第三部 血の帰還篇
二四の扉 そして、血は戻る
待ち望んだ血の帰還。
その時を迎えるために。
そのために少女は巨人族の女王、クイルナーンのもとへと向かった。
女王。
そう。クイルナーンは巨人族最初の王。幾つもの部族が連立する
クイルナーンこそは巨人族の歴史に現れた最初の王。そして――。
カーディナル家当主ラベルナの直系。
そのひ孫に当たる人物。
ラベルナとその弟ユーマが巨人族にもたらした多くの文化。
それらはボルフゥクランの力を飛躍的に高め、巨人族内での地位を圧倒的なものとした。 薬師としての知識と技術とは死亡率を劇的にさげ、人を増やした。
織物作りと交易は
ボルフゥクランはその力を使って、ときには戦によって他部族を制圧し、ときには手に入れた財を分け与えることで従えた。
カーディナル家の秘術は
傷つけ、倒したはずの相手が幾度となく蘇り、再び立ち向かってくる。
それは一種、神話的な恐怖であった。カーディナル家の知識も技術ももたない他部族から見れば、ボルフゥクランの不死性はまるで、神々から与えられたもののように思えた。 ――自分たちは神々と戦っているのでは。
そんな恐怖と
また、フィールナルとの交易によって得た様々な財は、トナカイの放牧以外にこれと言った産業をもたず、そのために交易も行えない他部族にとって
――ボルフゥクランに従えばずっと豊かな暮らしが出来る。
そうとわかれば、わざわざ自分たちを豊かにしてくれる部族と争い、貧しいままでいるなど愚の骨頂。もともと、巨人族の社会では気前の良さこそ族長たる証。自分の財を惜しみなく人々に分け与えるものこそが族長として認められ、人々を従えることが出来る。ならば――。
他部族のもたない財をどんどん分け与えるボルフゥクランが部族をたばねる大族長として認められるのは自然な流れだった。
そして、ボルフゥクランは巨人族の歴史上はじめて、全部族を従える存在となった。そして、族長は『族長』という枠を越えて、王となった。巨人族の歴史上はじめて、すべての人を従える単独の『王』が誕生したのだ。
その史上はじめての王。
それが、クイルナーン。
ラベルナのひ孫。
クイルナーンの住まう
それはもはや『天幕』という
それほどに大きく、広く、
これほどの規模になってしまって巨人族の慣習である『移動』が可能なのか。そう思わせるほどのものだった。実際、その天幕はもはや『移動』を捨てているのかも知れない。大地にしっかりと根を張ったようなその
自らは動くことはなく、まわりを動かすことで季節の変化を乗り切る。
クイルナーンの天幕はもはや『王都』と呼ぶべきものだったのかも知れない。
『王都』を訪れた少女を迎えたもの。
それは、色とりどりの宝石であり、無数とも言える金や銀であり、
それらすべての財はフィールナルとの交易で得たもの。
フィールナルが一〇〇年に及ぶ
クイルナーンの天幕の
すべては一〇〇年前、この地にフィールナルを追放されたふたりのきょうだいがやってきたときからはじまった。そのきょうだいの存在によって巨人族は飛躍的に豊かになり、フィールナルは没落していった。両者の力関係は完全に逆転していた。いまや、
――これが、カーディナル家の達成したこと。
――例え、どれほどの時が立ち、離ればなれでいようとも、我々はカーディナル家に仕える身。いつか、カーディナル家の血をこのフィールナルの大地に迎えるのだ。
まだ母親の
――あたしたちはまちがっていなかった。
そしていま、混迷を極めるフィールナルの地に再びカーディナル家を迎え入れ、祖国を救い、秩序と安定をもたらすのだ。
――その使命を果たすため、自分はいま、ここにいる。
少女はその思いに身を震わせた。
少女は女王クイルナーンに
天幕の奥、『巨人族』の名にふさわしい大作りな玉座に座る女性はまだ二〇代半ばに見えた。おそらく、始祖ラベルナがフィールナルを追放されたときと同年代だろう。その隣には女王その人よりも幾分か若い男性が
少女はふたりを前に、教えられたとおりの作法で
クイルナーンとその弟ユリアス。
そのふたりが『あまりにもフィールナル人でありすぎたから』だ。
体格といい、肌や髪の毛の色合いといい、フィールナル人そのものであり、まったく巨人族の血を引いているようには見えない。
ラベルナからすでに四代。
その間、巨人族との混血をつづけてきたはずなのに、これほどにはっきりとフィールナル人の『純血』を保っているとは。カーディナル家の血とはそれほどに強力なものなのか……。
「カーディナル家の忠実なる
少女――メリッサは
女王クイルナーンは小首をかしげた。
「メリッサだと?
「わたしはそのひ孫に当たります」
「ほう⁉」
「初代メリッサはいつかカーディナル家のご帰還をお迎えするため、フィールナルの大地に根を張って生き抜き、ユニオンを結成しました。ユニオンの代表を務める娘は代々『メリッサ』を名乗ってきたのです」
「ほう? すると、そなたが……」
「はい。現在の代表、四代目メリッサにございます」
「これはおもしろい! 余は始祖ラベルナのひ孫。そなたはそのラベルナの侍女メリッサのひ孫。ひ孫同士が一〇〇年の時を経てこうして出会ったわけじゃ。なんとも、
「カーディナル家をお
「迎えじゃと?」
「はい。一〇〇年前にはじまったフィールナルの混迷はいまになっても収まることはなく、深まるばかり。王家にはもはやなんの力も、人望もなく、国内では領主と領主、領主と民衆、民衆と民衆とがいつ果てるともなく争いつづける地獄絵図。そのなかでフィールナルの誰もが待ち望んでおります。カーディナル、大いなる癒やしの一族が舞い戻り、自分たちを救ってくれることを。
どうか、陛下。いまこそ、フィールナルに舞い戻り、我らに秩序と安定をお与えください。さすれば我らユニオン、カーディナル家の
「ふむ」
と、女王クイルナーンは小首をかしげた。
「ひとつ、聞いておこう。フィールナルのいまの王はアルフレッドの血を引くものか?」
「はい。ラベルナさまとユーマさまを追放した
「……そうか」
我が意を得たり。
獲物を前にした高貴なる肉食獣のように舌なめずりするクイルナーンの目に、まぎれもなくその思いが踊っていた。
クイルナーンはその目を弟であり、宰相であるユリアスに向けた。控えめで
「よかろう」
クイルナーンはうなずき返した。
そして、立ちあがり、宣言した。
「始祖ラベルナの敵たるアルフレッドの末とあれば我ら一族の
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