二三の扉 そして、伝説へ
ザクセンスク辺境伯急死!
その報は
――現王家の時代は終わりだ。次の支配者はザクセンスク辺境伯だ。
その認識が常識となりつつあっただけに、その報は衝撃をもって迎えられた。
何しろ、各地の領主も、
辺境伯の死因は戦死。
巨人族に襲われ、殺されたのだ。
辺境伯は巨人族と同盟を組むことで後顧の憂いをなくし、王都を目指した。
しかし、もともと巨人族は幾つもの部族の集合体。ひとりの王によって支配される統一国家というわけではない。部族のうちのいくつかと同盟を組んだからと言って、すべての部族との間に不戦条約を結べるわけではない。直接、同盟を組んだ部族以外には関係のない話だ。
そんなことは長年、巨人族と戦ってきた身として重々、承知していたはずだった。それを忘れ、あっけなく生命を落とす羽目になったのはやはり、フィールナルの
ともかく、王都制圧を目指して軍を動かしているさなか、他部族による襲撃を受けた。何しろ、同盟を組んだことに安心しきってほぼ全軍を王都目がけて進軍させていたので領内はほとんど無防備な状態。そこを襲われたのだからひとたまりもない。たちまちのうちに防壁を突破され、本拠地を襲撃され、辺境伯も殺される羽目になった。
それでも、もし、辺境伯に明白な後継者がいたならその後継者をもり立てることで団結し、フィールナルの覇権を握ることが出来ただろう。あいにく、辺境伯には後継者が存在しなかった。やっかいなことに、同格の後継者候補がふたり、いたのである。
辺境伯には正式の妻との間に子がなく、
このふたりが後継者候補と目されていた。
ふたりとも側室の子であり、正式な妻の子ではない。その点で優劣はない。歳も同じ。しかも、ふたりとも父である辺境伯の血を色濃く継いでいるのか幼い頃から
まったく、優劣付けがたいところであって、辺境伯自身もどちらを後継者にすべきか迷っていた。家臣も家臣で、どちらを支持するかでほぼ真っ二つにわかれていた。
当人たちも互いに相手の存在を意識し、事あるごとに張り合っていた。ただ、それが相手の足を引っ張る、などという
しかし、それも父である辺境伯が生きている間だけ。
辺境伯が死んだ途端、互いの互いに対する憎しみが爆発し、たちまちザクセンスク領を真っ二つに割っての争いに発展した。もはや、王都を狙うどころではなく、血をわけたきょうだい同士の血みどろの戦いが繰り広げられることになった。
アルフレッドにとってはなんとも幸運なことだった。
おかげで北の精兵たちの
しかし、アルフレッドにとっての幸運はフィールナル王国をさらなる
フィールナル王都郊外にある小高い丘。
そこには下級貴族向けの墓地があった。そこにメリッサ、グルック、シュレッサら、カーディナル家の使用人たちが墓参りにやってきていた。墓にはただ一文、
誇り高く、勇敢なるカーディナル家のフットマン、サーブ、ここに眠る。
と、あった。
墓に花を添えるメリッサの腹は
「これから、どうするのだ、メリッサ?」
グレックが
自らの後継者と目していたサーブの
しかし、そうするにはすでに自分は歳を取り過ぎた。産まれた子が成人するまで責任をもつことはとてもできないだろう。自分にとっても孫のような存在であるメリッサとその子を守ってやることが出来ない。そんな自分が歯がゆかった。
「あなただけでも他の国に避難しては?」
シュレッサが言った。
「これから、この国がどんなことになるかわかりません。お腹の子のためにも他の国に移った方がいいでしょう」
長年、共にカーディナル家に尽くしてきたハウスキーパーの言葉にグルックもうなずいた。
「たしかにその方がいいだろう。この国は今後、混乱が深まることはあっても、解決に向かうとは考えられん。本格的な内戦に
年長者ふたりの言葉に対しメリッサはしかし、首を横に振って見せた。
「ありがとうございます。わたしとわたしの子のことを気にかけてくださって。感謝します。ですが、わたしはどこにも行きません。この国に根を張り、子供と共に生き抜いてみせます」
「メリッサ……」
「わたしには、カーディナルの血の
ザクセンスク辺境伯の死。
それは、フィールナル王国をさらなる混迷に陥れた。
時代の覇者と目されていた辺境伯が死んだからと言って、すでに王家を見限っていた各地の領主や諸侯がいまさら王家に
自然、各地の領地は独立国として振る舞いはじめ、フィールナルは幾つもの勢力に分裂した。そこへ、領土を奪う好機と見た諸国が介入してきた。唯一、まとまりを維持していたコーラル領が防壁として機能したことで大がかりな侵入こそ防げたものの、それによってコーラル領も王家を救うだけの余裕を失った。王家は敵対勢力に囲まれた孤島となり、王都を維持するのが精一杯となった。
それでも、王家がどうにか存続することが出来たのは、どの領地もそれぞれに領民との間に問題を抱えており、相争っていたからである。もし、誰かひとりでも複数の勢力をまとめあげるだけの器量をもつ傑物がいたならば、弱体化した王家などひとたまりもなく倒れていただろう。幸か不幸かそのような人傑はひとりもおらず、
一体、誰がこの争いを治めるのか。
それが見えないまま争いはつづき、時は流れた。
そのなかでひとつの伝説が生まれ、語られるようになった。
いつか、カーディナル家が帰還し、フィールナルに
そして、一〇〇年に及ぶ時が過ぎた。
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