蝉の死骸

文学少女

夏のあの日

 遊具から飛び降りると、目の前に、せみの死骸が転がっていた。銀色のきらびやかな腹を上に向け、静かに、そこにいた。僕は、突然目の前に現れた蝉の死骸に驚き、恐れながらも、吸い込まれるように蝉の死骸を見つめていた。

 銀色の腹は、夏の燃えるような太陽の日差しに照らされて、輝き、死骸というには、あまりに美しく、みずみずしかった。膨らんだ腹の中に、まだ生命力が宿っているように思えた。しかし、蝉は、死んでいた。周りの木々から、騒々しく鳴き続ける蝉達と違って、死んだ蝉は、ただただ静かだった。一寸たりとも、動かない。鮮やかな銀色の腹の裏には、透き通るような透明の羽。僕は、この蝉が死んでいるというのが、とても不思議だった。

 僕は、水飲み場に行った。蛇口をひねると、水が真上に勢いよく飛び出し、太陽の光を反射してきらきらと輝いていた。僕は水の勢いを弱め、水の放物線に口を近づけ、浴びるように水を飲んだ。

 水を止めて、足元を見ると、そこには蝶の死骸があった。蝶には、黒い点々とした小さな蟻がうじゃうじゃと集まっていた。その黒い流れは、蝶をじわりじわりと動かしていた。蝶は、死んでいるというよりも、枯れていた。蝉の死骸と違って、みずみずしさはなかった。羽を握れば、ぱりぱりと、破れてしまうのではないかと思った。もう、水分がすっかりとなくなってしまい、枯葉のように、地面に落ちていた。蝶は、軽やかに、ひらりひらりと舞うことなく、触覚をたれ下げ、足をぶら下げ、ただ静かに、蟻に運ばれていた。

 死んだ蝉は、騒々しく鳴くことなく、死んだ蝶は、軽やかに舞うことなく、ただ静かに、そこにいた。死というのは、劇的なものではなくて、前触れもなく突然やって来る、静かなものなのだと思った。命というものの弱々しさと儚さを、僕は感じた。


 夕焼けチャイムが鳴り響き、景色はあかね色に染まっていた。僕は公園を出て、自転車に乗り、勢いよく坂を下っていった。雄大に広がる入道雲が、桃色に燃えていた。真っ黒なカラスが二匹、茜色の夕焼け空を羽ばたき、かぁかぁと鳴いていた。あの燃えている入道雲もいずれ消え、鳴いているカラスもいつか静かに死ぬのだと思うと、僕はなんだか、さびしかった。

 

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蝉の死骸 文学少女 @asao22

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