のいう、)のテーマにしてるかたがたがいたもんだった。遊び仲間の親までが、中にはいたんだ。
「さっちゃん、私服で来る許可を得てんだと。スカートが合わなくなって」
「あぁ俺も絶賛成長中だからなんかわかる、いまさら買い替えるかよダヨナ」
「ところで、福留ちゃんは……これからもvac受ける気なの?」
「それなんだよな。どうしたもんかなーあ」
わざと遅めにずらしたことならある。なぜなら、そのまた次との間隔がせばめられた。
お注射の針が大好きで2回目以降も受けつづけてきたわけじゃあゼンゼンない……。
真友がいない現実を突きつけられて、真友とあそこで会ったのが接種の翌日だったから、次を期待したんだ。単純とも、不純ともいえそうな願いではある。
でも、ここへきて状況が変わった。
今回の夢は、ワクチン接種日との関係がない……接種の翌日でないうえ、直近の接種から日が浅すぎるんだ。
したら、打つ必要性はどこに――
「『おまえが言うと説得力がない』って言われるんだろうけどさ」
その声で、ふっとまた机のわれに返る。
藤野が後ろ向きに椅子にまたがって、俺を見すえていた。
「ただワーギャー言ってんじゃない。自分をいじめるのはよしな。次はもう見送れ」
言われたのは、一学期のころ以来だった。
なんだよこいつ。『いーんじゃナイ? 打ちたいと思って打つんだから自己責任』ってつき放したんじゃなかったか?
俺はひと呼吸した。
「今度のとこの職域接種がどうなってるのか未確認なんだわ、考えてみたら。まあ、慌てて打つことはないな。それそうと、おまえの仕事先っていま検温はやってるの?」
「けんお――あぁ、モニターがあるにはあるな。素通りしてるけど」
「ふーん。だよな、一旦2類から引きさげられたらそうなる。計れるようにはなってるのね」
「もしも熱が出りゃあ連絡はするけどね。なんで?」
「今度のとこが自己申告制だったからどうなのかなってさ」
と俺は答えて言った。「俺が夕勤してたころは毎度毎度着いたら計って、紙に記入してたよ」
高二の夏にはそれがたち消えたから、管理の杜撰化との区別がつかないままで契約満了していた。
「賢――」
前側の入口から、男子の呼び声が人もまばらな教室の空間に響いた。
「おう、行くよ」
と藤野が反応して、椅子をもどす。
「じゃな。福ちゃん、変異株はすっかり弱体化してるぞ」
安心させるために言ってくれてるのはわかるがな、猛威が強力なら打ってよし、か? 聞きかたによっちゃ、そうもとられるぞな。
それって、一〇〇パーセント感染しないっつー話ではないだろ。
一〇〇パーセントこじらせないって意味でもないよな。
今後打たない決心をしたとは、俺は言ってない。
正統的とかってことじゃなくてさ。俺はそのへんが判断できるほど情報収集してもいなけりゃ、おまえら御倉信者のごとくには、世にいう陰謀論なるものも奉じてない。
人類はいつ牛耳られたよ。ホロコーストの再来ってナニソレ、の地平なんだよ。俺はね。
今週はまた、内定先の実習に行くことになってる。
俺は生きているので、生きてくために職を得て働く。
『大卒は使いものにならん』って、昔俺の父親が言ってるのを聞いた。
会社選びをミスったんだ、ってそのときは思った。そうでないならそいつはきっと俺のように、なにがなんでもこれをやりたい、ってものが見つからない人間なんだろう。
出世とか栄進とか、なくていいよ別に。
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